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142 強めの呼び出し

 事務長からの強めの呼び出しにしたがって、我々はドラゴンさんに別れを告げてローバストへ向かった。

 と言っても、たもっちゃんのドアのスキルを使えばすぐだ。

 ダンジョンで調味料を育てつつ探索をしたあとで、そして若干の夜食を終えてから。

 訪れたのは、クマによく似たベーア族の集落。ヴィエル村にメガネが建てた家である。

 すでに時刻は真夜中だったが、そんなことは関係がなかった。すぐにと呼び出したのは事務長だ。

 ドアを開くと、事務長は待ち構えていた。

 我々はうちのメガネこだわりの家の、こだわりキッチンに併設された貯蔵庫のドアから家の中に直接入った。いつも通りに。

 事務長がいたのはその真ん前だ。

 ここから出てくると予測していたのか、彼はキッチンで仁王立ちしていた。なんかすごく恐かった。

 そうして腕組みしながら少しあごを持ち上げて、こちらを見下ろすような感じで我々に言った。

「君達がどこで死のうと勝手だが、まだ駄目だ。知識や技術を全て吐き出し、養うと同時に教育を施す養成型孤児院の在り方を広く根付かせてから死ね」

「えぇ―……」

 ひどい。

 しかし、話は解りやすかった。

 我々は恐らく、ローバストとこの国に骨の髄まで吸い尽くされることになっているのだ。それまでは、おちおち死んでもいられないらしい。世の中ってしょっぱい。

 と言うかそもそも、なんで我々のボッシュート事件を知っているのか。

 その辺をへらへらとご機嫌を取りながら事務長に聞くと、どうやらローバストの奥方様に王妃様から連絡がきたらしい。

 我々は一応ローバストの民なので、心配してのことだろう。余計なことを。

 ではその王妃様は誰から話を聞いたかと言うと、多分王様しかいない。そして王子の証言によると、王様は公爵から報告を受けている。

 貴人による情報の拡散が止まらない。

「全く、油断も隙も無い。やっと根回しを終えて領主様から孤児院設立の許可を取り付けたと言うのに、その前に君達が居なくなってどうする」

「いや、あれは事故だったって言うかー」

「喧しい」

「ええー」

 どうやら事務長はご立腹である。

 これはもう、今日は眠らせてもらえないかも知れない。説教とかで。

 ごくりと固唾を飲みながらそんな覚悟をしていると、事務長はぺらりぺらりと何枚もの書類をキッチンのテーブルに取り出して置いた。

「ここと、ここと、ここ。あとここにもサインを」

「何ですかこれ」

「気にしなくていい」

 ひでえ。

 訳の解らない書類に強引に署名させられて、いわれのない借金でも背負わされるのかと思ったら違った。どうやら、ローバストに養成型の孤児院を作るための書類だ。

 なんだ安心と思ったら、補助金は出るがこちらも資金を出さなくてはならないやつだった。結果、慈善事業と言う名のカツアゲ。

 いいけど。それで徳と贖罪ポイントが積めるなら、別にいいけど。もうちょっとていねいに説明してくれてもいいと思うの。


 翌朝になって、たもっちゃんは言った。

「ここに、丹精込めて育てた酵母菌を加えて発酵させたパンの生地があります」

 これを、こうしてこうやってこうじゃ。

 みたいな感じで手早くコッペパンふうに生地を丸めて鉄板に載せ、適度に熱した大きな石窯の中にぽいぽいと入れた。

 その作業をしているのは、ジョナスの店の厨房だった。ここはクマ的な見た目のベーア族が住む村唯一の、宿と食堂をかねている。加えて村中のパンを焼く役割もあって、立派な石窯も備え付けられているのだ。

 どうせだったら備蓄のパンでも大量に焼こうぜと、言い出したのは当然メガネだ。

 なんで我々がこんなにのんびりしているかと言うと、昨夜は久しぶりに村の家に泊まったからだった。

 事務長に呼び出されのこのこやってきただけなので、最初からその予定ではなかった。

 しかし慈善型の借金を背負う代表として、たもっちゃんをいけにえに差し出したことで自分だけは安全と心のどこかで安心してしまったのだろう。

 ぴりぴりした圧力をかもし出し署名を強要する事務長と、その圧迫感に震えるメガネ。そんな二人と同じテーブルに着きながら、私はいつの間にかに寝落ちしていた。

 人間て、限界がくるとどんな状況でも寝れるなと思った。

 そして気が付くと翌朝で、村の家を管理する頑固なクマの老婦人、リディアが朝食のスープを運んでいるところだった。

 食卓にはジョナス焼きたてのパンが謎のおしゃれ板の上に置かれて、かたわらにリディアばあちゃんお手製の色とりどりのジャム。実家のような安心感と、クマの老婦人お手製のジャムと言うメルヘンさに感動を覚えた。

 リディアばあちゃんの話によると、署名入りの必要書類を手に入れた事務長は朝早くに家を飛び出して行ったとのことだ。きっとこれから色々忙しくして、我々も少なからずそれに関わることになるだろう。

 そんなことを思いながらに、バターとジャムをたっぷり付けてパンをかじった。

 こうして村でゆっくりするのは久々のことだ。

 ちょくちょく立ちよったりはしていたが、それはドアのスキルでこっそりと。家の中だけの話だ。だから移動先のキッチンでたまに顔を合わすのは、リディアばあちゃんやなぜかいる事務長くらいのものだった。

 そのために、知らなかったのだ。

 まさか村が。あの、素朴と言うかなにもなく、どこを向いてももさもさとしたクマしかいないあの村が。

 なんかちょっとした町みたいになっているとは。

「圧縮木材の工場ができてよォ、そしたら外からも働きにくるだろう? 住む場所が足んねェってんで大工も呼ばれて、人がやたらと増えちまってんだよ」

 人が増えれば、消費される食事も増える。妙に忙しくて困ったもんだと話すのは、メガネを手伝い厨房でパンをこねているジョナスだ。

 相変わらずの大きな体にちんまりと緑のチョッキを着たクマは、我々との再会をよろこんでくれた。

 そんな彼が営む宿も、なかなかの様変わりを見せていた。一階の食堂の部分を外に向かって増築し、厨房も従来よりも大きなものがもう一つ増設されていた。ちょっとした学食感がある。

「こん頃じゃ、やわらけえパンの焼きかた教えろって人族までくんだけどよォ。オレァあんたらァに習っただけだしよ。教えるっつってもなァ。困んだ。タモツが教えてやってくんねェもんかね」

「えー、でも俺パン屋じゃないし。まとめて焼くからあんま上達もしないんだよね。今なら多分、ジョナスのほうが焼くの上手いよ」

 この世界には、大まかに言うと三種類のパンがある。割と最近までは二種類だったが、看破スキルのゴリ押しによってうちのメガネが酵母を使ったふわふわのパンを布教したので三種類となった。

 どのパンも焼きかたは地球のものと同様で、オーブン的な方式で全方位から熱を加えてこんがりと焼く。だからコツが必要なのは酵母菌の培養と生地の部分だが、それはほら。なんだかんだで、慣れだから。

 たもっちゃんはそんなことを言いながら、講師役をなんとかジョナスに譲ろうと苦心していた。私には解る。ただひたすらに面倒なのだと。

 元からある小さいほうの厨房で、料理人のおっさん二人はいやいやそっちこそと厄介ごとを互いに押し付け合っていた。そんな攻防などには気付かぬ様子で、それか、どうでもいいと言わんばかりに。

 厨房に面したカウンターの席から、「よォ」と声を掛けたのはもう一人のクマだ。

「これ、外さなくてもいいからよ、ギャンブル禁止だけ解いてくんねェか?」

 彼がクマっぽい手で示す首には、魔力の光を灯らせた魔道具の首輪がはめられていた。その首輪には長いロープが二本むすばれ、その先をしっかりにぎりしめているのはそれぞれまだ小さなクマの子だ。

 以前我々が捨てにきた、ギャンブルで身を持ち崩した元冒険者のリンデンとその子供たちである。

 金属製の鎖に比べ、ロープはあまり強くない。やろうと思えば簡単にほどくか切るかできるはずだが、おとなしくしているところをみると本人にそんなつもりはないようだ。

 カウンター席に父親をはさんで並んで座り、ロープをにぎりしめた子供は使命感に顔をキリッとさせていた。どうやらリンデンの実母であり子供たちの祖母、リディアばあちゃんから父親の監視を命じられているらしい。

 これは逃げられない。人として。キリッといじらしい子供には、ロープを持ちつつ食べられるブルッフの実のおかしなどをあげた。

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