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131 検討

 クレブリに残ってくれたエルフたちはひとえに、たもっちゃんのやる気を引き出すためのいけにえついでに今まで孤児院を手伝ってくれていた。

 改めて言葉にすると忍びない。頼んだのは私だ。

 だからエルフの二人を送りがてらに、大森林に行くのはまあいい。

 まあいいと言うか、そのくらいはして当然みたいな気持ちではあった。

 しかしそれに待ったを掛けたのは、当のエルフたちだった。

 彼らは互いに白皙の顔を見合わせて、それから色素の薄い金髪をさらりさらりと揺らして我々を見た。

 エルフの瞳は光を含む貴石のようだ。それを正面から見てしまい、変態はありがとうございます! とか言ってこの時点で一回死んだ。そしてすぐに蘇生した。

 そもそも勢いよくテーブルに突っ伏して、暴れるようにもだえただけで実際死んではいなかった。だが、全てどうでもよかった。

 もだえてすぐ死ぬ変態は、エルフたちと一つ屋根の下で暮らすようになってから日に二度や三度は現れる。もはや誰も相手にしない。

 だからそれはいい。これは本当、心底どうでも。

 我々はよみがえる変態を視界から外し、エルフたちの話を聞いた。

「気遣いは有難いけど、私はもうちょっと残りたいかな。子供達に少し弓を教えてるんだけど、筋が良いのが何人かいるんだ。雪が溶けたら森に出掛けて、ブリッツくらいは狩らせてみたい」

「えー、ありがと。なんかすごい面倒見てくれてんだね」

 ものすごくまめに子供らと遊んでくれてるなーとは思っていたが、そんなにしっかりなにかを教えてくれているとは。

 エルフの救出に協力した流れで彼らには謝礼は必要ないと断られているが、これはなにもしない訳には行かない気がする。

 あと、ブリッツってなんだっけって思ったら電気ウサギのことだった。

 対して、もう一人のエルフの理由はびっくりするほどシンプルだ。

「ザシャんとこのじいさんに海釣り教わって茶飲み友達になったとこだし、春になったらでかい魚が釣れるポイント教えてもらう事になってんだよね。俺も、もうちょっと遊んでから帰るよ」

 大森林には大きな河川も湖もあるが、さすがに海はないらしい。めずらしいので、あきるまで遊びたいとのことだ。

 それ全然「俺も」じゃねえし、正直すぎる。

 かもし出すふまじめな空気にエルフも色々いるんだなと思ったが、彼は彼で外で遊ぶ子供らを気に掛けてくれたりするので残ってくれるのはありがたい。

 ついでにと言うと言葉は悪いが、アーダルベルト公爵家の騎士にもどうするか問うと、こちらは近く王都に戻るつもりだそうだ。

 彼らもまた本来の用は終わっているのに、思い付きで作り始めた孤児院を善意で手伝ってくれていた。しかも気ままなエルフと違い、公爵家に仕える身分でありながら。

 一応、主人である公爵には許しをもらった上ではあるが、あんまり仕事と関係ないのに最大限くらいの感じで力を貸してもらったと思う。

 特に倉庫を改築する時は、その筋肉がいかんなく実力を発揮した。

「ありがとう、肉体」

「ありがとう、筋肉」

「できれば体力以外も評価してくれ」

 たもっちゃんと私が心を込めてお礼を言うと、騎士たちは苦く切なく複雑そうな表情をした。きっと別れの寂しさが、そうさせるのに違いない。

 エルフたちの残留が決まったからにほかならないと言う気がするが、出発を急ぐ変態も少し落ち着いたようだった。

 職員会議で細々とした方針を決めなくてはならなかったし、雑務も少々あるっぽい。それに、よく考えたら冒険者ギルドの罰則ノルマがまだ一つ残ったままだ。

 たもっちゃんは変態を少し引っ込めて、悩む様子でテーブルに両手で頬杖を突く。

「何かさあ、春になったら出てくる魔獣がいるらしくてさ。草食だから人に被害は出ないんだけど、結構大きくて網とか破っちゃって困るんだって」

 それをどうにかするのが依頼らしいが、今はまだ冬である。

「どうすんの?」

「追い払うしかないんじゃない?」

「今?」

「いや、春に」

 春かよ。まだまだ先じゃねえかと思い掛け、ふと気が付いた。今はもう、四ノ月も半分以上がすぎているのだ。

 この世界ではなんとなく、月が移るとくっきり季節が変わる気がする。四の次は五ノ月がきて、五ノ月はこよみの上では春になる。

 まだ季節が早いのにこの依頼を出してきたのはギルドのミスかと若干疑ったりしたが、多分そうではなかったのだろう。

 先にこなした二つの依頼は、遠めのダンジョンへの送迎と沈没船のサルベージだった。これを魔法のゴリ押しなしで消化してたら、余裕で春を迎えていた気がする。

 我々がギルドの予想より、いくらか早くさくさく依頼を達成してしまっただけだ。

 だとしたら、ばかめ。ギルド窓口のおっさんよ。よくも我々を見くびってくれたな。我々と言うか、うちのメガネの雑な魔法を。

 まあ確かに、ダンジョンまで船を物理で飛ばして行くとも、沈んだ船を丸っとそのまま引き上げてくるとも思わないだろう。普通は。

 とりあえず残りの依頼は春にならないと片付かないなと言うことになり、罰則ノルマの最後の依頼は保留となった。

 それから話題は孤児院における教育についての話になったが、これは私の提案で紛糾めいてなかなかもめた。

「やっぱさあ、きたいって子がいたら街の子も孤児院の授業に参加できるようにしない?」

 これは前から思い付いていて、こう言う会議の場でこそないが何度か言ってみたことのある提案だった。ただ、いつも賛同は得ることはできず、今も実際反応は鈍い。

 仕方なさそうに口を開くのは教師としてやってきた、口調が体育会系の男だ。

「でも、街の子供は早くから働き出すんすよ。それに余裕のある家は、もう子供を私塾に通わせたりしてるっす」

 例えば先日出会ったザシャ少年は、街にある小等塾と呼ばれる私塾に通う生徒だ。これには授業料が掛かることもあり、お父さんが遠洋漁業の船に乗り一生懸命働いていると言うなかなか大変そうなお話も聞いた。

 そちらに通う余裕がないなら、うちに通うのも難しいはずだ。それに授業料をもらうどころか、紙やペンをこちらから与えることにもなるかも知れない。

「けどさー、自分の名前だけでも書きたいって子はいるかも知れないじゃん。毎日じゃなくても、一時間とか三十分だけでも時間が取れたらくるってのじゃダメ?」

「駄目ではありません。ですが、余りに多くを抱え過ぎると今あるものまで失いますよ」

 食い下がる私に、ユーディットが釘を刺す。それは多分、孤児たちのことを一番に考えろと言うことだと思う。

 彼らは最初あんまり我々を信用せずに、ごはんを食べたらどこへともなく消えていた。それが最近、やっとちらほら夜も孤児院ですごすようになってきたところだ。

 中途半端なことをして、あの子たちに見放されるのは確かにきつい。

「んー。でもね、うちの子が大人になる時は、街の子も大人になるんだと思うのね」

「当たり前でしょう」

「うん、そうなんだよ。そしたらさ、一緒に働くこともあるじゃない? その時に全然知らない孤児出身の奴とかじゃなくて、ちょっとだけでも昔一緒に机並べて勉強したことある奴って思ってくれたらいいかなーって」

 私は視線を落としたテーブルの上を爪の先でコツコツ叩き、頭の中にごちゃごちゃ浮かぶ考えを片っ端から口にした。

「まあ多分、それで実際目に見えて得することとかはないんだろうけど。もしかしたら、ちょっとだけでも接点があったら、少しは生きやすくなるってこともなくはないかも知れないじゃない? まあ、ホントのとこは知らんけど。学閥って言葉もあるくらいだしさあ」

 なんとかならんもんかねと。

 顔を上げて職員の顔を見回すと、彼らが逆に私をじっと見ていることに気が付いた。

「えっ、なに? そんなダメなの?」

「ですから、駄目ではありません」

 ユーディットにはすでに、厳格な院長先生っぽさがある。生まれ付きだろうか。しかし少し考え込むように、口元に触れる指先はどうしてだか不思議と優雅に見えた。

 そして厳格に考えるポーズのままに、「いいでしょう」と静かに言った。

「そう言う事なら、検討しましょう。先生のお仕事が増えるかと存じますけれど、宜しいかしら。読み書きならば、わたくしとモニカもお手伝いできますし」

「自分はいいっすよ」

「では、その様に」

「検討早くない?」

 じゃあ最初から賛成してくれてもいいじゃねえかと思ったが、議題はすぐに孤児院の立地が海に近くて真水の井戸まで遠いのと人数ぶんの水運ぶのがしんどい問題へと移る。

 忙しそうなので、おとなしく黙った。

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