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125 よくできている

 勉強ばかりでロクに遊ぶ友達もおらず、おじいちゃんが心配する気持ちも解る。

 でも運動とかは苦手だし、クレブリは海が中心の街だ。そこで育つ男の子たちは、釣りかマリンスポーツ的なことができないとうまく仲間に入れない。正直しんどい。

 みたいな話をぽつぽつ語るザシャ少年に、その当たり前のことを当たり前にできるグループに入れずしんどい感じはめちゃくちゃ解ると私は思わず目頭を押さえた。

 ユーディットにより送り込まれた監視役の男の子たちが、雪の道を小走りにはあはあと息を白くしてやってきたのはそう言う時だ。

 彼らはなんだか急いでいる様子に見えた。しかししきりに自分たちの足元、と言うか下のほうを気にしているので、駆けていながらそうスピードは出ていない。

 その理由は、すぐそこまで近付いてきて解った。十歳ほどのうちの子たちは、その間にもう一人、背丈としては彼らの半分くらいしかない小さな子供を連れていた。

 その子はくりくり巻いた真っ白な毛を持つ、どうやらヤギの獣族の子供だ。

 どうしたのかなーと思っていたら、うちの男子の片方が息を整える間もなく言った。

「ババア!」

「おっ、ケンカか。子供と言えど容赦はせんぞ」

 おばちゃんはな、自分でババアって言うのはいいけど人に言われるとケンカを始めるめんどくさいタイプのダブスタなんだ。ダブスタはダブルスタンダードの略だけど覚えても役に立たないから忘れてもいいよ!

 レイニーが、「まぁ。子供相手に醜い争い」とか言ってあきれ気味に見守る中で始まろうとした戦いは、ヤギっぽい子の手を引いたもう一人の男子によって止められた。

「もー! なにやってんの! それどこじゃないの! 急いでんの! 話聞いて! エルンもあやまって!」

 そう言って、ぴしゃりと我々を叱った男子をハインと言った。たくましさのある孤児の中ではめずらしくおとなしい感じのする子だが、これがなかなか言う時は言う。

 対してエルンと呼ばれたもう一人の男子は、やんちゃで口の悪いガキ大将と言う印象だ。

 しかしなぜか、エルンはハインが怒るととりあえず謝る。本当にエルンが悪いかどうかは重要ではない。とにかくハインを怒らせてはいけない。そんな強い意志を感じる。

 だからエルンはこの時も、手の平を返して即座に私に謝罪した。

「ごめん」

「キミらのその力関係はなんなの?」

 名前は似てるが、別に兄弟ではないらしい。

 しかし兄弟のように仲がよく、孤児の中では年かさで小さい子たちの面倒見がいい。

 恐らく会ったばかりなのだろうが、それが解っているのかも知れない。まだ私より背丈の低い男の子たちの、そのさらに半分ほどの小さなヤギはすがるようにハインの手をにぎりしめていた。

「ほら、言いな」

 ハインは手をつないだままで子ヤギの顔を覗き込み、勇気付けて優しくうながす。

 小さなヤギは真ん丸な目を不安そうに揺らしたが、ハインとエルンを交互に見上げて覚悟を決めたようだった。

 やわらかそうにもにゅもにゅとした口元をぎゅっと一度固く結んで、それから「あのねっ」と幼い声で懸命に困っているのだと話してくれた。

「あのね、草をね、うりたいの。おかあさんがね、病気なの。だからおくすりかいたいの」

 若干ぷるぷる震えながらに心配で心配で仕方ないみたいな感じで訴える、くりくりの白い巻き毛の小さな子ヤギ。

 なんと言うことだ。百点じゃないか。

 私がもしも森の魔女なら、よく効く秘薬をこれでもかと持たさずにいられないレベルだ。

「そっかー。草を売りたいのかー。えらいねえ。おやつ食べる?」

「それで困ってるっつってんだろババア」

「エルン、だまって。おばちゃんはおやつもあげて。それで話もちゃんと聞いて」

 くりくりの白い頭をふわんふわんとなでてたら、それどころじゃねえんだよと怒られた。

 そこでスイートポテト的なものを出し、金ちゃんとレイニーと子ヤギのカルルやハインに配り、エルンには二度目の謝罪を要求したのち渡しながらに詳しく聞いた。

 するとカルルが困っているのは、草を売ることができなかったからだった。

「えっ、なんで? ダメなの? 草、ダメなの?」

 私は異世界にきてからずっと草ばっか売ってるぞ。

 草がダメならこれからどうやって生きればいいのか。いや、今でも結構たもっちゃんに頼り切りではあるけども。

 最近はさあ、大森林に連れて行かれたりしたせいで草の売り上げもそこそこあるの。自分の食費くらいは草で出せていたのだが、それがなくなると気持ち的にも大変きつい。

 急に訪れた生活への不安で心細さに襲われていたが、もっと聞くとそうじゃなかった。この村限定でのことだった。

 村には冒険者ギルドがなかった。窓口はあったが、これはダンジョンのアイテムを買い取るために委託されたものだ。対応はギルド職員ではなく村人がする。

 それで査定とか大丈夫なのかと思って聞いたら、ここのダンジョンから出るアイテムに関しては全て買い取り額のリストがあるから大丈夫らしい。

 つまりダンジョンのアイテム以外では、そもそも査定ができない可能性が高い。と言うか、そうだ。カルルもそう言って断られてしまい、途方にくれていたらしい。

「あとね、おかあさんのギルド証じゃだめだって」

「ああ、うん。それは多分普通にダメだね」

 ギルド証、本人にしか使えなかったような気がする。

「お母さん、病気なんだっけ?」

「うん……」

 私が子ヤギに確認すると、小さな子供はしゅんとしたようにうつむいた。

 それなら急いだほうがいいだろう。自分のギルド証を持ってないなら町のギルドに行ったところで、結局草を売ることはできない。ここでなんとかしておきたいところだ。

「じゃあさ、その草おばちゃんが買うからさ。ちょっとだけ待てる? 値段解りそうな奴呼ぶし」

 いや、それより一緒に行ったほうが早いと気が付いて、我々はおっさんたちがたむろしている集会所まで急いで戻った。

「話は聞かせてもらった」

「うん。今話したからね」

 おじいちゃんや村人たちは、やはりダンジョンで得た漁具の数々をごちゃごちゃ並べてああでもないこうでもないとまだ言っていた。

 その中からうちのメガネを戸外に呼んで、簡単に事情を話すと看破スキルをそなえ持つ人間査定機は張り切った。集会所ではずっと漁具の話ばかりで、軽くあきていたらしい。

 カルルはほんの少しの草をにぎって、小さな手ごと突き出して見せた。たもっちゃんはそれに、メガネの下で目を丸くする。

「この草、凄いね。自分で採ったの?」

 くりくりの白い頭がうなずくのを見ながら、私は横から思わず聞いた。

「すごいの?」

「うん。このくらいでも銀貨一枚くらいする」

 私には効能よりも値段のほうが解りやすいとでも思ったか、たもっちゃんは端的に言った。当たりだ。貧相な雑草にしか見えないその草が、値段を聞いた瞬間になにそれすごいと輝いて見えた。

 崖みたいな所に少ししか生えない薬草で、見付け難いし採り難いしで貴重なのだそうだ。

 カルルはえらい。かわいい上に有能である。しかしムチャをしたんじゃないかと思う。

「お母さん心配なのは解るけど、あんま危ないことしないでね」

 よく効く薬ならなんでもいいとカルルは言った。幼いからか、なんか意外に雑だった。

 それならと手持ちの万能薬と健康なお茶をひとまとめに包み、差額と言い張り銅貨十枚ほどを渡す。現金もあったほうがいいだろう。

 そうして一人で大丈夫だと言い張るカルルを送り出そうとしていた時だ。

 集会所の中からザシャがあわてて飛び出してきて、カルルに大きめの釣り針を見せた。

「これ、あげる。お守りになるんだって。お母さんがよくなりますように」

 釣り針を油紙に包んでそっと渡す少年に、私は思った。

 やっさし。なんだその気遣いは。私が子供の頃なんか、学校で嫌々千羽鶴折ったくらいの思い出しかないぞ。

 よくできた人間は、あれだ。多分、子供の頃からよくできているのだ。

「キミらも、あの子連れてきてくれてありがとね」

 そう言えば、ハインとエルンもえらかったよなと気が付いてほめると、ハインは困ったように首を振り、エルンはふいっとどこかに行ってしまった。

「エルンだよ。オレは元から親がいないけど、エルンは病気で親が死んだから」

 そうか。そう言うこともあるのか。

「まあ、なんにしてもえらかったよ」

 ハインの頭をぐりぐりとなでてから、全力で探し出したエルンの頭もこれでもかとなでた。ハインは精神的に大人のようでちょっと困った顔をするだけだったが、エルンは世界の終わりとばかりに抵抗して暴れた。

 若い男の子に拒絶され、とても悲しい。

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