123 謎の物体
我々がしぶしぶ受けた今回の依頼は、せっかちなおじいちゃんとよくできた孫をクレブリの街から少し離れたダンジョンまで連れて行き、その内部を引率することだった。
メンバーとしては、依頼主であるおじいちゃんと孫のザシャ。たもっちゃん、テオ、レイニーに私。そしてイエティの金ちゃんだ。
そうだね。違うね。
金ちゃんはトロールだよね。知ってる。
ただ今の金ちゃんは、全身に毛皮を巻いている。我々は知った。人型ながら人よりも大柄でむきむきとしたトロールに、毛皮が付くとイエティっぽさが出るのだと。ビッグフットの線もある。
すごいんだからね。毛皮付きの金ちゃんを見て、勉強のできるザシャ少年も「これは……新種の……」とか言い掛けたからね。
一瞬、新しいタイプの生物だと勘違いしたんだからね。
トロールの服をどうするか問題は夏にちらっと出ていたが、まあいいか。夏だし。と先送りにしていたのがのっぴきならなくなった格好である。
正直困ったし、面倒だったしで、かっとなって私がやった。
本人はあんまり気にしてなさそうだったが、さすがに積雪の中に半裸では見てるほうが寒かったのだ。
とりあえず肌隠れてばいいんじゃね? と、たもっちゃんが狩った魔獣の特に使い道もなく素人仕事でなめした毛皮をそのままヤケクソみたいに巻き付けて、謎の生物を生み出すことに成功したのだ。成功ってなんだ。
とりあえずそんなメンバーで、おじいちゃんと孫とその母が住む集合住宅の建物を出て、たもっちゃんは言った。「飛ぶから」と。
私は、反射的に止めた。
「待って」
「何で。リコももう滑るの嫌でしょ」
「嫌だけども。飛ぶって、あれでしょ? 飛行魔法でしょ? どこまで?」
「このままダンジョンまで行っちゃおうかなとは思ってる」
「待って。ホントに。考え直して」
今度は、しっかりと意志を持って止める。
この、おじいちゃんからの依頼が割に合わないのは日程のせいだ。
ダンジョン自体はそう難易度も高くないので、一日くらいの引率だったら元々料金も高くない。しかし、クレブリの街からそこまで行くのに徒歩か謎馬車で二、三日掛かる。
往復だと五、六日。ダンジョンの探索を別にして、移動だけでだ。トータルすると七日や八日掛かるとしたら、おじいちゃんの提示した報酬では安すぎるらしい。
そこで、たもっちゃんはひらめいた。
飛行魔法で行っちゃえばいいじゃんと。
確かに、あれは時短がすごい。謎馬車で一ヶ月、ドラゴン馬車でも十日は掛かる王都から大森林までの道のりを、大体一日でばひゅんと戻る。
しかし、このばひゅんが問題だった。擬音のセンスが古いのは、ここでは触れないものとする。
たもっちゃんが必死になるか調子に乗ると、飛行魔法の速度が増すのだ。あまりに飛ぶスピードが速すぎて、すぐそこに死を感じるほどだった。
「こっちはさ、生身でしがみ付いてる訳じゃない? 金ちゃんのベルトとかにさあ。手が離れたら落ちるじゃない? そしたら死ぬじゃない? おじいちゃんか私が」
「いや、でも重量軽減の魔法掛けてるからつかまるのにも腕力はそんなに……」
「風圧すごいんだからね。口とかあべべべべってなるんだからね。しかも冬だよ。歯とか凍るよ。そんなの痛いに決まってるでしょ。それはマフラーとかするにしてもさ、せめて座席は絶対いるから」
たもっちゃんは不服げに、えー、と口をとがらせていたが最後には折れた。
当然である。飛行魔法と言ってはいるが、あれは全員に重量軽減の魔法を掛けて、風の魔法でぶっとばしているだけだ。
しかも、たもっちゃんが金ちゃんの背中に取り付いて、我々はその金ちゃんの腰のベルトに自力でしがみ付く方式。とりあえず、安全性とベルトの強度に不安しかない。
私からのブーイングだけでなく、その後ろでテオが重々しくうなずくのを見て、たもっちゃんも考えたようだ。
凍り付いた石畳の道をつるつる滑りながら元倉庫の所まで歩き、少し消えたと思ったら古びた船を頭の上にぷかぷか浮かべてヒモで引っ張りながらに戻った。
なんなのと思ってなんなのと聞いたら、たもっちゃんは片手にヒモを持ったまま逆の手を自分のアゴにやり、眉と目の辺りをぎゅっとしかめて悩ましげな感じでぽつりと言った。
「本当はデロリアンが欲しかった」
「あっ、これに乗って飛ぶつもりなんだね」
すぐに解った。その映画は全部見た。
我々の世代の中ではデロリアンは飛ぶし、調子がいいとタイムトラベルとかもする。現実はどうか知らないが、我々の概念ではそうなっているのだ。
だがデロリアンは座席の数が少ないし、我々にはタイムトラベルの予定もなかった。いいのだ。これで。船でいいのだ。て言うかどこから持ってきたんだこの船は。
「最初はね、荷馬車でもないかと思ったんだけどさ。ないんだよ。なんかこの辺、基本人力なんだよね」
「馬はなあ、おっても市場の辺りまでじゃろな。石の道ではの。坂で車輪がすべってしもうて役に立たんもんじゃから」
レイニーが洗浄魔法で清めた船に色々と積み込んでいた我々は、おじいちゃんの説明になるほどなーと相づちを打つ。何事にも理由はあるらしい。
だから街には荷馬車がそもそも少なく、ゆずってもらえる余分なものは最初からなかった。そこでメガネは早々に、人が乗れればなんでもいいやと発想を低く切り替えた。
「そしたらさ、浜辺にこの船が雑に置いてあってね。近くの人に聞いたら、水漏れ凄くて三十秒くらいで沈むからもう使ってないって言うからさ。二束三文で買ってきちゃった。船の名前は咸臨丸にするから」
「旧幕府から払い下げられてきたの?」
大変だなお前。激動の時代を生きてきたんだな。
多分違うのは解っていたが、とりあえず第二の人生が始まった船を防寒対策などもかね毛皮やクッション的なもので飾った。なんとなく、昔のヤンキーの車を思い出させる仕上がりになった。
なかなかのスピードで走る空飛ぶ船は、予想通りクソ寒かった。
しかし途中で、これノーガードだから寒いんじゃね。と気が付いた。レイニーに障壁を張ってもらうと、案の定寒さはやわらいだ。
さらに魔法で暖房も入れてもらうと、なにも問題はなくなった。もはやちょっとした屋形船感覚。本物には乗ったことがないので、大体のイメージで言ってるが。
ダンジョンのある小さな村に着いたのは、夜になってのことだった。
たもっちゃんが飛ばした船に乗ってたら高速で自動的に着いたので、旅の情緒とかはなにもない。
あるとしたら船を囲んだ障壁にべたべたと手や顔をくっ付けて、ぐんぐん飛び去る地上の景色を夢中で見ている子供たちの姿が新幹線か電車の中の家族連れみたいだなと思ったくらいのものだった。
夜の中をレイニーがサーチライトのように魔法で照らし、適当に下りられる空き地を探す。光に浮かび上がる地面は白い。クレブリの街や途中の景色がそうだったように、この村もぶ厚く雪におおわれていた。
ふんわり重なる積雪はやわらかそうに思えたが、ゆっくり船を下ろして行くとその重みで圧縮されてサクッサクッと軋むような硬い音を立てた。
雪に半分埋もれるように船が止まると、テオがさっと身軽に飛び下りる。そして足元をギュウギュウ踏み固め、手早く雪の階段を作ってくれた。気配りの鬼。
それからまずは、おじいちゃんと子供たち。次にレイニーに私に金ちゃんが、船の上からよっこらしょとおりた。
ちなみに三人に増えてた子供たちの内訳は、依頼主であるおじいちゃんの孫のザシャ。それから孤児の、十歳くらいの男子二人だ。
孤児たちは我々の仕事ぶりを監視するため、ユーディットにより送り込まれた。
どうも我々がDランク冒険者と知り、孤児院の経営と子供たちの生活を経済的に任せきりにして大丈夫かと不安になったようだった。
信用のなさが骨身にしみる。
「じゃ、ダンジョンに潜るのは明日って事で。今日の宿なんだけど、」
と、船長として最後まで残ったうちのメガネがそう言いながら船のフチをまたいだところで、男に声を掛けられた。
「お、お前等は、何なんだ!」
恐らく冒険者なのだろう。
暗い中、魔石で光るカンテラを持って現れたのは革の胸当てを身に着けた、腰に簡素な剣を吊るした男だ。
彼は我々の注目を受けると、一瞬ビクッと小さくはねた。そしてあわてて近くの物陰に駆け込み、そこから顔を半分出して「何なんだお前等は!」ともう一度言った。
これはあとから解ったことだが、空からびかびか光る謎の物体が下りてきて、村では大騒ぎだったのだそうだ。
まあ、解る。だって未確認飛行物体だもの。




