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122 たたき上げの

 いや。前にね、私も聞いてみたんだよ。

 猶予日数も伸びるし、テオがパーティリーダーになってくれたらいいのではないかと。

 そしたらね、断られました。食い気味に。

 本人の言葉をそのまま言うと、「お前達のしでかす事に責任を持てる気がしない」とのことだ。

 なぜか全然解らないけど、強い意思を感じたりしたよね。ホント全然、解らないけど。

 なのでうちのリーダーは、一応たもっちゃんになっている。たもっちゃんはDランクであり、Dランクの猶予日数は九日だ。

 ギルドの罰則ノルマを避けるなら、一ヶ月に三回は仕事をしなくてはならなかったのだ。

 そして今回の我々のように、ノルマをこなせなかった時にギルドから押し付けられる依頼はしょっぱい。

 なぜならそれは罰則であり、あまりに割に合わないために残った依頼が回されるからだ。

 だから私はこの罰則ノルマが嫌いだし、そのために猶予日数を数えてちまちま草を売ったりもしている。

 それをうっかり忘れていたのは、ものすごく突き詰めて考えてみると、たもっちゃんのせいだった。

「えー? 俺ぇ?」

 しかしその本人はまるでぬれ衣と言わんばかりに、めちゃくちゃ声と顔面に不服げな感じを出している。

 我々は窓口近くのテーブルで、ギルド職員が提示してきた罰則依頼を選びながらに反省会をしていた。嘘だ。たもっちゃんの報告連絡相談の甘さを責める会を開いていたのだ。

「先月のさー、あれ。エルフをさ、たもっちゃんたちが救出して回った時のやつ。王様が仕事扱いにしてくれたらしいじゃん」

「そうだよ。助かったでしょ」

 まあな。それはな。

 エルフの略取と売買は国の法に触れるので、その被害者の救出は国の仕事になるとかどうとか。なんか色々と理由を付けて、我々が仕事を受けている形にしてくれていた。

 変態の愛から始まったエルフたちの救出は一ヶ月近くに渡ったが、お陰でその間ほかの仕事をしなくてもよかった。冒険者ギルドのノルマを気にする必要がなかったからだ。

 これはね、助かる。

 問題は、その仕事がぬるっと終わっていたことだ。

「終わったら終わったって言ってくんないとさあ。こっちは油断してんだからさあ。そらそのまま一ヶ月経つわ」

「いやいやいや、解るじゃん。大体解るじゃん。ここのエルフで最後だっつってんだからさ。それ助けたら終わりじゃん」

 依頼内容の書かれた紙をばっさばっさかき分けながら私がぶちぶち文句を言うと、同じく紙をばっさばっさやりながらメガネがぶりぶり反論してくる。

 どっちも自分だけは悪くないと思っているので、歩みよりも解決もあったもんじゃない。平行線とはまさにこのこと。

「ほうれんそうだよ、ほうれんそう。ふわっと終わってそのまんまて」

「じゃーリコが気を付けてたらよかったじゃん。聞かれたら答えたよ俺だってさー」

「落ち着け」

 その無益な争いに、終止符を打ったのはテオだった。

 テオは少し憐れむように、そしてどこか悲しげに。形のいい眉をひそめて、メガネと私のいさかいを止めた。

「お前達はどっちもどっちだ。両方迂闊で両方悪い。勿論、おれもだ。もっと気を配ってやればよかったな」

 その瞬間、爆発的な増殖力で。ある種の気持ちが我々の心をいっぱいに満たした。

 これを表現しようとすると、「おのれイケメン」の一言に尽きる。

 おのれイケメン。正論を言いつつ自分も悪い所があったのだみたいな話にしやがって。完璧か。どんだけできた人間だ。

 そうじゃなければ我々と付き合えないんだろうなって気はするが、今だけはその大らかさが憎い。

 たもっちゃんと私は醜くどうでもいい争いを忘れ、人間性への嫉妬とまじりっけのない逆恨みでキリキリと歯噛みした。


 そんなこんなありまして、取り急ぎ罰則ノルマをこなさなくてはならくなってしばらく留守にすることになりました。

 と、嫌々ながらに割に合わない依頼を三つ、あーだこーだ言いながら選んで戻ってユーディットに伝えた。

 すると、まだちまちまと改装工事は続いているがほぼほぼ内装のできてきた元倉庫の孤児院の中で、元城主夫人の、元城主の母の、元地方貴族出身の貴婦人は、我々を精神的に上のほうから見下ろした。

「のんびりしているからさぞやランクの高い冒険者かと思えば。そう、Dランク。何て事。慈善も宜しいけれど、本業を疎かにしてはならないのではなくて? わたくしどもは、そなた達を信じてここに身を寄せているのですよ。精々稼いでおいでなさいな」

「奥様は、こちらの事は心配せず任せて存分に働きに出てよいと仰せです。励むように」

 えっ、なんだよユッタンめっちゃ怒るじゃん。と思ったらモニカがすかさず意訳して、総合するとなにやってんだよいいからさっさと稼いでこいよと言うことらしい。

 ちなみにユッタンはユーディットのことだが、私が心の中で勝手に呼んでいるだけなのでうっかり心の外に出ないように深く注意しなくてはならない。

 そんなユッタンに放り出すように背中を押され、我々はとりあえず、クレブリの街を離れる依頼からこなして行くことにした。

 渡ノ月がくるからね。急いで街を離れないとね。二回連続同じ土地で渡ノ月をすごしてしまうと、ぼっこぼこに襲撃された公爵家みたいなことになっちゃうから……ね……。

 なんとなく同じタイミングで暗い目をしたうちのメガネと互いに肩を叩き合い、あれはもうやだよねと無言で互いにうなずいた。

 そうして、我々はまず依頼主の家を訪ねた。

 こちらの事情で申し訳ないが、出発をできるだけ急ぎたいと打診するためだ。

 街中に積もった雪はあらかたどけられ姿がないが、その下ですっかり冷えた石畳の道は氷のように凍て付いていた。これがまた滑る。

 少し坂になった場所では近所の子供が手綱の付いた木の板に乗り、重力と若さに任せたスピード感でぎゃーぎゃーとそり遊びを楽しむ姿もあった。子供ってなんなの。

 ケガしないようにほどほどになと思ったが、そのそばをただ歩いているだけの我々がつるんつるん滑って転んでちょっと泣きそうになってるのを見て子供のほうが引いていた。

 最後のほうには這うようにしてたどり着いた依頼主の家は、割と近所だ。よく滑る路面のせいで妙に時間が掛かったが、元倉庫の孤児院の場所から歩いて行ける距離だった。

 土と石の外壁の少々古びた集合住宅の一室で、最初に出てきたのは中年のふっくらとした奥さんだ。玄関先で依頼について話していると、すぐに話を聞き付けておじいちゃんが出てきた。依頼主はこの、なかなかによぼよぼとしたおじいちゃんのほうだった。

 おじいちゃんは我々が依頼を受けて、そしてなるべく早く出発したいと言うことを知ると、ちょっと待て! と両手をこちらに突き出して、家中をばったばったと引っくり返して荷作りを始めた。

「おじいちゃん、本当に行くんですか」

「こんだけ待ったんじゃ。行くわい。ザシャ! ザシャ! 準備せい!」

 奥さんは息子の嫁なのかも知れない。おじいちゃんの後ろに付いてうろうろしながら、ほんとに? ほんとに行くの? と何度も確認しているが強く止める気はないようだ。

 しばらくすると、とにかく家にあったものをなにもかも詰め込んだみたいな、パンパンの袋を重そうに背負ったおじいちゃんと八歳ほどの男の子が出てきた。

 張り切るおじいちゃんに急な出発ですいませんと謝ると、早いのは別にいいらしい。なかなか依頼を受ける冒険者がおらず、もう待つのはあきたとのことだ。

「よろしゅうお頼みいたし申す!」

 ふんふんと鼻息荒くお願いしてくるおじいちゃんの横では、孫のザシャと言う少年が深々と頭を下げていた。

「祖父のむりを聞いていただき、ありがとうございます。気をつけたいと思っていますが、ぼくは運動がとくいではありません。ごめいわくをおかけすることもあると思いますが、よろしくおねがいします」

 マジメか。そしてたたき上げのサラリーマンかなにかか。

 少年、キミは本当に少年なのか。背中にチャックが付いていて、中から小さいおっさんが出てきても私はある意味安心するぞ。

 これはどうもごていねいにと少年に頭を下げ返していると、その母親の中年女性が固いパンと干した魚をあわてて布に包みながらに玄関に出てきた。

「もー、おじいちゃんいっつも急なんだから。お世話掛けます。ムリそうだったらね、いいんですよ。連れて帰っちゃって。おじいちゃんもね、この子が勉強ばっかりで友達もいないもんだから心配しちゃって。いい釣り具があったら友達もできるはずだとか言って。もー、単純なの!」

 ごめんなさいねー! とか言いながら、奥さんが今回の旅の目的を全部バラした。

 そうか、少年。周囲から浮いてしまっているか。おばちゃんはな、周りになじめないそう言う気持ち、ものすごく解るぞ。

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