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120 サービスタイム

 ある時、はっとして事務長は言った。

「そうか……エルフか!」

「うーん、気が付いてしまったか」

 事務長と私の視線の先には、全身をぐねぐねとよじりながらにエルフにおやつを差し入れしている変態がいた。その男の名を、たもっちゃんと言う。

 クレブリの街には城主に囚われていた一人を除いて、エルフの住人はいなかったらしい。

 だから今ここにいるのは、囚われのエルフを救出し里へ戻るエルフの軍団に私が土下座する勢いで頼み込み、どうにか残ってもらったいけにえだった。

 いや、なんかそうでもしないと引き揚げるエルフたちにくっ付いて、たもっちゃんがふらふらと大森林にでも行ってしまうような気がしたの。実際、里へくるなら歓迎するとエルフたちに言われてもいた。

 それはさ、困るじゃん。

 私はここで孤児院を作ろうと思い付いていたし、たもっちゃんにはそれをぜひとも手伝ってもらいたい。

 そのために、いてくれるだけでいいからとエサ役のエルフを置いて行っておくれよとめちゃくちゃ必死に頼み込んだのだ。我ながら、ひどいことを頼んだ自覚は一応はある。

 それがヒントになったようだった。

 うちのメガネを馬車馬のようにローバストで働かせたい事務長は、深く考え込みながら「エルフの誘致が先決か……」と靴の先をタンタカ鳴らして呟いた。

 この人は、本当に容赦ないレベルで仕事ができるんだなと思った。

 我々は廃倉庫の中にいた。視察二日目、午前中のことである。

 赤茶のレンガでできた建物の内部は一階も二階もだいぶん床ができていて、ちゃんとした住まいに見えなくもない。少なくとも、もう廃倉庫と言う雰囲気ではなかった。

 一階は食堂や教室にしたいと言う話になり、その半分ほどの面積は壁のない広い空間が作られている。

 子供がごちゃっと入ってしまうとあんまり広い感じはしないが、建物自体が結構大きい。広間もそこそこのスペースだ。

 テニスコート二面ぶんくらいかなと思うが、テニスをやったことがないからはっきりとは解らない。

 頭の中で色々考えていそうな事務長は、たもっちゃんとエルフの間にまざりに行った。誘致についてのリサーチかも知れない。

 それと入れ替わるようにして、こちらに向かって子供が数人駆けてくる。

 たもっちゃんからもらったおやつを両手ににぎり、小さな子供がびょんびょんと鮮魚のように飛びはねて言った。

「おばちゃん! おばちゃん! きんちゃんにおやつあげていい?」

「いいけど、自分たちのおやつはあるの?」

「ある。もらった」

「ならいいけどさあ。金ちゃんは特別空気読むだけだからね。ほかのトロールには近付いちゃダメだからね。頭からバリバリ食べられるんだかんね」

 わかってるー! と言いながらに駆け出して、その辺でヒマそうにしてる金ちゃんに子供がきゃっきゃと群がった。シュールだ。

 金ちゃんは、割と話の解る男だ。トロールなのに。トロールってなんだ。

 子供がおやつを差し出すと、金ちゃんは鷹揚に受け取ってほうびとばかりにその子を持ち上げぶんぶん振り回すくらいのサービスはする。これがまた、子供にはウケた。

 あまりになつきすぎるので、そこはかとなく心配になり口うるさく注意せずにいられないほどだ。このノリで野生のトロールに近付かれると、本当に困る。

 今もサービスタイムが始まった金ちゃんの前には、たもっちゃんから多めにおやつをもらった子供がわくわくしながら列を作った。

 まあそれはいい。野生のトロールには気を付けて欲しいが、金ちゃんは別だ。

 ただ、小汚い子供が作るその列に、普通にまざっているのはこの国の王子だ。そこだけ妙にぴかぴかとしている。

 毎回じいやがやんわりと、しかし必死に止めようとするが止まったことは今のところない。

「坊ちゃま、お立場を考えて下さいませ」

「許せ、じいや。平民の子供がどのように日々をすごしているか、身をもって学ぶまたとないきかいなのだ」

 トロールときゃいきゃい遊ぶのは別に平民の日常ではないし、王子の顔面がキリッとしていながらもどことなくうきうきしてしまっている以外は、なんかそれっぽい言い訳だった。

 孤児たちの中には王子と年の近い男子も多い。そのせいか、王子とうちの子供らはしれっと仲よくなっていた。

 ぺらぺらの古着を着た切りの子供らと、上等の冬服を着せられてこれでもかと着ぶくれた王子では、身なりからして明らかに違う。

 貴族の子息と名乗っていたので王族とは知らないはずの子供らも、最初はなんかやべえやつがきたとばかりに引いて距離を置いていた。しかし、すぐにうやむやになった。

 たもっちゃんを師匠と呼んで、いそいそと食事の準備を手伝う姿が見る者の胸を打ったのだ。嘘だけど。

 つまみ食いにはガードの堅いメガネと違い、王子はおっとりしていて付け入るすきが多かった。

 お前、いい奴だな。みたいな感じで近付いて、子供らはまんまと味見用の料理をせしめるなどしていた。

 そこからなんとなく仲よくなっていたのだが、食べ物が絡んだ時のうちの子たちがチョロすぎてちょっと心配になっている。


 三ノ月になってから、ちょくちょく雪が積もるようになった。

 街外れに建つ倉庫の周りはぐるりと空地になっていて、一方は街に面しているがその逆側はまあまあ切り立った岩場の海だ。ごつごつとした岩場の上には海へと伸びて先の途切れた橋がかかるが、これは船から直接荷物を運ぶための桟橋らしい。

 我々が買った廃倉庫は元々、船を持った商人が海路で運んだ荷物や魚を積みおろしするために建てたのだそうだ。しかし、すぐに放棄した。

 確かに倉庫の内部は廃墟感があったが、レンガでできた外壁はそのまま使えるほどしっかりしていた。もしかすると私が勝手に思うほどには、古い建物ではないのだろうか。

 なんでダメになったんだろうなあ。結構格安だったらしいから、うちとしては助かるが。

 そんなことを考えながら、雪の積もった倉庫の周りで子供らがきゃあきゃあ騒ぐのを眺める。

 雪は私の腰近くまであった。午後になり、屋内にあきた子供らが枯草色のオオカミたちと積もった雪にぼすぼすうもれて追い掛けっこしている。ほほ笑ましい光景だ。

 いや、大森林の魔獣であるオオカミといたいけな子供が追い掛け合うのが本当にほほ笑ましいのかどうか。意見が分かれるところかも知れない。

 まあ、それはいい。今さらだ。それよりも、寒さもいとわず雪遊びする子供たちの姿に私は気が付いてしまった。

 子供の冬服を早急に、そして大量に買わなくてはならないと。

「見てるほうが寒いわ」

「古着かなぁ。コートも欲しいけど、仕立ててもらうと高いかな」

 私が深刻なトーンで相談すると、たもっちゃんが「それな」とうなずき頭を悩ます。

 子供らが着ているくたびれた服は、元々着ていたぺらぺらの古着だ。見てるだけで解る。あの布に、防寒性は多分ない。

 そんな姿で雪の中を走り回る子供らを、我々はたき火の近くで震えながら見ていた。たもっちゃんも私もテキトーに買った冬の上着を着込んでいたが、それで火に当たっていても足の裏から凍るようにジンジンと寒い。

 子供ってなんなの。

 王子が雪遊びにまざっているのを心配そうに見ているじいやが、それでもたき火のそばから離れられないのも仕方ないことだった。

 お世話係の青少年が付いているからいいのだ。マジメな騎士も王子や子供たちのほうにいて、海に転がり落ちたりしないよう見てくれているから安心なのだ。

 ふまじめな騎士は我々と共にたき火のそばに縮こまり、ふところからこっそり出した酒瓶を回し飲みなどしていたが普通にじいやも飲んでいる。寒いからな。しょうがないよなと言う空気。

 これはなんの集まりなのかと訳の解らなさが最高潮になったのは、たもっちゃんが異世界のイカ的なもので試しに作ったスルメに似たなにかをたき火であぶり始めた頃だ。味は割とおいしくできてた。

 服を安く作りたいなら生地の裁断までを仕立て屋に頼み、縫う作業を街のおかみさんたちに委託する方法もある。

 と、スルメと酒をちびちびやりつつ教えてくれたのはふまじめなほうの騎士たちだ。

 裁断し職人ギルドに持ち込めば、そちらで登録したおかみさんたちに仕事を割り振りできあがったものを渡してくれるのだそうだ。

「騎士服は、下っ端ほど痛むのが早いからな。騎士団でまとめて仕立てて支給してやるんだ。多少は雑だが、着る分には問題ないぜ」

 なるほどなあ。よいことを聞いた。

 お礼にあったかいものでもとメガネが海鮮鍋の準備を始め、たき火に群がる大人たちの間にどことなく炊き出し感をかもすなどした。

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