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118 さっぱり

 クレブリの元城主夫人、そして母。かつては教職を夢見たと言う、聡明なユーディット・ハッセの怒りは深い。

「下郎、その手をお離しなさい」

「下郎」

 時代劇とかでしか聞いたことのない単語に、私はうっかりじわじわと笑った。しかし多分、笑っている場合ではない。

 地位や権力を失った今も、ユーディットは誇り高い貴婦人だ。そんな彼女が、神官とは言え複数の男たちとにらみ合っている。そりゃもう、バッチバチ。

「誰の許しでその様な無体を働くのです。ここにいる子供は、全てわたくしの教え子ですよ。勝手な真似は許しません」

 凛と背筋を伸ばす貴婦人を、どうやら一番えらい感じの神官が「ふん」と鼻で笑ってみせた。

「教え子? 孤児でしょう。孤児に何を教えると? 貴方も、――今はどうか存じませんが。貴族のお生まれなら解る筈。野良犬の様に下賤な者に、理解できぬ教育などは過分な贅沢と言うものですよ」

 その傲慢な言い草に、ユーディットがどろりと表情を濁らせた。

 なるほど、解った。こいつらは殺す。みたいな空気がゆらゆらと出ている。これはいけない。腹を決めたお侍はやる。ような気がする。

 心がどろどろするような、憤りを覚える気持ちは正直解る。私も、これはねえなと思ってはいる。

 神官たちの言動を見ていると、孤児たちが神殿に近付きたがらないのも納得だ。それこそ動物でも相手にしているようで、まるで人間扱いしていない。

 確かに孤児たちはちゃっかりしてるしがめついしちょっと目を離すとものすごく汚れて帰ってくるしなかなかなつかず本心を見せようとはしてくれないが、私の感覚ではもううちの子だ。おのれ神官、末代まで許さぬと言う怨嗟がちょっとだけ渦巻く。

 しかしこれから子供たちが暮らすはずの場所を、陰惨な事件現場にする訳にも行かない。とっさに怒れるユーディットを押しのけて、結果として私が神官たちの目の前に出た。

 何となく嫌な位置だが仕方ない。できるだけ穏便に、事件になる前に追い返したい。

「えー、とね。話、は、大体解りました」

 だから、と私は言葉を続けようとしたが、その前に「ほう」と感心するかのように神官リーダーが口をはさんだ。

「殊勝な事だ。では、孤児をこちらに……」

「いや、渡さないけども。渡す訳ないでしょ。あんたらみたいなクズの所に」

 はっと息を飲むような、絶句するような、それともあきれてしまったような。その瞬間、私の周りは居合わせた人たちのかもし出すそんな空気でいっぱいになった。

 私は思った。あっ、これはあれだなと。言葉を間違えた気がすると。

 まあ、うっかり正直にクズとか言ってしまったからな。そら怒るわな。穏便にとはなんだったのか。

 案の定、下っ端の神官たちが怒りで沸騰するように顔を真っ赤にしてわめく。

「貴様、何と言う口を!」

「話は解ったと言ったではないか!」

「うん、だからね。あんたらが、子供を人間扱いしてないってことがよく解ったの。そんなクズと話すだけムダだし。話すこともないし。だからさ、帰って。で、二度とこないで。その顔、もう見たくないからさ」

「きっ、きさっ貴様……きっさまー……!」

 人はあまりに感情が高ぶると、うまく言葉が出てこないらしい。神官服のおっさんたちは貴様貴様とうるさいが、わめく中身には内容がなかった。

 お? なんだ? さっきまでの勢いはどうした? 言いたいことはそれだけか? お? お?

 と、さすがにそのまま言いはしないが割とそれに近い感じで私が煽るだけ煽るなどしていると、いいにおいのする鍋をかかえてうちのメガネが参戦してきた。

「えー、何? めっちゃ喧嘩してんじゃん」

 いや、違うな。参戦じゃない。あのめちゃくちゃけげんそうな顔には、「お昼ごはんにしようと思って料理を持って入ってきたらなんか知らんけどごたごたした場面に出くわした時のやつ」と言う題名を付けたい。

 大工たちの仕事によって、廃倉庫の中はいくぶんか住まいの形になってきてはいた。しかしまだ、改装工事は続いている途中だ。

 ここで料理をするのはなんかやだとか言い出して、たもっちゃんはレンガ造りの倉庫の外に土魔法で強引に調理場を設けた。

 今もそちらでお昼ごはんを作っていたので、神官たちの訪問に気付くのが遅れたようだった。

 一緒に料理を運んできたのは、なんかほかほかしたテオだ。

 冬の海風が吹き付けてクソ寒いと言うのに、わざわざ外で鍛錬していたらしい。つまり、あのほかほかは汗なのだ。

 ちょっとだけ、料理を運ぶの手伝うのやめてと言う気持ちが頭をもたげる。正直ごめん。でもどことなく、野郎の香りが隠し切れてない気がするの。

 そんな変な心配をしながらに、たもっちゃんとテオが外から入ってくるのを見て、やっと解った。そうか、この二人がいなかったから、私を止める人間がちょうどいい時にいなかったのか。

 レイニーと金ちゃんは食事のほかは、我関せずの姿勢が堅い。それ以外の貴婦人やその侍女や子供たちはなんとなく、いいぞもっとやれみたいな顔で私の暴挙を見守るばかりだ。やめて。気分がよくなっちゃうから。

 このメンバーで穏便になどと、土台ムリな話だったのだ。まあ、致命的にことを荒立てたのは私だが。

 でもな、ユーディットもやる気いっぱいだったしな。私がおとなしくしてたとしても、神官たちが無傷で帰れたとは思えない。傷と言っても心の傷だが。

 大体の話の流れをぎゃんぎゃん咆える双方から聞き、たもっちゃんはものすごく面倒くさげな顔をした。

「リコもさぁ、もっとこう……無理か」

 穏便にと言う話なら、私もそれはとっくに思ってる。

 ムリだよの気持ちを込めながら力強くうなずくと、知ってたとでも言わんばかりにメガネがきっちり視線を合わせてうなずき返す。以心伝心なのかも知れない。

 結論を言うと、神官たちはメガネと話すとかなりおとなしく引き下がって行った。

 その素直さが逆に納得行かねえなとは思ったが、たもっちゃんは我々の孤児院がすでに国の許可を得ていることと、王城からも役人が視察にくることを懇切丁寧に説明していた。

 だから話と言うよりは、他人の権力でぶん殴った格好である。しかも嘘。この時点では視察の予定などはなかったらしい。

 たもっちゃんはのちに、しれっと語った。

「ガン見したらさー、あいつら子供の数に合わせて中央神殿からもらってる予算を別の事に使ってるっぽくてさ。だったら国の役人に目ぇ付けられるの、嫌がるんだろうなーって」

 その辺をつついてみたら、ものすごく効果てきめんだった。

 そう言って、てへぺろと両手にピースサインを作って見せるメガネにはドブネズミのような輝きがあった。やり口が汚い。

 つまり神殿が子供を奪いにきたのは、子供の養育費として中央神殿から出される予算の増額を狙ってのことだったようだ。

 それがこのタイミングだったのは、孤児たちが我々の所に出入りするようになっていたからだろう。神殿を嫌い、大人を信じず、逃げ回っていた子供がおとなしくなったように見えたのだ。

 おとなしくなったなら、きっと神殿にも付いてくる。そんなふうに当て込んだらしい。

 まあ、誤解ですけど。僕らも全然なつかれてないんで、最初からムリな話ですけど。

 死んでないけど今はなき、存在自体が節穴でしかないクレブリの悪いほうの神官は、たもっちゃんに論破され改築中の廃倉庫からすごすごと去った。しかし。

 その直前に、ちょっとだけ刺さる捨てゼリフを吐いた。

「この様な偽善、いつまでも続けられるものか。気紛れに施しを与えて、人を救った気になりたいだけだろう」

 さすがは神に仕える者なのか、なかなか真理っぽいことを言う。腹立ちまぎれって気もするが。

 しかし、私はそれに首をかしげた。なんとなく、大元の前提が違う気がする。

「いやあ、人を救うとか私にはムリですよ。できるのはさー、場所とか物とか用意することくらいだからさ。子供はそれ利用して、勝手に助かってくれたらいいんじゃないですか。あ、あと、自己満足は当たってる」

 元々の動機が、徳を積んでポイントをためたいと言う不純さなので。

 この、都合がよければなんでもいいじゃんと言う私の理論は、神官たちには多分あんまり響かなかった。ただ、子供たちには多少のインパクトを与えたようだ。口も目もぽっかり開けて、マジかこいつとエイリアンでも見るような顔などをされた。

 神殿からの横槍は、この一度切りだった。

 その後なんだかんだで実際に王城からの視察が入り、どうしてかさっぱり解らないのだがクレブリの街の神殿はいつの間にかに神官がそっくり入れ替わっていた。

 どうしてかさっぱり解らないのだが。

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