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115 ほめてない

 私の決意に、たもっちゃんは鍋をつつきながらうなずいた。ああ、あれね。みたいな感じがものすごく軽い。

「リコが本気でポイント溜めようとしてる気概だけは感じる」

 うん。そう。

 例の、異世界にきてからゆるふわ倫理観が炸裂してしまった我々の罪を、ポイントを積んでどうにか相殺できないか作戦の一環として。

 孤児院を作れば我々の気持ち的にもポイント的にも助かるし、家のない孤児にはちょっとだけ安心できる居場所ができる。

 お互い、大いに得るものはある。ような気がする。と思う。多分。

 しかしそんなこちらの事情は、子供たちには解らない。話してないから当然だ。

 だから年長の孤児たちは、我々の散財と言う名の献身をあからさまに怪しんだ。

「なんでだよ。なんでそんな、得になんねえことするんだよ」

「それがね、なるんだよ。得に。おばちゃんたち、ちょっとだいぶやらかしててさ……功徳を積み上げなくてはならないの」

 私が思わず遠い目で冬の夜空を見ながら言うと、子供たちからはっと息を飲む音がした。

 まるで風に吹かれる木の葉のようだ。ざわざわと交わされる好き勝手な憶測が、妙な感じに変化しながら子供の間を広がって行く。

「くどくって?」

「わかんないけど、いいことじゃない? 悪いことしたから、いいことでごまかしたいんだよ、きっと」

「やっぱり。盗賊なんだ。おれら、盗賊の子分にされるんだ」

「とーぞく、しってる。わるいやつでしょ」

「でも、ごはんおいしいなら盗賊でもよくない?」

「おれ、うまく荷馬車とか襲えるかなあ」

 どうやらこの子供たちの中では、やましいところのある人間はみんな盗賊と言う認識らしい。

 やめろ。盗賊じゃねえから。お腹いっぱい食べれるんだったら盗賊になるのもまあいいかみたいな変な覚悟を決めるんじゃない。

「おばちゃ、おかわり」

 大きい子たちの話がよく解らないのか、幼児たちは貪欲に鍋を消費していた。

 中でもちっこい両手でうつわを大事そうに持ち、ちょこんと首をかしげながらにおねだりする女児があざとくてかわいい。世が世なら、銀座でナンバーワンを狙える逸材かも知れない。

「でもなー、水商売はなー。変な男に引っ掛かって身を持ち崩しがちなイメージあるよね」

 おばちゃん、心配。

 とか言いながら、鍋を取り分けうつわを渡す。受け取った幼児は、きょとんとしていた。

 仕方ない。そばで鍋を食べてるテオとかも、なにを言ってるんだお前はみたいな顔をしている。幼児に解らないのも当然だ。

 異世界の常識でできているテオは、やはり甲殻類が苦手なようだ。あの火を通すと顕著に香る、カニだよ! エビだよ! と言う独特のにおいがまずダメらしい。

 見た目や大きさは別として、味は地球の甲殻類と変わらない。おいしいはずだが、先入観がジャマをしている。

 気にしないのは食べられるならなんでいいと言う孤児たちの中でも特に小さい幼児グループと、口に入ればなんでもいいと態度で示すうちのトロールの金ちゃんだけだ。

 ただ金ちゃんは味が解る男と言うより、本当になんでもいいだけと言う予感があった。

 海岸の砂利を嫌うトロールのために足元には板を敷き、片腕でも一人で食事がしやすいように食器が固定して置ける専用の石のテーブルを出してある。

 テーブルは、妙に綺麗に保たれていた。ゆで上がった甲殻類をぽいぽい置くと、金ちゃんが片っ端から殻ごと食べてしまうので。

 殻はやめなさい。ぺっ、しなさい。ぺっ。

 みたいな感じで言ったりもしたが、ムダだった。殻をむいてあげればいいのだろうが、それは少し難しい。我々もカニの前にはただの人。カニがなくてもただの人だが、今は食べるのに忙しい。

 海辺の夜も深まってきて、そろそろシメのおじやにするか、それとも麺的なものにするかと話したりしている時だ。

 数人のエルフがエルフ鍋の輪から離れて、我々の所へやってきた。エルフ鍋とはうちのメガネがこじらせた愛の限りを尽くして作った、エルフ用の高級食材の鍋である。

 ほかにもエルフ救出に同行してくれた兵たちのために雑に指導した普通鍋とか、プライドの高い騎士たちに出した高級鍋通常モデルなどもある。

 エルフは好奇心の強いものらしい。彼らはカニに興味を示したが、一旦それは横に置き、まずは本題を切り出した。

「あの男、なんとか助けてやれないか」

 そう言ってこっそりとさしたのは、この海辺の街で城主の地位と、奴隷として囚われたエルフを父親から受け継いだ青年だった。

 その相談にきたエルフたちの中には、憂い深げな表情の、長年に渡りこの街で囚われていた本人もいた。

 恨みを忘れないはずのエルフが、どうにか青年を助けてやりたいと望むのは被害者本人がそう願っているからだ。

 エルフの売買は大罪である。その罪を犯した父親を持つ彼は、同時にその囚われたエルフと恋人同士でもあった。ロミジュリである。

 一緒に死のうとしたほどだ。本気なのだろうとは解る。そして、同時に解らない。

 現城主である青年は、エルフを愛して大切にしていたと言う。ならばどうして、もっと早く自由を与えなかったのだろう。

 今だって、恋人であるはずのエルフには魔道具である奴隷の首輪が……と思ったら、あっ、これ? 違う違う。みたいな感じで本人が自分で外して見せた。魔道具の首輪を。

 当然ながら、奴隷の首輪は奴隷には外せない。つまり、彼女はすでに奴隷ではなかった。

「いつ頃の事でしょう。あの子が城主となったのち、どこへなりと逃げよと自由にしてくれました」

「イケメンかよ……」

「思ったよりちゃんとしてた……」

 たもっちゃんと私は、ぼそぼそとうめいた。

 エルフを愛するうちの実害のないタイプの変態は、でも、まだ負けないんだからね! みたいな空気を出したりしたが、その勝負は始まる前に負けていると言うことをどう伝えればいいのだろうか。

 部外者である我々がなんとなくいだくような疑問は、当人たちの手によってすでに一通り精査されたあとのようだった。

 では自由にされたはずのエルフがなんでまだ首輪をしているかと言うと、彼女自身が恋人のそばに残りたいと望んだからだ。

 前城主がエルフを囲っていたことは犯罪なので当然極秘のことだった。しかし城には使用人や家来たちもいる。さすがに誰一人知らないと言う訳でもなかった。

 それは城主の罪を知っていながら、長年見ないふりをしていた者たちだ。そんな信用できない人間に対しては、見せ掛けだけの首輪でも身を守れるパターンがあるらしい。

 エルフはどうしても目立ってしまうが、城主の持ち物に手を出す者は城にはいない。

「まだほんの子供の時分から、あの子は必死に守ろうとしてくれました。いつか必ず助けるからと、いつもお花を摘んで届けてくれて。あの子の真心がなかったら、きっと、一日も耐えられなかったと思います」

 ドレス姿の美しいエルフは、そこまで言って顔をそむけた。涙を見せまいとするように。

「あの子は逃げよと言ったのに、そばに残っていたせいで罪に問われてしまうだなんて」

 彼女は揺らめくたき火に照らされながら夜の海へと顔を向け、後悔をにじませ呟いた。

 たもっちゃんがこの街へきたのは、さらわれたエルフを助けるためだ。どんなことでも大体見える看破スキルを乱用し、囚われたエルフの居場所を特定した上でのことだった。

 だが探していたのがさらわれたエルフの所在なら、確かに当人がこの地を離れてしまっていれば条件が合わずに見逃していた可能性はある。

 もちろんそんな事情は知らないだろうが、城主の恋人である美しいエルフは自分を責めているようだ。

 罪人の子であることに変わりはないが、同胞を愛し慈しむ者を見捨てることはできない。

 そう言って、当事者の彼女に付き添ったエルフたちが我々を見詰める。その真摯な視線を受けて、たもっちゃんは、もだえるように体をよじってもじもじとした。

「とーとい」

「メガネ。さすがに察して。状況を。メガネ」

 頼むよメガネと肩をつかんでぐらんぐらんと揺すったが、まあ普通にダメだった。

 エルフの略取と売買は、罪を犯した本人だけにとどまらず一族にまで罰の及ぶ重罪だ。それは人族の王たちが、戦闘に優れたエルフとの衝突を恐れてのことだと聞いた気がする。

「だったらさー、怒らせたエルフの機嫌取れるなら大抵のわがままは聞いてくれそうな感じするじゃない? 逆にさ、どうだろ。青年をさー、奴隷にでも落として罪人として引き渡せくらいのこと言ってみたら。結構渡してくれそうじゃない? 多分」

 使い物にならないうちの変態メガネに代わり、まあまあテキトーに私が出した提案は人族エルフ関わらず「あー」と変に感心されてなんとなくそのまま採用となった。

 理屈が雑すぎて逆にいい、とのことである。多分これは、ほめてない。

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