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113 城主

 その時、レイニーと金ちゃんは少し離れた位置にいた。

 なんとなくべた付くような潮風とじゃりじゃりする小石の浜辺が苦手なようで、金ちゃんはその辺にあった大きめの石に乗って動かない。大柄な体を思い切り屈めて、まるで石にしがみ付くようだ。

 仕方がないので首輪の鎖をレイニーに任せて、私だけ漁師と子供たちにまざって甲殻類をかき集めていた。

 幸か不幸か、だから私だけだったのだ。

 いや、二、三人の子供たちもいた。彼らは私にカニを見せようと、わざわざ重たげな桶をかかえて運んできてくれていた。

 それは馬だった。大きく、強靭な、騎士が乗るような立派な馬だ。

 そして白い。海岸を、馬具の付いた白い馬が駆けてきた。

 わあ。お江戸で暴れる将軍様の馬みたい。と、私は頭の上に振り上げられたこれも大きな馬のひづめを見ながらに思った。

 死ぬところである。

 普通なら。

 しかし、馬は前足を振り上げて、後ろの足で立ち上がった格好で止まった。その瞬間に危険を検知し全自動で展開した茨のスキルが、大きな馬をぐるぐるに巻いて止めたのだ。

 なので、私は大丈夫だった。子供たちも、大丈夫だった。さすが茨。サンキュー茨。

「怪我は! 大事ないか?」

「はい、あなたは?」

 人がいると気が付いて、あわてて馬を止めようとしたのかも知れない。止まり切れずに前足を高く振り上げた馬から、一組の男女が浜辺に転げ落ちていた。

 彼らは抱き合うように倒れ伏し、身を起こしながら互いの無事を確かめている。

 いや踏み潰しそうになった我々をちょっと気遣えとは思ったが、多分、落馬したあちらのほうがダメージは大きい。

「ありゃ、城主様じゃねえか」

 子供たちと一緒に馬の下からさかさか這って逃げ出していると、漁師の中の誰かが言っておっさんたちがマジかとどよめく。

 お城にいるなら領主とかじゃないのかと思ったら、城主は領主から委任され領土の一部の管理を任された者らしい。場所によっては小領主とでも言うのかも知れない。

 とにかく小さい砂利が広がる浜辺にべちゃっと落ちてしまっているのは、なんだかえらい人らしい。

 城主と呼ばれた青年と、その連れである美しい女は悲痛な表情で見詰め合う。

「もはや、これまで。共に行ってくれるか」

「あなたとならばどこまでも」

 二人の前に広がっているのは、沖へ向かって深くなるほど真っ黒な海だ。どう見ても悲痛な面持ちで、海辺で気持ちを確かめ合う男女。

「悲恋カップルの心中シーンなの?」

 思わずぼそりと私が言うと、周りの漁師は「あっ、言っちゃうんだ」みたいな感じの顔をした。まあまあみんな思ってはいたけど、口には出さずにいたらしい。大人だなあ。

 しかし、絶対やだぞ私は。人が死ぬとこ見るのとか。あいつらが海にでも入りそうになったら、金ちゃんでもけしかけてなんとか止めようと決意する。

 心中カップルを見るのが初めてだったので、私も動揺していたようだ。多分トロールをけしかけたりしたら、逆効果だったような気がする。

 だが、実際にそうはならずに済んだ。

「あれ? リコじゃん。何してんの?」

 騎士のあやつる馬の後ろに乗せられて、たもっちゃんが現れたからだ。

 能天気に、そしてなんだか意外げに。

 なにしてんのと聞かれたら、危なっかしいカップルのことは頭からすっぽ抜けていた。いや、なんか。たもっちゃんいるなら、私があわてなくても大丈夫な気がした。

「いやいや、買い物買い物」

 カニいたよカニ。とさっきの桶を見せようとしたが、桶は倒れて中から赤土色の岩みたいな物体が逃げ出していた。

 それはさっきは見当たらなかった爪や足をニ十本ほどがちゃがちゃ動かし、今にも海に帰ろうとしている。

 なんだか足の数多いような気がするが、我々の業界ではごほうびなので問題はない。我々と言うか、日本人だが。

 もう少しで自由を手に入れようとしていたカニは、逃げたことに気付いた子供にわっと囲まれ捕まっていた。

 ぎゅっと身の詰まった爪を振り上げ、威嚇するカニ。おいしそう。しかしあれにはさまれたりしたら、結構痛いに違いない。爪の中に詰まっているのは、ぷりっと筋肉なのだ。

 荒ぶるカニをどうするのかと思ったら、小さな子供がためらいもなく甲羅を蹴った。

 ひどい。

 しかし、条件反射だろうか。蟹は爪や足を素早くたたみ、甲羅の周囲にびたっと収める。

 そうすると、カニはカニと言うよりごつごつとした岩みたいな姿になった。最初に桶の中で見たやつだ。ああやって収納されてしまうと、甲羅と足が同化して見える。

 そして、こうなればもう子供たちの勝ちらしい。年上組の男の子が二人、岩みたいなカニをせーのと持ち上げ桶の中にぽいっと戻して捕獲した。熟練である。

 私が感心して見ていると、たもっちゃんが騎士の手を借り自転車から下ろされる幼稚園児みたいな感じで馬の背中から下りてきた。

「あれ、カニなの? 強そうじゃない?」

「たもっちゃんさあ、なにしてんの?」

 ちょっとわくわくしているメガネに、私はさっきの質問をそのままに返した。

 こちらが海までやってきたのは甲殻類を求めてのことだ。しかし、あちらはエルフを助けに変態の館に行っていたはずだ。

「ん? いやいや、エルフエルフ」

 たもっちゃんは顔の前でひらひら振った手の先を、波打ち際で何人もの人がかたまっているほうへと向けた。

 そこにはエルフの軍団に囲まれた、一組の男女の姿があった。それはついさっき私や子供を馬で踏み掛け、今にも冷たい海に入りそうな空気を出していたカップルだ。

 たもっちゃんが指さす先をよく見ると、その美しい女のほうには首輪があった。その表面には溶かした魔石の放つ光で、魔法術式が描かれている。

 金ちゃんの首にはまっているのと同じ、魔法で行動制限を組み込んだ首輪だ。

 しかも女は色素の薄い真っ直ぐな髪と、透き通るような瞳。おまけに耳の先がつんととがって髪の間から飛び出している。

「エルフじゃん」

「エルフなんだよ」

 たもっちゃんがガン見して、エルフが囚われていると特定したのはこの街にある城だった。

 それで助けに行ったのに、いざ見付けた囚われのエルフは城主と手と手を取り合って逃げてしまったのだそうだ。

 なぜなのか。と、たもっちゃんは嘆いた。

 では多分、あの救出部隊のエルフたちに囲まれて追い詰められたカップルが、城主と囚われのエルフなのだろう。

 さらわれて囚われていたはずのエルフは、確かに魔道具の首輪をされている。しかし、服装は貴族めいた豪華なドレスだ。シンプルな服装を好むエルフにはめずらしい。

 そして、少なくとも成人に見えた。

 これはちょっと盲点だった。

 今までに助け出された囚われのエルフがみんな子供だったので、なんとなく子供なのだと思い込んでしまっていたのだ。

 だから、なんか。なぜなのかって言うか、あの二人が恋人同士だからじゃないかな。

 私は、彼らが逃げた理由を察した。

 察したと言うか、最初に追い詰められた心中カップルみたいな会話を聞いているので、多分ほかにないような気がする。

 人族の社会で、エルフの売買は罪だ。エルフはエルフで仲間を奪った人族を許さないだろうし、だとしたら、この人族とエルフの恋人たちに居場所はどこにもないだろう。

 いわば、ロミオとジュリエットである。

 設定は色々違うような気はするが、二人の恋を周囲が許さない系のやつ。しかもロミオはすでにジュリエットの親戚たちに囲まれて、絶体絶命の感がある。

 これはさ、逃げるわ。

 あの世で一緒になろうとか、思い詰めてもムリはない。

「たもっちゃん、あれさあ」

 私が大体の感じで察したことを伝えると、うちの変態をこじらせたメガネは一回浜辺に激突する勢いで倒れた。そして嫌だ嫌だとのた打ち回った。

 要約すると、心底うらやましいとのことだ。


 最終的に、カニは五匹くらいしかいなかった。誰も食べないしお金にもならないので、大体はその場で海に捨ててしまうものらしい。

 浜まで持って帰ってくるものは、思いっ切り網に絡んでなかなか取り外せないものだけだ。だからカニはあまり数がない。悲しい。

 対してエビは、結構あった。バケツ五、六杯はある。エビは足が細かくて、これでもかと網に絡んでくるためだ。

 売れるならともかく売れないのに網だけ痛めて行く甲殻類は、浜辺の嫌われ者だと漁師たちはしみじみと語った。

 なるほどなあとうなずきながら、とりあえず我々はカニを煮る準備などをする。

 囚われのエルフとその恋人の青年については、当事者とえらい人に丸投げにした。

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