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110 魔女鍋

 マダムとレディたちの要望により、追加で横流しした保湿クリームの代金についてヴァルター卿と私はもめた。

 居酒屋のレジの前でここは私がと言い合う部長と係長のようだった。係長が私だ。

 レベルが違いすぎて勝負にならない気もするが、ここで引いてはいけないのだ多分。

 そもそもお歳暮のつもりだったのに、お返しの贈り物とかもらってる時点で本末転倒なのではないか。そんな気持ちがすごくある。

 ただ、レディたちは平均五つ。美しきマダム・フレイヤにいたっては保湿クリームを二十個ほど発注してきていたので、今回届けられた贈り物については正直返さなくてもいいかなと思ってはいる。

 でもこれ以上に代金とか取ったら、また話が変わると思うの。やはりここは係長の私がとがんばっていると、そんなレジ前の攻防に第三勢力が割り込んできた。

「リコ、それと同じものがわたしもほしい」

 それは雲の上の社長のぼんぼん、王子だ。

 保湿クリームをばらまいて、王妃や女官たちにちやほやされる計画らしい。

「礼はする。用意せよ」

「こちらも、礼はさせてもらわねば」

 くそー、王族と貴族が自分のしたい話しかしない。

 私は、自分のコミュ力と交渉能力に限界を感じた。これはムリだわ。

 そこで次に打った手は、ぼんぼんと部長を抑えるために懇意にしている重役にご臨席願うことだった。王の片腕、アーダルベルト公爵である。

 いや、ホントに片腕かどうかは知らんけど。いつでも大体お屋敷にいるから、宮仕えっぽさ全くないけど。

 しかし家令と執事を従えて颯爽と現れた公爵は、あっと言う間にこの場を制した。

 まあまあと二人を鷹揚になだめつつ、老紳士にはこれ以上押し付けるとこの者たちが萎縮してしまう。これからも頼ることはあるのだろうし、借りを作らせてやるのもよいのではと説得し、まだ幼さの残る少年に対しては必要なクリームの数を聞き出して、それに見合う品物を用意したほうがよいでしょうとアドバイスしていた。

 なるほどなー、重役ってすごいなー。

 お陰でヴァルター卿からのお礼の応酬は止まったが、王子のほうは対価を取っての受注となった。まあ、順当だ。こちらは元々お歳暮を贈っていなかった。

 なんとなくうまく納得してもらい、客たちが帰ったあとで公爵が言った。

「ところで。君の評判の保湿クリーム、私は貰っていないけど」

「あれ、そうでしたっけ」

 公爵に大森林のおみやげは渡したが、その時はまだ保湿クリームはできてなかった。そう言えばそうだったなと思い出し、保湿クリームをぽいぽい出して渡しておいた。

 結構乾燥肌でねえ、とか言う公爵を見ながらに、やっぱり公爵家で働く人にも追加の保湿クリームを一つ二つ渡そうと思った。

 マダムやレディたちからはお礼のお礼をもらったとは言え最終的に渡した数が違いすぎるし、やはり小さなうつわ一つだけでは少ない気がする。必要ないなら、誰かにゆずってもらってもいい。

 公爵家で働く人は二百人ほどいるらしい。公爵家、特殊すぎて住んでるのは公爵一人だけなのに。ただお屋敷の仕事をするのは五十人くらいの使用人だけで、あとはほとんど私兵とのことだ。

 これに追加で二つずつ渡すと、それだけで四百。王子からの注文は「とりあえず百」とのことだったので、あわせると五百。

 前回保湿クリームを作るのに勝手に借りて使った鍋は、たもっちゃんコレクションの寸胴鍋だ。直径三十センチほどのあの鍋で作ると、一度に百三十から百六十個くらいの保湿クリームができる。ような気がする。

 仕上がりの量は多少ばらついてしまうのは、一緒に煮込む木の実や薬草やそのほかの素材を網で取り除くからだ。

 保湿クリームを作る作業は、難しくない。材料さえそろっていれば、あとは根気よくまぜて煮込むだけでできる。

 逆に言うと時間だけは掛かるし、ひたすら鍋をかきまぜていなくてはならない。

 一度に平均百五十個ぶんのクリームができると仮定して、五百作るにはそれを四回。

 もうさ、やだよね。

「うわ。魔女みたいな鍋がある」

 たもっちゃんは戻るなり、そんなことを言った。その近くにはテオもいて、エルフの姿もちらほらとあった。

 二、三日ぶりの再会だ。あちらは囚われのエルフを救出するため、どこかへ出掛けていたはずだ。

 ただいまの前にそれかよとも思ったが、気持ちは解る。私の前にあるのは確かに、魔女っぽさのある丸っこい深い鉄鍋だ。しかも大柄なトロールである金ちゃんが、丸々一人煮れそうな大きさ。

「何か凄いね、この鍋」

 黒く、ぶ厚く、深く、重たい。丸っこい鉄鍋をしげしげと眺めて、たもっちゃんが言う。

「どうしたの? 買ったの?」

「ううん。もらった」

 王子から、保湿クリームの対価として。

 これは私がリクエストした。煮込むのに時間が掛かるなら、多分一度にいっぱい作ったほうが効率がいいのではないか。

 思い付いたのが王子が帰ったあとだったので、公爵に頼んで伝言を伝えてもらったらこの魔女っぽい鍋が届いた。

「なんかさ、いい鍋みたい。鉄鍋だけど、内側に特別なコーティングがしてあって薬草煮るのにも使えるって」

「薬草って、金気嫌うのもあるもんな」

「そうなの?」

 なるほどなー、とうなずくメガネに、なるほどなー、と感心した。私が。

 なんでお前が知らないんだとテオが納得行かない顔をしていたが、だから私が草に詳しいといつまで誤解しているのかと。

 いや、この鍋についてはね、届いた時にそう言う説明を受けてたの。コーティングしてるから、薬草も平気って。

 ただ、なんでコーティングした鉄鍋じゃないと薬草が大丈夫じゃないのかは解ってなかった。そうか、金属の鍋で煮てはいけない薬草もあるのか。

 だからなんだなあ。借りたり買ったりする時に、薬草のお茶を煮るって言ったらなぜか土鍋が自動的に出てくる現象は。

 たもっちゃんやテオたちが疲れた感じで帰ってきた時、私は公爵家の庭にいた。そしてぐつぐつと大量の保湿クリームを煮ていた。

 私はちょっと忙しかった。

 王子が送ってくれた魔女鍋はかなりの大きさだったけど、その中はぽいぽいとぶち込んだ素材やできかけのクリームで結構いっぱいになっている。

 大森林でこれでもかと採集したつもりではあったが、保湿クリームを作るための素材もそろそろ尽きてきた。ついでに全部使ってしまおうと思ったら、なんかちょっと多かった。

 この感じだと千やそこらはできるだろうが、しかしそれでも大半は持て余すことなくはけて行く予定だ。

 公爵家の人たちに、追加で渡すのが四百。

 はっきり値段は聞かされてないが、多分きっとものすごく高い魔女鍋と一緒に王子からは手紙が届いた。それにより、しれっと注文数が三倍になった。三百である。

 四百と三百を合わせて七百。業者か。

 いっぱい作るの大変だろうから、大きめの鍋にしておいた。みたいなことも書いてある王子の手紙を読みながら、さすがに私もなんでこうなっちゃったんだろうなとは思った。

「て言うかさ、たもっちゃん。坊ちゃんのことちゃんと見ててあげなよ。そもそもグチ言いにわざわざきたんだよあいつ。仕事と恋人と、どっちが大事なのなんて不安にさせた時点でダメらしいじゃん」

「忙しくてすれ違いがちの恋人達なの?」

 たもっちゃんは戸惑いながらも反射的に答えたが、私も割とそれに近いことを感じていたので「まあな」と同意するにとどめた。

 こうして私が自ら作り出した保湿クリームに振り回されていた数日の間、恐らくもっと忙しかったのはメガネ率いるエルフ解放軍だろう。いや、軍ではないかも知れないが。

 今までは、さらわれたエルフを探すためにちらばった、さらわれたエルフの親戚たちを集めていたが、今回は初めて、さらわれたエルフ本人の救出に向かったと聞いている。

 文章の中にエルフと言う単語が多すぎて、ちょっともうよく解らない。

「で、どうだったの?」

 私は大きく深い魔女鍋をボートのオールみたいなヘラでかきまぜ、首尾を問う。たもっちゃんはその辺で、芝生の上にすわりながらにぺらぺらと答えた。

「助けた助けた。いやね、俺もね、さらわれたエルフっつうからさ、薄い本みたいに酷い目にあってても不思議はないよなって思って一応覚悟はしてたのね」

「たもっちゃん、言いかた」

 薄い本て。解るけれども。

 しかし、その心配は杞憂に終わった。少なくとも今回は。

「そしたらさぁ、なんかさぁ。エルフの女児に葡萄踏ませて作ったワインをひたすら飲んでる貴族だったわ」

「なにそれレベル高くない?」

 変態としての。

 それでなにがうれしいのか知らないが、世の中って広いなと思った。

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