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109 訪問

 少年は、訪ねてくるなり泣いていた。

「師匠はひどい」

「いや……たもっちゃん今いないけど」

「それはよいのだ。師匠がエルフのため、ひいては我が王のために力をつくしてくださっていることは知っている」

 それは解っているのだ。しかし、どうしても納得できない。王都にいるのに、どうして教えてくれないのか。忙しいのは解るが、ちらりとでも会いたいとは思わないのか。

「このごろは通信魔道具にもたまにしか出てくださらないし、師匠はもうわたしにきょうみがないのかも知れない……」

「遠距離恋愛に悩む恋人たちかなんかなの?」

 しかもちょっと重めの。

 あれだなあ。本人には言わないけどなんか不安で誰かに相談したいから共通の友人にグチを聞いてもらうパターンの、共通の友人っていい迷惑なんだなあ。今の私のことだけど。

 公爵家の応接間でさめざめと泣くのは、小動物めいた優しげな容姿の少年だ。ゆるやかなウェーブを描く赤墨の髪はあごのラインで切りそろえられ、ちらほらまざった象牙色の毛束がふんわりと輝く。

 その後ろでは、ぞろぞろと付いてきたじいやとお世話係の青少年たちが、どうしてくれるんだと言わんばかりにものすごい顔でこちらを見ていた。あと、少年が腰掛けたソファの回りには、どうしたどうしたと心配そうな八匹の枯草色のオオカミたちがうろうろとしている。なつきかたがすごい。

 少し前に大森林で出会い、そしてなぜかうちのメガネに弟子入りまでした王子と言う名の坊ちゃんとその仲間たちである。

 決起集会と言うか、必勝祈願パーティ的なものが開かれた翌日、たもっちゃんはエルフの集団と王の騎士や公爵家の私兵と共に出掛けて行った。いよいよ、さらわれたエルフを助けるらしい。

 だから今、少年の師匠、うちのメガネは王都にすらいない。

 それなのに、王子は公爵家を訪ねてきた。いきなりだった。貴族の家を訪問するには事前にアポを取るものだと聞いたような気がするが、王子となると別なのだろうか。

「いやいや、普通は一月も前に先触れが来るものですよ」

 私の疑問に、そんなことはないと同席した老紳士が答える。

 これはどんな高位の貴族でも、自宅に王族を招くにはそれなりの準備が必要になるからだそうだ。

 もちろん急ぎの用があるならこの限りではないのだろうが、しかし本当に急ぐなら貴族のほうが城に呼ばれる。やはり、王族の訪問は基本的には一ヶ月ほどの余裕を持って予定が知らされるとのことだ。

 エルフの救助は国としても大事件だからか、王の城でも話題になっているそうだ。我々が王都にいるとそれで知り、王子はいてもたってもいられずにとにかく駆け付けたと言う感じらしい。

 そうして一通りグチを吐き出して、少し気が済んだのかも知れない。涙を引っ込めた少年は、応接間のソファに座る老紳士へとにやりといたずらな笑みを向けて言う。

「ヴァルター卿、まちがえてはいけない。わたしはただの、貴族の子息だ」

 少年は自分の身分が王子であると、我々に気付かれていると知っている。しかしまだ、そう言うことにしておきたいようだ。

「おや、それは失礼を」

 その誰もだまされていない芝居に付き合い、了承の代わりのように軽い謝罪を口先に載せるのは髪も口ヒゲも真っ白な紳士。琥珀の瞳に若々しい光を灯す、ヴァルター・ザイフェルトだった。

 この人は、最初からいた。と言うか、この老紳士がきているところへ王子たちが乱入してきたのに近い。

 一応、客がいるなら待っているみたいなことは言われたが、老紳士が空気を読んでよければ一緒にと誘った。

 しかし、そうは言っても相手は王子だ。ヴァルター卿は面識もある様で、ならばそのことを知っている。

 これは早々に話を切り上げ、さりげなく帰る大人のやつかな。と思っていたら、そんなこともなかった。

 ホントに普通に一緒になって、王子のグチに付き合っていた。なぜなのか。その鷹揚さがただ者ではないような感じもするし、おもしろがってるだけの気もする。

「じゃまをしてすまぬな、ヴァルター卿」

 なにか用があったのだろうと王子に水を向けられて、老紳士は白い口ヒゲをなでる。

「いや、こちらのリコ殿に少々頼み事がございましてな。どう切り出したものかと思案しておりました」

「頼み?」

 王子と私が同時に首をかしげると、ヴァルター卿は困ったように苦笑いして見せる。

「先日、フレイヤ達に何やら化粧品を届けて頂いたとか。みな、甚く気に入った様子で、くれぐれもよく礼を伝えて欲しいと。色々と預かってきましたので、どうぞお確かめに」

「いや、でもそれは……日頃のお礼にと思ったんですけど」

 逆に気を使わせてしまったなあ。

 忍びない。みたいな気持ちを抱いていると、ヴァルター卿の合図によって豪華そうな花束や綺麗な贈り物の箱などが公爵家の応接間にどんどんと運び込まれた。

 荷物は何人もの手によって運ばれていたが、その中の一人。花束をがさがさかかえて入ってきたのは、見覚えのある御者だった。

「あれ? ノラじゃん。元気?」

「あ、あの……元気、です」

 室内だからかいつもの大きな帽子はなかったが、この子は間違えようがない。

 我々が王都から取り急ぎ逃げる時、ドラゴンの馬車をぶっ飛ばし大森林の間際の町まで送ってくれた男の子のようで男の子でない僕っ子系の内気な御者だ。

 おずおずと常にあとずさりし続けているようなこの感じ。懐かしさすらある。

「ノラ、ノラ。私さー、ノラにも渡そうと思ってたんだけど。保湿クリーム、いらない?」

「あ……いえ、大丈夫。です」

「えー」

 なぜこんな、断る時だけきっぱりと。

 私が少なからずショックを受けるなどしていると、それに気付いた内気な御者があわてて両手を振ってフォローした。

「違うんです。いらないんじゃなくて、もう、もらってて」

「あっ」

 それ、内緒だって言ったじゃん。

 みたいな感じで小さく声を上げたのは、公爵家の騎士たちだった。ノラを手伝い結構量のあるお礼の品を運び込んできた三人で、それは多分、大森林の間際の町までテオを運んだ三人でもある。

 私は、その三人に顔を向けそのまま目を離さずに声だけでノラに問う。

「もらったの、誰から?」

「えっと……」

「いくつ?」

「み……三つ……」

 ほおー。へえー。と、含みのありそうな相づちを打つのはノラの主である老紳士や、居合わせた王子、その連れの使用人たちだ。そして、レイニーがとどめを刺した。

「まぁ。何と手の早い」

 うちの天使は応接間の隅で、金ちゃんと一緒に空気のようにヒマそうにしてたが、そこだけはなんかすごい確信ありげに口をはさんだ。

 そっかあ。手が早いのかあ。

 なんとなくだが、ノラにはうちのメガネが作って渡した魔力を流すとえげつない光と防御魔法が展開する板をまだ持っているかを確認しておいた。

 いいか、やばいと思う前に容赦なく行け。

 ノラと公爵家の騎士たちによる、地味な私が三人の騎士からいきなり溺愛されたのですが的ラブコメの波動が気になりすぎて、客たちをしばらく放り出してしまった。

 よく考えたら、ヴァルター卿の頼みと言うのもまだ聞いてすらない。思案するほど言い難い頼みとはなんなのかと思ったら、保湿クリームのことだった。

「フレイヤ達に強請られましてね。もう少し譲って頂けないか、尋ねるだけでもしてくれないかと。不躾な頼みで申し訳ない」

 思案するほどどう切り出すか悩んでいた紳士は、しかしなんだかあっさりと言った。途中で発生したラブコメにより、なんかどうでもよくなったのかも知れない。

 それを聞き、私は気付いた。自分の気の利かなさが出てしまったと。レディたちをうるおすためには、一人に一つでは足りなかったのだ。あのうつわ、小さいし。

 いや、私もね、一応考えはしたの。少ないかなーって。ただ、肌に合う保湿的なものはなんぼあっても困りはしないが、肌に合わないとゴミでしかない。スキンケアとは、常に一種の賭けなのだ。違うような気もする。

 老紳士には申し訳ないことをしてしまったが、気に入ってもらえたならよかった。

 大量生産した保湿クリームの在庫はあるので、大丈夫ですよと伝えると髪もヒゲも真っ白な紳士はほっとしたようだ。彼はさり気ない動作でふところから紙を取り出して、テーブルの上を滑らせる。そこには何人もの女性の名前と、その横に注文数が書いてある。

 あっ。これ、お使いだ。会社帰りにしょう油買ってきてって頼まれた、お父さんだこれ。

 ヴァルター卿にお使いさせるマダム・フレイヤと娼館のレディたち、つよい。

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