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108 パーティー的

 アーダルベルト公爵家は、二ヶ月前に襲撃を受けた。魔獣も数が多かったためそこそこ被害を出してくれたが、最も大きな損害は巨大なフィンスターニスに与えられたものだ。

 あれはちょっとした山みたいなぶよぶよの体で、瀟洒な白壁のお屋敷をきっちり半分敷き潰して壊した。あの光景は忘れない。弁償するのにいくら掛かるんだろうと思って、気が遠くなったからよく覚えているんだ。

 そうして半壊したお屋敷は、今やほとんど元通りに見えた。

「結構直るもんですねえ」

「急がせたからねぇ」

 庭からお屋敷を見上げて言うと、同じように見上げながらに公爵が答えた。

「まだ、外側だけだけど」

 それは仕方ない。公爵家は大きい。そのお屋敷の半分だけでも、結構な広さだ。どう考えても冬までに全部作るのはムリだから、優先的に屋根と外壁を作らせたらしい。

 だから中に入ってみると、中身は床も天井もできてない。屋内に組んだ足場の上を飛び回り、大工たちが必死に働いている最中だ。

 しかしまあ、茨に巻かれたフィンスターニスがめきめきとお屋敷に倒れ込んだあの夜を思えば、ずいぶん補修も進んだほうだ。

 本当によかった。みたいな気持ちで公爵と一緒にぼーっとお屋敷を見ていると、帳面とペンを両手に持った執事さんがやってくる。

「失礼致します。今日片付けて頂いた魔獣の素材ですが、売り払った代金をギルドの口座に振り込むので構わないでしょうか。フィンスターニスの報奨金は、そうした筈ですが」

 それに、えっ、と声が出る。

「そのお金、あの時ケガした人のお見舞とかに使ってもらったのかと思ってました」

「君達から受け取る訳には行かないよ。治療費や特別手当はこちらからも出しているしね」

 いや、しかし。でもなあ。迷惑を掛けた我々がもらってしまうのはどうだろう。

 良心と誘惑の間で私がふらふら心を揺らしていると、公爵はびっくりするほど整った顔をぐいと近付け小さな声でささやいた。

「幾ら積んでも買えないものを、君達のお陰で貰ったからね。金くらい、何でもないさ」

「やだー、お大尽」

 お金をいっぱい持ってる公爵つよい。

 そう言えば、お屋敷をめきめき壊した時に土下座しながらお金をいくらか渡そうとしたが断られてしまった。いや、土下座はしなかった気もする。

 あれ、そんなはした金じゃたらねえよってことかとずっと思っていたのだが、この話を聞く限り少し違っていたのかも知れない。

 いくら積んでも買えないと言うなら、多分恩寵スキルのことだろう。お金に糸目を付けないくらいに感謝する能力って、なんだ。

 わくわくしながらたずねてみたが、絶対に教えてもらえなかった。


 私は大体、こんな感じでのんびりすごした。

 冬服を適当に買いに出掛けたり、そのついでに大量に作った保湿クリームをお世話になったヴァルター卿、の、経営したりしなかったりする娼館に届けたりもした。すごかった。

 そうこうする内に二ノ月も数日がすぎて、うろちょろしていたうちのメガネは着々とエルフたちを探し出して集めた。

 あっと言う間に、と言うほどでもないが、エルフたちは見るたびに増えて今では五十人近くいる。

「多くない?」

 いや、なんかいっぱいいるなーと思ってはいた。しかし今までは数人ずつとすれ違うくらいだったので、こんなにいるとははっきり解らなかったのだ。

 なんでこんなに集めんの? 趣味が高じすぎてない? と、私がメガネを問い詰めたのはエルフたちが一堂に会したパーティー的な会場でのことだ。

 それは公爵家の玄関ホールで開催された。

 このお屋敷には大宴会もできそうな広間があるが、そちらは現在補修中だそうだ。それはあれだな。我々のせいだな。

 豪華な玄関ホールには壁ぞいにぐるりとテーブルが並べられ、その上には公爵家の料理人と野生のメガネがせっせと作った大量の料理がこれでもかと載っていた。

 たもっちゃんはそれをお皿に取り分けながら、神妙な感じで首を振る。

「しょうがないんだ。エルフって、身内を凄く大事にするんだ。最高だよね。子供さらわれたとか言ったらさ、親族総出で探すんだって。何かさ、もうさ、尊くない? マジで」

 はー! もー! 好き! みたいな空気をかもし出し心底キモいメガネによると、ここにいるのはさらわれたエルフの親戚たちがほとんどだそうだ。

 両親はもちろん、いとこやはとこや祖父母や曾祖父母やそのさらに親の世代や叔父や叔母や大叔父や大叔母やまたさらにその上の世代までもがわんさかと捜索に加わっているらしい。

 エルフの寿命は長いと聞くが、外見上はあんまり年を取らないパターンのやつだ。誰がなにで何歳なのか、もう一切解らない。

 しかも今回さらわれたのは一人ではなく複数のエルフだ。つまりここには何家族もの親戚が集まっていて、ややこしさがさらにドン。

 それに、人数がふくらんだ理由はほかにもあった。この場にやる気いっぱいに集まったエルフは、親戚だけではなかったからだ。

「公爵さんと相談して、捜査とか捜索の手順はちゃんと踏むつもりだけどさ。どんなに気を付けても、何があるか解んないじゃない?」

 たもっちゃんはもじもじと体をくねらせながら、料理の皿をエルフに配る合間に話す。

「相手はエルフの売買が違法だって解ってて、気にしない様な奴だしさ。いざ自分が捕まるってなったら、逆切れして何してくるか解んないと思うんだ。捕まってるエルフ助けたら、すぐに皆でどっかに逃げたいんだよね」

 万が一にもエルフになんかあったらやだしと難しい顔をしていたメガネは、料理を求めてエルフが近付いてきたのに気付いてまたぐねぐねと恥ずかしそうに体をよじった。

 その落差がまた不気味だが、エルフから普通にお礼を言われてはよろこび、なにこの人ちょっと恐いと若干引かれてはよろこんでいた。変態の業界ではごほうびのようだ。

 たもっちゃんは、生きとし生ける全てのエルフを信奉に近い熱量で愛する。

 このエルフ救出に関する一連の行動原理には、恐らくそれが根底にあった。

 だから、安全確保のために。

 さらわれたエルフを助ける前にその捜索に当たっていた親戚たちと合流したし、街に暮らすエルフたちにも水面下で退去を要請していた。

 この、街に暮らすエルフたちは今回の件に関係ないと言えばない。ただ、どの変態を社会的に二、三回殺せばいいのかは、たもっちゃんの看破スキルで大体しぼり込めていた。退去を要請されたエルフたちの住まいが、その近所だったと言うだけのことだ。

 たもっちゃんは、キリッと語る。

「エルフさらって閉じ込める様な変態の近所に、罪のないエルフを置いておくなんて俺にはできない」

「なんでなんだろうなあ。いいこと言ってそうなのに、説得力がなさすぎるんだよなあ」

 日頃の行いって大事だなと思った。

 しかしまあ、心配は解る。

 エルフを助けにエルフがきたら、近くに住んでいるってだけで街のエルフも仲間だと思われてしまうかも知れない。

 そうなれば、確かになにをされるか解らない。相手はうちの害のないタイプの変態と違って、実害を出してくる迷惑な変態だ。安全を確保しておくに越したことはない。

 だが、それでも結構なムチャだ。

 同族を助けるためではあるが、近辺に住むエルフには家も仕事も手放して欲しいと頼んでいるのだ。

 それは簡単なことではないと、私でも解る。

 しぶる者もいて当然だと思っていたら、要請を受けたエルフは誰もが当然とばかりに承知した。そしてそればかりではなく、救助作戦にも参加させろとうるさかったそうだ。

 公爵家の玄関ホールでやる気いっぱいの親戚にまざって、やる気いっぱいにとりあえずごはんを食べているエルフたちがそれだ。

 エルフは総じて美しい。髪や肌や瞳の色も色素が薄く、自ら輝いているかのようだ。

 その雰囲気はどことはなくノーブルで、だから強い意志で団結し、同族を守ろうとするのはきっとエルフの誇りなのだろう。みたいな感じに思い込みそうになるが、どうだろう。

 ただエルフがケンカっぱやくて、仲間に手を出した人間を血祭りに上げないと気が済まないだけって可能性も高い。とても高い。

 大量の料理とエルフであふれたこの会場には、たもっちゃんと私だけでなくテオやレイニーや金ちゃんもいた。金ちゃんは特に、興味津々なエルフたちに大人気だった。

 奴隷に着ける魔道具の首輪がしてあるとは言え、割とおとなしいのがありえないらしい。

 トロールにしてはよくしつけがしてあるとしきりに感心しているが、特にしつけはしていないので多分その内エルフの誰かが頭からばりばりかじられたりするのだと思う。

 ものめずらしさで完全にわくわくしたエルフが金ちゃんに食べ物を与えているのをうちのメガネがうらやましげに見ている姿を私がドン引きで見ていると、エルフの中の特に髪の長い男性が一段高い所に立って杯を掲げた。

「勝利を!」

 その声で、私はやっと気が付いた。

 これはパーティーではないのだと。決戦前の決起集会的なやつだと。

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