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106 予兆

 異世界の秋である、一ノ月。

 それがいよいよ終わる日に、たもっちゃんは行動を起こした。

 予兆も、あると言えばあったのだ。

 はあはあしながらエルフのお守りを熱っぽく眺めたり、かと思えば妙に真剣に見詰めたり。ギルド職員に勧められるままに受け、ノルマの時間稼ぎとして扱っていた変なきのこの採集をさくさくとこなしていたりした。

 ちなみにこの変なきのこの依頼については、私は完全に忘れてた。アリの育てたきのこならあるが、まあ普通に種類が違う。

 たもっちゃんは見よう見まねの飛行魔法で大森林から引き揚げて、大急ぎでギルドに駆け込み採集依頼を完了させた。

 そして思い詰めたようなマジメな顔で、我々に言った。

「これから、王都へ行こうと思います」

 決定事項のようだった。

 すぎようとしている一ノ月と、これから始まる二ノ月の。その間には三日間だけ、渡ノ月が存在している。

 渡ノ月には天の加護が弱まるらしく、世界を運営する天界も把握してなかったメガネと私のかかえたバグが炸裂する期間でもある。

 渡ノ月には二回続けて同じ土地にはいられなかったし、場所によっては一回でもダメだ。

 前に王都ですごした渡ノ月には、魔族と魔獣に襲撃された。その記憶がよみがえり、なんだかすごく心配になったが一回別の場所ですごしているので今回は平気とのことだ。

 そうしてまた飛行魔法でぶっとばし、むりくり王都に戻って翌日。

 我らが変態メガネたる、たもっちゃんがエルフの女性を誘拐してきた。

「どんなに引くほどキモくても、最後の一線は越えないものと信じていたのに……」

 そう言ってさめざめ泣きまねを始めた私に、たもっちゃんはめんどくさそうに顔をしかめた。

「違うから。誘拐じゃないから。むしろ助けてきたほうだから」

 うん。まあ、そうかなとは思ってた。

 王都に着いた我々は当然のようにアーダルベルト公爵家に泊まっていたが、ふらっと出掛けたメガネとテオはエルフの女性だけでなくぞろぞろと衛兵を連れて戻った。

 大きな街の兵たちは、警察のような役割もこなす。これでホントに誘拐だったら、メガネもテオも戻ってこられず檻の中にいるはずだ。

 だから少なくとも合法ではあるのだろうと思っていたが、それでもうちの変態とエルフのご婦人って組み合わせは不穏だ。一瞬、すごく、不安になったのも仕方ない。

「で、なんなの?」

 火に掛けた寸胴鍋を長いヘラでかきまぜながら、私はたずねる。誘拐じゃないのは解ったが、それ以外はなにも解らない。

 たもっちゃんと一緒にいたのはテオだけで、私やレイニーは置いて行かれた。あと、トロールの金ちゃんも。

「リコがさ、エルフからもらったお守りあるじゃん? あれってさ、親が子供に作ってあげるものらしいのね」

「ふーん」

 それは知らなかった。

「じゃあ、大事なお守りだったの?」

「そうだよ。特に、お守り作ってくれた親が行方知れずになってんだから。かなり無理して渡してくれたんだと思うよ」

「マジで?」

 私が出会った少年のエルフは、おじいちゃんのために万能薬の素材を求めて一人で里を飛び出してきた。

 きっと、相当な覚悟だったのに違いない。その覚悟の延長で、大事なお守りを泣く泣く手放してしまったのだろうか。

 逆に悪いことをした。ような気がする。そんな苦い気持ちで眉をよせ、火から下ろした鍋の中身を細かい網でこして行く。

 そうしながら、気が付いた。

「たもっちゃんさ、なんでそれ知ってんの?」

「ガン見した」

「お守りを?」

「お守りを」

「エルフのだから?」

「エルフのだから」

 こっくりとうなずくメガネの姿に、変態って恐ろしいなと私は思った。

 しかし、そうしてガン見したから解ったのだそうだ。あの子供のエルフのお守りを作った母親が、人族の街に囚われていると。

「それが王都でさー、だったら公爵さんに頼んだら兵隊でも出してもらえるかと思って」

 泣いているエルフがそこにいるのだ。なにを迷うことがある。とばかりに、たもっちゃんは急いで依頼を片付けて急いで王都までくることにしたらしい。

 エルフが絡むと、行動力が違う。

「場所調べて行ってみたらさ、エルフのほかにもいっぱい捕まってる人いてさあ。違法に売り買いされてたっぽい。正式に事件として調べてくれるって。それでさ、リコ」

「んー?」

「何でリコは台所使わせてもらえるの?」

 鍋で煮て網でこした液体を、調理台に並んだ小さなうつわにせっせと詰める。それは中身が入った端から、メイドさんたちが手際よく空のものと取り替えてくれていた。

 そんな作業風景を、たもっちゃんは捨てられたイヌのような顔で見ていた。

 場所はアーダルベルト公爵家の、台所。かつて滞在した時に、うちの料理担当のメガネが決して足を踏み入れることを許されなかった場所である。

「いや、公爵さんにはさ、お歳暮贈るみたいな話になってたじゃない? 考えてみたら、メイドさんたちにもすごいお世話になってたからさあ。なんか作れないかと思って」

 アイテムボックスの中を探ると、ちょうど保湿クリームが作れる木の実が大量にあった。

大森林で採集した素材だ。

 私はひらめいた。

 これだと。肌に合う保湿的なものは、なんぼあっても困らへんのやと。

 ウズラの卵ほどの堅い実を大きな鍋にぽいぽい入れて、体にもいいが肌にもいいらしい乾燥させた薬草のお茶も入れてみた。これで熱を加えてじっくり煮ると、木の実から油がしみ出して保湿クリームになる。

 のかと思っていたら、まだ足りない材料がいくつかあった。その辺は、公爵家にお勤めの治癒師と言う名の衛生兵が教えてくれた。

 だが私にはかまどを作る能力がないし、メイドさんに配り歩くための、手頃なうつわも持ってなかった。

 これはどこかに出掛けたメガネを待って、一回外に買い物でも行かないとダメかなと思っていたら、話を聞き付け公爵が現れた。

 だったらうちの厨房を使っちゃえばいいじゃない、と言い出したのはこの人だ。料理目的じゃないためか、家令のおじいちゃんからも特に文句は出なかった。

 どこからともなくわらわらと集合してきたメイドもよく手伝ってくれて、手頃なうつわは彼女たちが手配して集めた。この協力体制は、最終的に自分たちに配られるものだと知っているからと言う予感もする。

 うつわの料金で若干もめたが、これはメイドたちが払うなどと言い出したからだ。結局、私が押し切って払う。危ないところだった。お歳暮を贈る相手から、一部出資されてしまうところだった。

 途中で自分も手伝いたいとか言い出した公爵が家令と執事と料理長につまみ出されて、そのあとは未練がましく台所の戸口でイケメン朗読を始めるなどの騒ぎはあったが、とにかくこうして保湿クリームは無事に大量生産されることになったのだ。

「くそー、手伝う」

「いいの?」

 たもっちゃんは、エルフの救助から戻るなりかなりあわてて駆け付けたらしい。自分が留守にしているすきに自分が入れない厨房へ、料理をしない私がしれっと入っていると聞かされて嘘でしょと衝撃を受けたようだった。

 その様子に、なにごとかと。テオや兵士やエルフの女性がぞろぞろと付いてきて、厨房の戸口で困惑していた。

 いいのか。エルフいるけど、放っといて。

 たもっちゃん、キモい感じで眺めるの趣味でしょと思ったら、あちらはあちらで忙しいそうだ。エルフの女性は被害者として、衛兵から事情を聞かれるらしい。

 しかし、なんかさー。ここにいる兵は、とりあえずいかついおっさんだ。

「配慮しよ、配慮」

「では、メイドに同席させよう」

 今まで変なのに捕まってたのに、よく解んないおっさんに囲まれるのきつくない? と私が衛兵のおっさんを傷付けていると、公爵が横から助け舟を出してくれた。

 エルフに付き添うメイドたちと入れ替わり、メガネがいそいそ調理台の前に立つ。二人でおたまを手に取って、熱い保湿クリームを小さなうつわにせっせと移しながらに話した。

「じゃあさ、あのエルフの女の人送りにまた大森林戻る?」

「いや、それが駄目なんだよ。助けた時にちょっと話したんだけど、同じ里から出てきたエルフがいっぱいいるから、そっち探して合流したいって」

 それらは今回助けた女性のように人族にだまされ囚われているか、当初の目的を果たそうと世界中をさすらっているらしい。

「目的って?」

「何かね、エルフの里から人族にさらわれた仲間を取り戻すんだって」

 事件じゃん。

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