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105 子供

 あれ? よく考えたら、私らが潰したことになってない? て言うか、潰れてない? 選民の街。

 その辺をちゃんと聞くの忘れたと、気が付いたのは帰ってきてからだ。公爵と話している時は、おどろくのとほっとするので忙しかった。街ではなく、子供たちのことに。

 調査に行った役人が子供を四人引き取ったなら、我々がスラムで出会った子供全部と言うことになる。とりあえず、水あめの草とかメガネのお菓子をこれでもかと公爵に預けて、届けてもらうことにした。

 しかし思い切ったなあ。いっぺんに四人は多いよなあ。お役人ってすごいなあ、大人だなあ。などとみんなで言い合って、しきりに感心しつつ大森林に戻った。

 それから二、三日して、ある午後のことだ。

 ドラゴンがエルフの子供を連れてきた。

「なぜなの?」

 思わず言った私の顔は、多分すごく険しかったと思う。

 ドラゴンが現れたのは、野営地だった平原だ。それはいい。このドラゴンは、割とちょくちょく遊びにきている。

 その姿が丸々太った子牛みたいなサイズで、ふよふよと宙に浮いているのも、まあ別にいい。怪獣大戦争みたいな体格で毎回森を破壊しながら遊びに来るのは勘弁してと話したら、なんかあっさりこうなった。

 最上位種のドラゴンともなると、自由自在に体の大きさを変えることができるのだそうだ。ただし重量はそのままで、この姿で歩こうとすると体が地面にめり込むとのことだ。

 大森林に囲まれたわずかばかりの平原で、びかびか輝くドラゴンはどこか得意げな様子で言った。

「さあ、エルフを連れてきてやったぞ。料理人はどこだ?」

「いないよ」

 それは多分、幸運の一つだ。

 ドラゴンが料理人と呼ぶのは、たもっちゃんのことだった。あの変態はテオと一緒に狩りに出て、留守だ。

 もう一つの幸運は、野営地がすでに解体されていたことだ。

 わんさかといた兵たちは転移魔法で王都へ帰され、もう一人も残っていない。

 この作業は、我々が公爵家に行く前に完了していた。そうして人目がなくなったから、ドアのスキルが使えたとも言える。

 平原は無人で、テントなどの物資がなくなり見通しがよかった。だからこそ、ドラゴンがおおい、と呼ぶ前に訪問に気付くことができたのだ。

 私はその時、レイニーやトロールの金ちゃんと平原のすぐ外にいた。そこで、特大のアリと物々交換にいそしんでいたのだ。

 この世界もアリは冬ごもりするらしい。春になればまた出てくるが、その時まで物々交換の習性を覚えているかは解らない。

 今しかないんだよ、私には今しか。

 そんな気持ちで手乗りチワワやハムスターサイズのアリたちに、せっせと黒糖をばらまいていた。

 だから地味に忙しくしていたのだが、遠目にもメタリックに輝くドラゴンは目立つ。全身が緑やオレンジにびかびか光るハデな姿に、なにか用かと手を休めて近付いてみたらエルフの子供を連れていたのだ。

 危ないところだった。

 私が気付かず、そしてこちらから近付いていなければ。ドラゴンは、森にとどろくような大声で我々を呼んでいただろう。

 そうしたら、うちのエルフを愛する変態が戻ってきてしまったかも知れない。危機一髪だった。

 突然の事案は回避されたが、しかしまだ安心はできない。

 そもそも、なんでエルフを連れてきたのか。そしてこの子はどこの子なのか。これは大丈夫なやつなのか。

 私が問うと、ドラゴンは「うむ」とこっくりうなずいて見せた。

「料理人がな、エルフの巣を探しておると聞いたのでな。喜ぶかと思うた」

「親切心がアダすぎる」

 そして全然大丈夫じゃなかった。

 ドラゴンが連れてきたエルフは髪が短く、身長も私の肩くらいまでしかない少年だ。

 彼は、得体の知れない人間やトロールを前にしておどろいていたようだ。それでも必死に、泣きそうな顔で、とつとつと語る。

「万能薬の素材を探しているんだ。里の大人はむりだって言うんだ。もうすぐ冬になるし、人手もないからって。確かにドラゴンは恐いし、大きいアリも強いよ。ほかにもいっぱい素材がいるのはわかってる。でも、じいちゃんの具合が悪いんだ」

 だから大人には黙って、一人で出てきた。何日も大森林をさまよって、ばったり出会ったドラゴンがまさか最上位種とは思わなかった。死んだと思った。

「だけど、言うだけは言おうと思って。血か、つめか、うろこがほしいって頼んだら、それだけじゃたりないだろって。アリのきのこを持った人族がいるから、教えてくれるって」

「それで付いてきちゃったの?」

「うん」

 事案は回避されたと言ったな。あれは嘘だ。すでに事案は起きていた。ドラゴンさんの手によって。

「よそ様の子供連れまわすのやめてあげてよお!」

 地面に崩れ落ちる勢いでわめく私にドラゴンさんは、わしは頼まれたことをかなえただけだが、「いかんのか?」と、きょとんとしたように首をかしげた。

 私は気付いた。常識が違うと。私も常識については不安だが、これはダメだと。

 考えかたを変えよう。今すぐにこの少年エルフを里に返して、全てをなかったことにするのだ。本当になかったことになるのかどうかは、ちょっと自信がなかったが。

「それで? なにがいるの? きのこ? 草? ドラゴンさんの血もまだ持ってるけど。おじいちゃん具合悪いんだったら、体にいいお茶も持って行きな。おばちゃんの効くから。多分。あ、それより万能薬にする? 急ぐんだったら、そのほうがいいかな」

 前に万能薬を作った時を思い出し、必要な材料をぽいぽいと出す。そうしながら思い付き、万能薬の丸薬を見せるとエルフの少年は白藍色の淡い瞳を丸くした。

「万能薬? いいの? え、万能薬?」

 うれしいけど、万能薬って水薬じゃない?

 みたいな感じで戸惑う少年に私はうなずく。

「気持ちは解る。でもこれ万能薬だから。ちょっと変わってるけど、効くのは効くから」

 なんかもう全部持って行けよと大きな布にまとめて包み、背負わせてみると小柄なエルフはよたよたとバランス悪くたたらを踏んだ。

「あ、ダメだなこれ。ドラゴンさんさあ、飛べるんだよね」

「無論、飛べるぞ」

「じゃあもうちょっと体大きくして、この子乗せて送ってってくれない? 帰りになんかあったらやだし。とりあえず、おやつ出すね。この子送って戻ってきたら、たもっちゃんに頼んでまたなんかお礼に作ってもらうし」

「うむ、よいだろう」

 ドラゴンは、私が出した山盛りのおやつを鋭い牙の並んだ口でぺろりと食べた。承諾の返事はそれからだ。順序がおかしい。

 びかびか輝き浮かんだ体がくるりとタテに回転し、かさばる荷物を背負った子供のお腹の辺りにもぐり込む。そしてまばたきするほどの一瞬で、子牛サイズのドラゴンはあっと言う間にゾウのような大きさになった。

「ではの」

 さっさと飛び立とうとするドラゴンの背中で、べったりとしがみ付くエルフの子供があわてたようにこちらを見下ろす。

「待って! お礼! お礼してない!」

「ワシはよいぞ」

「私もいいよ」

 相手は子供だし、多分そんなに持ってないだろう。お金とか。それよりも、早急にお家へ帰すほうが大事って気がするの。我々の、保身のために。

「人族は、金って言うのを使うんだろ? でも、ごめん。エルフの里にはないんだ。だから、かわりにこれ。魔獣よけのお守り。子供はみんな持たされるんだ。すごいんだ。目の前に魔獣がいても、じっとしてれば気づかれないんだ」

 一人で大森林をさまよっていても、なんとかなったのはこのお守りのお陰だ。

 エルフの子供はそう言って、魔石や、なにかの牙や、細いヒモを編んで合わせたネイティブ感あふれるお守りを投げてよこした。

「いいの? 大事なんじゃない?」

「いいんだ。里に戻ったら、たぶんもう外に出してもらえないから……」

 確かに大事な物ではあるが、もう使うことはないのだろうと。無断外出の重い罰を想像してか、切なげに若干遠くを見ながら言って小さなエルフは帰って行った。

 たもっちゃんが戻ってきたのは、それからずいぶん経ってからのことだ。

 私はもちろん、全て見ていたレイニーも別になにも言ってない。金ちゃんはそもそも、しゃべったところを見たことがない。

 それなのに、バレた。たもっちゃんは戻ってすぐに、的確にエルフのお守りを見付けた。お守りはどうやら魔道具のようで、アイテムボックスに入らなかったせいもある。

 しかし存在も知らないはずのお守りを、なぜ見付けることができたのか。

「何となく、瑞々しいエルフの波動を感じた」

 そう答える変態は、キリッとした顔だった。

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