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104 おみやげ

「あっ、公爵さんが洋服着てる」

 たもっちゃんはドアを開いた格好で、こちらに背中を向けて言う。

「あ、マジで? どんなのどんなの? もう調子いいの?」

 その後ろから私やレイニーや私に引っ張られたトロールの金ちゃんと、一番最後に居心地悪そうなテオが続いた。

 我々が公爵の寝室を訪ねた夜は、そろそろ秋も終わろうかと言う頃だった。

 通信魔道具で約束してから、結構日にちがすぎてしまった。

 公爵家が魔族や魔獣に襲撃されて、その詫び石でアーダルベルト公爵に新しい恩寵スキルが下賜された。あの夜から考えてみれば、そろそろ二ヶ月が経とうとしている。

 ドアのスキルで勝手に訪ね、久しぶりに顔を合わせた公爵はパジャマではなく普段着だった。普段着と言っても、高級な上に洗練されたなんかかっこいい服だ。

 昔、判定者のスキルを受け継いだ時には高熱で二ヶ月ほど意識不明だったと聞いた。今回は微熱程度でそこまで重い症状ではなかったが、時期としてそろそろ体調が戻る頃合いなのだろう。よかった。

「これ、お土産です」

「これも、おみやげです」

 広い寝室には書き物ができる程度の机があった。夜も遅い時間ではあったが、公爵はそこで書類仕事していたようだ。

 我々は忙しそうな空気を読まず、ブルッフの実のお菓子やどす黒い丸薬、体にいいお茶、なんか高級素材だと聞くきんぴかの毛のかたまりなどをどさどさと置いた。

「……相変わらずの様で、安心したよ」

 机の上にごちゃっと積んだそれらを見詰め、公爵は控えめな表現であきれを見せた。

 その彼がまず興味を持ったのは、謎の丸薬のようだった。ビー玉ほどの大きさの薬を一つ手に取って、したたるような蜜色の髪をさらりと揺らして首をかしげる。

「これは?」

「あー……それ」

「万能薬、ですね……一応」

 たもっちゃんと私は、お互いの顔を見ながらに微妙な感じでぼそぼそと答える。

 ポーションと同じく水薬であるはずの万能薬が、固形になるまでには色々とあった。

 まず、気が向いて作り始めたのが私だ。この時点で失敗が約束されていた。

 あとは不可欠らしいドラゴンの血がなくて、遊びにきてたドラゴンさんに軽い気持ちで頼んだらやたらと大量にくれたとか。素材のために血詰めの虫を拾った人たちのことを思うとさすがに良心が痛むので、魔法陣で帰還する兵にドラゴンの血を多少預けたりとか。

 大体の感じで材料を鍋にぶち込んでたらいつの間にか量が増え、最終的に一番大きな大人が三人煮れそうな鍋いっぱいにこげ付いたペースト状の物体ができたとか。ケガとか病気とか状態異常には異様に効くけど泣くほど味がこげくさい、とかもある。

「料理下手って、目分量もばかなんだなーってしみじみ思いましたよね」

 たもっちゃんは、すごく嫌そうに感想を言った。不思議だよね。私がうまくできないのって、料理だけじゃないんだぜ。魔法もだ。

「私、いまだにマッチくらいしか使えないんですよね。モノマネ込みで。だから魔力出せって言われても解んなくて」

「しかし、万能薬は魔力を込めて作るものだろう?」

 じゃあこれはどうやって? と、公爵は指でつまんだ丸薬を見る。

「いや、うまく行かないなーっつって私が鍋かき回してたら、ドラゴンさんが」

 いくら見てても鍋の中は素材のままで、変化がないのが退屈だったようだ。気前よく血をくれたドラゴンに、まだなにか足りないのか聞かれて魔力っすねと普通に答えた。

 なんだ魔力かみたいな感じで、ドラゴンは私にたずねることもせず鍋にびゃっと魔力をそそいだ。その瞬間、それまですかすかと無為にかき回していた木のヘラが急にねっとり重みを増した。重くなったのは鍋の中身だ。

 鍋の中ではごちゃごちゃぶち込んだ素材から、じわじわと液体がしみ出していた。この時点では、確かにまだ液体だった。

 そこへあわてて駆け付けたメガネが、あわわわ言いながら手伝ってくれた。

 もっと大きな鍋がいると言われた時はなぜなのかと思ったが、すぐに解った。サイズとしては大きいほうだがまだ常識的な寸胴鍋から、すぐに中身がこぼれそうになった。

 異世界の薬は魔力をたっぷり加えて作るので、鍋を素材でいっぱいにしてると増えた薬があふれるのだそうだ。ワカメか。乾燥の。

 そこから二人掛かりで薬の材料を必死にまぜて、気付いたら途方に暮れるほどたっぷりとこげくさいペーストができていた。どの時点でこうなったのか、私にも解らない。

 この話を静かに聞いて、アーダルベルト公爵は言った。

「まぁ……貴重なもの、ではある。ね」

 我々はそれを、な? みたいな顔で見る。

 よく効くし多分あると助かるんだけど、なぜか微妙な気持ちになるんだ。この薬。

「公爵さん、これ。頼まれてたフリーズドライの作り方。書いときました」

 微妙な空気から目をそむけ、ほかのおみやげの説明などしてお茶をにごしたそのあとで、たもっちゃんは公爵に紙を渡した。

「フリーズドライ? ……あぁ、携帯食の。助かるよ。常備したいとうちの者が煩くて」

 公爵は受け取った紙に淡紅の目をさらりと通し、「恐らく、これも国に登録する事になるだろうね」と言う。

「なります?」

「なるよ」

 なるのか。

 フリーズドライの知財権はどうなってるんだろうなあ。罪の数がまた一つ増えそうで、私は顔に出して苦悩した。

 それをさし「あれはなんなの?」と問う公爵に、メガネがごにょごにょと事情を話す。

「ふーん、今更?」

 大体の話を把握して、公爵が放った一言は的確でいて容赦なかった。

「だって、だってね。よく解んなかったんですよ。よく解んないのに登録されて、よく解んないのにお金くれるって言うんですよ。そんなのさー、解んなくないですか?」

 そして最近になってようやく、人様の功績を食い物にしていることに気が付いた。

「まぁねぇ。気持ちも解るけど、もう遅いかな。便利な知識があるのを承知で、それが国の利益になるなら私も見逃せる程に高尚ではないから」

 それにすでに国を巻き込んで莫大なお金も動いているし、とアーダルベルト公爵はほがらかそうにとどめを刺した。慈悲はない。

「幸いお金は入ってくるんだし、慈善事業でもしてみたらどうかな」

「やっぱ、そうなります?」

「貴族の理屈ではあるだろうがね。避ける事の難しい罪を、別の部分で贖うと言うのは」

 やはり金に物を言わせて徳を積み、天界からギフトをもらうしかないのか……。

 いや、でもなー。といつまでもうじうじしている私に、公爵は「仕方ないなぁ」とそれはそれは美しく笑った。

「特別に、君の気が楽になる魔法を掛けてあげよう」

「魔法?」

 そんなのあるのかと思ったら、厳密には魔法ではなかった。イケメンがおしゃれに言ってみただけだ。

「ルディ=ケビンと言ったかな。あのエルフの錬金術師は」

 夜の寝室で公爵は足を組んでイスに腰掛け、鼻と口のすぐそばで左右の手の指先を全部ぴったり合わせてくっ付けた。

 その端正な顔に浮かぶのは、まるで性悪なネコみたいに魅惑的なほほ笑みだ。

「錬金術師は、新しい知識が大好きだからね。きっと喜ぶと思うなぁ、有用な技術を発表したら」

「あ、俺、知ってる事全部登録します」

 一片の悔いなしと言うような感じで、メガネは真顔で即座に落ちた。

 そう言えば、と思い出す。

 最初に登録した圧縮木材と酵母菌って、ルディ=ケビンがいつの間にかに王都に持って帰ったんだった。いや、ルディが悪いとは限らない。ローバストを出し抜きはしたが。

 エルフを前にしたうちのメガネが、壊れた赤べこのようにうなずくことしか知らないことが全ての原因だった気がする。

 これが公爵の魔法のようだ。宝石のような淡紅の瞳がいたずらっぽく輝いて、こちらに向けて片方だけがぱちりと閉じた。

 そっかあ。自分より最低な奴が身近にいれば、私も気が楽に……いや、なるかな。これ。

 なかなか業の深い話になったが、アーダルベルト公爵は最後に意外なことを教えてくれた。

「君達が潰した街に、子供がいただろう?」

「街を潰した覚えはないです」

「ほら。勇者達と一緒に潰した、あの街だよ。王都からも調査に人をやったんだけどね、スラムにいた子供達が暴走する勇者を懸命に諫めていたとかで、有望だと気に入った官吏が四人程を養子にしたそうだ」

「マジすか」

 潰した覚えはやっぱりないが、勇者を捨ててきた選民の街なら知っている。当座の食料を渡す時、できたら勇者を止めといてと言ったのを子供たちは律儀に守っていたらしい。

 子供四人をまとめて引き取る官吏もすごいし、そうさせる勇者もある意味すごい。

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