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103 凶悪

※虫注意。

 無数に、そして無秩序に。

 びっしりと並ぶ凶悪な黒いつぶつぶに、我々は視覚的な暴力を受けた。もう立ち直れないかも知れない。

 ドラゴンと言うものは、あまりに体が強靭すぎて体調を崩したりしないものなのだそうだ。お前は私か。私のはスキルだが。

 それなのに、このびっかびかのドラゴンはなんか調子が悪いと言った。それにはしっかり理由があった。いや、原因と言うべきか。

 体にいいお茶をがぶがぶ飲んで、少しして。その効果かどうかは微妙だが、ドラゴンが身をよじりながら言った。

「痒い」

 怪獣みたいな巨大な体をくねらせて、びったんびったん尻尾を地面に打ち付ける。その下にあったはずの草花の森は、もはや見る影もなくぐしゃぐしゃだ。

「待って待って待って!」

「死ぬ! 死ぬよ! 人ってね、ドラゴンさんの鼻息でも死ぬからね!」

 ましてや硬いウロコに守られた、尻尾で叩かれたら素直に潰れる。

 びったんびったんするのやめてとわあわあ言って逃げ惑う矮小な人間に、ドラゴンは不承不承に尻尾を止めた。

 それでも太い円錐の、尻尾の先がびたびた動いでしまうのはかゆくてたまらないからだろう。

 なにがそんなにかゆいのか、たもっちゃんが首をかしげてそちらに近付く。

 一緒になって走って逃げてた兵たちが、やめておけと止めてくれるがメガネのメガネは特別製だ。掛けてれば、人間部分も多分潰れることはない。と思う。

 派手な色合いでメタリックに輝くウロコをなでて、たもっちゃんはなんの気なしにと言うふうにその下を見る。

 それは尻尾の先だった。トカゲやワニと形状としては大体同じで、先に行くほど細くなる。細いと言っても大人が二、三人で腕を伸ばしてどうにか囲めるくらいある部位で、ウロコは半畳ほどの大きさだ。

 硬そうなウロコのフチに手を掛けて、よっこらしょと力を入れれば意外にめくれるようだった。

 その下に、びっしりと。

 テニスボールくらいの丸い、黒いマダニが食い付いていた。

「ひぃいいいやぁあああぁ!」

 たもっちゃんは、絹を裂くような悲鳴を上げた。ついでにそのその斜め後ろから覗き込みつつ、腹の底から声を出し「もうやめてえええええ!」と叫んだのは私だ。

 なんとなく、どうすんのかと思って付いて行ったのが悪かった。やめとけばよかった。

 ダニである。

 食品や布団なんかで問題になる粉みたいなやつじゃなく、外イヌをなでてたら毛並みの中になにかがあって、こんなでっかいホクロあったか? と不思議に思ってよく見たらその黒く丸い物体の根元にわきわきと細かな足が生えてるあれだ。マダニ。超恐い。

 泣きながら虫よけなどの草を煮て、兵に頼んでばっしゃばっしゃとウロコの下に掛けてもらった。腰が引けてる感じはあったが、みんなすごくがんばってくれた。

 見るのも嫌だし、近付くのも嫌だった。でも放っておくのはもっと嫌だったので仕方ない。

 草を煮てぶっかける作業を何度も何度もくり返し、夜中まで掛かって数え切れないダニの駆除を無事終えた。

 作業用の光の魔法に照らされる中で、ドラゴンは疲れ切ってへたり込む我々をしょんぼりと見下ろす。

「すまんの……」

 自分がダニを持っていたと言う事実に、ショックが隠し切れないようだ。駆除の終わった自分の尻尾を両手でかかえ、ぎゅうぎゅう抱きしめる姿が悲しい。

 最上位のドラゴンともなると、自分が全身高級素材であることを自覚しているものらしい。

 ドラゴンは少し落ち着くと、礼になるか解らんが、と尻尾のウロコをぷちぷちちぎって我々にくれた。

 それは黒い丸いやつがびっしり付いてた部分だが、どうやら虫に食い付かれていたせいでウロコの根元が弱くなっていたようだ。そのために、たもっちゃんの力でも割と簡単にめくることができたのだろう。

 それなら、いっそちぎって新しいく生やしたほうがいい。虫が付いてたのって、なんとなく嫌だし。

 ドラゴンはしょんぼりうつむいて、ぼそぼそ言いながらちょっとハゲた尻尾をなでる。悲哀。悲哀がとめどない。

 半畳ほどのメタリックなウロコは、この最上位ドラゴンとしては小さいほうだ。それでも金貨十五枚は下らないと言うので、ちょっと多めに十枚ほどもちぎってくれたドラゴンさんには感謝しかなかった。

 でもあの虫のことは私もキモい。速やかに売り払ってしまおうと思う。


 やはり強靭であるはずのドラゴンに、体調不良を起こさせたのはどうやらマダニで間違いないようだった。

 駆除したあとはめきめきと体調も回復し、五日もしたら尻尾のウロコもすっかり元通りになった。

 なぜそれが解るかと言うと、本人がわざわざ見せにきたからだ。

「おーい、おぉーい」

 森の空気をびりびり震わせる大きな声が、ずしんずしんと重たい足音を伴ってどこか遠いところからしかし確実に近付いてくる。

 これなんて怪獣映画と思いながらに顔を上げたら、めちゃくちゃあわてたような感じで空に向かって火の玉が何個も打ち上げられていた。

「なんなの、あの玉」

 草刈りと物々交換を切り上げて、野営地に戻って捕まえたメガネに空を指さして問う。

 それによると、「だって、ほっといたら踏み潰されるじゃん」とのことだった。

 あの空気が揺れるくらいの大きな声は、先日会ったドラゴンのものだ。どうやら我々を探してたようだが、森の中では多分見付けてもらえない。

 踏まれる前に早急に返事をしなければ。と、メガネや野営地の魔法使いがわちゃわちゃあわてて火の玉を次々に打ち上げたらしい。

 体格差、すごいから……。最上位のドラゴンからしたら、我々は小さなネズミにも満たない。虫だ、虫。あわてるのも解る。

 野営地に混乱をもたらした本人は、しかし全く悪気はないようだ。

 高層ビルみたいな大きな体でそこら中の木々を倒しながら現れて、我々を見付けると姿勢だけは足をそろえてちょこんと座る。その下で、また樹木がめきめきと何本も折れた。

 ドラゴンは自分の尻尾を両手でかかえ、見て見て綺麗にウロコ生えたとうれしそうに見せてくる。

「どうだこの輝きは。美しかろう」

「わぁ凄い」

「わあ綺麗」

 メガネと私の合いの手に、とめどない接待感が出てしまうのは仕方のないことだった。

 この五日ぶりの再会は、野営地のごく近くで果たされた。王子である少年とすごした、騎士と兵と魔法使いがわんさかといるあの場所のことだ。

 百人近い兵隊たちは、ドラゴン狩りをあきらめた。また、その必要もなくなっていた。

 なぜならばドラゴンの血でパンパンに、テニスボール大にふくれた大量の虫がいたからだ。万能薬の素材としては、その中に含まれた血でも充分らしい。

 いやいやいや、それのせいだぞと。

 ほとんど崩すことのない、ドラゴンの体調不良を引き起こしたのはあのでっかいマダニだぞ。と、我々は引いた。あと、キモいし。

 しかし精製すれば問題ないと魔法使いが言ったので、兵たちはせっせと駆除した虫を集めて持って帰った。なぜだろう、切ない。

 このドラゴンダニとウロコについては、兵の一団と我々で分けることになった。その上で、軍の予算からお金を出して我々のぶんを買い上げてくれた。

 ドラゴンの素材は全部欲しいが、冒険者ごときの手柄をかすめ取るは武門の名折れ。みたいな感じでキリッとした騎士が申し出てくれた。ありがたい。

 さすが騎士様。さすがお武家様。高貴なおかたはふところの深さが違いますなあとか言って、私はイヌのようにひざまずいて代金をもらった。この私のお金に対する姿勢には、テオが見たくないものを見てしまったみたいな顔をして、うちのメガネは泣くほど笑った。

 今でもダニを素材にするのはどうかと思うが、とにかくこうしてドラゴンを狩る必要がなくなった。野営地に引き揚げる兵たちと共に、我々も戻ってきたと言う訳だ。

 ただ、転移魔法の関係でここを拠点とするしかない兵たちと違って、我々は別に戻ってくる必要はなかった。そこを強硬な姿勢で押し通し、戻ると主張したのは私だ。

 僕はね、決めてるんだよ。この辺に住む特大のアリと、可能な限り物々交換を続けると。

 このメタリックな最上位ドラゴンと再会することになったのは、そんな私利私欲が功を奏した結果と言える。

 嘘だ。向こうが大森林を破壊しながら我々を探している限り、この森のどこにいてもその内いずれ会ったと思う。

 これ以降、このめずらしいドラゴンは用もないのにちょくちょく遊びにくるようになる。

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