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102 巨大なドラゴン

 顔を真っ直ぐ上に上げれば、草花の森にふち取られた空がそこに見えるはずだった。

 しかし、今はそうじゃない。本来空があるはずの森の合間に見えるのは、巨大なドラゴンの、恐らく腹だ。

「うわー、大きい」

「うわー、ぴかぴか」

 たもっちゃんと二人、ぽっかり口を開けてドラゴンらしき物体を見上げる。視界に入り切らないほどの巨体は、ごつごつしたウロコをメタリックな緑やオレンジに輝かせていた。

 歩いているふうはない。今だって多分、寝ていた体を起こしただけのような気がする。

 でも、それだけで地響きみたいな振動が起こった。

 控えめに言って、怪獣大戦争。

 あれに踏まれたら死んじゃうんだろうなあ。自衛隊のヘリもはたき落としてしまうかも知れない。昔、映画館で見た。

「これが、中位ドラゴンとか言うやつ?」

 私が知ってるドラゴンは、今のところノラの馬車を引くやつだけだ。あれより明らかに強そうだから、多分下位ではないだろう。

 そう思って発言したら、違った。

 たもっちゃんは、ひらひらと手を振る。

「いや、最上位ドラゴン」

「上位より上なの?」

 強さのインフレなの? 少年漫画の連載末期に出てくるやつなの?

 じゃあ下位ドラゴンと最上位ではどのくらい違うのかと聞いたら、たもっちゃんは「イモリとでっかいワニくらい」と答えた。

 なんかそれ、分類からもう違うじゃん。

 私は思わず、「ほらあ!」とわめいた。

 雑草がぐんぐん伸びて肥大化したみたいな森の中、しげみに隠れる兵たちが静かにしろと身振りで言うが私のぼやきは止まらない。

「変なフラグ立てるから! 壊滅フラグ立てるから!」

 出てきちゃったじゃん。でっかいの。

 騎士や兵や魔法使いの一団が、これまで余裕を見せていたのは理由があった。

 上位ドラゴンは体も大きく、休息には巨大な洞窟などを好む。だからその巣は人の手の届かぬ、僻地にあるのが普通だそうだ。

 そのために平野が続くこの辺りでは、出てきても下位かせいぜい中位のドラゴンだと思われていたのだ。

 まあ、目の前にこんなでっかいドラゴンがいる今、そんな常識なんの役にも立たないんですけど。

 どうする? これ。いやー、逃げるしかないんじゃない? みたいな話をしている時だ。突然、辺りに音楽が鳴り響く。

「あっ、電話だ」

 料理中に電話が鳴ったうちの母みたいに、たもっちゃんはぱっと顔を上げて言う。

 しかし鳴ったのは電話ではなく、正確には通信魔道具だ。しかも鳴り響く着メロからは、とめどないアニソンの波動を感じる。

 これはあれだな。多分、イケボの王子様がいっぱい出てきて歌い踊るやつだな。

 魔道具をアイテム袋に収納するには込めた魔力を抜かなくてはならず、その状態では通話を受けることができない。

 だからまな板みたいな魔道具の板は、メガネがちくちく縫った袋に入れてうちの金ちゃんに背負わせていた。お駄賃はおやつだ。

「はーい、もしもしー」

 たもっちゃんはそれに、普通に応じた。

 息を詰めるようにして極限に緊張した兵や騎士、テオだけでなく巨大なドラゴンの出現にさすがに神妙な顔付きだった金ちゃんまでもが、マジかこいつみたいな感じで若干たじろぐ。

『師匠、師匠! ドラゴン討伐に出られたそうですね! わたしをなかま外れにして! ひどいです!』

 通話状態の板からは、王子の声が少年らしく元気よく響いた。この子はなんか、用もないのに結構気軽に通話してくる。

 お陰で別れの時にちょっとだけ抱いた寂しさは、もしかして王子、王都に友達いないのではと言う心配に変わりつつあった。

 なんでここにいない少年がドラゴン狩りのメンバーまでも知ってるのかと思ったら、リーク元は野営地に残った兵たちだった。

 軍備の通信魔道具で王都に定期報告する際に、うっかり詳しく伝えたらしい。いや、うっかりなのかそう言うものなのか。私はよく知らなかったが。

『わたしだって、師匠とドラゴンが狩りたかったです!』

「うん、そうだな。て言うか今、そのドラゴンの特に大きい奴が目の前にいてそれどころじゃないんだけどな」

 あとでいいかな、この話。

 たもっちゃんが言うと、板の向こうではっと息を飲むのが解った。

『ドラゴンが、目の前に?』

「うん、いるいる」

『わたしは野生のドラゴンを見たことがないのです。どのようなものですか?』

「なんか凄いでっかいよ。あと、強そう」

「うむ」

「……たもっちゃん」

『どれほどでしょう?』

「最上位のドラゴンっぽい」

「いかにも、いかにも」

「たもっちゃんて」

『師匠、逃げられたほうがよろしいのでは』

「そう言ってたとこなんだよね」

「たもっちゃん、たもっちゃん」

「リコ、待って。今、電話してるから」

 マナーの悪さをとがめるように、たもっちゃんがメガネの奥で眉をしかめてこちらを向いた。それから私の視線を追って、空を見た。

 しかし私やメガネが見上げる先に、空はない。

「それは自我を持つ板か? 人は変った物を作るのう」

 そう言って森の上から覗き込むのは、タテに長い瞳孔を持つドラゴンの巨大な黄色い目だった。

『師匠? 師匠?』

 こちらの空気を感じたのだろう。たもっちゃんが手に持った板からは、心配そうな声がした。

 異世界の最上位ドラゴンは、スケールが怪獣大戦争みたいだ。だから空をふさいで見下ろされると、真っ黄色な丸い目は落ちてきた太陽のようにも思えた。

 ああ、これは死んだなー。みたいな気分になったものだが、多分これは私だけではないだろう。

 騎士も兵も魔法使いもこりゃもーダメだとあきらめて、武器を構える者もない。それが逆によかったのだろうか。

 ドラゴンは、いきなり踏み潰したりはしなかった。その代わり、地面に貼り付く我々をなんだかめずらしそうに眺めた。ちょうど私たち人間が、変わった虫でも観察しているような感じで。

「最近、体の調子が悪うてのう」

 それは草花の森でごろーんと横向きに寝っ転がって、自分の腕で頭を支えながらに言った。ポーズとしては、あれ。テレビの前で寝ながら野球見てるおっさんみたい。

 ドラゴンと言うものは、格の高いものともなると人語を解することもある。らしい。

 うちのメガネと王子の会話に、ちょいちょい相づちを打っていたのはこのメタリックに輝くドラゴンだ。

「寝付く程ではないのだが、どうも体がだるうてかなわん」

 トロールさえも本能的に圧倒するほどの絶対的強者は、しかしその風格とは不似合いになんだか話好きのようだった。一人でヒマにすごしすぎていたのかも知れない。

 顔を合わすと体の不調を語り合う中高年のような感じで、ドラゴンは自分のことをべらべらとしゃべった。

「歳かの。魔力溜まりを回っても、一向に回復せんでのう」

「パワースポット巡りが趣味なの?」

「いやー、湯治っぽい話なんじゃない?」

 こちらの生物は人族を含めて、魔力が減りすぎるとふらっふらになる。だから魔獣なんかだと、弱ると魔力の多い場所を探して体を休めたりするそうだ。

 たもっちゃんはそんな説明をしつつ、でっかい鍋をかきまぜる。中身は私がせっせと干して、強靭な健康を一晩付与したばっきばきのお茶だ。見た目は悪いが、体にはよい。

 びっかびかに輝いているのに口を開くと年よりくさいドラゴンが、しんどいしんどいうるさく言うので効きそうな草をこれでもかと煎じているところだ。大人が三人くらい煮れそうな、でっかい鍋が初めて役立つ。

 体調不良なら魔法でなんとかできそうなものだが、ドラゴンは東京タワーをなぎ倒しそうな巨体だ。治癒魔法を掛けるには膨大な魔力が必要で、そしてそんなケタ違いの魔力を持った人間はまずいない。

 ちなみに主原料がドラゴンの素材であるために、ドラゴンそのものには万能薬も効かないとのことだ。

 なんかごめんと言う気持ちで、私たちは薬草を煮ている。

 草かー、草は好かんのう。などとぶつぶつ言いながら、ドラゴンは大きな口をかっぱり開けてお茶をざばざば一気に飲んだ。でっかいお鍋が湯飲みのようだ。

 我々もなんとなく死なずに済んだようだし、文句は多いがドラゴンものん気だ。だから、まあまあ油断していた。

 割とすぐのことだった。

「ひぃいいいやぁあああぁ!」

「もうやめてえええええ!」

 メガネと私は、心の底から悲鳴を上げた。

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