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10 守護天使

 罰則と言う響きに怯えていると、ギルド職員は二つの選択肢を提示した。

「罰金を納めるか、割り振られた依頼をこなすか。どちらかを選んで頂きます」

「依頼?」

 依頼をこなすのは、普通に冒険者の仕事じゃないのか。それで罰則ってどう言うことだ。

「人気がなくて、誰も受けない依頼なんです。罰則と言う言い方は悪いですが、強制的に割り振らないといつまでも残ってしまうので」

 申し訳なさそうに、職員が数枚の依頼書を差し出す。その中の一枚を見て、たもっちゃんの目が輝いた。

「運命だ。絶対これ。これにしよう」

 おっ、さては長期戦だな?

 確信した私は、ダンジョンでむしった草を当面の生活費にしようと決意した。

 草を売るに当たり、私は女優になった。

 アイテムボックスの存在を秘匿するため、売りたい草を別の場所に置いてあるので今からちょっと取ってくるね~。と言う、小芝居を打ったのである。

 一度ギルドを出て、人目のない隠れた場所でアイテムボックスからカバンに草を移動するだけの単純な隠蔽工作だ。意外となんとかなるもんだな、と思った。

 ダンジョンの浅い階層や普通の草は一束青銅貨五枚とかだが、最下層で刈った草は一束で銅貨三枚にもなる。肉に比べるとささやかな値段だが、ありがたさが止まらない。

 買い取り代金を受け取って、帰ろうとした時に知った。

「リコさんとレイニーさんは、Eランクに上がってますね。タモツさんはもう少しでDになりますから、頑張って下さいね」

 冒険者のランクって、勝手に上がるのか。

「勝手に上がるのはDまでで、そっからランク上げたい時は試験があるらしいよ」

「まあ、上がらないから関係ないんだけども」

 ギルドの建物を離れながら、たもっちゃんの説明に相づちを打つ。

 冒険者ギルドに登録すると、まずFのランクを付けられる。これは一番下のランクだ。受けられる依頼は簡単なものだけで、猶予期間が一番短い。

 ランクが上がるほど猶予期間は長くなるが、FとEは変わらず三日。私たちは結局、ペナルティクエストはこなさなくてはならないのだ。慈悲はない。

 村から一番近いギルドは、小さな町の中にあった。私が最初にいた町と、規模は同じくらいだろう。三人で歩く大通りにも人はそう多くなく、小さな店がちらほらとあるだけだ。

 品ぞろえは豊富ではないかも知れないが、しかし、どうしても欲しいものがあった。今なら少しは、懐にも余裕がある。

「私、ちょっと服買いたい。着替えとかないんだよね」

「え、ねぇの? 洗濯とかどうしてんだよ」

 このおどろきようを見る限り、たもっちゃんは着替えを持っているらしい。さすが肉。肉の狩人。

 着替えがなくてもなんとかなっていたのは、ギルドの宿にいたからだ。

 ギルドだと青銅貨一枚で部屋着を貸してくれるので、それを着て水浴びのついでに洗濯していた。夜の内に部屋に干せば、朝までに乾くから困らない。

 困ってるのは、今だ。着替えがなくて洗濯できず、もう三日。いや、四日か?

「リコ、ワイルド過ぎない? 洗浄魔法とかじゃ駄目なの?」

「洗浄……魔法……?」

「待って。何その初耳みたいな顔。いや、洗浄くらいの生活魔法なら、冒険者じゃなくても使えるぞ」

 マジ? みたいにおっしゃいますけどね、たもっちゃん。ごめん。初耳。

「レイニー、教えなかったの?」

 たもっちゃんが話題を振ると、レイニーは困ったように口元を押さえた。

「リコさんは……草むしるのに魔法はいらねー! と仰るので」

「覚えてないけど、私すごく言いそう」

 レイニーは教えようとしたけど、私が聞いてなかったんだな。これは。あと、真顔で口調よせてくるレイニーが最高におもしろい。

「洗濯もさぁ、一晩で乾く? ギルドだろ? 二人部屋でも狭いし、窓も小さいじゃん。レイニー、こっそり乾かしてない?」

「リコさん、お洗濯の絞り方が甘くて。床がびしょ濡れになってしまうものですから」

 乾かしてんのかよ。

「レイニーって、リコには地味に甘いよなぁ」

 しみじみと、たもっちゃんが言った。

 ……うちの守護天使は、小人さんだったのだ。全然知らんかった……。

「いつもお世話になっております」

 てっきり、自然乾燥だとばかり。

 私は小さな町の大通りで、遠い目をして空を見上げた。

 神様……洗浄魔法が覚えたいです……。

「まぁ、これからだよな!」

「そうです。これからです」

 たもっちゃんとレイニーに内容のないフォローをされながら、古着屋で銅貨四枚と青銅貨八枚のシャツを一枚だけ買った。ズボンは見送ったが、やっぱりシャツはいると思うの。

 たもっちゃんは市場で野菜や調味料を少し買い、最低限の食器を見て、目に付いた金物屋で小さな鍋を選ぶ。

「とりあえずだ。ちゃんとしたのはまたいつか買う」

 そうか。ちゃんとした鍋をいつか買うのか。

「……いや、なんでだ」

 なぜちゃんとした鍋が必要なのか。疑問に思ったのは日が暮れて、たき火の上の小さな鍋がぐつぐつ煮えているのを見ていた時だ。

 お前は異世界でも料理人をやるのか。

「結構大きいホテルで厨房に就職したのに人間関係がうまく行かず飛ばされた系列のレストランでは店長と殴り合いのケンカして、不況の中で流れ着いた深夜シフトのファミレスで本社工場から配送されてくる冷凍ピラフをレンジで温めながらオラついたトラック運転手のためにパフェにクリームをしぼるあの生活を忘れたと言うのか」

「リコ。独り言で俺の息の根止めようとするのやめて」

 ぼーっとしたまま思ったことを全部言ったら、たもっちゃんがちょっと泣いた。

 たもっちゃんの人生について、私が知っているのはファミレスの辺りまでだ。

 その後、のちに奥さんとなる女性と出会って小さなレストランを開いた。苦労はあったが跡継ぎにも恵まれ、レストランを任せてからは孫と遊び暮らしたらしい。

 たもっちゃんにしては上出来すぎる。これはあれだ。奥さんが尋常じゃなくしっかりしてた、に百ペリカ賭ける。

 私の知らない半生を聞く内に、鍋が煮えた。熱いスープで食器が満たされ、配られる。

 目的地への道の途中で夜になり、私たちは大きな木の下で夜をすごすことにした。夕食は、たもっちゃんお手製の謎野菜スープだ。

「やっぱ、肉欲しいなぁ。今度からは全部売らずに、少しリコに預けとこう」

「良い考えです。リコさんのアイテムボックスなら、新鮮なままですし」

 ダンジョンへの旅費のため、狩りまくった魔獣は全部売ってしまったと言う。

 意外に、肉確保に乗り気なのはレイニーだ。気持ちは解る。肉はいいよね。肉は。

 しかし、たもっちゃんはちょっと不思議そうな顔をした。

「レイニーって生き物は殺さないけど、肉は食うよな。それっていいの?」

「死肉は良いのです」

「言いかたがエグい。でも、たもっちゃんとレイニーで魔獣狩ってたんでしょ?」

「魔法の使い方をお教えしただけです。神の許しなく、命は取れないのです」

 ダンジョンではモンスターぼこぼこにしてたけどなあ。

 いまいち納得しかねていると、たもっちゃんがダンジョンについて解説してくれた。

「ダンジョンモンスターは生き物じゃないよ。ダンジョンって魔素だまりにできるんだけど、その魔素を元に発生する全く別のものらしい。だから死体も残らないんだって」

「マジか」

 生き物じゃないから、ダンジョンならレイニーも狩りに参加できたのか。

「あ、じゃあ草刈りしないのも? 草にも命あるとか言う?」

「多少は」

「あんのかよ。ごめん。祈ってないで草刈れよとか思ってた」

 刈れないなら刈れないと教えて欲しい。

 たもっちゃんがスープをすすり、首をかしげる。

「祈ってるのはあれだろ? 魔獣除け。障壁張るより有効範囲が広いし、自由に動き回れるから有用だって言ってたじゃん」

 有用である分、難しさもある。障壁魔法は一度掛ければ魔力が尽きるまで持続するが、魔獣除けは祈り続けなくてはならない。その場を離れることもできないので、たもっちゃんの狩りに付き合う際には仕方なく障壁魔法で代用した。

 ――と言うのを、今。すっかり暗くなった道ばたで、ぱちぱちと小さく爆ぜるたき火を囲みながら知った。

 私は食べ掛けの食事をそっと置き、レイニーの食器を取り上げて同じように置いた。そして、彼女の細い腰にタックルを掛けた。

「ずっと役立たずとか思ってて、ごめんっ!」

「……そんな事を思っていたの? それも、ずっと? まぁ、そうなの……そうでしたか」

 語るに落ちて、このあと結構怒られた。

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