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 なぜ、買い物に付いていかなければならないのか。

 ジェレフは靴屋で真剣に悩んでいた。

 その店には、呆れるほど沢山の女物の靴があり、サフナールは、決して妥協することなく、何足もの靴を試着しては、長衣ジュラバの裾を持ち上げて、鏡に映る自分の足を見る作業に没頭したからだ。

 似合うかしらと、時折、質問が飛んでくるので、油断もできない。出された椅子に腰掛けて、ジェレフはこの苦行が終わるのを待っていたが、うっかりすると居眠りしそうだった。

 男物の服を着て、女ものの靴を履いても、なんともちぐはぐだ。似合うのかどうか考えるのも、疲れてきた。

「なぜ服や靴を買うのか、聞いてもいいか。目的が分かれば、俺も意見を言いやすい」

 うつむいた顔を覆って、ジェレフはサフナールに懇願した。

 次々に履き替えた靴を見せて、どうかしら、どうかしらと訊かれ続けるというのも、何やら軽い拷問だった。サフナールは、俺に足を見せて、恥ずかしくないのだろうか。

 宮廷の女たちは、足を隠している。女官たちは、裾の長い衣装を着ており、彼女らの足は常に、床を引きずるような裳裾もすその中にある。その靴を目にする機会がある男は、その女とかなり親しい間柄の者だ。

 つまりは、ひとつしとねにしけ込む時にだけ、男は女物の靴を拝む栄に浴する。なんなら靴を脱がせてやることもできる。それは一種の、めくるめく瞬間のはずだが、まさかその靴を、女達がこうして、男の商人から平気で靴を脱いだり履いたりさせられて選んでいるとは知らなかったし、サフナールが、恥じらいもなく足を突き出して俺に見せるとは、思いもよらなかった。

 正直いって、女英雄たちの足周りには、恥じらいがない。女官に比べての話だが。

 なにせ男装しているわけで、男の靴は、普段から丸見えだ。それに、めくるめく思いがする奴は、そう居まい。サフナールに限らず、女英雄たちの足は、いつだって見えている。靴だって、男物の靴の、小さいやつを履いているのだ。

 それは、彼女たちに恥じらいがないせいではない。そういう掟なのだから、仕方がないのだ。

 だが、いざ、その足が、女物の靴を履いていると、わけが違ってくる。どうかしらと言って突き出されると、何か、目のやり場に困るのだ。めくるめく思いまでは、いかないにしろ。

 つつしみってもんは無いのか、サフナール。恥ずかしくはないのか、俺に足を見られて。

 ジェレフは覆った顔を上げることなく、内心にそう、ぼやいた。

「可愛いものが多すぎて、決められないわ」

 感心しきりのように、サフナールが言い、彼女の足元に跪いて控えている商人は、愛想よく礼を述べていた。その男が少々、サフナールの近くに寄り過ぎではと、ジェレフは思った。男の目と鼻の先にサフナールの腰がある。帯に吊るした香玉の匂いが香るような距離だ。

 それは少々、近いのではないか。あまりにも。単なる客と商人の間柄では少々。意味ありげな距離ではないのか。

「これと、これと、これと……それから、あちらのも。いただくわ。あ、それと、これも」

 手当たりしだいに指差して、サフナールが注文するのを聞いて、ジェレフはあぜんと顔を上げた。

 床に散らばっている靴を見たが、どれも似たようなものばかりだった。サフナールの好みに偏りがあって、桃色を好む彼女は、ちょっとばかり濃いか薄いかの違いしかない、ほぼ同じ色の靴を、いくつも買おうとしているのだった。

「それは同じ靴じゃないのか、サフナール。だいたいな、さっきの服を着たら、足なんて見えないんだぞ。どんな靴でも同じだよ」

 いたたまれず、ジェレフは忠告した。

 それにサフナールは、きっと眉を吊り上げた。

「同じではないわ、エル・ジェレフ。こっちの靴には蝶がついていて、こちらには真珠と貝の刺繍が。どっちも好きだし、決められないの。こっちは花の刺繍が見事だし」

 それぞれに捨てがたい理由があるのは分かった。

「いつ履くんだよ」

「あなたには関係ないわ」

 腕組みして、サフナールは堂々と突っぱねてきた。

 じゃあなんで俺を連れてきたんだよ、サフナール。

 ジェレフはそう思ったが、口には出せなかった。サフナールの目が、あまりにも強く、こちらが一発でも殴ろうものなら、百発は殴り返してきそうだったからだ。

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