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高専の常識は世間の非常識  作者: シャバゲナイト老婆
メインエピソード
32/37

ライブと高専生

 バンドライブのスタート30分前になった。

 僕達のバンドの出番は4組目なので時間的にはまだ余裕がある。しかしバンドライブを開始するときから準備などなどがあるため、部室から体育館へと移動する。体育館は暗転されていて、結構な数の人がいた。出演者用の席が体育館右前方にあるが、そこに座るのはなぜだか気が引けたので体育館の後ろの壁によりかかるようにして座った。横には先輩が腰かけた。叡智は前の方にいた中学校の頃の友達と話をしているようだった。下野はどっかいった。

「先輩は出演者席に座らないんですか」

「1人で座っていたら気まずいだろう」

 ごもっともである。

「それにしてもどうだ」

 先輩は僕に話しかけた。

「どうって何がです?」

「緊張していないか」

「そりゃあもちろん緊張してますけど今はだいぶ落ち着いていますよ」

「そうか。私はとても緊張しているよ」

 先輩はそう言うものの、先輩の仕草からでは緊張している感じは受け取れなかった。いつものようにドシッと構えてタバコをふかしている。いや校内禁煙なのでタバコはふかしていない。適当にいいました。

 先輩は続ける。

「私は自分だけに迷惑がかかるのなら緊張しないのだが、今回はミスをすると他の人にも迷惑をかけてしまうからね」

「それなら大丈夫ですよ」

「なぜだ?」

「僕達はもう他の人ではなくて大事な仲間じゃないですか。どんなときでも一心同体ですよ」

 きまった。僕はここぞとばかりにキメ顔をする。左手の親指はちゃっかりとサムズアップしている。一度は言いたかったセリフをここで言えるとは思わなかった。

 だが僕とは対照的に先輩は何を言ってるんだコイツ的な顔をしている。

「あれ?先輩?」

「なにを言っているんだキミは」

「あれ?響きませんでしたか。じゃあもっといい言葉をかけますね」

 僕は適切な言葉を考える。家にある絶対に一度は言いたい言葉ノートを見ればすぐに出てくるのだが。あれは見つかると死ぬほど恥ずかしいので家の奥深くに隠している。

 僕がそうやってノートに書いてある言葉を思い出そうと唸っていると先輩は笑った。

「どうしたんですか?」

 僕は尋ねる。

「いや、緊張がほぐれたよ。ありがとう」

 その時に僕は思った。これはよくある無邪気な僕を見て元気が出るとか、気分が明るくなるというパターンだと。

「お力になれたようで」

「いや、力にはなれていないよ」

 はー。

 なんでこの人は一言多いのだろうか。もうここは黙るところでしょう。なぜさらに僕のことを否定する一言をいったのだろうか。

 優しくない。

 時間がきたようで、体育館の入口に光を遮るためのカーテンがかけられて、体育館は完全に真っ暗になった。

 ステージから司会の2人が出てくる。奇抜な髪型をしている。片方は銀髪でもう片方は金髪である。

 司会の軽妙なトークの後、1組目のバンドの演奏が始まった。バンドの演奏を見ていると緊張が大きくなってくる。ドキドキ。

 時間は割とすぐに過ぎてしまうもので、気がついたら僕はステージの上で演奏の準備をしていた。つい数行前には1組目のバンド演奏だったのに。

 バンドとバンドの間の休憩時間は体育館のライトがつくので、ステージの上でキーボードを設置している動作を体育館にいる生徒に見られている。羞恥プレイである。別に羞恥ではないのだが。僕も大概適当人間である。

 僕はステージから向かって左端でキーボードをセットする。彼は後ろで、先輩は右端。中央には叡智がいる。

 ステージが暗転する。

 ドラムの音と共に、1曲目の演奏をはじめる。

 演奏中、僕は楽しむ余裕などなかった。弾くので精一杯だった。間違えないように、絶対に間違えないように。

 僕は角度的にドラムの彼を見ることはできなかったが、叡智と先輩はみることができた。叡智はマイクに噛り付きそうなぐらいにマイクに近づいて歌っていた。先輩はなぜかマイクからみて横になって、つまりステージやマイクの方を向かないで歌っていた。

 なぜかはよくわからない。きっと、テンションが上がっている時の先輩の言動は理解しようと思ってできるものではないだろう。

 僕は1曲目をノーミスで弾くことが出来た。チューニングをするために、小休止を置く。みんながんばれ。

 そのときに、叡智が僕にアドバイスというか、ポイントのようなものを教えてくれた。

「実際、間違っても観客は気付かないですし、定期的に前を向いて演奏したり、体を動かしたりした方が、観客的にも盛り上がりますよ。私から見ても、先輩の練習量は、先輩の完成度は、そのレベルまでいっていると思いますよ」

 そう言って叡智はチューニングに戻った。

 僕は1年生に勇気づけられた。まあ楽器に関しては叡智の方が先輩ですし。

 続いて2曲目になった。

 僕は演奏中に顔を観客席に向けてみた。

 観客席最前列には、手をあげてジャンプしている人がたくさんいた。察するに僕達の音楽で盛り上がっているのだろう。自分の演奏している曲で盛り上がってくれるのは、思っていたよりも嬉しい。

 さらに、少し奥を見ると数十人が円を作って回っていた。

 いや、聴けよ。演奏を聴けよ。

 と思ったが、そういう文化もあると前もって聞いていたし、なにより、本人達が楽しそうだったので、なんだかあの輪の中に入りたいと思った。

 2曲目も終了した。1曲目よりは、観客席の方も見られていたし、これがバンドライブか。と感動したりもした。

 3曲目に入ると、僕は緊張もなくなっていた。自分も盛り上がっていた。冷静に考えれば、必要のない動きをしたりした。

 3曲目を弾いている最中、先輩は突然、楽器を下ろした。何をするのかと思ったら、そのまま、客席に飛び込んだ。

 テンションあがりすぎだろ。後で絶対怒られるヤツだ。3曲目がツインボーカルでよかった。叡智は1人でも充分な歌唱力があった。というより、1曲目の段階で、先輩はマイクが置いてないところで歌っていたりしていたので、大部分を1人で歌っていたのではないだろうか。

 それでいいのかメインボーカル。

 そして、先輩はそのまま観客によって運ばれていき、人のいない地面に投げられた。めちゃくちゃ痛そうだったし、なにより、ギターいなくても演奏は大丈夫なんだな。最初に間違えないかと心配していた僕はなんだったんだ。

 先輩が、その場のテンションからなのか、はたまた、日ごろから先輩のことを恨んでいる誰かの陰謀かで地面に投げられていたり、先輩が観客によって再び持ち上げられ、今度はステージの上に投げられたりしていたら、3曲目が終わった。

 もう緊張はなかった。ただただ、このステージが楽しかった。

 そして、いよいよ自分達で考えた曲を演奏するときになった。

 今までは既存の楽曲だったので、観客も知っている曲だった。だが、次の曲は、最後の曲は、観客が知らない曲だった。正直に言って、不安だった。僕は作詞も作曲もしていないけど、不安だった。この修繕部のメンバーで活動することになって、まだ1年も経っていないが、体感的には、思い出的には、それ以上だった。

 だからこそ、不安だった。親が子を思う気持ちや、親友の合格を祈る気持ちのように。不安だった。上手くいってほしいと思った。

 ステージの中央で叡智が話し始める。

「最後の曲は、横でギターを弾いているお姉ちゃんと2人で作詞作曲しました。私たち姉妹の渾身の1曲です。聴いてください。納豆ごはん」





え?





えーーーーー!!!!!!!!!!そんな曲名だったのーーー!!!!!!!名前ださああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!






 僕は譜面しか渡されていなかったから、曲名知らなかった。

 シャウト系のゴリゴリのロックだったから、全体練習の時では、歌詞をイマイチ聞き取れなかったけど、納豆ごはんのこと言っていたのかよ。

 ネーミングセンスなんとかならなかったのかよ。この姉妹は、ネーミングセンス皆無の姉妹かよ。

 僕が演奏前に思っていた、成功するだろうかという不安は、その曲名を聞いた途端に吹っ飛んだ。

 結果として、最後の曲は、観客には受けていた。

 全員が盛り上がっていてくれたし、奥の方で見ていた人達も、盛り上がりの渦に混じっていたように感じた。

 本当に曲がよかったのかどうかはわからない。もしかしたら、その場の空気で盛り上がっていたのかもしれない。

 でも、僕はそんなことどうでもよかった。僕が、僕達が盛り上がれれば、楽しければそれでよかったのだ。

 僕は演奏中に修繕部全員の顔を見た。

 全員が笑っていた。演奏しているのが楽しい。という顔だった。

 その瞬間、僕たちは間違いなく、世界で一番楽しんでいた。

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