お風呂と高専生
「お風呂はいりたくないですか?」
叡智が提案してくるの当然だと思った。
やはり数時間も楽器を演奏してしまえば汗もかく。部屋の温度は秋なのに、やっぱり夏の始まりのように暖かくて、それは廊下でも変わらなくて、部屋から出てもやっぱり暖かかった。練習をすると汗をかく。
「なんと、混浴ですよ」
「混浴」
「嘘に決まっているじゃないですか。能登先輩のエッチ変態成績不良」
混浴と言っただけなのにこの言われようはなんなのだろうか。例えば僕が「混浴うううう!!!!!!!」とか言ったのなら仕方ないのかもしれないが、ただ音読しただけである。というか、エッチと変態はここでは置いておいて、最後のは混浴との関係性を見いだせない。ただただ、何の脈略もなく、ただただ罵倒されただけである。もう成績に関する罵倒には慣れた。
叡智がお風呂の場所を説明してくれたので、僕と彼でお風呂に向かったのだが、やっぱり迷子になってしまった。下手に動いたりして、叡智家の反感を買ったりするのも嫌なので、僕達は足もとに落としていた落花生を頼りに部屋に戻ることにした。人の家の廊下に落花生を撒くな、という指摘はしないでくれ。
叡智に迷子になったことを話すとメイドさんを付けてくれることになった。叡智がメイドさんを呼ぶ。メイドさんに従って歩いて行くと迷わずにお風呂に行くことができた。
メイドさんって凄い。
そしてそのままメイドさんにお風呂の勝手を教えてもらった。常にタオルが脱衣所に用意されているらしい。
ちなみにお父様は専用のお風呂があるそうだ。さすが富豪。
お風呂に入って下野と男2人で熱い語り合いをすると思ったのだが、下野はシャワーだけであがってしまった。汗をかいたときには熱いシャワーだけの方がいいそうだ。ぬるめのお湯に浸かってしまうと持病のアトピーのせいで痒くなるらしい。
1人の時の銭湯よりも大きなお風呂を僕は楽しんだ。世の中には自分の家のお風呂ではないと落ち着かない人もいるそうだが、はたして本当にいるのだろうか。ちなみに僕は人の家でもグッスリと眠れる人だ。
脱衣所に行くと既に服を着ていた下野が牛乳を飲んでいた。
「どうしたのその牛乳」
「そこにあったから飲んだ」
そこ、といったのは脱衣所のはじっこに設置されている小さな冷蔵庫だった。そもそもこの脱衣所が十畳ぐらいあるのは流石である。
「それ勝手に飲んでいいの?」
「あるものは使う。飲めるものは飲む」
なんと男らしい。これが日本男児のあるべき貪欲な姿であろうか。
僕ものどが渇いたので服を着て牛乳を勝手に飲む。飲んでしまったものは仕方がない。
空になった牛乳の紙パックをそれっぽいゴミ箱のようなものに入れて脱衣所をでて部屋に戻る。今度はメイドさん無しでも迷わずに部屋に行くことができた。
部屋に戻ると、もう大分眠い感じがあったので、軽く叡智と先輩に挨拶をして寝ることにした。下野もそれに同意した。
叡智の部屋に行くと先輩はいなかったので、下野には先輩の部屋に行って挨拶してもらうことにして、僕は叡智のいるソファに向かった。叡智はソファの上で寝ているようだった。
たぶん叡智も汗をかいているだろうから、そのまま寝るのはダメだと思い、起こすのは気が引けたが起こすことにした。
「叡智」
「うーん。あ、おにいちゃん」
「起きてるだろ」
「鋭いですね」
「そもそも寝起きでそんなはっきりとした言葉がでないものじゃないの」
「へぇ、そうなんですか。」
「いや、適当だけど」
僕の適当な発言もだいぶ板についてきたようでスラスラとでるようになった。このまま適当人間になったらどうしようか。
「それよりも能登先輩、お姉ちゃんと話し合ったんですけど」
「ですけど?」
「部活の名前を来年から変えることにしました」
理解がおいつかない。部活の?名前を?
「え?」
「というのもですね、修繕部というのは名ばかりで実際はほとんど活動していないじゃないですか」
ごもっともである。ぐうの音も出ないというのはまさに、このことであろうか。叡智が続けて話す。
「なのでいっそのこと部活の名前を変えてしまえという話になったんですよ」
「毎回思うんだけど結論が極論だよね」
「たぶん私もお姉ちゃんも父に似たんですよ」
絶対父を言い訳に使っている。お父様可哀想に。可哀想なお父様。
たしかに僕としても、修繕部としては活動を全然していなかったので、部活動の仕組みそのものを変えてしまうのは賛成である。
「で、新しい部活の名前は何?」
「遊部です」
「なにその頭の悪そうな学校の生徒が考えたような頭の悪そうな部活名」
「ナイスツッコミです」
叡智がサムズアップのポーズをする。何かあるたびに叡智はサムズアップをしている気がする。そもそもこれはツッコミなのだろうか。
「高専祭が終わってから部活の名前はきめますよ」
僕はもうほとほとに疲れていたので話がひと段落したと解釈して叡智に寝る報告をした。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
僕は叡智の部屋を後にした。




