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高専の常識は世間の非常識  作者: シャバゲナイト老婆
メインエピソード
22/37

考えると高専生


 気が付いたら夜になっていた。

 叡智は普段と変わらないように周りにも僕にも接している。

 昼にバーベキューを食べそびれた僕は、どうしてもバーベキューを食べたかったので周防さんにお願いして夜ご飯のカレーとは別にお肉を焼いてもらった。

 食べ過ぎだとかデブになるだとか言われるのは予想していたが、周防さんにまで食べ過ぎだと言われたのは悲しかった。

 食後に先輩と話をした。僕には思うところがあった。

「先輩、少しいいですか」

「問題ない」

 僕と先輩はテントから少し離れた砂浜に腰を下ろした。正面には海水が波をたてていて、いやでもさっきの出来事を思い出してしまう。

 僕は先輩の方を向くが先輩は僕の方を向かずに海を見ていた。

 先輩は黒い眼をしていた。

 僕は覚悟を決めて、深呼吸してから話し始めた。

「先輩と叡智さんは姉妹ですよね。そしてそれを僕に悟られないようにしていた」

 そう、僕は気づいていたのだ。先輩と叡智が姉妹であることを。

 最初に叡智が修繕部の部室に来るとき、先輩は部室に新入生が来ることを予測していた。その時は、ただ先輩の第六感が働いたのだと思っていた。

 けれど、歓迎会で焼肉をすることになっても、先輩は叡智の乗って来たキャンピングカーに驚いていなかった。迷うことなくキャンピングカーに乗りこんで、見たこともない高級な肉にも、感動することもなく、驚くこともなく、さも、それが当然かのような態度をとっていた。

 高専祭でバンドをやるとなったときも、先輩と叡智だけでいつのまにか話が進んでいた。予定調和的に話が進んでいき、それぞれの配役から演奏する曲にいたるまで、全てが最初から計画が練られていたかのような順調さだった。

 そしてなにより、2人とも雰囲気が似ていた。表面上では平気なように、ふざけているように見せていて、内面ではマジメで人のことをよく考えている。たとえどんなに辛いことがあっても、それを周りに見せようとはしない、伝えようとはしない。自分だけで解決しようとする。僕は先輩や叡智と過ごしていくうちに、その内面が分かってきていた。

 そして、さっき叡智と砂浜を歩きながら、その予想は確信に変わった。叡智が言っていた、姉が高専に誘ってくれた、どんなことがあっても叡智を守ると言っていた姉、それが先輩だと言うことは簡単に理解できた。

「……そうだ」

 先輩はこちらを見ずに返事をした。表情はみえなかった。

「僕、さっき叡智の中学校の頃の話を聞いたんですよ」

 先輩は黙っていて、何かを答えようとも、こちらを向こうともしない。

「それで僕聞かれたんですよ。私は周りを振り回していないか。私は同じ過ちを繰り返していないかって」

 先輩はやはり答えない。だが、ややうつむき気味だった顔が少し上に上がった。それは本当に僅かな行動だったが、なぜだか僕にはそれが簡単に分かった。

「僕、それに答えられなくて。黙ってしまったんですよ」

 僕は、先輩が何も話さないことがある意味で、心地よいと感じた。僕がどんなに話す言葉に詰まっても先輩は何も話さず、行動も起こさずに待っていてくれた。慎重に言葉を選ばせてくれる。

「そうしたら叡智が言ったんですよ」

 僕は少しだけ間をあけて、気持ちを整理した。

「大好きですって」

 先輩は最後まで動かず、話さずに話を聞いてくれた。しばらく沈黙が続いた後、先輩は話しはじめた。

「キミはそれを聞いてどう思ったんだ」

「どうって……」

 僕は答えに困った。確かに大好きと言われたのは嬉しいし、この大好きが、いつもの僕をからかう時の発言だったり、冗談だったとも思えない。でも、どこか自分では、これは違うのではないか、という考えがあるのも確かだった。やはりこの年になると色々と考えてしまう。人によっては高校の付き合いから結婚することもある。叡智の家はお金持ちなのに、僕みたいな庶民が付き合ってもよいのだろうか。いや、それよりもっと前に問題がある。体裁を気にするよりもっと前の問題だ。僕と付き合ったとして叡智は幸せなのか。楽しいのだろうか。僕が貴重な青春の期間を奪ってしまっていいのだろうか。考えてしまう。そして、僕は付き合う前提で物事を考えている僕に嫌気がさしてしまう。

「実はな」

 先輩の声が聞こえて我に返る。つい考えすぎてしまうところだった。

「実は叡智はちょっと違うんだ」

 違う。

 違うって何が違うのだろうか。

「叡智は私の家の跡取りなんだよ。この時代に跡取りなんてシステムはどうかと思うだろうが、親族以外に企業秘密を漏らすというのはやっぱり危険だからな。だから叡智は恋愛をするのも大変なんだよ。本当なら私が跡取りになるべきだったんだろうが、私は不適格と言われてしまったからな」

「不適格――ですか?」

 僕はその聞きなれない言葉を、思わず聞き返してしまった。


「そうだ。私は不適格なことが分かってから、決して家族から冷たくはされなかったが、だが、温かくもされなかった。高専の学費を払ってくれているが、会話をしたり、家族で買い物に行ったりとかは無い。私が1人暮らしをしたいと言った時も反対も賛成もせずにただ「わかった」とだけ言われた。私が叡智を不登校から救った時も、ただ事務的な感謝の言葉と謝礼という意味でお金を貰っただけだった。なんせ、両親は叡智が社長としての能力さえ身に着けていれば他には何も要らないと考えていたからな。叡智が高専にいかなくても適当な外国の大学にお金を渡して、その大学に通わずに、そこの大学を卒業したという学歴にするつもりでいたのだろう。たとえ叡智が学校の行事や友達と遊ぶことの楽しさ、ときには友達関係や学校関係で苦しいことや悲しいことがあったり、そういう学校でしかできない経験が叡智に無くても気にしないのだろう」

 

「なんですかそれ。どこまで子供を馬鹿にしているんですか。子供は計算結果でも実験マウスでもないんですよ。そうやって子供を子供として認識していないから叡智が不登校になったんですよ」


 僕は先輩からそのことを聞いたとき、とても悲しかった。そしてその不満を、怒りを口に出してしまったのだ。何も悪くなく、むしろ叡智を助けようとしていた先輩に対して。

 言ってから我に返った。


「すいません先輩。先輩は叡智を守ろうとしていたのに、全然関係ないのに先輩に怒ってしまって」

「気にするな。私は君が叡智のことを真剣に考えてもらって、嬉しいよ。」

 先輩は僕の言ったことが痛いほど分かるようだった。こんな状況でも僕に対するフォローを欠かさない先輩を憎らしく思った。先輩の眼は閉じられていた。

 しばらく沈黙が流れる。

 先輩は口を開いた。

「だから、」


 だから。


「だから、叡智の大好きは違うんだよ。好きとか嫌いとかじゃなくて。友達としての大好きなんだよ。あの子はまだそれが分かっていないんだよ」

 僕は漠然とわかったような気がして、でもやっぱりわからなかった。そうなんだ、と言ってしまえばそれで済むような。でも、それで済ましていいのかもわからなかった。

「そうですか」

 僕はわかっていないのにわかっているフリをして答えた。

先輩は海に向いていた眼を、いつもよりも多く見つけられる星に向けた。先輩の眼は涙をもろともせず、力強く黒い色をしていた。

「ごめんな」

 僕はまた答えられなかった。


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