入学式と高専生
2年生になって初めての登校日になった。この高専は市内でも外れにあり、登校するには長い坂を上る必要がある。さらに坂の前には急勾配の橋があり、登校するのには一苦労どころの話ではない。八苦労ぐらいである。だが、4月はまだ自転車登校が許されていないので辛い坂をバスでブーンと登る。
バスって便利。
坂の途中には大きな公園があり、僕が小さい頃は親に連れて行ってもらったこともある。普通高の人はその公園でバーベキューをするらしい。高専生の僕にはどうでもいい話だが。
坂を上って高専に着く。バスからは高専生がドサドサと流れている。僕はバスの前輪の上にある席に座っていたので、ドサドサに巻き込まれずにスッと出られた。
バス停から高専の門を通って高専に入る。
2年化学科の教室は2階にあるので、高専に入ってすぐの階段を使って2階に上がる。
教室に入ると見慣れた顔がいた。
わーい!やったー!仲が良い人がいたー!
という訳では無くて、高専は5年間で1回もクラス替えをしないので、今年も去年とクラスは変わらないし、きっと来年も再来年も卒業までクラスは変わらないのだろう。
いや、正確には数人減っている。留年したのだろう。1年生のころから留年しそうな雰囲気を醸し出していたので、やっぱりか。という気持ちである。
高専生にとって留年は非常に身近な問題である。少しテストで失敗したら単位を落として留年してしまうので気がきでない。
去年よりも出席番号が1つ若くなったので、去年の入学式の時に座った席より1つ前の席に座る。
始業式までは少し時間があるので本を読んで待つ。
それにしても、ライトノベルの主人公って本を読みがちな気がする。今時そんな高校生本読まないだろ。そもそもライトノベルの主人公が今時の高校生なのかっていう問題ではあるが。
今時の高校生が経験しそうな行動がなさすぎる気がする。
僕は今時の高校生ではなく、今時の高専生なので本読んじゃう。アンデルセンを読む。マッチ売りの少女とか読む。ミスター童話マンである。
しばらくするとアナウンスが流れて体育館への入場を促される。ダラダラと椅子を持って教室を出て、廊下を進んでいき体育館に進む階段を下る。
高専には体育館が2つある。式典で使う体育館は奥にある体育館である。高専は5学年4クラスのため、高校とは違いどうしても体育の授業が被ったりしてしまう。さらに、実験や実習が授業の科目に存在するため、先生が授業を組む際にも、都合が良いように組めるわけではない。工場の使用時間が被らないように、実験室の使用時間が被らないようにするのが第一である。体育は後。実験や実習が先。僕は体育の方が好き。好きだけでは通用しない世の中。
体育館に入ると半分くらいの生徒が体育館にいた。僕も2Cと書かれたカードが置かれているところに座った。背の順とか出席番号順ではなく完全に自由なので、前に座る人もいれば後ろに座りたい人もいて様々だ。
僕は比較的前の方に椅子を置いて座る。
本来なら校長先生のお話とか別に聞きたくないので奥の方に座るのだが今日は違う。今日は始業式の後に対面式がある。
対面式とは入学したばかりの1年生を在学生の前に並ばせて、1人ずつ在校生の見世物になるというイベントである。
……なにか語弊が生まれそうな説明だった気がする。悪いイベントではないのだ。いや、1年生からしたら良いイベントでもないけど。
まあ高専に来たのだから諦めなさいというべきだろうか。
ちなみに僕はこのイベントは好きではない。が、一人一人の顔と名前を覚えるのは大好きなので、席を前にとっているのである。
これより始業式を始めます。とアナウンスが流れた。
その後に校長先生の挨拶とか表彰とか色々あった。校長先生が登壇して喋りはじめると拍手をして降壇を促すのは普通高ではなかなか存在しない出来事なのではないだろうか。流石は自由な校風だ。パンフレットにも書いてあったしね。自由な校風って。
自由をはき違えている気がしない訳ではない。
そうすると始業式が終わっていた。
続いて対面式に移るようだ。
在学生が左右に別れて体育館のはじっこに寄り、並んでいる列の間ぐらいに発生した隙間を新入生が通るのである。
新入生が入場してくる。緊張しているようだ。僕も去年経験したから分かる。というよりもここにいる全員が経験している。
そこらでクラッカーが鳴る。写真を撮る音も聞こえる。
やがて新入生が全員入場し終わったようで、体育館の扉が閉められたことが確認できる大きな音が鳴る。
体育館手前には在学生が並び、大きな空間があって新入生が椅子に座って並んでいる。
司会役の上級生がマイクを使ってアナウンスをする。
「在学生は新入生に詰めてください」
すると在学生が勢いよく椅子を持って新入生の前まで走る。
ビックリする新入生。
流れに乗って椅子を持って走る僕。
死んだような顔の新入生。
その新入生を背景に写真を撮る在学生。
まさに混沌である。混沌の意味をよく知らないけどたぶんこんな感じであっているだろう。
会場が落ち着いてきたら司会が軽く話を入れた後に新入生の名前を機械科の出席番号1番から言っていく。
新入生は控えめな声で返事をして椅子から立ち上がる。
在学生の野次がとぶ。
新入生がビビる。
うーん混沌。
その後も新入生の名前が読み上げられていく。野太い野郎の返事が続く。
そして機械科の新入生の名前が全員読み上げられた。今年は機械科の女子新入生は誰もいないようだ。
高専には基本的に女子学生はいない。今年は例外的に少ないのでは無くて毎年女子学生は少ないのである。僕の学年の機械科も女子学生が0である。だが、僕が所属しているクラスである化学科は女子生徒が8人もいる。やったね。
普通高に通っている人で出会いが少ないと言っている人は是非高専に入学して欲しい。自分が言っていたことは傲慢だったと気付くだろう。
本当に出会いが少ないとはこういうことを言うのだ。
学校の中で女子とすれ違うことなど滅多にない高専。
クラスに女子という性別が存在していない高専。
女子かと思ったら女装した男子学生だったりする高専。
しかも、これが15歳から20歳まで続く高専。
……ため息しか出ない。せめて吐息を出したい。
セクシー!
機械科の名前読み上げが終わって、次は電気科の新入生の名前が呼ばれていく。特に変な学生はいないようだ。変な学生というのは、ごくまれに存在する本当に変な学生で、本能的にコイツと関わらない方がいいと感じるほどに変な学生である。
僕と同じ学年の人は、冬休み課題の作文を提出する直前で破いてしまった人がいる。その人は留年した。そりゃそうだ。提出物ださないもん。高専は基本的に提出物を出さないと、あっさりと留年する。
電気科の生徒の名前を読み上げていく司会が、次が女子であることを在学生に言った。
「なんと!次は!女子学生です!」
体育館には在学生の声が響き渡る。女子生徒が少ないのでやっぱりテンションが上がるのだろう。 僕からしたら付き合うことはないのに盛り上がって大変だなという感じである。もはや悟りを開いていると言っても過言ではない。やっぱり言い過ぎだ。
司会が名前を読んでその女の子が立ち上がる。可愛らしい声が体育館の中に響く。
その子の容姿は何ともアレでアレだった。クトゥルフ神話で言うならばミ=ゴだろうか。
簡単に言うと可愛くない。ここでクトゥルフ神話を例に出したのは春休み中に調べたからである。調べたら使いたくなっちゃうよね。あるある。
クラッカーが鳴る。一応可愛くなくても盛り上がってしまったため、顔を見た途端に冷めるのも新入生に悪いから鳴らしているのであろう。今は良いかもしれないが、教室に戻ったら可愛くないとボロクソに言われるのだ。
可哀想に。
その後も男子学生の名前が読み上げられていく。もう1人別の女子の名前が読み上げられたがお察しの通りである。
電気科が終わった。次に僕の所属学科でもある化学科の学生の順番になった。毎年、化学科は女子学生が比較的多い。あくまでも比較的ではあるが。
なんかもう飽きてきた。特にカワイイ子もいないし。別にカワイイ子がいたからと言っても何かある訳ではないのだが。
だが人の個人情報を知るのは悪い気分ではないし、これから関わりを持つかもしれない学生がいるかもしれないので確認しておく。
途中から女子だけ名前を呼ばれるシステムになった。なんだそれ。
その後も事は進んでいき、女のような名前だったら実は男だったり、入学式の次の日なのに欠席する女子学生がいたりと、とくに取り上げることもなく時間は過ぎていった。
最後に制御科の女子の名前も呼ばれて部活動紹介に移った。
ちなみに僕も部活の部長ではあるが、部活動紹介では上級生に野次られるので出ない。本来なら3年生に先輩がいるので先輩が部長となるはずなのだが、先輩が駄々をこねたのでしかたなく僕が部長になった、という部員全員がやる気の無い部活である。
テニス部を筆頭に部活の部長が前に出て部活を紹介していく。テニス部はペニス部と名乗っている。柔道部は寝技部と名乗っている。アーチェリー部は服を脱いで汚い太った体を見せている。アーチェリー選手に対する冒涜かよ。
最後に留年部が紹介される。本当は留年部という部活はないのだが、というよりも実際に有ったとしても何の活動をする部活なのだろうか、という感じではあるが。
留年した先輩が登壇する。留年するときのメリットデメリットを述べている。といってもメリットと呼べるメリットもなく、実質デメリットしか述べていない。
部活動紹介が終わって新入生が退場する。
退場してから在学生も退場する。僕も退場する。
階段を上って教室に戻る。教室で去年と同じ担任から、翌日からの日程についての説明がされた。
特に変わったことも無く数日過ごした。というよりも基本的に変わったことも起きない人生なのでいつものように過ごした。