第5話 友人は中二病
野々崎泉流。僕は高校1年生だ。
学校では、そこそこ普通の成績で、そこそこ普通に生活している。
なるべく目立たず、集団の中に紛れ込んで、平穏に暮らしたいタイプでもある。
だというのに、どうも僕は目立ってしまうようだ。
いや、正確に言えば、いつも一緒にいる友人が目立っているのだけど。
友人の名は、葉柳凪沙。
細身で背が高く、サラサラの髪の毛をなびかせる、かなりの美形だ。
少女漫画だったら、主人公の女の子が憧れていて、やがては恋人になる、そんなキャラとして充分に成り立つだろう。
キラキラと輝く星のようなエフェクトを背負うほどのカッコよさで、女子の目を釘づけにしている。
……というのも、まったく無いわけではないとは思う。
だけど、それ以上に目立っているのが、凪沙の言動だった。
「今日もオレの右腕に宿りし暗黒邪龍が唸り声を上げているぜ!
ホウキなんてすぐに放棄しろと!
そして電脳遊戯の聖域を目指すのだ!」
「はいはい。掃除をさぼってゲーセン行こうなんて、そんなこと言ってないで、早く終わらせるぞ?」
「むぅ……。我が盟友、泉流よ。なぜそんな、つれないことを言う!?」
「普通に『いずる』って呼んでよ、凪沙。恥ずかしいからさ」
「オレは右腕の邪竜の意志でそう呼んでいる!
邪竜に反する言動など、オレにはできないのだ!」
「エビドラとか、自分でも面倒になって略してるじゃん」
「面倒になったわけではない! 親しみを込めてそう呼んだだけだ!」
凪沙と一緒にいると、いつもいつもこんな感じの会話が展開される。
いわゆる、中二病ってやつだ。
なにやらわけのわからない言葉を喋りながら、大げさな身振り手振りも添える。
そもそも凪沙は、すごくよく響く声をしている。
しっかりとおなかから声が出ているということなのだろうか。
ともかく、意味があるのかわからないポーズを取りつつ、大声でこんなことを口走っていたら、そりゃあ、目立ってしまうというものだ。
一時期は、目立っているのは隣にいる凪沙だから、僕自身には注目されなくて済む、なんて考えてもいた。
でも実際には、そんなことはない。
あの凪沙と一緒にいるやつだ、と一緒くたにされて見られてしまう。
まぁ、嫌なら凪沙から離れればいいわけだけど。
小学校の頃からの友人で、そばにいるのが当たり前となっている。
今さら離れるなんて考えられなかった。
だいたい、妹やおぱあちゃんがスライムである僕が、この程度の友人の言動で動じるはずもない。
なんやかやとおかしなことを言いまくる友人と、実際におかしな妹やおばあちゃん。
比較してみれば、中二病くらい可愛いものだと言える。
そしてこの凪沙が、僕の最終兵器でもある。
右腕に邪龍を宿す中二病の美形男子。
左腕にはさらにヤバいものが封じされているのだと語る。
こいつを送り込めば、あいつらへの逆襲が可能なはずだ。
隔世遺伝の冷めたスライム、僕の妹、ぽよ理。
ぽよ理にメロメロ、写真撮りまくりの変態チックな妹の友人、三七三ちゃん。
お嬢様で異常様な物の怪オタク、妹のもうひとりの友人、撫華様。
以上3名に逆襲するため、僕は本日、凪沙を僕の家へと招待している。
招待……といっても、普通に遊びに来てよと誘っただけだけど。
待ってろよ、ぽよ理たち! 先日の恨み、今日こそ晴らしてみせる!
さて、凪沙を家に呼んだはいいものの。
妹はともかく、その友人ふたりが揃って遊びに来ているとは限らない。
作戦としてはなんとも穴だらけだった。
ただ、結果的にまったく問題はなかった。
凪沙を引き連れて廊下を歩き、妹の部屋の前を通った時点で、笑い声が聞こえてきたからだ。
ぽよ理以外の女の子の声がふたり分。三七三ちゃんと撫華様に間違いなかった。
「よし、凪沙! 突撃するぞ!」
「可愛い妹の聖地に押し入って、盟約を締結せし者もろとも正義の鉄槌を食らわせようってことか。
さすが、我が右手に宿りし邪竜の第一の手下だな」
「いつ僕が手下になったんだよ」
まぁ、妹たちにギャフンと言わせられるなら、そんなことはどうでもいけど。
とにかく、今日はこの中二病全開の凪沙を連れてきた。
凪沙のエビドラに任せておけば、僕は高みの見物をしているだけでいい。
「さぁ、凪沙! お前のなんちゃらパワーとかを使って、ぽよ理たちをこてんぱんにしてくれ!」
「どうでもいいが、泉流はちょいちょい古臭い表現をするよな」
「ほんとにどうでもいいよ!」
僕たちが喋っているのは廊下。
それも、妹の部屋のすぐ目の前だ。
こんな場所で騒いでいたら、突入する前に気づかれてしまう。
「そんなことより、早いとこ突撃するんだ!」
「手下が主君に指図するんじゃない。
だが、わかった。そろそろ審判の時だ。
左腕に封印されし時空の神が暴れまくるぜ!」
「左手は神なのかよ! 神が暴れるのかよ!
あと、英語とフランス語が混ざってるぞ?
……って、ツッコミが追いつかないよ!」
我ながら、おかしな友人を持ったものだ。
とはいえ、これならば妹たちに逆襲ができる。
しかも僕は直接手を下すことなく。
なんと完璧すぎる作戦だろうか!
「よし、行け! 凪沙!」
「命令されるのは不愉快だが、子猫ちゃんたちを待たせても悪いしな。
楽園の扉よ今こそ開け!」
もう、なにがなにやらわからない感じになってるな……。
ま、細かいことなんて、気にする必要もない。
僕は少し離れた場所から、事の成り行きを見守る。
「え? あれ?」
突然開け放たれたドアに、ぽよ理が困惑の声を上げる。
女の子だけの空間に、突如侵入してきた中二病全開の男。
いくら見知った間柄ではあっても、驚きを通り越して怒りを湧き上がらせるだろう。
といった僕の予想は見事に外れる。
「あ~~~っ! 凪沙くんが来てたんね~! お久しぶりなんよ~!」
「凪沙さん、このようなせせこましい場所に、ようこそいらっしゃいました」
三七三ちゃんと撫華様に至っては、まさかのウェルカム状態。
それにしても……撫華様、いくら友人の家とはいえ、せせこましい場所ってのはどうなのか。
そりゃあ、撫華様のお屋敷と比べたら、ベルサイユ宮殿と犬小屋くらいの違いがあるだろうけど。
とりあえず、思ってもいなかった歓迎ムード。
でも、それならそれで好都合だ。せいぜい油断しているがいい。
快く迎え入れられたところで、凪沙の左手の神とやらが暴れまくる結果が待っているのだから。
僕の思惑通り、妹の部屋の中央まで入り込んだ凪沙は、自分を取り囲む三人に向かって左腕の封印を解放する。
「フッ……! 唸れ、我が左腕よ! 神の手大旋風!」
「はぅ」「きゃ~~~ん!」「いやぁ~~~んですわ~~~!」
本当に驚いているのか疑問に思えるぽよ理と、
微妙に余裕のある悲鳴を上げている三七三ちゃんと、
むしろ喜んですらいないか? と思えるような撫華様の反応。
とはいえ、突如として繰り出された凪沙の必殺技(?)は、妹たちを混乱に陥れるに足る効果を発揮するに違いない。
詳しく解説すると、凪沙はまるで竜巻を起こすかのように、下から上へと左手を動かした。
三人それぞれの、スカート目がけて。
そう。要するに、スカートめくりだ。
ネーミングはともかくとして、嫌がらせとしては最適な技だろう。
なんというか、小学生的の悪ふざけ的な印象にしかならないかもしれないけど。
顔を真っ赤にしてスカートを押さえる三人の様子を、僕は遠巻きに眺めていた。
黒。白。ピンク。
三者三様の光景が僕の脳裏に映し出される。
どうでもいいけど、黒って……。
ちょっとセクシーすぎやしないか? ぽよ理。
我が妹ながら、少々心配になってしまう。
それは、まぁ、いい。
恥ずかしがる妹たちの姿を見られて、僕は満足だ。
この前の逆襲は、存分に果たしたと言えよう。
スカートめくりなんてしたら、確実に怒り出すことは容易に想像できる。
それでも、実行したのは凪沙だ。
僕が咎められる心配はまったくない。
これが凪沙を連れてきた一番の理由なのだ。
だけど、事は僕の狙い通りには進まなかった。
「おにーちゃんのエッチ」
「お兄さん、ひどいんよ~! 凪沙くんを使って、こんなことするなんて~!」
「本当に下衆の極みですわ。わたくしのボディーガードに頼んで(以下自粛)してもらいましょうかしら」
なにやら、怒りの矛先が完全に僕のほうに向いている!?
「ちょ……ちょっと待ってよ! やったのは凪沙だよ!?」
「イケメンは何をやっても許される」
ぽよ理がさらっと言ってのける。
そんなものなのか!?
信じたくはなかったけど、黙って頷いている三七三ちゃんと撫華様を見る限り、事実は事実として受け入れるしかなさそうだった
「そもそも、全部お兄さんの差し金でしょ~?」
「だいたい、凪沙さんの位置からでは、見えたりもしませんわ」
べつに妹たちの下着を見たいなんて、まったく考えていなかったというのに。
どうしてここまで非難されなくちゃならないんだ?
「でも、おにーちゃん、見たでしょ?」
「み……見てない……よ?」
しらを切ってみる。
「まぁ、子供っぽい私の下着なんて、見ても嬉しくないか」
「いやいや、セクシーすぎだってば! ……あ」
「……やっぱり見てた」
「お兄さん、変態なんよ~!」
「泉流お兄様、変態ですわ」
「うむ。泉流はまごうことなく変態だな」
いつの間にやら、凪沙まで敵側に回っていた。
四面楚歌。
ならば、逃げるしか……。
「そうはいかない」
ぽよ理が右手をスライム化させ、うにょ~んと伸ばすと、ドアを閉めてしまった。
伸ばしたスライムの手でドアノブを包み込み、滑って開けさせないようにする追加効果も添えて。
「それじゃあ、おにーちゃんには、罰を与えるってことで、いい?」
「もちろんなんよ~! どんな凄惨な目に遭わせるのが面白いかな~?」
「うふふふ。そうですわ、ボディーガードに拷問道具を持ってきてもらいましょうか」
撫華様、ボディーガードの介入だけはやめてください、お願いします。
…………。
そんなわけで、僕は結局、妹たちにいじられ続ける時間を過ごすことになるのだった。
ぽよ理たちが僕いじりに飽きると、普通のお喋りタイムとなった。
まず話題になったのは、今日の件。
どうやら、僕の企んでいたことは最初から筒抜けだったらしい。
凪沙は昔からよく僕が家に呼んでいた。
当然ながら、ぽよ理とも三七三ちゃんとも撫華様とも顔見知りで、連絡先も交換していた。
僕が凪沙を連れてくることは、あらかじめメールで伝えてあったのだという。
「凪沙、お前、ぽよ理たちとグルだったのかよ!」
「フッ……! 我が邪龍の意志には逆らえないのだ」
なにがエビドラだ。完全に自分の意志じゃないか。
「じゃあ、スカートをめくられて、僕に見られるのも、みんな納得の上だったってこと?」
「さすがにそれはないよ~! お兄さんの位置取りが想定外だっただけなんよ~!」
「凪沙さんが風を起こすとは聞いておりましたけれど、あそこまでめくれ上がってしまうなんて、思ってもいませんでしたわ」
「フッ……。少しばかり、時空の神が張り切りすぎたようだな」
なんて言ってるけど、そのほうが面白くなると確信してやってたんだろうな、こいつは。
まぁ、べつに構うまい。
ある意味ラッキーだったと言ってもいいし。
ただ、ぽよ理にはもう少しおとなしめの下着を勧めるべきかもしれない。
思ったことはつい口に出してしまう僕。
その件は、しっかりと妹に提案してみた。
「でも、白だと透けちゃうし。スライムって粘液とかで色々と大変なんだよ」
さらっと答えるぽよ理。
女の子だけならともかく、僕や凪沙もいるのに、羞恥心はないのだろうか。
我が妹ながら、やっぱりあらゆる意味で心配だ。
その後は、さらに騒がしく時間を過ごすことになる。
凪沙の右腕の邪龍と、ぽよ理の右手のスライムを絡め合わせた、コラボ写真の撮影が始まったのだ。
中二病の龍が、本当に出現した……というわけではない。
凪沙の右腕には、リアル系の龍のぬいぐるみがくくりつけてある状態だったりする。
「これでも、上手く加工すれば、かなり臨場感のある写真に仕上がるんよ~!」
意気揚々と写真を撮りまくる三七三ちゃん。
おそらく、まだプログを続けているものと考えられる。
これは、あとでしっかり確認しないといけないな。
「ではそろそろ、泉流お兄様の子泣きじじいタイムと洒落込みませんか?」
「あ、撫華様、また持ってきてるん~?」
「ええ、せっかくですから」
「なにがせっかくなんだよ!」
僕がどれだけ拒否しようと、暖簾に腕押しなのは言うまでもない。
またしても、僕は子鳴きじじいの格好をさせられる羽目になってしまった。
「どうでもいいけど、どうして子泣きじいいなんだか……」
撫華様が、僕のオーラが子泣きじじいだから、と言ったのが原因だったとは思うけど。
なにゆえ子泣きじじいオーラが出ているのやら。
「それはオレもわかるな」
不意に凪沙が語り始めた。
数年前、僕と凪沙が一緒に近所のお祭りに行った際のことだ。
その頃から、三七三ちゃんや撫華様とも知り合いだったけど、妹たちと一緒に祭りになんて行けるか! ってことで別々に回っていた。
まだ僕が小学生の頃だっただろうか。
神輿や花火、縁日の屋台などを楽しみ、はしゃぎまくった僕は、祭りの終了を待たずに眠くなっていた。
そのことに気づいた凪沙は、僕をおぶってくれたのだ。
僕はすぐに眠ってしまい、仕方なく家まで送ってくれたらしいのだけど。
「そのとき、泉流のやつ、どんどん重くなってきたんだ」
もともと僕は、身長の割に体重が軽い。細身ってほどでもないのに、軽すぎるくらいだった。
だからこそ、おぶっても問題ないと思ったのだろう。
それなのに、どんどん重くなる僕の体――。
「まさに子泣きじじい、といった感じだったな」
当時を思い出しているのか、遠い目をしながら凪沙はそう語った。
この意見に、否定を返したのは、ぽよ理だった。
「実際には、スライムの遺伝子のせいだと思う」
スライムの遺伝子は、おばあちゃんからの隔世遺伝でぽよ理へと受け継がれている。
だけど、その血は当然、僕にも流れている。
ぽよ理のようにスライム化する能力としては表れなくても、隠れた部分で影響が出ることもあるのだとか。
水の表面張力のように、スライムは膨らむ力を持っている。
だからこそ、べちょっと潰れてしまうことなく、形を保つことができる。
僕の場合は、目覚めているときには体中の水分すべてに対してその能力が発揮され、体重軽減という効果が出ている。
でも、眠ることによって制御できなくなると、重力に引かれて落ちるだけでなく、逆に下向きの力を増す作用を引き起こす。
これが、子泣きじじい化した原因だった。
「ぽよ理、よくそんなこと知ってたな……」
「おばーちゃんが昔、おにーちゃんにそう言ってたのを覚えてただけ」
「…………」
単に僕が忘れていただけだったようだ。
結果として、僕が『脳みそもスライム』と言われてしまったのは、なんだか悲しいので詳しくは語らないでおこう。
ところで。
昔のことを話していた凪沙は、中二病的な言葉を発することなく、普通の喋り方をしていた。
いつでも中二病全開ってわけではないと、わかってもらえただろう。
凪沙には病弱な妹がいる。その妹を楽しませるために、中二病的なセリフを連発するようになった。
凪沙は中二病を演じているだけ、というのが真相となる。
本当は妹思いで心の優しいやつなのだ。
だからこそ、僕は小学校時代からずっと一緒にいて、友達づき合いを続けている。
もっとも、僕の妹やその友達にまで、中二病な部分を見せる必要はないわけで。
そう考えると、結構ノリノリでやっているのかもしれない。
どちらにしても――。
「泉流は子泣きじじいでスライムだな! 子泣きスライム! 新たな妖怪の誕生だ!」
「略してコナイムなんよ~! ……う~ん、ちょっと微妙かな~?」
「新たな妖怪と聞いては、黙ってはいられませんわね。
是非、わたくしの妖怪コレクションに加えなければなりませんわ」
「略称は『じいい』でいい」
助っ人として凪沙を投入したところで、僕がいじられる運命にあるというのは、なにも変わってはいなかった。
というか、ぽよ理……いくらなんでも、『じじい』はやめてくれよ……。