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第4話 お嬢様は物の怪マニア

 自室でゲームをしていた僕は、トイレに行きたくなったので部屋を出た。

 トイレは1階にあるから、いちいち階段を上り下りしなきゃならないのが少々面倒だ。

 2階にもトイレがあればいいけど、今さら増設するというのも大変だろうし、仕方がないと思うしかない。


「お」


 部屋を出ると、廊下を挟んで隣の妹の部屋から声が聞こえてきた。

 ゲーム中はイヤホンをつけていたから、全然気がつかなかったな。


 どうやら三七三ちゃんと、もうひとり別の子も遊びに来ているようだ。

 別の子、というと、あの子しかいないだろう。

 妹の交友関係をしっかり把握しているわけではないけど、スライムであることを隠しもしないぽよ理は、学校でも浮いていると三七三ちゃんから聞いたことがある。

 そんなぽよ理と深い友人関係にあるのは、三七三ちゃん以外には、あとひとりしかいない。


 僕はその子とも何度か会ったことがある。

 お金持ちのお嬢様らしく、丁寧な口調で喋る、とても落ち着いた雰囲気のある女の子だ。

 なお、お嬢様であると同時に、異常様でもある。そんな表現をしたくなるような、変わった部分もあったりするわけだけど。


 顔見知りではある妹の友人ふたりが遊びに来ている状況。

 とはいえ、わざわざ妹の部屋に行って挨拶をするなんて、さすがにありえない。

 妹の部屋からは笑い声が聞こえてきている。

 楽しそうでなりより。そう思いつつ、僕が自室の部屋のドアを閉める。


「それでは、お手洗いに行ってまいりますわね」


 という声がして妹の部屋のドアが開いたのは、ちょうどそのタイミングだった。

 反射的に振り返ると、ドアから出てきた和装に身を包んだ女の子と目が合う。


「あら、泉流お兄様、こんにちは。妹さんの部屋の前で聞き耳を立てているなんて、相変わらず変態さんですわね」


「いきなりひどい言われよう!


 そっちこそ相変わらずだ。

 僕がそう答える前に、くすくすと微笑みながら、その女の子が言葉を続ける。


「というわけで、お邪魔しておりますわ、泉流お兄様」


「うん、いらっしゃい、撫華(なでしか)ちゃん」


 そう言った刹那、足元にトストストスッと、三本の矢が突き刺さる。


「うわっ!?」


 あ、そうだった……。


「いらっしゃい、撫華()


「はい♪」


 笑顔がたおやかな、和装の麗しい少女、紫陽花宮(あじさいのみや)撫華。

 超がつくほどのお嬢様。名前は『様』づけで呼ばなくてはならない。

 ちゃんづけで呼ぼうものなら、どこからともなく矢が飛んでくるからだ。


 どうやら四六時中、ボディーガードに守られているらしい。

 隠れて護衛しているから、ボディーガードというより、護衛の忍者、といった感じかもしれない。

 今みたいに『ちゃん』づけで呼んだり、手や肩なんかであっても直接触れようとしたり、そんな場合には容赦なく矢が飛んでくる。

 姿を見たことはないけど、あまりにも過保護すぎるのではなかろうか。


 そもそも、室内なのに矢が飛んでくるとか、どうなってるんだ?

 家の中に入り込んでいるなら、不法侵入になるのでは?

 といった思いもあるけど、姿を見つけられないため、どうにもしようがない。


「それではわたくし、お花を摘みに行ってまいりますので。ごきげんよう」


「うん、行ってらっしゃい、撫華様」


 妹たちの前ではお手洗いと言っていたのに、僕の前ではお花を摘みに、って表現にするんだな。

 イメージが悪くならないように考慮してなんだろうけど、僕相手だと距離を置いているようにも思えて、ちょっと寂しい気もする。

「……って、僕もトイレだったんだっけ。まぁ、次に入ればいいか」


 つぶやいたところで、隣の部屋から視線を感じる。


「おにーちゃん、変態。女の子が入ったあと、すぐにトイレに入ろうとするなんて」


「最低でも10分以上は待ってから入らないとダメなんよ!」


 すかさず、ぽよ理と三七三ちゃんから抗議の声がぶつけられた。

 そうは言ってもなぁ……。


「というか、30分は待つべき」


「そんなに待ったら漏れちゃうって」


 僕は気にせず、撫華様が下りていた階段へ向けて歩き始める。

 その途端、


 トストストスッ!


「うわぁっ!!」


 またしても矢が3本ほど足元に飛んでくる。


「命が惜しければ、待つべき」


「そうなんよ~! いくら変態さんでも、ウチ、お兄さんに死んでほしくはないんよ~!」


「うぐぐ……」


 仕方がないので、撫華様が戻ってきてから、きっかり10分間は待つことにする。

 ゲームをしていて尿意に気づき遅れていた僕は、妹とその友人たちの前で、ズボンの前を押さえながら我慢する羽目になってしまったのだけど。


「というか……この状況の僕をじっと観察しているお前たちこそ、変態なのでは……」


 トストストスッ!


 撫華様のボディーガードが、容赦なく僕の足元に矢を放ってきた。




 漏らしてしまう前にどうにかトイレに駆け込むことができた。

 考えてみたら、ぽよ理たちの目の前で待たなくても、トイレの前まで移動してから待てばよかったんだよな。

 今さらそんなことを言っても意味がないけど。


 僕がトイレを済ませて2階に戻ると、妹が部屋から顔をのぞかせ、手招きをしていた。


「ん? ぽよ理、どうした? ……っ!?」


 近寄っていくと、問答無用で妹の部屋の中へと引っ張り込まれた。

 妹以外のメンバーは、先ほども顔を合わせているけど、三七三ちゃんと撫華様のふたりだけ。

 やっぱりこの3人は仲良しなんだな。


「改めて、ふたりとも、いらっしゃい。いつも妹がお世話になってます。

 クラスもずっと一緒なんだよね?」


 いきなり部屋に引っ張り込むなんて、何を企んでいるんだか、と思いつつも、とりあえず世間話を始めてみる。


「ええ。わたくしがお父様にお願いしておりますので」


 ……クラスが一緒になってるのって、撫華様の財力によるものだったのか。

 そんなつぶやきを聞き取った撫華様は、


「いえいえ、お金で解決しているわけではありませんわよ?

 わたくしのお願いを聞いて、お父様が学校側と話し合いをしてくださったのですわ」


 と言っていたけど。

 超がつくほどのお金持ちの家だし、何らかの裏取引があってもおかしくないような気はする。


 とはいえ、ぽよ理がスライムという特殊な性質を持っているのは、学校側にも伝えてある。

 健全な学生生活が送れるように特例措置として対応してほしいと、撫華様のお父さんからも口添えしてくれたのかもしれない。

 もしそうだったら、感謝しないといけないな。


 それはともかく。

 そろそろ現実と向き合うべきだろうか。

 僕は妹の部屋をぐるりと見回す。


 カーテンは閉め切られている。

 意外と可愛らしく桃色系の小物が目立つ女の子っぽい部屋。

 ところどころ、緑色の粘液がこびりついていたりするのは、まぁ、ちょっとしたアクセントとでも思っておこう。


 そんな中で。

 三七三ちゃんがデジカメを構えている。


「って、またかよ! というか、写真をプログにアップするのは禁止って言ったよね!?」


 僕が肩をいからせて詰め寄るも、三七三ちゃんは涼しい顔。


「ぽよ理っちの写真を撮るのはウチの生きがいなんよ~! それに、ブログにアップしなければいいんでしょ~?」


「それはそうだけど……」


 こっそりブログを確認している限り、今のところ新たな写真のアップはされていない。

 だとしても、この子のことだから、いつまた僕の言いつけを破らないとも限らない。

 というか、写真をアップしないとか削除するとか、まったく約束もしてくれていないのだから、不安しかない。


「泉流お兄様、申し訳ございません。今回はわたくしからの要望で撮影させていただいておりますの」


 撫華様がにっこりと悪びれもしない笑顔で白状する。


「わたくしのスライム本製作のためですわね」


 お嬢様であると同時に、異常様でもある。

 そう言ったのは、世間知らずだったり発言がおかしかったりといった意味合いもあったのは確かだけど。

 主にこの部分を示して表現していた。


 三七三ちゃん同様、妹のぽよ理のことを愛でるために撮影している、というのとは少し違う。

 撫華様は、物の怪やら妖怪やらあやかしやら、そういった類の存在が大好きなのだ。

 独自に研究を重ね、趣味で文献を作ることを趣味にしている。


 趣味で作っているといっても、かなり本格的で、見た目の古めかしさまでしっかりと演出している。

 どこから仕入れてきたのか、薄汚れた和紙に筆で文字を書いていく。

 古い文献だと、普通は写真でなくイラストくらいしかついていないけど。

 そのあたりは気にしていないのか、写真は貼りつけてあったりする。

 といっても、その写真もイラスト風に加工してあるため、ぱっと見では写真だとは思えない。


「この世の中には、妖怪などの伝承が各地に残されております。

 ですが、その存在が証明された例など、ほぼ皆無と言ってよいでしょう。

 どんなにお金を積んだところで、手に入るとしたら精巧に作られたニセモノしかありませんでした。

 そんな中、わたくしはスライムであるぽよ理ちゃんに出会いました。

 これはまさに運命と呼ぶしかありませんわ!」


 物の怪やらについて語る撫華様は、瞳をこれ以上ないくらいにキラキラと輝かせる。

 見ていて微笑ましいけど……。

 その研究対象となっているのが自分の妹だと思うと、なんとも複雑な気分になる。


 ともかく、今日もまた撮影会となっているのは間違いない。

 撮影が三七三ちゃんで、監督が撫華様、そして主演がぽよ理という配役だ。


「……あれ? それじゃあ、僕をわざわざ引っ張り込む意味なんてないんじゃ……」


「意味はある。おにーちゃんは実験相手」


 実験相手って……悪い予感しかしない。

 ここは適当な理由をつけて逃げるしか……。

 後ずさりする僕の意図を察したのか、ぽよ理が退路を塞ぎにかかる。


「なんでも1回、言うことを聞く権利を発動する」


「うっ……」


 先日、おばあちゃんから救ってもらった際に約束した権利。

 拒否して、もっとひどいことに権利を使われるよりは、ここで消化しておくのも手か……。

 しばらく考えた末、僕は「OK」と答えを返した。




 実験相手として、僕がなにをするのか。

 結果、なにもしなくてよかった。

 基本的には、体の一部をスライム化させたぽよ理が僕に絡みついてくる形で、撮影は進んでいった。


 スライム化した部分が、べちょっと絡みついてくる感触。

 なんだか生温かくて、微妙に気色悪い。

 なんて言ったら3人から総攻撃を食らうだろうし、黙っていたけど。

 顔には出てしまっていたみたいで。


「泉流お兄様、もっと楽しそうにしてくださいませ。スライムである妹とデート中という設定なのですから」


「そんな設定だなんて聞いてないし、そもそもなんでぽよ理とデートするんだよ」


「おにーちゃん、私のこと嫌いなの?」


「嫌いじゃないけどさ」


「じゃあ、好きってことでいいじゃない。好きならデートするじゃない。問題ないじゃない」


「でも……ウチとしては複雑なんよ~。

 大好きなぽよ理っちが、お兄さんなんかとイチャイチャしてる姿を撮影しなきゃならないなんて……」


「イチャイチャというか、ネチャネチャしてるけど……」


「監督はわたくしですので。わたくしの撮りたい写真を撮らせていただきますわ!

 次は唇をスライム化させて、濃厚なキスシーンを……」


「それは無理」「さすがにダメでしょ!」「それはダメなんよ~!」


 監督の暴走を止めながらの撮影会は、順調とはほど遠いながらも続いていった。

 ある程度の時間が経ったあと、撫華様がこんなことを言い出した。


「泉流お兄様って、スライムではないんですわよね?

 それなのに、物の怪の素質といいますか、オーラのようなものがひしひしと感じられますわ」


「物の怪のオーラって……」


 全然嬉しくもない。

 ただ、おばあちゃんがスライムなのだから、僕自身にもスライムの血が流れているのは確かだろう。

 それを感じ取っている、ということか。

 と思ったら、どうやらそれは完全な間違いだったようだ。


「どんな物の怪のオーラなの?」


 尋ねてみると、撫華様が僕のすぐ前にまで近寄り、じっくりねっとり全身を舐めるように眺めまわす。

 それだけでなく、くんくんくん、とニオイまで嗅いでいる。

 というか、撫華様、近い……。すごくいい香りが漂ってくるし……。

 僕がドギマギしているのを、ぽよ理と三七三ちゃんが睨んでいるのに気づいて、慌てて視線を逸らす。


「そうですわね、このニオイ……」


 当の本人は何も気にすることなく、こんな結論を口にした。


「子泣きじじい、ですわね」


「なんでだよ!」


 思わずツッコミの声が飛び出していた。

 でも、こうなったら止まらないのが、妹たち。

 僕は無理やり子泣きじじいのコスプレをさせられ、撮影会は続行されることになった。


 子泣きじじいの姿がどうなのか、想像してもらいたい。

 伝承でどうなのかまでは、僕は知らないけど。あの有名な妖怪マンガのイメージが定着しているはずだ。

 すなわちその服装は、前掛けと(みの)を身に着けているだけで……。


「どうしてこんな服を持ってるんだよ!」


「わたくしのコレクションの一部ですわ」


 さっきまでは無かったはずなのに、突然、部屋の中に置かれていたのは、気を利かせた撫華様のボディーガードの仕業なのだろう。

 まったく、余計なことをしてくれたものだ。


「う~ん、これはとってもヤバい絵面なんよ~」(パシャッ)


「こんな格好で妹に迫る兄……。流出したら確実に人生を棒に振るレベルですわね」


「この写真をネタに、また言うことを聞いてもらう権利をゲット。

 そしてさらに写真を撮って……」


「永久ループ!?」


 怖ろしい妹たちの会話に、僕はなすすべもなく、ただただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。

 それから3時間ほど。

 僕は妹とその友人たちによって、思う存分おもちゃにされ続けた。


 三七三ちゃんと撫華様が帰ったあと、疲れ切った僕は自分の部屋に戻る。

 ちなみに、廊下に突き刺さっていた矢は、いつの間にか消えていた。

 僕が脱いだ子泣きじじいの服も消えていたから、それも含めてボディーガードが持ち帰ったのだろう。


「ふぅ……。しんどかった……」


 ベッドに突っ伏し、僕は心に誓う。

 あいつらが次にまた、うちに集まっていたら、そのときは助っ人を呼んで逆襲してやる!


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