私の夢の最後(オチ)『崖』
その前までがどんな場面、場所でも、必ずいきなり『崖』へ立たされる。
その『崖』は、先へ行くほど細くなっている。
空は晴れたり、曇ったり。時おり風が吹き、季節に関係なくそれが寒いときもあれば、暑いときもある。
振り向くと荒野が広がっている。
『崖』の先には底なしと思うくらい真っ暗で、悲しみが悲しみでなくなるぐらい深い谷がある。
谷を挟んで対岸も存在するが、どうしてだろう、谷から目が離れることがない。私はあの先を見たことがない。
底知れぬ谷を見つめたまま、私は一歩、一歩、『崖』を進んでいく……。
踏み出すと、夢とは思えないほどリアルな感触が伝わってくる。じりっ、じりっ、と足音が響く。
昔、二度ほど地震がこの踏み出す時に起こり、そのまま谷へ落ちたこともあった。しかし、めったなことではそれは起きない
そういえば、どんな靴を履いていたかな。だめだ、目を離すことができない。
ついに『崖』のほぼ尖端に辿り着く。
あと一歩を踏み出せば、落ちる、と悟る。
止めなければならない。そうしないと、ーーーー落ちる。
だが、歩みを止める思考はない。
思考を始めた時には闇への切符は切られる……。
ふっ、と身体の支えが一瞬にして奪われた。まるで、ジェットコースターの天辺から落ちるような感覚。
別に『崖』が崩れたわけではない。私から虚空へと踏み込んだのだ。
落ちた。落ちる。
頭から吸い込まれるかのように谷へ、何があるか分からない暗い闇へ落ちていく……。
止めておけばよかった。
いつもこの時思う。しかし、時すでに遅し。重力に抗うことなど出来ずに、私は落ちる。
身体の感覚は水に浸かっているものに近く、風を切る音が耳に入る。
だが、髪は靡いていない。どうしてだろう……。
落ちることに対して、後悔の念はあるが、それほど怖くはない。
私が怖いと感じること。強いていうならば、この出来事に慌てることが無くなってしまった私自身だろうか。
どうして、ここにいるのか。
どうして、逃げなかったのか。
どうして、ーーーー私なのか。
反復する思考に比例するかのように、身体は落ちていく。
終わりは近い。
落下中に、突然目が覚めることがある。
風の音を耳にしがら、静かに覚めることもある。
時には意味もなく叫んで、反響する私の声に反応して目覚めることも。
他にも、数多くの覚醒を体験してきた。
しかし、これらはまだまだ甘い……。
底がないと思っていた谷には、場合によっては底があることがある。
底がある、と気づいたときには頭が激突する。
風が横暴し、落下中に『崖』の壁へ打ち付けられる。
身体の体勢が崩れて、背中が下を向きどこかへ衝突する。
数多くの死に近い場面を経験することもある。
恐怖はない。
損傷を負うと同時に目覚めることもあれば、運が良ければ目覚めないこともある。
そのときは、仰向きに寝転がる。
肺から空気が抜け、呼吸が苦しい。
身体は軋み、悲鳴をあげている。
眼が見えないときもあった、どこかが欠損することもあった。
現実のように痛みがあるのに、泣くことはない。
その場から見上げると、空がそこにある。
下ばかり見ていたためか、上を眺めるのは気持ちがいい。
痛みは走り続けるというのに。
手を空に向かって伸ばす。そして、握る。
ああ……、あそこへいきたい。
翼ないかなぁ……。
ここで、再度言う。恐怖はない。
翼を渇望していると、『崖』の上に人影が見える時がある。
私は笑みがこぼれてしまう。
また、会えた。
なぜそう思うのか。いったいあの人影は誰なのか。何一つ、私には分からない。
でも、懐かしい。
その感情だけが私の冷たく浅い心を満たしていく。
目頭に熱さが込み上げ、一粒の欠片が流れる。
あの人が見えた。
翼があれば、出会うことができる。でも、それは叶わない。
夢なのに、起こってほしいことは起こってくれない。
私はもどかしさを感じる反面、これでいいと安堵する。
あの人を見ることができただけで、空っぽだった心は充実した。
腕を下ろし、眼を閉じる。
空は見えない。あの人も見えない。
何もかもが見えなくなる。
それでいい……。
この先はない。
ゆっくりと眼が覚める。
現実に引き戻される。
一度『崖』から落ちると、この『崖』から前の夢の内容は思い出せなくなる。
不思議な感覚。
あの人は誰なんだろう。
夢だけど。夢だからこそ。
次はどうなるか知りたい。たとえそれがどんな結果でも。
いつか会える、その時を信じて。
翼を手にすると、こころに誓って。
今日も、私は『崖』で眠る。