獣たちの宴「和平会談の席で・戦禍を望む者・過去編」
本作は葵生りん様主催企画「ELEMENT」の冬号で掲載されたセッションお題「和平会談の席で」(原作・葵生りん様)からセッション・ソロで創作された「戦禍を望む者」(紫生サラ・作)の過去を描いた作品となります。
ELEMENT冬号には、他種族の活躍をELEMENTが誇る実力者たちによって描かれています。ぜひそちらもご覧ください。
クルンとひっくり返すとこんがりキツネ色。
ふわふわ、アツアツ。
パンケーキ。
トロトロバターに甘いハチミツをかけて召し上がれ
ミーアちゃんは笑顔になって大喜び……
「おおぅ」
大きな切り株をくり抜いて、丸いクッションを乗せたソファーの上。
うつ伏せで絵本を開いていたのは、人間の姿に山猫の耳と尻尾が生えた可愛らしい女の子。今年六歳になったばかりのキシャラです。
「すごいのだ! ふわふわでアツアツ! すごいのだ!」
大きな瞳をキラキラと輝かせ、キシャラは絵本を持ったままベッドから飛び起きると、そのまま部屋を飛び出し、おうちの廊下をかけていきます。
キシャラのおうちは、お父さんのしている診療所と薬局がくっついています。
今は昼休みなので患者さんはいないので、お父さんが熱々のカカオティーを飲んでくつろいでいました。その静かな診療所を絵本を持ったワンピース姿のキシャラがかけていきます。
「おや、キシャラ、お出かけかい?」
「父上! キシャラお出かけしてきます!」
「ケガをしないように、遅くならないようにね」
「はいなのだ」
お父さんから言われ、キシャラはお母さんのマネをして敬礼しました。
キシャラのお母さんはこの国の南側を護る警備隊の剣士。とても美人でかっこいいお母さんはキシャラの憧れです。そのお母さんがしている敬礼をマネをするのです。
けれど、敬礼をするときに右手でするのか、左手でするのかすぐに忘れてしまうので、いつも両手でしてしまいます。今も上向きの矢印のようになってしまいました。
「父上、行ってくるのだ!」
「うん、あ、キシャラ……」
お父さんは「靴を履いてね」と言おうとしましたが、キシャラは裸足で飛び出していってしまいました。
「やれやれ、元気がいいな」
お父さんは駆けていくキシャラの姿に微笑みながら見送ったのでした。
☆
「ふわふわのアツアツなのだ、なあなあ、ミシュシュ、食べてみたいと思わないか?」
キシャラは頭の上に毛糸を乗せて編み物をしているウサギ族の女の子ミシュシュに背中から抱きつき頬擦りしながら言いました。
今年で五歳になるおかっぱの頭にピョコンとウサギの耳の生えたウサギ族の女の子ミシュシュは編み物の手を止めないまま「うーん……」と曖昧な返事をします。
「なあ、甘くてふわふわだぞ? アツアツだぞ?」
キシャラが「なあ」と言うとまるで子猫が鳴いているかのようです。
「ケーキという奴だろう? ケーキは人間の食べ物じゃないか」
川で腰をかがめ、器用に手で魚を獲っていたクマ族のクルプが顔を上げて言いました。
栗毛の髪を腰まで伸ばしたクルプは今年七歳。キシャラの一つ年上の女の子でした。
「そうなのだ。人間の食べ物だけど、食べてみたいのだ」
川から上がって来たクルプにキシャラは持ってきた絵本を開いて見せて興奮気味に言いました。
「ふわふわだぞ!」
「それはまあ……」
「アツアツだし!」
「お前猫舌だろ? だいたい、人間の食べ物なわけで……」
「ハチミツとバターをかけて食べるのだ! おいしそうだろ?」
「ハチミツ……」
ハチミツが大好きなクルプはゴクリとノドを鳴らしました。そのクルプの姿にキシャラはクアッと目を大きくしてキラキラさせました。
「ハチミツだけで食べるよりも、きっとおいしいのだ! なあ、なあ?」
「いや、だけど……」
「ミシュシュも食べてみたいのだろ?」
「えっ? うーん、少し、食べてみたいかも……」
編み物の手を止めるとくりくりとした目を上げて、ミシュシュ小さな声で言いました。
「おおっ!」
ミシュシュが味方になってくれたので、キシャラは嬉しくて尻尾をピンと立てました。
「全く、何を騒いでいるんだか」
「おっ?」
その声にキシャラは思わず振り向きました。するとそこには銀色の髪にふさふさの立派な尻尾を揺らす女の子が立っているではありませんか。
その姿はオオカミと人の姿をしたオオカミ族の子です。
「ロロア!」
キシャラはオオカミ族の女の子の名を呼ぶと思わず飛びつきました。
「ぶっ! こ、こら、ひっつくな!」
「おおっ! いつこっちに戻って来たのだ? いつまで居られるのだ? ロロアもケーキ食べてみたいだろう?」
この国の東と西、南と北にはそれぞれ警備隊がいるのです。南には山猫族のキシャラのお母さんとその仲間たち、北はオオカミ族のロロアの家族が守っているのです。
まだ子どもロロアはこの近くのおばあちゃんの家と北の家族の家を行ったり来たりしながら暮らしているのでした。
白オオカミのロロアはニコニコと笑いながら抱きつくキシャラを引き離して、ツンと顔を上げました。
「キシャラは、相変わらず変なことを考えているんだな」
「どうしてなのだ?」
「だいたい、誰がそのアツアツのふわふわを作ることができるのさ」
「むむっ」
ロロアの指摘に言葉にキシャラは難しい顔をして尻尾をヘニャリとさせました。ロロアの言う通り。確かにそうなのです。
絵本に絵は描いてあるし、作り方も書いてありますが、これを実際に作っているところをみたことはありません。
そもそも、魚や肉、木の実や果実などをご飯にするキシャラたちにとって、ふわふわアツアツのケーキそのものが見たこともないものなのです。
「父上はお料理、苦手なのだ……」
キシャラは人間である自分のお父さんのことを想い出しながら言いました。薬の研究をしていたお父さんの淹れる薬草茶は好きですが、料理は感嘆なものしかできません。
キシャラのお母さんも山猫族伝統の川魚の香草蒸し焼きや野苺ジャムで食べる紅葉肉の丸焼きを作ってくれますが、ケーキを作っているのを見たことはありません。
「うちの父ちゃんもさ。残念だけど、ケーキみたいな不思議なものは作れそうにないわ」
今度はクルプが言いました。
クルプのお父さんも人間です。森の木こりをしていて、作るご飯は豪快なものばかりでした。もちろんクルプはお父さんの作ってくれるご飯が大好きでしたが、ケーキを作っているところなど見たこともないのです。
その横でミシュシュもうなずきます。
「ほら、そもそも作れる人がいないじゃないか。それにパンケーキは人間の食べ物だ」
「いや、待つのだロロア、ミーアちゃんは猫族だけど、ケーキを食べているのだぞ」
キシャラは否定的なロロアに絵本を開いて見せました。
「猫族っていうか、それ猫じゃないか。その上、絵本だし」
「むむっ!」
これにはキシャラは黙るしかありませんでした。
「パンケーキが作れる人がいればなぁ……」
クルプが色々な人を思い浮べてみました。
獣人の国にはたくさんの獣人が住んでいます。もちろん数は少ないですが、出稼ぎに来ているドワーフや、この国の自然の好きな竜人、いつの間にか住み着いた有翼人、芸術家肌のエルフもいます。獣人の国で獣人の次の多いのが人間たちでした。
「そんな都合よく……」
「そうだ!」
ピョンとキシャラが元気よく尻尾を立てたので、そばにいたミシュシュは驚いて思わず耳をピンと立てました。
「どうしたの? キシャラちゃん」
「料理が得意そうな人がいるのだ!」
「「「?」」」
「最近オグルのところに来たお嫁さんは確か人間なのだ!」
オグルとは獣人騎士団の団長のオグルーヴのことです。オグルーヴは気の優しい獅子の獣人でした。
最近になって獣人の国にすぐ近い人間の領主の娘と結婚したのです。
「そう言えばそうだった。名前は……」
「リリアナさんね」
クルプの言葉にミシュシュが答えます。
「そうなのだ、リリアナに頼んでみるのだ!」
「そんなうまく行くかな?」
乗り気ではないロロアの手を引いて、四人はオグルーヴの家に駆けていきました。
★
「リリアナ!」
「あらぁ、キシャラちゃんに、ミシュシュちゃん、クルプちゃんに、そちらはロロアちゃんもいるのねぇ、みんなそろってどうしたのかしらぁ?」
おっとりとした口調のリリアナはニコニコ笑いながら抱きついて来たキシャラの頭をもふもふしました。キシャラはリリアナのもふもふが気持ちよくて目を細めます。
リリアナはキシャラよりも小さなミシュシュにももふもふし、すでに自分よりも身長の高いクルプにも同じようにもふもふしました。
「ロロアちゃんも……」
「お、おれはいいよ!」
「そんなこと言わずにもふもふされたらいいのだ」
キシャラに背中を押され、ロロアは渋々リリアナにもふもふされました。
「うーん、リリアナのもふもふは最高なのだ」
「まあ、悪くない程度だな」
「あんなに尻尾振ってたのに?」
フンッと素っ気なく言うロロアに、ミシュシュが小声で言ったので、クルプは吹き出しそうになりました。
「ところで、みんなそろってどうしたのかしら?」
「おお、本来の目的を忘れてしまうところだったのだ!」
「実はリリアナさんに相談があるんだ」
四人のなかでも年長のクルプが切り出しました。
「相談?」
「そうなのだ! パンケーキ! リリアナ、パンケーキは作れるか?」
そう言ってキシャラは持っていたあの絵本を大きく開いて見せました。
「パンケーキ? もちろん作れるわよぉ」
「おおっ!」
☆
リリアナはキシャラに預けられた絵本を開いてみて首を傾げました。
「ふむふむ……」
「うん? 如何された、リリアナ殿」
「オグルーヴさま。今、キシャラちゃん達が来て、パンケーキを作ってほしいと頼まれたのですわ」
「ほう、パンケーキか」
オグルーヴが初めてリリアナの家で食事をご馳走になった時に、出されたものの一品がパンケーキでした。体の大きなオグルーヴは一口で三枚を一気に食べてしまいます。
それを焼いたのがリリアナだったのです。
「ふむ、あれはうまかった。しかし、何か問題があるのか?」
「はい、これを見ていただけますか?」
そう言って、リリアナはオグルーヴにキシャラが持ってきた絵本を開いて見せました。
「ふむ……ミーアちゃんは笑顔になって……?」
オグルーヴはその絵本を読み終わると、顔を上げてリリアナを見ました。
「これは……」
「はい、三つほど問題があるのです」
問題の一つ目
絵本では大喜びしているミーアちゃんの前にはミーアちゃんが広げた両手よりもさらに大きなパンケーキがふわふわアツアツしているのでした。
「なるほど、私があの時食べたものとは違うのだな」
リリアナはすぐに理解してくれたオグルーヴに微笑みます。
そう、問題の一つ目は、子どもたちが両手を広げた大きさよりも、さらに大きなパンケーキを焼くために、もっと大きなフライパンが必要なこと。
「特にクルプは大きいしな」
クルプはクマ族の中でもまだまだ子供ですが、身長は大人のリリアナよりも大きいです。クルプが両手を広げた大きさよりもさらに大きなパンケーキを焼く、もっと大きなフライパンなどあるはずがないのです――
オグルーヴはこの問題を解決するために、獣人の国の女王レグリアの居城を訪ねていました。
トラ族のレグリアはひざまずくオグルーヴの申し出にしばらく黙って黄色と黒の立派な尻尾を揺らしていました。
「如何でしょうか、子供らのために……」
女王さまを目の前にしてじわりオグルーヴは汗をかきました。子供たちのためとはいえ、こんな申し出をしても大丈夫だっただろうか? と女王さまの言葉を待ちながら、後悔しはじめました。
すると、女王さまはおもむろにこう言いました。
「ふむふむ、それは楽しそうじゃな」
「は、はい! 」
「子どもらのために議場の舞台を使いたいと言うのだな。問題はないぞよ。しかし……」
「はい」
「戦事ばかりに、気を向けていた猛将オグルーヴが、子どものためにとは。結婚をするとこうも変わるものか。女王は嬉しいぞ。とても上機嫌である」
「は、はい」
「出来上がりの目処が立ったら伝令を寄こしなさい。私もそのパンケーキとやらを食べてみたい」
「そんな! ちゃんと届けさせます」
「うむ、オグルンはわかっておらぬな。みなと一緒に食べるからいいのであろう。子どもたちの顔を見ながら食したいのだ」
「は、はい。申し訳ありません。では、伝令を走らせます。それから、もう一つお願いがあるのですが……」
「ふむ、申して見よ」
☆
キシャラたちはリリアナに渡されたメモを手にそれぞれ材料を調達に走りました。
クルプはハチミツをとりに、ミシュシュはたくさんの卵、ロロアはミルク、キシャラは小麦粉を運びます。
キシャラたちがオグルーヴの家に材料を運んで行こうとすると、体格のいいカピバラ族の伝令がキシャラを呼び止めて言いました。
「キシャラちゃん、その材料を運ぶのはそちらではなく、あちらに運んでくれ」
「おお? カピバラのおじさん、あちらってどこなのだ?」
「神林議場だ、リリアナさんも待っているぞ」
神林議場は、普段子どもたちが入ることができない、大人たちが大切なことを決めるのに使う場所でした。
議場と言っても、そこは屋外ステージのように開けた場所に、下が空洞になっているピカピカの石のステージと周囲を囲むようにすり鉢状に客席があるだけ場所です。
キシャラたちがそこにやってくるとそこには、キシャラのお父さんやクルプのお父さんが何やら作業をしているではありませんか。
「父上!」
「おっ、キシャラ、材料は集め終わったかい?」
「これは?」
キシャラのお父さんをはじめ、クルプのお父さんやミシュシュのお父さんとお母さんも来ていました。
それだけではありません。キシャラたち以外の獣人の親子の姿もあり、みんなワイワイ言いながら何やら準備をしていました。
「お父さん、何をしているの?」
ミシュシュが石のステージの上をピカピカに磨いている自分のお父さんとお母さんに声をかけます。
ウサギ族のお父さんとお母さんは長い耳をピョンと立てて振り向きました。
「ミシュシュ、もう材料集めはいいのか?」
「うん、たぶん」
「じゃあ、こっちを手伝って。あ、そこは踏んだらダメよ、キレイにしたばかりだからね」
「う、うん」
お母さんに言われて、あらためて見るとステージのその場所は、まるで鏡のようにピカピカになっていました。
「父ちゃん、こんなに薪を用意してどうするのさ?」
クルプは薪を運んできたお父さんの手伝いをし始めました。たくさんの薪をお父さんは運んで来ていたのです。
「どうするって、必要だから持ってきたのさ。ほら、あそこに運んでくれよ」
「あそこ?」
それは今もミュシュシュたちが磨いている石のステージの下。ステージの下の空洞になっているところに薪を置いていくのです。
「さあ、みんな材料をここに持ってきて、混ぜるのを手伝ってねぇ」
リリアナがいつの間にか、たくさん集まっていた子どもたちに呼びかけました。
「おお、楽しそうだな。ロロア、私たちもやるのだ!」
「お、俺はいいよ」
「何を言っているのだ! ミシュシュもクルプも手伝っているのだから、私たちも何かするのだ」
キシャラに手を引かれ、ロロアもリリアナの輪に加わりました。
集めたたくさんの小麦粉に、卵、砂糖、ミルク、ベーキングパウダーはキシャラのお父さんが特別に調合したものです。
みんなでそれを混ぜ合わせて準備が終わりました。
ピカピカに磨かれた石のステージの下に敷かれた薪に火がつけられます。
そうです。この石のステージが大きなフライパンになるのです。
ステージが温まってきたら、たくさんのバターをひき、パンケーキのもとを流し込みました。
問題の二つ目
パンケーキを焼く場所は、女王さまにお願いをして用意できました。
でも、まだ問題は残っています。
「しかし大きいな……」
キシャラのお父さんはパンケーキの大きさに思わず呟きます。
この大きさなら、クルプが両手を広げた大きさよりもさらに大きくなりそうです。
「大きいのはかまわないが、こりゃあ、どうやってひっくり返すんだ?」
キシャラのお父さんの横で腕を組んだクルプのお父さんがいいました。
焼いている場所の広さも充分、火力も充分。でも、大きすぎてひっくり返すことが出来そうもありません。
ステージを振るわけにはいきませんし、何人かで協力してやったら形が崩れてしまうでしょう。
そうこうしている内にも、パンケーキには火が通っていってしまいます。
「そろそろかしら? オグルーヴさま」
「ふむ」
パンケーキの様子を見ていたリリアナがオグルーヴを呼びました。
リリアナのそばで様子を見ていたオグルーヴは、スッと立ち上がるとそばに立てかけておいた人間ではとても持ち上げることもできそうもない巨大な斧槍を軽々と手に取りました。
「では、参ろう!」
獅子のオグルーヴの目がギラリとひかりました。その瞬間、金属で出来ているはずの柄がしなるほどに振られた斧の刃はそのままパンケーキの下をくぐり抜け、パンケーキは跳ねあがったのです。
こんがりきつね色と白色がクルン。
高く舞い上がったパンケーキの軌道をみんな同じように顔を上げて追いかけます。
空で宙がえりしたパンケーキはストンと見事にステージに着地をすると、ふわっと、甘い香りがみんなを包みこみました。
その香りは風に乗り、獣人の国に広がっていったのです。
――クルンとひっくり返すとこんがりキツネ色――
『おおっ!』
歓声。
大人は拍手喝采。
子どもは瞳をキラキラ。
「さすがオグルーヴさま!」
リリアナも手を叩きました。
ひっくり返ったパンケーキはふっくらふわふわ、ぷくぷく焼き上がっていくではないですか。
問題の三つ目
すっかり焼き上がったパンケーキはとても大きなものです。キシャラが両手をいっぱいに広げた大きさよりもさらに大きいのです。
そこにバターとハチミツをかければ、絵本に出て来たパンケーキそのものです。
いえ、絵本のケーキよりも大きいです。
その出来栄えに、キシャラは言葉もありません。ただただ「すごいのだ」と言いました。
「あとは……」
――ミーアちゃんは笑顔になって大喜び……
そう、あとは食べるだけ
「何だい、いい匂いがすると思ったら、すごいもの作ったじゃないか」
「えっ?」
その声にキシャラはドキンとしました。
森の南側からやってきたの仕事でたまにしか家に帰ってこないキシャラのお母さんルシャラとその仲間たちでした。
「母上!」
「へえ、これはすごい。ハチミツをかけているあたり人間もなかなかセンスがいいな」
西側からはクルプのお母さんであるククルとその仲間たちもやってきました。
「って、なんで母ちゃんもいるんだ!?」
「なんでって? 何だか美味しいものを食べさせるから、ここに集合って言われて」
絵本の最後のページ。
――ミーアちゃんはみんなで一緒にふわふわでアツアツのパンケーキを食べて、笑顔になりました――
最後の問題。
みんなでこのパンケーキを食べること。
オグルーヴは女王さまにお願いしました。
普段はあまりそろうことのない家族をそろえたいと。
みんなで大きなパンケーキを食べたいのだと。
そのために女王さまは直々に命令を出したのでした。
「……」
はしゃぐキシャラたちを尻目に、ロロアはつまらなそうにうつむきました。ロロアの家族は北側で仕事をしています。その場所はとても遠くて、家族が来てくれるようには思えません。それにオオカミ族はとても仕事に厳しいのです。
「ふん、別にいいけどな」
ロロアが一人おばあちゃんの家に帰ろうととしていると、ゴソゴソと東側の茂みが揺れました。
「おわっ、ありゃ?」
「曲がるところを間違えたな」
「さっきの所を右だったのかな?」
「いやぁ、左に曲がったあとに、真っすぐ来ればよかったんだ、きっと」
順番に茂みの中から四人のオオカミ族の男の子が顔を出すと、あたりを見回しながら口々に自分の意見を言いました。
「アニキ?」
「「「「おお! ロロア!」」」」
白オオカミ四兄弟は妹のロロアを見つけると一斉にしっぽを振りながら駆け寄り、アッという間にロロアを囲んでしまいました。
「ちょ、ちょっと、何するんだ!」
「ロロア、会いたかったぞ!」
「ロロアの大好きな兄ちゃんだぞ!」
「ロロア会いたかっただろ?」
「ロロア! ロロア!」
「うわぁ! 一度に来るな!」
ロロアは四人の兄たちに抱きつかれたり、撫でられたり、もみくちゃにされながら、その後ろを歩いてくる白狼の姿に目を見開きました。
「ふう、まだこの子らに先導は無理ね」
「ママ!」
「ロロア、お前の匂いのする方から、ずいぶんいい匂いが漂ってくるものだから、つい来てしまったよ。私らの分もあるんだろ?」
「うん!」
この日、ふわふわアツワツの大きなパンケーキは何枚も焼かれ、何枚も食べられました。
そう、みんな笑顔に……絵本の通りになったのでした。
☆彡
その日、獣人の国の国境付近の関所入口に一枚の張り紙が張り出されました。
――獣人の国に偵察や侵入を試みる他種族の皆さまへ。
本日はこの国の未来を良きものにするために宴を開くことにしました。その一大事に参加するため関所は解放されています。
当国との友好的な関係を望まれる意志のある方は、是非宴にご参加を。
その際には、ふわふわのアツアツをご馳走いたします。神林の女王 レグリア――
その張り紙を見た他種族のスパイや偵察兵は口々に言いました。
「これは罠に違いない。だいたい、ふわふわのアツアツとは何だ?」
「獣人たちの新兵器か?」
「大規模な作戦か? 暗号か?」
その日、獣人の国を訪れる者は誰もいませんでした。
★彡
「まあ、なんて甘くていい香りなのでしょう。ふわふわのアツアツなものって何かしらねぇ」
風に紛れてやってくる甘い香りに、たまたま通りかかったエルフの女の子は笑顔で張り紙を読みました。
ふわふわのアツアツ……それにこの甘い香り……それに……
「是非ご参加……」
ふらふら、と思わず足が向いてしまいます。きっと、何か美味しいものがあるに違いありません。
誰もいない関所に入って行こうとするエルフの女の子の手がグイッと引かれました。
「お姉さま! 何をしているのです!」
「あらぁ、サーシャちゃん。あのね、獣人さんたちがふわふわのアツアツをご馳走してくださるらしいの」
「そんなの罠に決まっているじゃないですか! もう帰りますよ!」
「ええっ!? ふわふわのアツアツは!?」
「だ、か、ら、そんなのないんです! 罠なんですから!」
「そんなぁ、ふわふわのアツアツぅ……!」
エルフのお姉ちゃんは妹に引きづられるように森をあとにしたのでした。
そう、獣人の国を訪れる者は誰もいなかったのです。
おわり