ゾンビを狩りに行く、その前に
「セイ……服に肉ついてるぞ? とってやるから、じっとしてろ」
革の胴当てをはずすと、背後にいたリリョウが、脇の下の背中寄りのあたりに触れた。摘み取ったのは、腐臭を放つ赤茶の肉片。
「あー。臭い臭いと思ってたら、そんなところに付いていたのか。今日のゾンビ、だいぶ腐ってたんだ。殺った時に、飛び散りやがったんだな」
今年の夏は暑いわりには雨も多くて、その絶好の環境にゾンビが大量発生した。ミギ山の谷が発生ポイントではないかと思われる。大量に食い荒らされた跡があったから。
奴らは菌類の一種で、土や枯葉にまみれて眠っていた胞子が、動物の死体を苗床にして芽吹く。そして生存域を広げるために、人型となり、体温のある動くものを襲って食うようになる。死体を取り入れて大きくなると分裂し、放っておくと際限なく増えて、あたり一帯の生き物を食いつくしてしまう。イナゴよりタチの悪い奴なのだ。
駆除方法は、まず捕食口部分の頭部を飛ばし、潰すかバラす。再生する前に体の方も分解して、まとめて燃やす。言うのは簡単だが、最盛時は生きた野生動物を捕食するくらいだから、動きが速いし、人間も捕食対象だ。こっちも命懸けだ。
やがて腐りきって動かなくなると、そこから胞子が飛んで、風に乗って飛び散る。初期に発生したゾンビが、そろそろ腐り落ちようとしている。その前に、狩り尽くさなければならない。タイムリミットは近かった。
近隣のマタギ総出で狩っているが、なにしろ大量発生で、里に下りてくるのを優先的に殺るのにかかりきりで、大本の山の中のゾンビを狩れていない。
そこで明日は、精鋭部隊を編成して、山中のゾンビを狩る計画だ。かくいう私も、ゼンウの屋号を継ぐ十八代目として参加する。
ゾンビのせいで忙しくて、本来の狩りもできなくて、その上、他に家族がいなくて食事の支度もままならない私のために、幼馴染のリリョウは、なにくれとなく世話を焼きにきてくれる。
粗末なテーブルの上には、おばさんの作った夕飯が置かれていた。
世話焼きなおばさんと、人の好いおじさんの、まさに息子、なリリョウ。彼は指に摘まんだ肉片をじっと見て、硬い表情になっていた。
……しまった。だいぶ腐ってたなんて、言うんじゃなかった。
「ははは、まいるよなあ、殺っても殺っても、あいつら食うとこなくってさあ」
マタギ仲間の間で流行っている冗談を言ってみた。リリョウは暖炉に肉片を爪弾いて、笑ってみせてくれたけど、それは私のヘタな冗談に気を遣ってくれただけってのがわかるものだった。
「腹へっただろ、芋汁と握り飯を持ってきたから、食べろよ」
「うん、ありがとう。おじさんとおばさんに、いつもありがとうございますって、伝えといてくれな」
いつもの礼を、今日も繰り返した。
そうすると、リリョウは「俺には感謝しないのかよ」って、まぜっかえす。「してるよ、してる、リリョウさま、ありがとうございます~」と私はおどけてみせる。
今日も、笑って楽しくいつもどおりに別れたい。そうなるって、そうしたいって、思って言ったのに。
「それは、こっちの台詞だ。おまえたちが体張ってくれてるから、俺たちは田畑を耕せるんだ」
真面目な彼の言葉に、焦った。私は、また、ははは、って空笑いして、どんっと彼の背中を叩いた。思いきり、強く。私、こんなに力あるんだよって、だから心配ないって、示せるように。
ゴホッと咳き込み、リリョウが痛そうに顔をしかめる。
「それは、お互い様だろ! おかげで私は旨い芋汁が食えるんだし。……さあさあ、そろそろ帰れよ、日が暮れちまう」
里周辺のゾンビの心配はないが、黄昏時は、また別のモノが出ることもある。だいたい、足元が危なくなる。日のあるうちに帰るに越したことはない。
「あー、その、今日は帰らないつもりだ」
リリョウは私から視線をはずして、あらぬ方を見ながら、ぼそぼそと言った。
「え? いいけど、私、明日朝早いから、早く寝るよ」
リリョウと語り明かしたり、盤ゲームをして夜更かしするのは、子供の頃から最高の楽しみだ。けど、今夜はできない。明日、寝不足なんていう馬鹿な理由で死にたくないなら。
そんなのは、リリョウもわかってくれていると思っていたのに。
長く彼といられるのは嬉しい、だけど、少しがっかりもして、曖昧に笑う。
私の表情に、リリョウは私の気持ちを察したんだろう、そうじゃなくて! と慌てたように言った。
「婿入りしにきた!」
「は?」
面食らって、私はぽかんとした。何叫んでるんだ、こいつは?
「ゾンビ狩りになんか、本当は行かせたくない! お前が心配でたまらない! おかげで毎日、何にも手につかない! 役立たずは出ていけって、追い出された!」
「う、うん」
睨むようにして主張するから、私はとりあえず頷いてみせた。そんなに心配してくれてたのかと、密かに喜びつつ、なんかえらいことになってんな、と思いながら。
「だって、おまえ、マタギに誇りをもってるだろ。農家の嫁になんかなる気ないだろ」
「うん」
それは譲れない。いずれ誰かに子種だけでももらって、子供を産んで、父さんや爺さんやそのまた爺さんたちが受け継いできた技を、私も受け渡さなきゃならない。
女だてらにマタギなんかやってると、獣臭いとか言われて、村の男衆には嫌厭されるから、マタギ衆のやもめか、他所の流れ者かと思案してる。……ほんとは気心の知れているリリョウがいいなって思うけど、いずれ来る嫁さんに勘繰られてぎくしゃくさせたら悪いし。
「だから、婿になりにきた。それで、はやいとこ俺もマタギになる。今回は一緒に行けないけど、今度からは、一緒に行く」
「いやだって、おまえ、田畑は」
「だから、俺は家を追い出された。うちは妹が婿とって継ぐことになったんだよ」
「え?」
「来年、子供が生まれるそうだ、シコウの」
「ええ!?」
リリョウの妹のカンジュちゃんは、私より二つ下の十六歳で、シコウは村長の三男坊。付き合ってるとは聞いていたけれど。
「……なるほど、それはおめでとうございます……?」
「だから、俺を婿にしろ」
リリョウは仁王立ちで、握り拳握って、顔を真っ赤にして、ほとんどこっちを睨みつけて、言った。
……だから、俺を婿にしろって。
ぶふっ。私はふいた。ふかずにはおれなかった。
「セイ!」
「ごめん! でも、でもさあっ」
「どうなんだよ、いやなのかよ、いやでもいいって言うまで、他の男追っ払って、居座ってやるからな!」
ダン! リリョウは歯を食いしばって、床を踏み鳴らした。
「いやなんて言わないよ、言わないけどさ」
あははははは。
私は笑った。腹がよじれるほど笑った。息ができなくなって、死ぬかと思った。いや、本当に。さんざん笑って、うずくまったあげくに、照れ隠しに、要らないことを言ってみる。
「……でも、初夜は、帰ってきてからにしてくれよなー」
「そんなのはわかってる! てめー、もうちょっと恥じらいやがれ! くっそっ、なんで俺ばっかりこんなに恥ずかしいんだよっ。ちくしょー! 俺が待ってるんだからなっ、だから、狩りが終わったからって、浮かれて他の男なんて物色してくるんじゃねーぞ!!」
「わかってるよ、わかってる!!」
私は答えるために、うっかり顔を上げた。
私の顔を見て、リリョウは目をまるくした。
……そうだよ、なんか恥ずかしいんだよ、恥じらいだってあるんだよ!!
見つめ合う。真っ赤な顔と、真っ赤な顔で。何にも言えなくて。
「……まあ、その、なんだ、飯、食べろよ」
リリョウが、ぎくしゃくとテーブルに誘った。
「うん」
そそくさとテーブルに移って、向き合って座って。大きな甕の中には、二人分の芋汁が入っていたらしく、リリョウが二人分よそってくれた。
いただきますして、汁をすする。臓腑に染み渡る温かさに、ほっとする。
チラリと向かいを見やれば、リリョウがいた。同じように椀をすすって、箸でかきこんでいる。
たぶん、明日の朝もいるんだろう。狩りから帰っても、きっといる。これからは毎日、ずっといるらしい。
私は嬉しくなって笑った。それはいいな、と思った。一人で思い描いていた未来より、ずっといい。
「はやく駆除終わらせてくるな!」
「おう。でも無理だけはしてくれるなよ。頼むからな」
「うん」
もそもそ、もごもごと、行儀悪く口の中のものを咀嚼しながら会話する。
いつか子供が生まれたら、お父さんはゾンビ狩りに行くお母さんに、婿にしてくれって押しかけてきたんだって、話そうと思う。
手土産は芋汁がいいぞって。胃袋いっぱいになると、人間、気がゆるむものだからな、と。特に、物寂しくなる夕飯に旨い物を食べると、一番好きな人とわけあって食べるのは幸せだなって、しみじみ気付いちゃったりするからな、と。
私がしてやられた女の口説き方を教えてやろうと、こっそりと心に決めた。
#あなたをキュン死させる一言 http://shindanmaker.com/568629 より。
「サイ……服に肉ついてるぞ? とってやるから、じっとしてろ」
私はキュン死しなかったので、セイにしてもらいました。
登場人物紹介
セイ :マタギの女の子。山刀と呼ばれる刃の長い鉈の二刀流の使い手。
火縄銃も槍も扱える。
リリョウ:農民男子。
マタギの訓練を受けてないので、将来は主夫かもしれない。
解体、肉加工、家事、家庭菜園が彼のお仕事。あと、荷物持ち。
罠猟も得意かもしれない。




