第4話 妹の友達とお茶をしよう
冬馬は漫画雑誌の裏表紙の広告を見てVRMMO「ドラゴンテイルオンライン」に興味を抱いた。
『あなたが主役になれる本物のファンタジー。竜と人の戦いが今始まる――』
自分は現実では主人公になれなかった。
しかし、ゲームの世界ならもしかしたら主人公になれるかもしれない。
家に帰った冬馬はDTOについて調べ、そしてそのグラフィックの美しさに心を奪われた。
ゲームとは思えないほど精巧に作られた世界に、キャラクターに、モンスターとの戦いに、興奮を隠しきれなかった。
このゲームをやってみたい――
プレイすると決めた後の冬馬の行動は早かった。
最新のPCにダイバージェンスギア。
DTO発売日にソフトを購入してパソコンにインストールした。
幼い頃から貯めていた貯金は全てDTOをプレイするための機器を買い揃えるために使いきってしまったが後悔はなかった。
そしてDTOのサービス開始日――
冬馬は部屋の鍵を閉めてパソコンの電源を入れた。
これで邪魔する者は誰もいない。
俺はDTOの世界で主役になる――
冬馬はダイバージェンスギアを被り、DTOのクライアントを起動させた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時間は現在に戻り――
「お兄ちゃん、こちらがわたしの友達の百合ちゃんだよ」
「は、始めまして、アキちゃんの同級生の鬼瓦百合と言います。アキちゃんのお兄さん、さ、先程は本当にごめんなさい……」
百合は冬馬の性別を間違えたことをもう一度謝り、ペコリと頭を下げた。
「ああ、本当に気にしなくていいから、えと鬼瓦さん? 立ち話もなんだからそこでお茶でもしようか?」
「は、はい」
冬馬は辺りを見渡し、待ち合わせ場所から見える距離にあった喫茶店を指差した。
百合はDTO経験者である冬馬から話を聞きたいそうだ。
秋葉からも百合に色々教えてやってほしいとお願いされている。
しかし、百合は緊張しているのか先程から表情が強張っており、聞きたいことも聞けなさそうな状態である。
それで冬馬は喫茶店で飲み物でも飲みながらリラックスした状態で話をしようと考えたのであった。
「お兄ちゃん、お茶でもしようかっていつの時代のナンパだよ?」
「ナンパじゃねー。あ、でも鬼瓦さん可愛いからナンパしていいならナンパしようかなー?」
「え、えええー!?」
冬馬の言葉を聞いて百合は顔を真っ赤にして驚いた。
これは百合の緊張をほぐそうという冬馬なりの冗談であったのだが――
「ダメぇえええ! お兄ちゃんの馬鹿! ナンパ禁止!」
それに対して秋葉が急に大きな声を出してナンパ禁止宣言をした。
秋葉は眉間にしわを寄せて冬馬を睨んでいる。
「じょ、冗談だよ。妹の友達に手を出すわけないだろ」
「ならいい。絶対にダメだからね!」
秋葉がお茶に誘うことをナンパだと言って話を振ったくせに、ナンパをすると言ってみたら怒りだしたりと意味が分からないと冬馬は思った。
「妹よ……兄が自分の友達の彼氏になるのがそんなに嫌か……」
「殺す……」
「こ、殺す!?」
今まで良き兄でいたつもりだった冬馬は妹の言葉にショックを受けた。
「二人とも仲がいいんですね。ふふっ」
百合はガックリと肩を落とす冬馬とプンプン怒っている秋葉を見て小さく笑った。
今のやり取りのどこに兄妹の仲が良いと分かる要素と笑える要素があったのか冬馬は全く理解出来なかった。
しかし百合の緊張が取れたのならば良しとしよう。
そう思うのであった。
喫茶店に入ると三人は店員に案内されてテーブル席に座った。
メニュー表を見てしばらくして。
「えと、鬼瓦さんは――」
何を注文するか決めた?
そう聞こうとした冬馬であったが――
「百合です」
「えっ?」
百合の言葉で冬馬の続きの言葉は遮られてしまった。
「ご、ごめんなさい。アキちゃんのお兄さん、私、苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないんです。鬼瓦って名前、なんか可愛くないじゃないですか……」
「なるほど」
冬馬が自分の容姿にコンプレックスを抱いているように、百合は自分の苗字があまり好きではないのだろう。
「なので年下ですし、百合と呼び捨てで呼んでもらえると嬉しいです」
「そっか、じゃあ遠慮なく。百合って呼ばせてもらう」
「はい」
「俺のことも名前で呼んでくれていいよ。アキちゃんのお兄さんだと長いし呼びにくいでしょ」
「ありがとうございます。それでは、冬馬先輩と呼ばせていただきますね」
「ああ」
百合と秋葉は私立のミッション系の女子中学校に通っているため厳密には先輩後輩の関係ではないのだが、年上の冬馬は百合に先輩と呼ばれることになった。
三人とも何を注文するか決まり、冬馬はアイスカフェラテを、百合と秋葉はアイスアールグレイティーを注文した。
飲み物が届くまで世間話をして待つことにしたのだが、傍から見ると少女三人が仲良くおしゃべりをしているようにしか見えない。
もちろん冬馬は男であったが……
「あ、百合ちゃん、さっきこれを買ってきたんだよ。見て見て」
秋葉は先ほど大型電気店で購入した紙袋の中身を百合に見せた。
「DTO! それにダイバージェンスギア! これで一緒にプレイ出来ますね」
「うん」
百合と秋葉は二人でプレイ出来るのがよっぽど嬉しいのかキャッキャッと騒いでいる。
そろそろ本題に入るか――
注文した飲み物がテーブル席に到着し、冬馬は本題であるDTOの話に入った。
「百合はもうDTOのセットアップは済んでるのか?」
「はい、あとはゲームにログインして始めるだけなんですけど、迷っていてまだ始めていません……」
「迷う? 何に?」
「DTOにはクラスがたくさんあって何を選べばいいのか分からなくて。周りでDTOをやっている子もいなくて…… そんな時にアキちゃんのお兄さん――冬馬先輩がDTOプレイヤーだって聞いて一度相談してみようと思ったんです」
DTOはかなり戦闘の激しいVRMMOであり、男女比は圧倒的に男のほうが多い。
秋葉と百合の通う女子中学校では周りにDTOプレイヤーはほとんどいないのだろう。
それで相談できる人間を探していたのだ。
「そういうことだったのか。それじゃあ俺が簡単にDTOで選べるクラスについて簡単に説明しよう。秋葉、DTOのパッケージをこっちに渡してくれ」
「ん? うん」
冬馬は秋葉からDBOのパッケージを受け取り、パッケージを開いて説明書を取り出した。
なんだか懐かしいな――
冬馬はDBOの世界にログインした最初の日のことを思い出すのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
DTOで選べるクラスは合計8クラス。
しかし、DTOのゲーム内でのクラス説明は不親切であった。
まず、ログインするとログインロビーにてキャラクタークリエイトが始まり、その後にクラスを選択することになるのだが――
プレイヤーはまずファイターとマジックという二種類から選ばなければならなかった。
ファイターはグラップラー、ランサー、アーチャー、ナイト、ウォーリア。
マジックはソーサラー、クレリック、サモナー。
冬馬はお気に入りの漫画の登場キャラの武器が斧だったこともあって、斧が武器であるウォーリアを選択した。
ここで冬馬の第一の悲劇が生じた。
冬馬はVRMMOどころか普通のRPGすらやったことがなく、全くのゲーム初心者であった。
アタッカーは攻撃職、ヒーラーは回復職、タンクは防御職。
そんなMMOでは当たり前となっている基本的なシステムさえ知らなかった。
クラス名のところに小さくタンクと表示されていたのだが冬馬は完全に見落としてしまっていた。
こうして冬馬は斧使いであるウォーリアを攻撃職だと勘違いしてゲームを始めてしまうのであった。
これが更なる悲劇につながるとは知らずに……
DTOではレベルが上がるごとにポイントが与えられ、ステータスに振り分けられるシステムになっている。
ステータスの項目は以下の通りである。
STR:筋力 近接武器攻撃力に影響を与える。筋力依存武器を装備するために必要なステータス。
DEX:技量 遠距離武器攻撃力に影響を与える。セミオートアタック照準補正アップ。
VIT:体力 HPの総量に影響を与える。防具を装備するために必要なステータス。
INT:魔力 魔法攻撃力に影響を与える。魔力依存武器を装備するために必要なステータス。
MND:精神 回復魔法威力に影響を与える。精神依存武器を装備するために必要なステータス。
PIE:信仰 MPの総量に影響を与える。
冬馬の第二の悲劇――それはウォーリアを攻撃職だと勘違いしていたことによるステータスの振り分けの失敗であった。
本来、タンク職であるウォーリアはVITにポイントを振らなければならない。
しかし、冬馬はポイントを全てSTRに振ってしまっていた。
冬馬が自分のミスに気づいたのはLv40に到達してからであった。
『キャラクターを作り直しますか? YES/NO』
ログインロビーでDTO内で自分のキャラと向かい合い、YESを選ぶべきか迷う冬馬であったが――
DTOでアカウント一つに対して作れるキャラは1キャラのみ。
キャラを作り直すのならば育てたキャラを消さなければならない。
しかしDTOで上げられるレベルの上限は100であり、冬馬のゲーム内のキャラはもう引き返せないレベルまで育ってしまっていた。
何よりここまで育て上げた自分の分身を消してしまうのはイコール自分の死である。
「俺はお前とDTOの世界で主役になるって決めたじゃないか。なぁアックス?」
冬馬は向かい合った斧を担いだ大柄な男に話しかけた。
『キャラクターを作り直しますか? YES/NO』
冬馬はNOを選択してキャラを作り直さずにそのままプレイすることを決めた。
ステータスの振り分けの失敗。
これが冬馬――アックスのDTO内での孤立を更に深めてしまう原因になるのだがそれはまた別の話である。