第37話 オウカに製作依頼をしよう
カエデたちがインスタンスエリアに移動すると、農村は先程まで賑やかだったのが嘘のように静まり返り、草木の揺れる音しか聞こえてこない。
アックスが無言で佇みながら周囲を見渡すとプレイヤーはおらず、村人NPCが畑を耕したり、家畜の世話をしているだけであった。
カエデたちがクエストをクリアするまでしばらく時間がかかる。
この時間を使って何か出来ることはないだろうかとアックスは考えた。
「そうだ」
アックスはメニューからフレンドリストを開く。
数人しか登録されていないフレンドリストからオウカの名前を確認すると表示はオンラインになっていた。
「ログインしてるな」
昨日、オウカはお金は貸さないが装備の製作なら協力すると言ってくれていた。
カエデとリリーはそろそろ初期装備から卒業することになるだろう。
アックスは装備の製作を依頼するためにオウカと連絡を取ろうと考えたのであった。
離れたところにいるフレンドと連絡を取る手段は二つ。
メールでメッセージ送るかウィスパーと呼ばれる機能で相手と直接チャットするかだ。
相手がログインしているのであればウィスパーを使って直接話して用件を伝えた方が話が早く済む。
フレンドリストのオウカの名前タッチするといくつかメニューが表示され、アックスはウィスパーを選択した。
すると空中に微かに黄色い光を放つ三日月型の石が現れ、アックスは石に手を伸ばす。
この三日月型の石はテレパスストーンというウィスパーを使用する際に必要なアイテムだ。
現実世界の通信機器のようなものなのだが見た目も大きさもバナナにそっくりなため、プレイヤーからはバナナ石もしくはバナナと呼ばれている。
『ただいまプレイヤーオウカを呼び出し中です。そのまま少々お待ち下さい』
空中に呼び出し中と表示された画面が浮かんだ。
テレパスストーンからはガラスを弾いたような音が静かに鳴り響いており、アックスは石を耳元に寄せてオウカが応答するのを待つ。
しばらくそのままでいると呼び出し中の画面が通話に切り替わり、アックスはオウカが話し出すより前にテレパスストーンに向かって話しかけた。
「もしもしアックスだ。オウカ、聞こえるか?」
「ああ、聞こえてるぞ」
テレパスストーンから声が聞こえ、回線が繋がっていることを確認したアックスはチャットを続けた。
「今、話をして大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。俺もちょうどお前に連絡をしようと思っていたところだ」
「オウカも?」
「昨日PKに襲われていた初心者を助けたと言っていただろう。その件でな」
オウカはプレイヤーキラーペロがアックスに報復を考えているのではないかと心配して調べてくれたのであった。
アックスはオウカの調査結果が気になり、自分の用件の前に話を聞くことにする。
「わざわざすまないな。何か分かったのか?」
「まず結果から言うとPKのペロのアカウントは永久停止になった。罪状はハラスメントと不正ツールの使用だろう」
「やはりな」
アックスは当然の結果に表情を変えることなくオウカに返事を返す。
自業自得だとしか思わないし、同情の余地はない。
この世界はゲームであるがゲームにもルールが存在し、ルールに従わなければプレイヤーは罰せられるのだ。
これでペロが報復にやってくる可能性はぐんと低くなった。
別キャラがいたとしても同じ回線を使用しているアカウントは芋づる式にアカウント停止になっているはずである。
住所の変更などでアカウントを再び取得してキャラを作り直す可能性はゼロではないが時間がかかるだろう。
「そういえば、襲われていた初心者はどうした?」
「PKの被害にあったミントというプレイヤーだが……彼女もアカウント停止になった」
「えっ、どうしてだ? そっちは被害者だろう?」
オウカの予想外の言葉にアックスは語気を荒くして問いただした。
「どうやらミントは小学生だったらしい。DTOのレーティングマークはCで、15歳以上を対象にしたゲームだ。保護者の許可なしでプレイは出来ない」
「でも、それはアカウント登録の際に実年齢を入力して15歳未満だった場合、保護者の許可を取ったかどうか聞かれるだけで、年齢を偽って登録も出来る。親の許可なしでプレイしてる奴なんてザラだろう?」
ルールに従わなければプレイヤーは罰せられる。
それは分かっている。
レーティングCのDTOを小学生がプレイしているのが悪いのだと言う人もいるかもしれない。
しかし、どうしてミントだけがアカウント停止にされるのかとアックスは思い、理屈では分かっているというのに釈然としないものを感じた。
「それはそうなんだが、ペロはPKした時にミントの実年齢を恫喝して聞き出していたそうだ。15歳未満のプレイヤーがハラスメントなどの被害にあった場合、保護者のプレイ許可が下りていることが確認出来るまでアカウント停止措置が施される。GMはミント本人から聞き取り調査をしたんだろうな」
聞き取り調査――
つまりペロのハラスメント行為とその被害者に対して調査が入ったということだ。
「何てことだ……多分アカウント停止は俺のせいだ……」
アックスは今回の件をサポートデスクに報告していた。
報告をしていなければミントのアカウントが停止にされることはなかったかもしれない。
「アックス、それは違うぞ。ペロのやっていた不正行為とハラスメントは実況中継されていた。アングラサイトで報告する奴はいなかったみたいだが、遅かれ早かれ誰かが報告していただろう」
「そうかな……俺は今回の件で致命的なミスをしたような気がしてならない……」
今思えば、森に逃げていったミントは自分をモンスターと間違えて逃げていったように思う。
あの時、森に向かって走るミントを引き止めていれば。
もう少し早く追いかけていれば。
ペロに襲われる前に見つけていれば。
アックスは自分の行動を後悔するのであった。
「そう自分を責めるな。お前のやったことは無駄じゃない。今回のミントは残念だったがあのままペロを放置していたら被害者はもっと増えていただろう。お前が報告をしたおかげで被害者がこれ以上増えずに済んだんだ。それにペロと違ってミントのアカウント停止は一時的なものだ。保護者の許可が下りればまたプレイ出来るだろう」
「そういう考え方も出来るか……」
オウカに報告は無駄ではなかったと言われて少しだけアックスは救われた気がした。
「励ましてくれてありがとうな。少し気が楽になった」
「べ、別に励ましたんじゃない。事実を言ったまでだ。まあ、偶然助けたプレイヤーに対して真剣に考え込むお前の性格は嫌いじゃないがな」
「俺もオウカの素直じゃない性格は嫌いじゃない。お前が女だったら結婚を申し込んでいたところだ」
重苦しい雰囲気を変えようと思って笑いながら冗談を言うアックスであったが――
「おい、冗談でもそういうことを言うのはよせ。今、俺はお前のせいでゲイだと思われてるんだからな」
「え、俺のせい? 何でだ?」
「昨日、店で俺に抱きつきながら愛してるとか叫んだだろう。それを客に見られて噂が広まったんだ……どうしてこんなことに……」
オウカは盛大なため息をつく。
テレパスストーンの向こう側でガックリと肩を落として落ち込むオウカの姿がアックスの目に浮かんだ。
「大変だろうが元気出せ、な?」
「お前が言うなっ!」
アックスの励ましの言葉にオウカは声を荒げてツッコミを入れた。
ちなみにアックスはゲイではなく、普通に女性が好きである。
「まあ、オウカがゲイかどうかは置いといてこの話はこれくらいにしよう」
「そうだな……って、おい、俺はゲイじゃない」
オウカの抗議を無視してアックスは自分の用件を伝えることにした。
「俺の用件は昨日言っていた製作依頼のお願いなんだが……頼めるか?」
「スルーするなっ! まあいい……いいぞ。お前の妹とその友達の二人分でいいんだよな。二人のクラスとレベルは?」
アックスは感謝の言葉を述べたあと、カエデとリリーのクラスとレベルを伝え、妹が自分と同じSTR極振りのウォーリアだと補足説明した。
オウカは少しだけ驚いていたが特に何も言わず「そうか」とだけ言ってチャットを続ける。
「メッセージで製作に必要な素材のリストを送る。素材を集め終わったら二人を連れて店まで来てくれ」
「分かった。それじゃまたあとでな」
そう言ってアックスとオウカはウィスパーでのチャットを終えた。




