第36話 クエスト再挑戦
アックスが初心者プレイヤーに指導をしていると、カエデとリリーがレベル上げから戻って来た。
「お兄ちゃん、その人たちは誰?」
「お知り合いの方ですか?」
カエデとリリーは一列に並んで素振りをしているプレイヤーたちを不思議そうに見ながらアックスに質問した。
「いや、今日初めて会ったばかり。指導してほしいと言われて少しだけ戦闘の手ほどきをしていたところだ」
「へぇー、そうなんだ。レベル上げをしてたら、気づいたらお兄ちゃんの周りに人だかりが出来ててびっくりした」
「気になって戻って来てしまいました」
アックスが二人を放ったらかしにして、別のプレイヤーと遊んでいたせいか若干不服そうである。
「すまん。お前たちがレベル上げから戻って来るまでと思っていたんだが、つい指導に熱が入ってしまった。ところで二人はレベルいくつになった?」
「わたしはレベル7になった」
「私もレベル7です」
「お、結構上がったな」
レベルというのは最初は必要な経験値が少なく、簡単に上がるようになっているのが一般的だ。
二人は先程レベル上げを始めたばかりだというのにもうレベル7になっている。
「モンスターを結構倒したからね。お金も増えたよ」
「モンスターが落としたアイテムもインベントリにいくつかあります。これって何に使えるんですか?」
DTOではモンスターを倒すとこの世界の通貨であるシュテルとアイテムをドロップして自動的にインベントリに入る仕組みになっている。
DTOの公式サイトのフォーラムのスレッドにて「モンスターがお金を持っているのはおかしいのではないでしょうか?」というプレイヤーの疑問に対して、運営の回答は「モンスターが落とすシュテルは襲った人間から奪ったものです」とのことであった。
しかしその回答に納得しなかったプレイヤーの一人が「モンスターが人間の通貨を持っていても意味がないのに所持しているのはおかしいのでは?」という質問をした。
その質問に対して、運営からの回答は「所持しているのではなく倒したモンスターの腹から出てきたものです。残念ながら腹を捌いてシュテルを取り出すアクションを入れることはレーティングの関係で出来ませんでした。一部のイベントを除いてゲーム性を優先してモンスターを倒すとシュテルとアイテムはインベントリに自動で収納されるようにしてあります」とのことであった。
この回答は冗談なのだろうが、完全に冗談とも思えないのがDTOの運営の恐ろしいところである。
もっとも、カエデとリリーはモンスターがお金を落とすことに対して特に疑問を抱いている様子はない。
アックスはモンスターが落とす通貨を疑問に思っていないなら別に説明する必要はないなと思い、リリーのアイテムの用途についての疑問にだけ答えることにした。
「モンスターが落としたアイテムはNPCの店やバザーで売ることが可能だが、冒険者ギルドの依頼の納品アイテムだったり、アイテム製作の素材だったりするからいきなり店売りしない方がいいかな」
「なるほど。まずは冒険者ギルドに持っていった方が良さそうですね」
リリーはアックスの答えを聞いて、すぐにどうすれば良いか理解した。
DTOはサービスが開始されてから大分経つため、ゲームを始めて最初に手に入るアイテムは市場に溢れておりバザーで売っても大した金額にはならない。
アイテム製作をしようにもまだ二人はサブクラスを取得していないので製作することが出来ない。
手っ取り早くお金に変えるには冒険者ギルドに納品するのが一番である。
しかし、その納品依頼を受けられるようになるには――
「納品依頼を受けられるようになるにはまず最初の依頼をクリアしないとな」
「あ、そういえばまだクリアしてなかったね」
「戦闘に慣れてレベルも上がりましたけど敵の沸きが早いのでクリア出来るかまだ不安です」
複数の二足歩行のウサギ型のモンスターを撃退しなければならないこの最初の初見殺しの依頼はソロではクリア出来ないとプレイヤーからの苦情が殺到しているクエストである。
「まあ、今のレベルだと二人だけじゃ難しいかもしれないな」
アックスがそう言うとカエデとリリーはどうするか相談を始めた。
「もう一度試しに依頼を受けてみる? それとももうちょっとレベル上げする?」
「うーん、今のままだとクリア出来そうにないですし……アックス先輩はどう思います?」
「お兄ちゃん、レベルいくつぐらいだったらクリア出来るの?」
カエデとリリーは再度依頼を受けるべきかレベル上げをするべきか迷い、最終的にアックスに判断を求めた。
「ふむ……おーい、ちょっといいか?」
アックスは振り返って、素振りをしている六人の初心者プレイヤーに声をかける。
「はい、アックスさん何でしょうか?」
「この中に、まだ冒険者ギルドの最初の依頼をクリアしてない人はいるか?」
アックスが聞くと半数以上が首を横に振ってまだクリアしていないと答えた。
「この二人もまだクリアしてないんだが協力してもらえないか?」
「自分もクリア出来なくて困っていたのでこちらこそお願いします」
初心者たちは協力を快く引き受けてくれて、カエデとリリーは初心者六人とパーティーを組んで依頼を再挑戦することになった。
パーティーを組んでゾロゾロと依頼主であるトーマス爺さんのところまで歩いて向かう一行。
「お兄ちゃん、これはどういうこと?」
カエデは歩きながらアックスに質問をする。
突然知らない人たちとパーティーを組まされて戸惑っているようだ。
「ああ、この最初の冒険者ギルドの依頼なんだけどな。これは――」
アックスはこのクエストは最初からパーティーを組んで挑戦することを想定して作られているのだと答えた。
畑の東西南北からニンジンを狙ってやってくるウサットをソロで撃退するのは至難の業である。
さらに言えば、畑のニンジンは踏むと駄目になってしまうので畑の中で戦うのはあまり得策ではない。
畑を防衛するなら柵の外でモンスターを迎え撃たなければならない。
「最初の依頼なのに一人だとクリア出来ないって、ひどくない?」
「俺は一人でクリアした」
「なにそれ自慢?」
「別にそんなつもりはないんだけどな……」
自慢のつもりはなく、むしろアックスはソロでクリアしたことを後悔していた。
本来、パーティーを組んで協力をしてクリアするクエストを、パーティーを組むことを知らずにレベルを上げてソロでクリアしてしまったのだ。
MMORPGの楽しさの醍醐味はパーティーを組んで協力してクエストのクリアを目指すことである。
プレイヤー同士のコミュニケーションもゲームの一つとして楽しめる人間でないとゲームを長く続けることは難しい。
アックスはどちらかというと人との付き合いが苦手な方だ。
それはウォーリアが不遇だとか不人気だといった問題とはまた別問題である。
もう少し器用であれば、うまく立ち回っていれば……
ゲーム内で孤立することはなかっただろう……
出来ればカエデには自分のような失敗をすることなく、プレイヤー同士のコミュニケーションも含めて、DTOを楽しんでほしいとアックスは思った。
カエデはアックスの言葉を自慢だと思い、頬を膨らませている。
自分だってソロでクリア出来ると対抗心を燃やしているのだろう。
やれやれ、親の心子知らず――
いや、兄の心妹知らずか――
「ほら、着いたぞ。むくれてないでクエストをクリアしてこい。みんな待ってるぞ」
「えっ……?」
依頼主のトーマス爺さんのところに到着したアックスはカエデの背中をポンと押して前に進ませた。
パーティーリーダーをやっているカエデがトーマス爺さんに話しかけるのを他のパーティーメンバーは待っている。
「わわっ!?」
カエデは慌ててトーマス爺さんに話しかけてクエストを進ませた。
あとはインスタンスエリアの畑に移動するだけである。
「お兄ちゃんは行けないの?」
この「行けないの?」とはアックスもインスタンスエリアに一緒に行けないのかということだ。
パーティーを組んでいないとインスタンスエリアに移動することは出来ない。
「パーティーの上限は八人までだからな。俺はここで皆がクリアして戻ってくるのを待ってる」
カエデが心細そうな表情をしていたので、アックスは頭の上に手を乗せてクシャクシャと撫でてやる。
するとカエデは表情を一変させて明るい表情へと変わった。
「分かった。クリアしてすぐ戻ってくるっ!」
「ああ、頑張れよ」
カエデは再びトーマス爺さんに話しかける。
するとポップアップメッセージが八人の目の前に浮かび上がった。
『インスタンスエリアに移動しますか? YES/NO』
カエデはインスタンスエリアに入る前にアックスから聞いた話を参考にパーティーメンバーと簡単な打ち合わせを行う。
東西南北からウサットが襲ってくるため、各方角に二人ずつ配置することに決め、メンバーのレベルとクラスのバランスを考えて二人組を作ってゆく。
打ち合わせを終えるとカエデとリリーはアックスの方を向いて手を振った。
「それじゃ行ってくるね」
「行ってきますね」
アックスは「行ってこい」と言って、親指を立てて見せるとカエデとリリーも真似をして親指を立てて見せる。
YESを選択すると二人はインスタンスエリアに移動していなくなり、他の六人も次々と移動してゆく。
最後の一人がいなくなり、見送りを終えるとその場にはアックスだけが残された。
大丈夫――
八人で協力すれば簡単にクリア出来るだろう――
アックスは二人がクエストを無事に終えて戻って来るのを祈った。




