第35話 まさかの人気の斧使い
初心者二人に自分たちにも指導をしてもらえないかとお願いされて、少しの間ならばと引き受けたアックスであったが……
「どうしてこうなった?」
気がつけばアックスの前には計六人のプレイヤーが一列に並び、各々の武器を構えて素振りの練習をしているのであった。
何故か皆「素振りは基本」と叫びながら武器を振っている。
最初はランサーとグラップラーの二人組に武器の構え方や振り方を教えていたのだが、それを見た他の初心者プレイヤーが自分たちもとアックスの側に寄ってきて、彼らも指導することに。
彼らの話を聞くと先程のアックスのデュエルを観戦していたそうで戦いぶりに感銘を受けたらしい。
どこかに行ってしまったと思ったらまた戻って来て自分たちと同じような初心者に指導しているのを見て自分たちにも指導をしてほしいと思ったそうだ。
彼らのクラスはランサー、グラップラー、ナイトといった近接職、さらにはクレリックやソーサラーといった魔法職までいたりと様々だ。
「アックスさん、槍での攻撃の仕方はこうでしょうか?」
初心者ランサーは槍を構えて突きを繰り出す。
アックスは斧使いであって槍の使い方についてはあまりよく知らない。
しかし、同じ近接職として武器の構え方や動作は通じる部分が多く、動きの改善点などは見てすぐ分かる。
「うーん、まず槍の握り方が甘いな」
アックスは武器をポールアックスに持ち替えてランサーに指導を行うことにした。
ポールアックスは先端に鋭い穂先と斧刃、反対側には鈎爪がついている柄の長い戦斧だ。
ランサーの武器であるハルバードと形状が似ているため槍代わりに使うことにしたのであった。
アックスはポールアックスを握ると肩慣らしに身体の周りでクルクルと回転させた。
「おお! アックスさん、そのスキルすごいですねっ!」
「ん? これは別にスキルじゃなくてただの準備運動なんだが……」
初心者たちはアックスの動きをスキルだと勘違いして驚いている。
アックスが今やった動きはインド棒術を基にした棒回しという技術である。
重量があり、重心が片方に寄っているポールアックスでやるような技術ではないのだが、アックスはバランス感覚と力技で無理やりやってのけたのであった。
「スキルじゃない?」
「アックスさんすごいっす」
初心者たちは今の動きがスキルではないと知ってアックスを尊敬の眼差しで見ている。
アックスはというと何だか知らないがウケているぞと調子に乗ってそのまま棒回しを続けた。
「おおーっ」
「すげえっ」
演武にパチパチと拍手が起こり、アックスは照れ笑いを浮かべる。
感心されたり褒められたりすると悪い気分ではない。
しかしすぐに我に返り、アックスはゴホンと咳払いをすると気を取り直して槍の使い方の指導に戻る。
「えー、今のはスキルではなく棒回しという技術だ。本来は棒術の技なんだが槍でもやろうと思えば出来るだろう」
「おおー」
アックスは自分は槍を装備出来ないので代わりに槍に似たポールアックスを使わせてもらうと前置きしてから槍の構え方と攻撃の仕方の指導を行なった。
「アックスさん、俺も見てください」
「俺にも指導を」
「ああ、分かった。順番にな」
なんで斧使いである自分が他のクラスの戦い方を教えているんだろうと苦笑しつつ、アックスは同じようにしてグラップラーやナイトにも指導を行った。
クレリックやソーサラーにも同じ要領で杖の使い方を教えた。
魔法職は詠唱中に攻撃を受けると詠唱がキャンセルされてしまうので、急にモンスターが現れて襲ってきた時の護身術として覚えておいて損はないはずだ。
教えていて分かったが、彼らは現実世界では全くの格闘技未経験者。
アックスは師匠であるリンドウから手ほどきを受けて幸運にも武術を学ぶことが出来たが、全てのDTOプレイヤーがアックスのように武術を学べる機会がある訳ではない。
多くのプレイヤーは我流で武器を振り回すか、スキルを発動させて攻撃を繰り返すだけである。
パーティーでの戦闘においてアタッカーはDPSが求められる。
DPSとは「Damage Per Second」の略で「1秒あたりのダメージ」を意味する。
パーティーではDPSの高いアタッカーが必要とされるのだが、DTOにおいてDPSの高いクラスはというとソーサラーやアーチャーといった遠距離からの攻撃を得意とするクラスである。
現実世界で武器を扱ったことがない近接クラスのプレイヤーはDPSを稼ぐことが出来ないため、最近では効率重視の遠距離アタッカーで構成されたパーティーが人気であった。
アックスがオウカから聞いたところによると、最近では近接アタッカーの数が少なくなってきているらしい。
近接職がやりたくてDTOを始めてみたものの思うようにDPSが上がらず、泣く泣くアバターを作り直して遠距離アタッカーで始めるプレイヤーが増えたからだそうだ。
アックスは初心者たちを教えながら静かに思う。
彼らはこのクラスでプレイしたいと思ってゲームを始めたはずだ――
しかし、果たして彼らはこのままやりたいクラスのままゲームを続けられるのであろうか――
アックスは胸の中でそんなことを考えながら初心者たちに指導を続けた。




