第33話 素振りは基本!
リリーがDTOでナイトを選んだ理由は現実世界の引っ込み思案で守られる側の自分が嫌で守る側になりたいから。
アックスはその言葉を聞いてリリーに対して急に親近感が沸き、嬉しく思った。
そして、気づけばまた無意識のうちにリリーの頭を撫でているのであった。
しまったと思うアックスであったが、リリーの顔を見ると頬を上気させて嬉しそうにしている。
まあいいか――
あまり深く考えずにアックスがリリーの頭を撫で続けていると――
「お待たせー」
キャラクターを作り直した妹の秋葉――プレイヤーネームカエデが冒険者広場に戻って来た。
アックスとリリーは噴水の縁石に腰掛けたままカエデに返事を返す。
「おかえり」
「おかえりなさい」
カエデの見た目は全く変わっていないが背中に石斧を担いでおり、ウォーリアに無事クラスチェンジ出来たようである。
ストーリークエストを最初からやり直して冒険者ギルドで登録を終えればまたレベル上げの続きだ。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「何って……」
カエデはきょとんとしながらアックスを見て疑問を口にした。
アックスが自分を見るとリリーの頭の上に手を乗せたままであった。
自分の手とカエデの顔を交互に見ながらアックスは口を開く。
「リリーの頭を撫でていたところだ」
リリーの頭に手を乗せたまま正直に答えるアックスであったが、このままというのもおかしいなと思い、頭から手を離そうとした。
ところが――
リリーに両手で腕を掴まれて頭から手を離そうとするのを阻まれる。
アックスはリリーの謎の行動に驚き、どういうつもりなのかとリリーの顔を見た。
「カエデちゃんがいない間に妹ロールプレイで頭を撫でてもらっていました。ね、お兄ちゃん?」
「ええっ?」
アックスはリリーにお兄ちゃんと呼ばれてドキリとする。
たしかに「いつもの癖でつい妹にしてるみたいにしてしまった」と言って頭に手を乗せたのはアックスなのだが――
「お兄ちゃん、妹ロールプレイってどういうこと?」
「妹よ、これはだな……」
カエデはニコリと笑顔を作ってアックスに質問をする。
しかし、その目は全然笑っていない。
リリーはと言うとニコニコと笑みを浮かべながらアックスを上目遣いで見つめている。
二人に挟まれながらどう説明すればいいのやらと途方に暮れていると――
「お兄ちゃんの馬鹿! 変態! 頭撫でるの禁止っ!」
カエデは不満顔で暴言を吐きながらアックスの腕を掴み、リリーの頭から手を引き剥がしにかかった。
頭をちょっと撫でただけで兄に向かって馬鹿、変態はないだろう――
アックスの手がカエデによって頭から引き剥がされると「あら、残念です」とリリーは名残惜しそうに離れていく手を見送った。
「ふふふ、冗談ですよ。これは先輩にちょっと褒めてもらっていただけです。こんなことで嫉妬しちゃうなんてカエデちゃんは本当にブラコンですね」
「ち、違うし。ブ、ブラコンじゃないし!」
リリーはカエデをからかって遊んでいただけのようである。
しかし内気で引っ込み思案な性格のはずなのに今の行動はなかなか大胆であった。
もしかしたらDTOでのリリーというロールの設定に引きずられてやや大胆になっているのかもしれないなとアックスは思った。
アックスも現実世界の自分よりもアックスでいる時の方がやや強気になるので少しだけ気持ちが分かる気がした。
「カエデちゃん、怒らないで。私はカエデちゃんからお兄さんを取ったりしませんから。ね?」
「むー」
カエデは頬を膨らませてむくれている。
妹の場合はブラコンというより、兄が自分の友達とイチャイチャするのが嫌なのだろうとアックスは思った。
「まあ、ふざけるのはここまでにしてカエデの冒険者登録をしに行こう」
「そうですね。あ、カエデちゃん、預かっていたお金を返します」
リリーがインベントリからお金を取り出してカエデに渡すと先程までの不機嫌はどこにやら。
一瞬にして表情が笑顔に変わった。
「ありがとー。あとチョコバナナをもう一度食べておかないと! 取得経験値3%アップ!」
全く、お金が増えて機嫌が直るとは単純というか、ちゃっかりした奴である。
ちなみにこのキャラ作り直しによる所持金稼ぎは3回までが限度である。
キャラ作り直しを3回やると4回目のキャラ作り直しは1週間経過しないと行えないようになっているためだ。
この所持金を他のプレイヤーに渡して、キャラを作り直して受け取る金策はDTOにおいて割とメジャーなものなのだがカエデがそれを知っていたとは思えない。
自分でそれに気づいてキャラを作り直す前に所持金を預けるとは妹らしい。
アックスはやれやれとため息をついた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カエデの冒険者ギルドでの登録を終えると三人は再び北の平原の狩り場に向かった。
「それじゃあ、レベル上げの続きを始めるか」
「うん」
「はい」
北の平原に戻って来たアックスたちであったが、キーンとシルバの姿はもう見当たらなかった。
しかし、北の平原でレベル上げをしていた初心者たちの一部は先程のデュエルを観戦していた野次馬だったようで戻って来たアックスたちにチラチラと視線を向けた。
気になって仕方がないようだ。
アックスはその視線を無視してカエデにウォーリアの戦い方を指導することにする。
「えーそれじゃあ。まず斧での戦い方のコツだが……」
アックスは背中の片手斧形態の断罪者の斧を手に掴むと両手斧に変形させた。
「あ、お兄ちゃん、私もその変形する斧欲しいっ」
「これはアイテムレベルと筋力要求値が高いからお前じゃまだ装備出来ない」
アックスがそう言うとカエデは「えー?」と残念そうにした。
「レベルが上がれば装備出来るようになるし、似たような武器はあるからそのうちな」
「そっか。早くレベルを上げないとね」
「ああ」
ギミック武器はオウカに製作してもらった特注品なのだが、依頼すれば製作してもらえるだろう。
アックスは気を取り直して戦い方の説明を再開する。
「斧は通常武器よりも重く、重心の移動が難しい。なので斧に振り回されないようにようにしなければならない」
「斧に振り回されるって?」
「遠心力を利用した攻撃が斧での戦闘の基本なんだが、攻撃力が高い反面、隙が大きく攻撃が単発で終わってしまいがちなんだ」
「なるほど」
「斧での戦闘は遠心力を利用して常に動き続けることが大事だ。こんな感じでな」
アックスは斧を右肩に担いで構え、Vの字にスイングした。
斧は袈裟斬りで振り下ろされ、その勢いのまま振り上げられて左肩に担ぎ直される。
左肩から、スイング、右肩に担ぎ直す。
右肩から、スイング、左肩に担ぎ直す。
「おおー」
カエデとリリーはアックスの無駄のない動きの見事なスイングに声をあげる。
「この動きはどのクラスでも応用が可能だからリリーも覚えておくように」
「はい。分かりました」
アックスは師匠である元クランマスターのリンドウの教えを思い出しながら二人に説明をした。
武器なんてのは握ればどれも同じ。武器が変わったら戦えないなんていうのは二流の証拠。
本物の達人はどのような得物であってもその動きは一流――というのがリンドウの持論であった。
リンドウは現実世界でも武道の達人であり、東南アジアの武術の技法を元に編み出した近接格闘術、護身術の使い手であった。
こうしてリンドウから手ほどきを受けて戦い方を学んだアックスは、現実世界で格闘技の経験などないというのに気づけばゲーム内で斧の達人になっていたのである。
「次はスキルの使い方を教えよう。二人とも視界の端のスキルスロットにあるスキルは見えるか?」
「うん。ワイルドスイングっていうのがある」
「こちらにはクロススラッシュというスキルがあります」
「それじゃあ、武器を構えてスキルを使ってみようか」
カエデとリリーは武器を抜いてスキルを発動させる。
武器が光のエフェクトを纏い、システムアシストに誘導されて宙にスキルが放たれる。
「おお、体が勝手に!?」
「わわっ!?」
ワイルドスイングは単発の回転斬りで、クロススラッシュは二連続の斬撃だ。
二人は、自動で身体が動くスキルに驚いている。
「これがスキルだ。システムが動きを誘導してくれるが、自分の意志で力を込めれば攻撃力は格段に上がる。何度もスキルを使って動きを身体で覚えるように」
「はーい」
「分かりました」
二人は元気に返事をして、その場に並んで素振りとスキルの練習を始めた。
アックスは二人の素振りを見ながら「もっと脇を絞めろ」「重心がぶれてる」「足の運びが違う」などの駄目出しとフォームの指導を行う。
二人とも変な癖がついておらず教えやすい。
飲み込みと理解が早く、言われたとおりに素直にフォームを改善してゆく。
それを見て、まるで自分は野球のバッティングコーチみたいだなとアックスは苦笑した。
「アックス先輩、どうでしょうか?」
「ああ、なかなか様になってるじゃないか。綺麗なフォームだ」
アックスが頭を撫でて褒めてやると、リリーは「えへへ」と頬を赤らめて嬉しそうにした。
「あ、お兄ちゃん、またリリーの頭を撫でてるっ! わたしの素振りも見てよっ!」
リリーの頭を撫でて褒めていたら、カエデも対抗心を燃やして自分を見るように言ってきた。
アックスがリリーだけを褒めるのが不服らしい。
「カエデも滑らかなスイングでたいしたもんだ。凄いぞ」
アックスはリリーと同じようにカエデの頭も撫でてやる。
すると「えへへー」とドヤ顔で嬉しそうにした。
狩り場でアックスに指導されながら素振りをしているカエデとリリーの二人。
周りの初心者プレイヤーたちは呆気に取られながらその様子を見ている。
感心しているプレイヤーもいれば、馬鹿にしきった様子で笑っているプレイヤーもいる。
素振りは基本である。
練習の積み重ねがあってこそ、本番で力を発揮出来るというものだ。
基本を疎かにしてはいけない。
アックスは視線を無視して指導を続けた。
「素振りは基本だ。よく覚えておくように!」
「分かったー」
「分かりました」
素振りを馬鹿にすることなく素直にアックスに返事を返す二人。
「素振りは基本っ!」
「素振りは基本っ!」
二人は「素振りは基本」と声を出しながら素振りを続けた。
いや、別に掛け声にしろと言った訳ではないのだが――
やめさせるべきか迷うアックスであったが、二人の表情を見るととても楽しそうである。
「ま、いいか」
アックスは特に注意することなく二人を見守り、二人は変な掛け声を上げながら素振りを続けた。




