第32話 アックスとリリー
街の冒険者広場に戻り、アックスとリリーはカエデがキャラを作り直して戻ってくるのを待つことにした。
カエデはまだ戻って来ていない。
噴水の前で立ちながら何気なくちらっとリリーの方を見ると、リリーは恥ずかしそうに顔を赤くして目をそらしてうつむいた。
長い髪の毛で顔が隠れて表情が見えない。
その反応は何だ?
どうして顔を赤くして目をそらす?
アックスは少し考えて……
「!?」
そういえばこうして妹の友達であるリリーと二人きりになるのは初めてだ。
おそらくリリーは緊張しているのだろう。
「…………」
アックスは別に会話がなくても平気な質なのだが、今後のことを考えてもう少しコミュニケーションを取っておくべきだろうと思った。
しかし今までは妹を間に挟んで普通に会話していたというのに、こうして二人きりになると何を話せば良いのか分からない。
妹が帰って来るまでなんとかして間を持たせなければ。
「あの」
「あのさ」
そう思っていたのは相手も同じだったようで、アックスとリリーは同時に声を発した。
「あ、先にどうぞ」
「あ、はい」
まるでお見合いの席で緊張しながら会話を探す二人みたいだなと苦笑しつつ、リリーに促されてアックスから先に話すことになった。
「そこに座って待とうか」
「そ、そうですね」
アックスは噴水を囲う縁石を指差した。
二人で会話をすると必然的に身長の差からアックスが見下ろす形になり、リリーは見上げる形になる。
アックスとしては上目遣いで見つめられると萌えるので別にこのままでも良いと思うのだが、リリーの方は見おろされると威圧感があって話しづらいだろう。
二人は並んで縁石に腰掛けた。
「リリーも何か言いかけてたよな?」
「はい、先程のデュエルでの勝利おめでとうございます。アックス先輩凄く強いんですね。戦いを見ていて胸がこう……何だか熱くなりました」
リリーは胸に手を当てて頬を紅潮させて言ったかと思うと、慌てて「言うのが遅くなってしまってすいません」と付け足した。
デュエルが終わった後、カエデが突然キャラクターを作り変えると言い出したせいでタイミングを逃して言いそびれてしまったのだろう。
別に謝る必要などないのに言えなかったことを気にしていたようだ。
「ああ、リリーも応援ありがとうな」
そう言うとリリーの表情が嬉しそうにパッと明るくなった。
アックスは無意識にリリーの頭に手をポンと乗せて撫でる。
するとリリーの身体がビクンと跳ねた。
「あっ――」
アックスは自分の迂闊さにしまったと思い、慌ててリリーの頭から手を離した
「すまん。いつもの癖でつい妹にしてるみたいにしてしまった」
「あ、いえ、突然だったので驚いただけです」
リリーは顔を赤くして言った。
現実世界の秋葉と百合は有名なエスカレータ式の私立のミッション系の女子中学校に通っている。
秋葉の場合は海外に単身赴任中の両親が心配して、中学から無理やり秋葉をこの学校に入れてしまったのだが、百合は幼稚園の頃からこの学校に通っているらしい。
たしか、百合は有名な製菓会社の社長令嬢だと聞いている。
秋葉と違い、百合は本物の箱入り娘で男性への免疫がないのだろう。
まずい。ハラスメント行為だと思われたかもしれない。
「そういや、リリーって兄弟いたりするのかな? ははは」
アックスは自分のやったことがわざとではないと兄弟の話題を出して誤魔化そうとした。
リアルで弟か妹がいるなら、ハラスメント行為ではないと分かってくれるだろう。
「兄弟はいません。一人っ子なので。それでアキちゃん……じゃなくてカエデちゃんからいつもお兄さんの話を聞いていて羨ましいと思っていました」
「え、羨ましい?」
「はい。昔からお兄さんかお姉さんが欲しいと思っていたんです。なので頭を撫でられて少しだけ嬉しかったです」
「そ、そうか」
リリーは「えへへ」と笑いながら話した。
予想外なことに頭を撫でられるのは嫌ではなかったらしい。
「しかし意外だな。俺の妹と違ってリリーはしっかりしてるからてっきり弟か妹でもいるかと思った」
「そんなことないです。わたしはしっかりしてなんかいません。むしろアキちゃんに助けられているくらいです」
リリーは秋葉のことをカエデと呼ぶのを忘れてアキちゃんと呼んで話をしている。
リアルの話を始めてしまったのはアックスなので特に指摘するつもりはない。
それにしても百合が秋葉に助けられているとは?
どういうことなのかとリリーに聞くと――
リリーは現実世界では内気で引っ込み思案。嫌な頼まれごとをされても嫌とも言えず引き受けてしまうような性格なのだと言った。
ある日のこと、百合が嫌な頼まれごとをされた時に秋葉が百合の本当の気持ちを察して代わりに断ってくれたらしい。
それがきっかけとなって百合と秋葉は仲良くなり、親友となったそうだ。
「そんなことがあったのか……」
現実世界のアックスは高校に入学してからの一年間、家に帰っても秋葉とあまり会話もなく部屋に引きこもってDTOばかりやっていた。
秋葉は秋葉でこの一年色々なことがあったのだなとアックスは思った。
いきなり友達が誰もいない私立の女子中学校に入れられて大変だったに違いない。
今更ながらもう少し秋葉の学校での話を聞いてやっていれば良かったと思った。
「私はいつまでもアキちゃんに守られてばかりでは駄目だと思ったんです。でもどうすればいいか分からなくて……」
「そうだよな……いきなり変わろうと思っても難しいよな……」
環境や長年の経験から作り上げられた人間の性格を変えるのは生半可な努力では無理だ。
努力だけではどうにもならないことがあるのを知っているアックスには少しだけ気持ちが分かる気がした。
「そんな時にアキちゃんのお兄さんがDTOをやっているという話を聞いたんです!」
「え?」
いきなりDTOをプレイしている自分の話になり、アックスは目を見開いた。
「DTOを購入して、どのクラスを選べばいいか迷っている時に先輩に会って、自分がやりたいクラスをやるのが一番だと言われて、私は思ったんです。ゲームの世界くらいは守る側になろうって――」
リリーのクラスはタンクであるナイトだ。
なるほど。そういうことだったのか。
現実世界で会った時の百合は「清楚で大人しそうな子」という印象であった。
そんな子が何故ナイトを選んだのかと疑問に思っていたのだがこれで謎が解けた。
「そうだよな。ゲームの世界くらい自分のなりたい自分になりたいよな」
「はいっ」
リリーは頬を紅潮させてニコリと笑い、アックスはそれを見てリリーの頭に手をポンと乗せて撫でた。
「先輩、私はアキちゃんを守れるくらい強くなれるでしょうか?」
アックスはDTOのキャッチコピーを思い出しながらリリーの疑問に対して答えを紡ぐ。
「ああ、なれるぞ。何故ならここは――」
あなたが主役になれる本物のファンタジー、ドラゴンテイルオンラインだからだ。
俺たちの戦いはこれからだ!
終わりません。続きます。




