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第30話 わたしの初めてのフルダイブVRMMO その3(妹視点)

 わたしたちがレベル上げをしていると金髪のナイトと銀髪のグラップラーのプレイヤー二人組が話しかけてきた。


「ねえ、君たち二人は初心者?」

「俺たちがレベル上げを手伝ってあげようか?」


 なんなんだろうこの人たちは?

 二人組は効率の良い狩場を教えてあげるから一緒に行こうと誘ってきた。

 わたしは兄とリリーと遊びたいだけなので邪魔しないでほしい。


「えっと? どうしよう?」

「アックス先輩……」


 どう返事をしたらいいか分からず、わたしは兄に助けを求めた。


「誘ってもらって申し訳ないが、俺たちは自分たちのペースでレベル上げをするつもりだ」


 わたしたちに代わって二人組にお断りの返事をしてくれた兄であったが――


「俺が壁をやるから簡単にレベルが上がるぜ?」

「装備も初期装備じゃなくてもっと良いものを買ってあげるよ」


 金髪と銀髪は兄を無視してわたしたちに話し続けている。

 まるで兄の姿が見えていないかのように振舞っていて感じが悪い。

 二人組はレベル上げの手伝いや、装備アイテムを買ってくれると言っているがはっきり言って大きなお世話だ。


「おい、無視すんな」


 兄が金髪の肩を軽く叩くと、わざとらしく今頃になってやっと気づいたかのような反応をして振り向いた。


「ん、あれ? もしかして斧さんがこの子たちのレベル上げを手伝ってた?」

「ああ、俺が教えているから手助けは必要ない」


 兄の言うとおりだ。

 わたしもレベル上げの手伝いや戦い方を教えてもらうならこの二人組ではなく兄にしてもらいたい。

 せっかく戦い方が分かってきて面白くなってきたところなのに水を差さないでほしい。


「教えるって、斧さんはこの子たちが戦うのを見てただけでしょ。まあ、斧さんが壁をするのは難しいのかもしれないけどな」

「それに引きかえ俺たちはこの子たちと同じナイトとグラップラーで斧さんよりも上手く教えられるし、壁もしてやれる。後は俺たちに任せてくれないか?」


 そう言って金髪と銀髪は兄を小馬鹿にするように笑った。

 言葉の端々にトゲがあり、兄を挑発しているかのようだ。

 それに二人組は兄がわたしたちが戦うのを見ていただけと言ったがそんなことはない。

 兄はわたしたちの戦う様子を見ながら傍でアドバイスをしてくれていたのだ。


「いや、俺には俺の考えがあるからパワーレベリングは結構だ」

「俺の考えって、ウォーリアにこの子たちを指導出来るとは思えないけど?」

「それに斧さんはクランにも所属してないじゃないか。俺たちは聖天騎士団っていうクランに所属してるんだけど知ってる? けっこう大きいクランなんだけど。もしこの子たちが俺たちのクランに入るならクランメンバーでレベル上げのサポートをしてやれる」


 兄は二人組の失礼な態度に怒ることなく我慢強く対応を続けている。

 わたしだったらとっくにブチ切れていることだろう。

 二人組は今度は自分たちの所属している組織――クランとやらの自慢を始めた。

 上から目線でわたしたちがそのクランとやらに入った後の話まで始める始末で一体何様のつもりなのだろうか。


「別にクランに所属していなくても教えることは出来る」

「さて、どうだかね。斧じゃあどこのクランにも入れてもらえないからクランの恩恵が分からないのかもしれないけど」


 クランに所属していないらしい兄を見て二人は鼻で笑った。

 兄がクランに所属していない理由は分からないが笑われるようなことなのだろうか?

 わたしはこの二人組の兄に対する数々の失礼な言動と態度に怒りが頂点に達した。


「さっきから聞いていれば勝手に話を進めないでよ! 壁とかパワーレベリングとかクランとか何なの? よく分からないけどわたしたちにあなたたちの手助けは必要ない。余計なお世話よ!」

「ちょっと、カエデちゃん……」


 兄たちの言い合いに割って入って烈火のごとく怒りをあらわにすると、諫めるようにリリーがわたしの名前を呼んだ。

 止めても無駄だ。

 ここまで馬鹿にされて黙ってなどいられない。

 わたしが激怒すると二人組は心外だとでも言いたそうに肩をすくめた。


「君は初心者で良く分かっていないのかもしれないがウォーリアというのはDTOで絶滅寸前の不人気職なんだよ。俺たちは親切心から彼に代わって君たちのレベル上げを手伝ってあげようと思っただけだ」

「不人気?」

「ああ、ウォーリアは全クラス中ダントツで不人気のタンクとして欠陥のあるクラスなんだよ。まあ、はっきり言ってウォーリアはパーティーのお荷物。ウォーリアよりもナイトの俺の方が頼りになるぜ」

「君たちはもしかしてこのアックスというこの男に騙されているんじゃないか? なんか見た目も怪しいし。こんな不審者とレベル上げをしないで俺たちと一緒にレベル上げをしないか?」


 ウォーリアが不人気? お荷物? 欠陥?

 兄が不審者? 騙されてる?

 一体目の前のこの男たちは何を言っているのだろう?

 たしかに兄はクマみたいな見かけのおっさんだと自分も思ったが、それを他人に悪意を持って言われると頭にくる。

 兄のことを悪く言っていいのは妹であるわたしだけだ。

 兄がこの二人より弱い訳がない。

 兄はわたしのヒーローなのだから。

 ここまでわたしの心を逆撫でしておいて最後には俺たちと一緒にレベル上げをしないかだって?

 ふざけるな。


「お荷物って何よ。それに不審者? あんたたちなんかよりよっぽど強くて頼りになるんだからっ!」


 つい怒りに任せて言い返してしまった。

 すると、それに対して金髪と銀髪は笑いを堪えながら互いに目を見合わせ――


「ぷっくくくっ」

「あははははっ」


 我慢出来ずに笑い出した。


「な、何がおかしいのよ」

「いや、ウォーリアが俺たちに勝てる訳ないだろと思ってね」

「そんなの分からないじゃない」

「いや、分かるよ。ウォーリアの攻撃は遅いから避けやすいし空振りばかり、タンクとしては防御力が低くて役立たず。それに対してグラップラーの連続攻撃は一瞬で敵のHPを削り取るし、ナイトの防御は鉄壁で難攻不落。ウォーリアが俺たちに勝てる道理はない。なんならデュエルをしてみるかい?」


 笑いながら目の前の男たちはウォーリアの短所を挙げ、自分たちのクラスの方が強いことを説明した。

 確かにこうやって説明されるとウォーリアが不人気である理由が分かってくる。

 そして金髪と銀髪の二人はせせら笑いながら兄にPvPを提案してきた。


「お兄ちゃん……」


 わたしは小さな声で呟き、困った表情をしている兄の顔を見つめた。

 PvPを受けて兄にこの男たちをコテンパンに叩きのめしてほしい。

 しかし、それはわたしの願望と期待であり兄にしてみたら迷惑なことだ。

 ウォーリアではこの二人が説明したように勝てる道理はないのだろう。

 わざわざ負ける戦いをするはずがない。

 きっと兄はPvPを断ると思った。


 しかし――


「いいだろう。ちょうど二人にナイトとグラップラーの戦闘を見せたいと考えていたところだ」


 そう言って兄は金髪と銀髪のデュエルの提案を受け入れた。

 まさか、わたしたちにナイトとグラップラーの戦闘のお手本を見せるために、負ける戦いと分かっていてPvPを受けたのだろうか?


「ごめんなさい……」


 わたしは今頃になって自分のせいでとんでもないことになってしまったと思い、兄に謝った。


「心配するな。大丈夫だから」


 兄は安心させるようにわたしの頭の上にポンと手を乗せて静かに笑って見せた。

 その表情は負ける戦いに向かう人間のそれではない。

 むしろ、余裕さえ感じる。


「お兄ちゃん、頑張って……」

「まかせろ」


 兄の表情を見ているともしかしたらこの男たちに勝てるのではないかと思えてくる。

 小さな声でエールを送ると、兄はわたしの頭をクシャクシャと撫でて口の端を釣り上げて笑った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 兄が金髪と銀髪の二人組とデュエルで決闘することになり、どこからともなく野次馬が集まってきた。

 二人組は名前が知られているプレイヤーらしく、野次馬たちは二人組に声援を送っている。

 まるでアウェイだ。

 しかし兄はそれを気にしている様子はない。


「それじゃ、二人とも行ってくる」

「お兄ちゃん、頑張って」

「アックス先輩、頑張ってください」

「ああ」


 わたしとリリーに見送られて兄はデュエルをするために前に進み出た。

 最初のデュエルの相手は銀髪のシルバという名前のグラップラーだ。

 兄とシルバが対峙して何か話したかと思うと、透明なバリアのようなもので周囲が覆われてカウントが開始された。

 二人が戦闘態勢に入ると緊張した空気が張り詰め、自分が戦うわけでもないのにドキドキする。


 これはあの時と同じだ――


 わたしは兄の中学最後のバスケの試合を思い出しながら、戦いが始まるのを静かに見守った。


 お兄ちゃん頑張って――


 カウントが0になり、デュエルスタートというポップアップメッセージが頭上に浮かぶ。

 最初に動いたのはシルバだった。

 デュエル開始の合図とともにシルバは地を蹴り、疾風となって襲いかかる。

 次の瞬間兄の斧が変形して長大な両手斧に変形した。


「せいっ!!」


 兄は裂帛の気合いとともに斧を振り下ろす。

 シルバは斧の一撃をかわすことが出来ず、真っ二つに両断された。

 地面に灰色の死体が転がる。


「…………」


 何が起こったのか理解が追いついてこない。

 それはデュエルを見ていたプレイヤーも同様であった。

 驚愕に目を見開いたまま言葉を発することが出来ないでいる。

 兄は固まっているプレイヤーを見て不思議そうに首を傾げた。

 わたしは兄が斧を両手斧から片手斧の形態に戻して担ぎ直す姿を見てやっと兄が勝利したのだと理解した。


「お兄ちゃんかっこいい!」

「アックス先輩! すごかったです!」


 わたしとリリーは兄の勝利に歓声を上げた。

 すると兄はこちらを見て手を振って応えてくれた。

 兄はものすごく強いではないか?

 ウォーリアは不人気で弱いのではなかったのか?

 わたしとリリーは興奮を抑えることが出来ずキャーキャーと飛び跳ねて勝利に歓喜した。


 勝者の宣言がされ、バリアが解けると真っ二つになっていたシルバが生き返った。

 シルバはデュエルの結果に不服なのか兄を睨みつけている。

 しかし、金髪ナイトのキーンが前に進み出ると悔しそうに後ろに下がった。

 わたしはそれを見ていい気味だと思い、少しだけ気が晴れた。


 兄の次の相手は金髪ナイトのキーンだ。

 二人は対峙して何か話したかと思うとわたしたちの方を見た。


「何だろう……こっち見てるけど……」

「どうしたんでしょう?」


 なんとなく和やかに話しているようにも見える。

 あんな失礼な奴らと何を仲良く話しているのだろう。

 わたしは「お兄ちゃん騙されないでそれは金髪の油断させる罠よ」と心の中で叫びながら見守った。

 金髪ナイトのキーンが剣を抜いて構え、兄も斧を構えて戦闘態勢に入る。

 その表情は先程とは違い楽しそうにも見える。

 しかし、気を抜いているわけではなく兄の目は真剣そのものだ。

 その目はまるで――

 見た目は全く違うというのに兄の中学最後のバスケの試合に臨む時の表情と重なった。

 兄はこの戦いを遊びではなく本気で戦うのだと分かった。


 バリアが展開されてデュエル開始のカウントダウンが始まると周りの野次馬たちはキーンに声援を送った。

 いけない――

 兄を応援しなければ――

 わたしは兄の中学最後の試合で兄に応援の言葉をかけられなかったのを後悔していた。

 試合が始まっても周囲の熱気に気圧されて声援を送ることが出来なかったのだ。

 今度こそ――


「お兄ちゃん、頑張って!」


 わたしは野次馬たちの声援に負けないように限界まで声を張り上げて兄に声援を送った。

 わたしの声は届いているだろうか?

 届いてほしい――


 カウントが0になりデュエルが始まった。

 先に動いたのは兄であった。

 デュエル開始と同時に飛び出し先程のシルバを倒したのと同じスキルを発動して斧を振り下ろす。

 しかし――


 ガギィンッ


 兄の高速の振り下ろしはキーンの大盾によって防がれ、戦斧と大盾が打ち合わされた瞬間、火花が飛び散り鋭い金属音が響く。


 ズズンッ


 斧の振り下ろしの圧力によってキーンの足元の地面にクレーターが生じた。

 兄の渾身の一撃は大盾で防がれて弾かれ、キーンは兄に攻撃するために一気に前に踏み込む。


 お兄ちゃん負けないで――


 わたしは息を止め、拳を力の限り握りしめながら祈った。


「いっけええええっ!」


 兄は叫びながら独楽のように回転して横薙ぎの一撃をキーンに叩き込む。

 だがキーンは既に間合いに踏み込んでおり、斧刃ではなく柄の部分の一撃を大盾で防御する形になった。

 キーンは勝利を確信して笑い、斧の柄が大盾に接触した状態で火花を散らしながら一撃を入れるために前進する。


 しかし離れたところから戦いを観戦していたわたしには見えていた――

 斧が死神の鎌のように変形してキーンの上半身を斬り飛ばすのを――


 おそらくキーンは背後からの攻撃に何が起こったのか分かっていないに違いない。

 キーンの上半身は錐揉み回転しながら吹っ飛んでいき、上下に分断された灰色の死体が出来上がった。


 勝ったのは兄だ。

 勝者の宣言がされバリアが解けるとわたしは兄の元に一目散に駆け寄った。


「やったぁああああ!! お兄ちゃあああああんっ!!」


 わたしはタックルするように兄に抱きついて勝利を喜んだ。

 やはり兄はわたしのヒーローだ。

 昔も今も、現実でも仮想世界でも、兄はわたしのヒーローなのだ。


「応援してくれてありがとな。おかげで初心を思い出せた」

「初心?」


 兄は目を細めながらわたしの頭を撫でる。

 言っていることが分からないが、まあいい。

 わたしの応援が届いたおかげで勝てたのならすごく嬉しい。


「お兄ちゃん、あのね……」

「どうした?」


 わたしは兄の戦いを見て決意した。

 兄はこの一年間無駄な時間を過ごしたのだと思った。

 このゲームをやめさせるべきなのだと。

 でも兄の戦いを見てそれは違うのではないかと思った。

 わたしも兄のようになりたい。

 この一年間兄が何を見て何を思っていたのか知りたい。


「わたしも斧使いになる!」


 わたしはアバターを作り直して斧使いになることにした。

斧の妹子の誕生である。

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