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第29話 わたしの初めてのフルダイブVRMMO その2(妹視点)

 わたしが兄との待ち合わせ場所である冒険者広場で立っていると突然ポップアップメッセージが浮かび上がった。


『ゲーム外から着信です。応答しますか? YES/NO』


 これは何だろうかと思いながらYESを選択すると空中に四角い映像表示画面が現れ、兄である小野冬馬の顔が映し出された。

 この映像表示画面はわたしにしか見えておらず、他のプレイヤーには見えていないようだ。


「秋葉、俺だ。今、家に帰った」


 兄の顔の背後にはわたしの部屋が映っている。

 そういえば兄に選んでもらったダイバージェンスギアにはカメラとマイクが内蔵されていて、現実世界からダイブ中のプレイヤーに話しかける機能があると言っていたのを思い出した。

 現実世界の兄はわたしの頭に取り付けられたダイバージェンスギアのカメラとマイクに向かって話しかけているのだろう。


「あ、お兄ちゃんだ。もしもーし、お兄ちゃん。聞こえる?」

「秋葉、聞こえてるよ。ただいま」


 生身のわたしの身体の前に兄がいるのにカメラ越しに会話するというのは少し不思議な気分だ。

 それにしても兄はまた部屋に勝手に入って来たのか。

 まあ、部屋の鍵をかけないでいたのはわたしなのだけど……


 わたしは昨日の夜のことを思い出した。

 キャラクタークリエイト中にいきなり強制ログアウトして目を開くと兄に胸を揉まれていたのだ。

 別に嫌な感じはしなかったが驚いたのと少し恥ずかしくてドキドキした。

 それで怒ったふりをして口をきかずにいると兄が慌ててメールで謝罪を始めたのは面白かった。

 謝罪のメールの内容によるとコードにひっかかって転んだ拍子に手が胸に当たったそうだ。

 しかし、おそらくそれは嘘だろう。

 わたしも最近は出るところは出てきて女性らしい体つきになってきている。

 兄は見た目はあれだがやはり年頃の男の子なので、わたしがダイブ中で意識がないのを良いことについ魔が差してしまったに違いない。

 やれやれ、困った兄だ。


「お兄ちゃん、おかえりー。わたしたちもう待ち合わせ場所にいるよ。冒険者広場の噴水前でいいんだよね」

「ああ、俺も今からそっちにログインする。ちょっと待っててくれ」

「オッケー。待ってる。あと……わたしの身体にエッチなことしたらお金払ってもらうからねっ!」

「しねえよっ!」


 からかうと兄はぶっきらぼうに否定して会話を終了させた。


「ふふ、全く素直じゃないんだから」


 映像表示画面がブラックアウトして『応答を終了しました』というポップアップメッセージが浮かぶ。

 ふとリリーの方を見ると赤面してあたふたしていた。


「百合ちゃんどうしたの?」

「ア、アキちゃん、冬馬先輩ってエッチなことするんですか?」

「昨日、キャラクリ中に胸を揉まれたくらいだよ。あっ、流石に百合ちゃんの胸は揉まないだろうから安心して」

「アキちゃんは嫌じゃないのですか?」

「ん? いや、別に? 兄妹だし。お金は取るけど」

「お金もらえるならいいんですか?」

「うん」


 わたしが首を縦に振ると、百合は呆れたようにため息をついた。


「ブラコン……」

「ブラコンじゃないしっ!」


 百合は一人っ子なので分からないのかもしれないが、仲の良い兄妹ならこれくらい普通だと思う。

 おっぱいの一つや二つ、兄に揉まれているのが妹というものだ。


 再び冒険者広場の噴水前で兄が来るのを待っていると、背中に大きな石の斧を担いだ黒髪無精髭のクマみたいな大男が少し離れているところに立っているのが見えた。


「あ、斧を装備してる人がいる」

「ウォーリアですね」


 斧といえば現実世界ではダサい武器の代名詞だ。

 わたしも斧はダサいと思っている。

 DTOでも斧は人気がないらしく、斧を装備しているプレイヤーはまったく見かけなかった。

 珍しいなと思ってそのウォーリアに注目していると、大男が不敵な笑みを浮かべながらこちらを見て手を振ってきた。

 しまった。ジロジロ見ていたせいで知り合いと勘違いされてしまったのだろうか?

 大男と目が合ってしまい、わたしたちはサッとすぐに目をそらした。

 しかし、目をそらしたというのに大男は何故かこちらに近づいてくる。

 なんで!?

 わたしたちは大男が近づいた分だけ逃げるようにススっと移動した。


「おい、何で逃げるんだよ」

「あの、私たち人と待ち合わせしてるんで……」

「お兄ちゃん早くこないかなー……」


 大男が話しかけてきた。

 近くで見ると大男の身長は2メートルくらいあり、がっしりとした体格をしていて腕の太さなんてわたしの腰のサイズ以上ある。

 この身長差で見下ろされると威圧感がある。

 この大男の目的はなんなのか……

 わたしは心の中で「お兄ちゃん早く来て!」と叫んだ。

 すると――


「二人とも、俺だ。冬馬だ。プレイヤーネームはメールで伝えただろ」

「えっ、お兄ちゃん?」

「冬馬先輩?」


 目の前の斧を担いだ大男は自分が兄の冬馬だと言った。

 現実世界の兄と目の前の大男の姿が一致せず、にわかには信じられない。

 大男は少しだけ屈み、自分の頭の上のプレイヤーネームを指差した。

 頭の上にはアックスというプレイヤーネームが浮かんでいる。

 メールで知らされていた兄のゲーム内での名前だ。

 まさか、そんな……

 認めたくないが目の前の大男が兄だと認めざるを得ない。

 兄は容姿やクラスはゲーム内で会うまで秘密だと言って教えてくれなかった。

 しかし、まさかこんなおっさん姿とは……


「冬馬先輩がおじさんに……」

「お兄ちゃん何その姿。リアルの姿と全然似てないじゃない……」

「お前たちこそ、その姿は何だ。どんだけ現実の自分の姿が好きなんだよっていう」

「別にいいじゃない。二人でリアルの姿にどれだけ似せられるか試して遊んでたのよ。お兄ちゃんもそんな変なおっさんやめてリアルの姿そっくりに作り直してっ」

「いや、作り直さないし」

「えー、やだー」

「えー、やだーじゃない。このアバターの格好良さが分からないとは二人はまだまだ子どもだな」


 凶暴な熊みたいな見た目のどこがかっこいいのか。

 兄の美的センスはおかしい。

 ネタキャラというやつだろうか?

 わたしは兄にアバターは作り直すように言ったのだがDTOは1アカウントにつき1キャラしか作ることが出来ないそうだ。

 もし作り直すのならばキャラをデリートしなければならないらしい。

 兄はアックスというキャラはレベルカンストまで育てあげた自分の分身であり、キャラデリートは無理な相談だと言った。


「あと、DTOの中で俺のことをリアルの名前で呼ぶのは禁止だ。俺もお前たちのことはカエデとリリーと呼ぶからな」

「はーい。ううう……お兄ちゃんがおっさんに……」

「はい、分かりました。アックス先輩ですね。今日もよろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」


 リアルの名前で呼ぶなと言われたが、お兄ちゃんと呼ぶなとは言われていない。

 わたしはゲーム内でも兄のことをお兄ちゃんと呼ぶことにする。

 まあ、今の兄の見た目だと兄妹というより親子みたいだが……


 この後、わたしたちは冒険者ギルドで受けた依頼をこなすために街の外の北の平原の狩り場に向かった。

 歩きながら兄の変わり果てた姿を見て思う。

 この一年間、兄が部屋に引きこもってゲームばかりするようになってからずっと心配していたというのに兄はおかしな姿でゲーム内で遊んでいたのだ。

 ネットゲームというのは所詮はデータに過ぎない。

 サービスが終了すれば何も残らない。

 バスケの試合で負けてから兄はおかしくなってしまったのだ。

 兄はこの一年間無駄な時間を費やしてしまった。

 しかし、今ならまだ間に合う。


 兄がネトゲ廃人になってしまう前にゲームをやめさせよう。

 このゲームをやめたのを確認したらわたしもこのゲームをやめよう。

 わたしは誰にも知られることなく一人静かに決意した。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 依頼場所の農村の農場に到着したわたしたちはNPCのお爺さんに話しかけ、畑を荒らすモンスターを駆除するクエストを始めた。

 しかし、モンスターと戦うのは難しく、失敗してしまった。

 現実で人を殴ったこともとないのに戦い方なんて分かるわけがない。

 それに動物に暴力を振るうのはどうかと思う。

 兄にそう言うとこれは動物ではなくてモンスターだと説明した。

 そして、この依頼は初見殺しで異世界ファンタジーを甘く見てるゲームプレイヤーを叩きのめすためのイベントなのだと言った。

 わたしが運営はサービスを提供するつもりはあるのかと文句を言うと、兄は冒険者は甘くないと言った。

 兄は最初から初見ではクリア出来ないと分かっていたのにやらせたのか。

 意地悪だ……

 不満に思いながらもこの依頼をクリアしないとメインストーリーを進ませられない。

 依頼に失敗してしまったわたしたちであったが、この依頼は時間をおいてクリア出来るまで何度も受けられるそうだ。


 再び依頼に挑戦出来るようになるまでまだ時間がかかる。

 その時間を使って兄が戦い方を教えてくれることになり、わたしたちは農村を出てモンスターのいる平原に移動した。


「じゃあ、まずはカエデのクラス、グラップラーの戦闘の手本を見せる」


 兄はそう言って周囲を見渡し、ハムスターの姿をしたモンスターに目を付けた。

 ハムという名前のモンスターだ。


「おっ、ちょうどいいところにハムが」

「かわいい」

「可愛くてもモンスターだからな。油断したらやられるぞ」


 兄は背中の斧を抜いて地面に突き立てると素手のままスタスタと歩いてハムに近づいていく。


「お兄ちゃん、武器は?」

「いらん」


 兄はそう言ってハムにパンチを打ち込んだ。


 ドガァッ


 ハムは正拳突きを受けて吹っ飛び、ポリゴンの粒子となって爆散した。

 素人のわたしの目から見ても兄の動きはスムーズで拳に力が乗っていることが分かった。

 自分のパンチとは雲泥の差だ。


「とまあ、こんな感じだ」

「す、素手でモンスターを……しかも一撃で……」


 兄は造作もないといった様子で表情も変えずにモンスターを一撃で倒すとくるりとこちらを振り向いた。

 すごい……

 わたしもレベルを上げれば同じように倒せるようになるのだろうか?

 百合……いやリリーも同じように兄にモンスターを倒す手本を見せてもらい、わたしたちもモンスターを相手にレベル上げを兼ねた戦闘を始めた。


 戦闘を始めてしばらくして――


 兄と同じようにとはいかないがモンスターを倒せるようになってきた。

 慣れてくると意外と楽しい。

 ストレス発散にいいかもしれない。

 少しだけ兄がこのゲームにハマる理由が分かった気がした。

 兄にDTOをやめさせようと決意したばかりであったが、少しだけ遊んでもいいかもしれないと思った。

 でも、本当にほんの少しだけだ。

 それに元を取ってからやめないともったいないし。


 わたしたちは引き続き戦闘を続けた。

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