第27話 VS金髪のキーン その2
バトルゾーンが展開されると野次馬たちはアックスとキーンのどちらが勝つのかと予想を始めた。
「シルバは油断してやられちまったけど、流石に今度はそうもいかないだろう」
「だな。さっきは斧の見たことのない出会い頭の先制攻撃が偶然上手いことクリティカルで決まったから勝てたようなもんだ」
野次馬たちは先程のデュエルの大番狂わせに驚いたものの、落ち着きを取り戻すとアックスの勝利は運が良かったのだという結論を出した。
不意打ちが成功したから勝てただけ――
卑怯な手でも使わないと不遇不人気のダサい斧使いにグラップラーが負けるはずがないと敗北したシルバを擁護した。
「俺は油断していないし、戦いに偶然はあり得ない。正々堂々戦った結果、負けたのは俺だ」
野次馬たちに割って入ったのは意外なことに先程のデュエルで敗北したシルバ本人であった。
「でも……」
「納得出来ないならお前らもあの斧使いに挑戦したらどうだ?」
「それは……」
自分が戦ったとしてもアックスに勝てる自信がないのだろう。
野次馬たちは一様に目をそらして口籠った。
「ふん、挑戦する度胸もないなら黙って見てろ」
「…………」
油断……その一言で片付ける野次馬に苛立ち、つい敵に肩を持つようなことを言ってしまった。
先程のデュエルでのアックスの勝利がまぐれでないことは戦ったシルバ本人がよく分かっている。
シルバはバトルゾーンの内側で斧を担いでいる熊のような大男を見つめた。
ただ脚を広げてどっしりと斧を構えているようにしか見えないが斧は地面に対して水平に構えられており、ちょうどキーンの目線の高さに調整されている。
あの伸縮する斧はアックスの巨体に隠れてキーンの側からはよく見えていないだろう。
自分はあの構えのせいで相手の得物の距離感が全く掴めずにカウンターを食らったのだ。
無様な負け方をした自分を思い出してシルバは舌打ちした。
アックスというウォーリアの装備はフルプレートメイルではなく黒革の身軽なキュイラス。
それにVIT振りのウォーリアではあり得ない攻撃速度。
ステータスをSTRに振っているのは明らかだ。
シルバは相棒のキーンに視線を移した。
キーンはメイン盾をしているだけあって敵の攻撃の分析力と対応力にかけては自分以上だ。
あのウォーリアがおかしなステ振りをしているのはとっくに気づいているだろう。
そして既に対策も構築済みなのは間違いない。
あまり認めたくはないがキーンは自分よりもプレイヤースキルが上だ。
自分に続いてキーンまで負けたとなればクランの評判はがた落ちになるだろうが、あの斧使いの勝つ可能性は万に一つもないだろう。
しかしなんだろう――
シルバは嫌な予感がしてならないのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『それではカウントを数え終わり次第デュエルを開始します。10、9、8――』
アックスはカウントダウンを聞きながら、目の前の相手を静かに見据える。
金髪ナイトのキーンはフルプレートメイルを身に着け、手には大盾とロングソード。
大盾で半身を隠すようにしてロングソードを構えている。
「さて、どうするか……」
アックスは片手斧の形態の断罪者の斧を地面に対して水平になるように右肩に担いで構えている。
これは「天秤の構え」といって相手の視線から得物を隠して距離感を狂わせ、向かってきた相手を迎撃するカウンターの構えだ。
これはナックルの「白虎の構え」と違い「スキル」ではなく「技」である。
アックスは現実世界で格闘技の経験はない。
以前所属していたクランでクランマスターのリンドウから格闘技を叩き込まれて習得した「技」の一つであった。
戦いを楽しめ――
アックスは格闘技の師匠であるリンドウの口癖を思い出していた。
いつからだろう?
戦いを楽しめなくなったのは――
下手糞斧としてネットに動画を晒された時から?
クランを抜けてソロになった時から?
モンスターを倒してもそこに楽しさや達成感はなく、もはやただの作業になり下がっていた。
フィールドで斧使いだと舐めて襲いかかって来たプレイヤーキラーを返り討ちにすると「雑魚め。ざまーみろ」とスカッとした気分になったが、しばらくすると相手を見下す自分自身に嫌気がさした。
リアルの自分は主人公になれなかった。
しかし、逃げた先のゲームの世界でも自分は主人公になれなかった。
野良パーティーにごくたまに参加しても、嫌な顔をされて名前を呼ばれず、「斧さん」「斧使い」「ウォーリア」とただの記号で呼ばれた。
誰も自分のことを認めてくれないと苛立ち、ソロでダンジョンに潜り、冒険者広場で馬鹿みたいに「見返してやる」と叫んでエンドコンテンツダンジョンをクリアしてもそれを見ているプレイヤーは誰もおらず、押し寄せるのは虚しさのみ……
「お兄ちゃん、頑張って!」
「アックス先輩、ファイトですっ!」
声が聞こえた。自分を応援する声だ。
認められたいと思う気持ち。自己顕示欲。承認欲求。
悪いことのように思われがちだがそれはそんなに悪いことなのだろうか?
いいや、自分はそうは思わない。
誰もが子どもの頃、自分が勇者になるファンタジーを夢想したことがあるだろう。
「それが斧使いだっていいだろ」
少なくとも今は妹とその友達の前では自分は勇者でいたいとアックスは思った。
今までの自分は勇者になるための努力をしてきたのか?
いいや、今までの俺は逃げていた。
勇者になんてなれる訳がない。
でも自分はもう逃げない。
そのためにまずは目の前のこのキーンというナイトに俺を認めさせてやる。
『3、2、1――』
先に動いたのはアックスであった。
カウントが0になり、デュエルスタートというポップアップメッセージが頭上に上がった瞬間にアックスは飛び出した。
防御に絶対の自信があるのだろう?
ならばその防御を突破して倒す。
「疾っ!」
シルバを倒したスキル「ギロチンフォール」を発動させると断罪者の斧は真っ黒な影のようなエフェクトを纏った。
しかし、断罪者の斧は片手斧の形態のままだ。
ギロチンフォールには別に柄が伸びるというギミックはない。
先程のシルバとのデュエルでは「ギロチンフォール」とは別に「変形」というスキルを同時発動したのであった。
曲線を描いて断罪者の斧が高速で振り上げられ、ちょうど頂点に達したところでアックスは「変形」を発動させた。
ガシャンと音を立てて柄が4倍に伸び、片手斧から長大な両手斧に変形しながらキーンに振り下ろされるその様子はまるで獲物に襲いかかる蛇である。
突進の力が斧に加わり、絶妙なタイミングで斧を変形させたことで遠心力で攻撃力が加算される。
アックスの会心の一撃に対してキーンは凶暴な笑みを浮かべて防御スキル「ディバインシールド」を発動させた。
キーンの盾を中心に光の障壁が生まれる。
防御スキルを発動させるのは早すぎても遅すぎてもいけない。
上手いタンクは相手の攻撃に合わせてタイミング良くバフスキルを使う。
ガギィンッ
アックスの高速の振り下ろしはキーンの大盾によって防がれ、戦斧と大盾が打ち合わされた瞬間、火花が飛び散り鋭い金属音が響く。
ズズンッ
アックスの振り下ろしの圧力によってキーンの足元の地面にクレーターが生じた。
その光景はアックスの攻撃の凄まじい威力を物語っており、先程のシルバを倒した時以上の攻撃力である。
しかしアックスの攻撃の破壊力もそうだが、それを受け止めるキーンも桁外れである。
デュエルを観戦していた野次馬たちはそれを見て息を呑み、自分だったら一撃も耐えられないだろうと血の気が引くのを感じた。
攻撃が防御された場合、攻撃力が相手の防御力を上回っているとダメージが発生する。
アックスのギロチンフォールの一撃はキーンの防御力を上回り、ヒットポイントバーを数ドット削る。
まさか自分の防御力を上回るとは思っていなかったのだろう。
キーンの顔に驚きの表情が浮かぶ。
しかし表情はすぐに元に戻り――
「ふんっ!」
ヒットポイント数ドットと引き替えに、キーンはアックスの断罪者の斧の一撃を大盾で力任せにパリィした。
アックスの弱点は一撃必殺の高い攻撃力を得るために捨てた防御力である。
キーンはアックスを斬り刻むために、スキル発動後の隙を狙って一気に間合いに踏み込む。
まだだ――
まだ攻撃は終わっていない――
断罪者の斧が外側に弾かれたアックスは足を踏ん張って態勢を立て直すと、弾かれた斧を元の位置に戻すのではなく、逆に弾かれた勢いを利用して独楽のように回転しながら横薙ぎの斬撃スキル「ワイルドスイング」を発動させた。
もっと速く――
もっと強い一撃を――
「いっけええええっ!」
回転の遠心力を利用して攻撃力が爆発的に上昇した断罪者の斧の一撃は美しい真円を描いてキーンに襲いかかる。
しかしキーンは既に間合いに踏み込んでおり、斧刃ではなく柄の部分の一撃を大盾で防御する形になった。
いくら強力な一撃でも武器の刃部分が当たらなければダメージは通らない。
キーンはそれを見て勝利を確信して笑った。
背後でガシャンと両手斧から片手斧に戻すための変形の音がしたが今更もう遅い。
斧の柄が大盾に接触した状態で火花を散らしながらキーンは前進する。
「これで終わりだ――」
高速の連続斬撃スキル「ブレイドラッシュ」を発動しようとしたその時だ――
「終わりはお前だ」
目の前の斧使いと視線が交錯し、短い言葉を吐いたかと思うとキーンの下半身の感覚が消失した――
「なっ……!?」
攻撃がアックスに届くことはなく――
キーンの上半身は錐揉み回転しながら吹っ飛んでいった。
ドサッ
地面に落ちたキーンは両断された下半身を見て信じられないといった様子で驚愕の表情を浮かべた。
キーンがスキルを発動する前にアックスが発動させたスキルは「変形」ではなく「ファイナルエクスキューション」であった。
両手斧から片手斧に戻るという意味では「変形」と同じなのだが片手斧に戻る瞬間、断罪者の斧の斧刃は90度折れ曲がり死神の鎌のような形に変化してギロチンが落ちるかのように柄が短くなる。
アックスは「ファイナルエクスキューション」の変形を利用して背後から刈り取るようにキーンを両断したのであった。
当初の予定ではキーンの防御を突破して正面から倒すつもりだったのだが――
「まあ、勝ちには違いない」
アックスは満たされないものを感じつつもキーンとのデュエルに勝利を収めた。




