第22話 カエデとリリーの初クエスト
カエデとリリーが冒険者ギルドで受注した依頼内容は以下の通りだ。
モンスター討伐任務:害獣からワシの畑を守ってくれ
概要:ワシの畑が凶暴なモンスターに荒らされて困っている。
作物を齧られ、このまま放置していたら畑の作物全てを駄目にされてしまう。
一刻も早くモンスターを駆除してくれ。
場所:トーマス爺さんの農場
クリア条件:作物を全て駄目にされる前にモンスターの殲滅
アックスたちは北の平原を少し進んだところにある小さな農村に到着した。
カエデとリリーはMAP画面を見ながら依頼主がいる農場に向かうと、頭の上にクエストアイコンの浮かんだ老人の姿のNPC――依頼主であるトーマス爺さんが立っていた。
後は話しかけると任務が始まるのだが、アックスはその前に二人がやっておくべきことを思い出した。
「二人はもうパーティー組んだか?」
「ううん、まだ組んでない」
二人はフルフルと首を横に振った。
「そうか、なら組んでおけ。パーティーを組んでいると同じ依頼を受けていた場合、一緒にその依頼をこなすことが出来る。メリットとしてはもらえる経験値と報酬にボーナスがあるのと、一人では難しい依頼もパーティーでなら楽に達成出来たりする」
「へえ、それじゃあ百合ちゃ……じゃなくてリリー、さっそくパーティー組もうか」
「はい。ええとたしかパーティーを組むには……」
リリーが「メインメニューオープン」と口にすると空中にタッチパネル式のメニューが現れる。
その中からパーティーを選ぶと新たにウィンドウが開き、パーティーを組むことが可能なプレイヤーの名前が自分から近い順にリストになって表示された。
リリーはカエデをパーティーに誘い、アックスもパーティーに誘われて入る。
パーティーを組み終え、二人はトーマス爺さんに話しかけたのであったが……
「お前らが依頼を受けてやって来た冒険者? やっと来たと思ったらえらく頼りなさそうだな。もっと強そうな奴を呼んでこい」
トーマス爺さんはカエデとリリーを胡散臭そうな目で見ながら言い、二人をしっしと追い払う。
依頼を受けて来たというのに門前払いを受けて、これはどういうことなのかとカエデとリリーは首を傾げた。
「ど、どうしましょう。もっと強そうな人を呼んで来いなんて言ってますけど……」
「お兄ちゃん、このお爺さんわたしたちをバカにしてるんだけど……」
困った二人はアックスに小声で助けを求めた。
このトーマスという老人はプレイヤーに対して横柄な態度で接してくるので、ここで引き下がるといつまでたってもフラグが立たずイベントが進まない。
「お前たちは冒険者ギルドに登録したばかりの新米って設定だからな」
「まあ、そうだけどさ」
「依頼によってはNPCと会話してフラグを立てないとイベントが進まないようになっているんだ。このトーマスって爺さんには強気な態度で仕事を任せるように言わないと駄目だ」
「分かったー」「分かりました」
カエデはトーマス爺さんに向き直り、腰に手を当ててやや過剰気味な演技で不敵な笑みを浮かべる。
「甘く見ないことね。モンスター駆除なんてわたしたちにかかれば軽いもんよ!」
「ふん、威勢だけは一丁前だな……まあいい、依頼を完璧にこなせるなら文句はない。畑はこっちだ」
イベントを進めることに成功した三人はインスタンスエリアの畑に転移した。
広さはバスケットコート二つ分くらいで柵で囲われている。
ニンジンが栽培されており、モンスターはそのニンジンを狙って柵を飛び越えてやってくるのだとトーマス爺さんは説明した。
「モンスターは今はいないがしばらくしたらまたニンジンを狙って現れるだろう。それではモンスターの駆除をよろしく頼んだぞ」
トーマス爺さんはそう言うとインスタンスエリアの畑から消えた。
「さてと」
アックスはメニューを開いてパーティーから抜けた。
「あれ? お兄ちゃんパーティーから抜けた?」
「今回は二人だけでやってみよう。この依頼は戦闘のチュートリアルも兼ねてるから俺が手伝ったら意味がない。俺は柵の外で見学してるよ」
「なるほど。分かったー」
最初にパーテイーに入ったのはパーテイーを組んでいないとこのインスタンスエリアに入れないからだ。
パーテイーを抜けたアックスは畑を囲う柵の外に出た。
『モンスター討伐任務:害獣からワシの畑を守ってくれを開始しますか? YES/NO』
ポップアップメッセージが浮かび、二人の準備が出来次第いつでも任務を開始可能な状態になった。
カエデはアームドアームを両腕に装備し、リリーは木剣と盾を装備して戦いの準備をする。
「それじゃあ始めるね」
「初戦闘、ドキドキします」
二人とも初戦闘ということでやや緊張しているのが表情から読み取れた。
何か声をかけてやるべきだろう。
「この依頼は失敗しても何度でも受けられるからリラックスしていけ。それじゃあ二人とも頑張れよ」
「うんっ!」「はいっ!」
元気よく返事をしてから二人はポップアップメッセージの「YES」をタッチして任務を開始した。
『戦闘チュートリアルを開始します。モンスターに攻撃をしてみましょう』
音声付きポップアップメッセージが浮かび、二人はいつモンスターが出現してもいいように緊張しながら武器を構える。
畑を囲っている柵の外を警戒していると地面が光り、そこからモンスターがポップした。
モンスターの見た目は人間の子どもと同じくらいの大きさの二足歩行のウサギなのだが、腕が進化していて人間の腕くらい太い。
ウサギ型モンスターのウサットだ。好物はニンジン。
見た目は可愛らしいが動きが素早く、油断出来ないモンスターである。
「あ、ウサギだ。かわいー」
「本当です。可愛いです」
ウサットは自慢の跳躍力で柵を飛び越えて畑に侵入したかと思うとニンジンを引っこ抜いてボリボリと食べ始めた。
カエデとリリーの二人はウサットの見た目の可愛さのせいで油断している。
「二人とも何してるんだ。早く攻撃しないと」
「あっ、そうだった。でも、攻撃しづらいな」
「動物虐待にならないでしょうか?」
モンスター相手に動物虐待って……何を言ってるんだか……
畑のニンジン全てを引っこ抜かれると任務失敗になってしまう。
柵の外から二人に攻撃の指示を出すアックスであったが、二人は攻撃するのをまだ躊躇している。
とりあえずウサットに近づく二人であったが、それを察知したウサットは二人が攻撃するよりも早く襲いかかった。
「わあっ!?」
まず最初にカエデがウサットの飛び蹴りを食らって地面にひっくり返った。
完全に不意を突かれてカエデは目を回している。
ウサットはくるりと振り返ると次の標的をリリーに定めた。
「わわっ、こっちに来ました」
リリーは向かってきたウサットを見て慌てて盾を構え、攻撃を防ぐが――
ダンッ!
ウサットはサイドステップで側面に移動して裏拳を放ちリリーにダメージをあたえた。
「きゃあっ!?」
ヒットポイントバーが減少してリリーは盾を構え直す。
しかし、盾の防御の間隙からウサットの攻撃が当たってヒットポイントバーはさらに減少した。
「リリー、防御だけだとやられるぞ。反撃するんだ」
「は、はい! やぁっ!」
アックスの指示を聞いて、リリーは木剣をがむしゃらに振り回して攻撃を繰り出す。
しかし、ウサットはリリーの動きを見てヒョイと攻撃を避けて距離を取った。
リリーがウサットの相手をしている間にカエデも立ち上がり攻撃に加わる。
「よくもやったな!」
カエデはアームドアームの拳でウサットに殴りかかった。
だが、ウサットはカエデのアームドアームの攻撃をことも無げにヒョイと避ける。
「動きが速くて当たりませんっ!」
「もうっ、ちょこまかと!」
2対1で戦うカエデとリリーであったが、攻撃がなかなか当たらず倒すことが出来ない。
そうしている間に畑の外には新手のウサットが複数ポップして畑の中に入り、ニンジンを引っこ抜いて食べだした。
しかし、二人は最初にポップしたウサットの相手に精一杯で、新たにポップしたウサットの相手は後回しになってしまっている。
「やった。倒した」
カエデの攻撃がヒットしてウサットの身体がポリゴンの粒子になって弾けた。
やっとのことでウサットを倒して喜ぶ二人であったが……
周囲を見渡し、複数のウサットが畑のニンジンを引っこ抜いて美味しそうに食べている光景を見て愕然とした。
「いつの間にっ?」
「早く倒さないとニンジンが!」
ウサットに攻撃を仕掛ける二人であったが、今度はウサットが複数で襲いかかってきた。
『それでは視界の端に映っているスキルスロットに入っているスキルを使ってみましょう。武器を構えて頭の中でスキルの名前を念じてみてください』
音声付きポップアップメッセージが浮かぶが二人は複数のウサットに攻撃されてそれどころではない。
畑の中を逃げまどい、他のニンジンを食べているウサットの側を通り過ぎるとそのウサットも反応して襲いかかってくる。
二人を追いかけるウサットの数が増えていき、逃げるので精いっぱいでスキルを使う余裕がない。
「うーん、これはもう駄目だな」
大混乱状態の畑の中を見てアックスは苦笑いした。
ニンジンはモンスターに食べられる以外に踏まれることでも駄目になってしまう。
複数のウサットに追われて逃げ回ったせいで畑はグチャグチャである。
しばらくして二人を追いかけていたウサットの動きがピタリと止まり、畑の柵を飛び越えて逃げていった。
先ほどの大混乱状態が嘘のように鎮まり返り、グチャグチャの畑にはカエデとリリーだけが残される。
何故かは分からないがモンスターがいなくなりホッと安堵のため息をつく二人であったが――
『畑の作物が全て駄目になりました。任務失敗です。10秒後インスタンスエリアの外に移動します。再度任務を受ける場合、30分のインターバルが必要となります』
ポップアップメッセージが二人に任務の失敗を告げた。




