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第1話 不人気斧使いはソロでダンジョンを攻略する

アックスは不人気職のウォーリアを未だに使い続けている数少ないプレイヤーであった。


 ドラゴンテイルオンライン――DTOで斧使いであるウォーリアが不人気な理由――

 それは戦闘スタイルに大きな原因があった。

 DTOに用意されたタンク職はナイトとウォーリアの二つ。

 ナイトはメインアームに片手剣、サブアームに盾とナイフを装備出来る。

 元々防御力が高いことに加え防御スキルが豊富で瞬間的に防御力を高めて盾で敵の攻撃を受け止めることを得意とする。また、パーティーメンバーを敵の広範囲攻撃から守るスキルをナイトは持っており、タンクとして優秀であった。

 一方、ウォーリアはメインアームに両手斧、サブアームに片手斧を装備出来る。

 防御力はナイトよりも低いが、盾を装備出来ない代わりにHPが多く、スキルによって瞬間的にHPを増加させて身体・・で敵の攻撃を受け止めるという戦闘スタイルである。

 そう、身体・・でである。


 DTOがサービスを開始してすぐにこの戦闘スタイルに致命的な欠陥があることが判明した。

 それは……プレイヤーのほとんどが痛みに耐えられなかったのである。

 もちろん、仮想現実における痛みは存在しない。

 しかし、モンスターに噛まれたり、切り裂かれたりすれば不快感は生じる。炎のブレスを受けても現実の体は火傷をしないが脳が熱による恐怖を感じてしまうのだ。

 パーティーでの戦闘時、炎のブレスによる攻撃をナイトなら盾で防御可能なのだが、ウォーリアは身体で受けなければならなかった。

 ウォーリアが反射的に避けようとして炎のブレスが仲間に当たり、パーティーが崩壊なんていう事故が多発した。

 仮想現実ならではの事故と言えるだろう。

 タンクは役割上、他のパーティーメンバーの代わりに敵の攻撃を長時間一身に浴び続けなければならない。

 ウォーリアのクラスを選んだプレイヤーはそのストレスに耐えられず、防御スキルの充実しているナイトへのキャラの作り直しが続出した。


 アックスは一人また一人と消えていく不人気職のウォーリアの中で未だに使い続けている変わり者であった。

 他のプレイヤーからキャラの作り直しを勧められることも少なくなかったが、冬馬はアックスという自分の分身に愛着があり、消すことが出来ずにいた。

 そして気づけばレベルをカンストしていたのであった。


「もういい! 一人でクリアしてやる!」


 結局、パーティーメンバーの募集を出しても誰一人としてアックスに声をかけるプレイヤーはいなかった。


「ソロで深紅の絶望をクリアしてお前らを見返してやる!」


 冒険者広場でアックスは他のプレイヤーに向かって叫んだ。

 怒りに燃えるアックスは大量の高級ポーションを街で買い込み、インベントリに入るだけ詰め込んでダンジョンに向かうのであった。


 DTOでは少人数パーティーによるインスタンスエリア方式のダンジョン攻略が採用されている。

 インスタンスエリアとは少人数だけしかそのエリアに入れないようにする仕組みである。

 大多数のプレイヤーがダンジョンに一気に押し寄せて数の力でモンスターを蹴散らしたり、宝箱やボスモンスターを一部のプレイヤー達によって占有化されないようにするためである。

 MMOと銘打っておきながら実際はMO的な仕組みなのだが最近ではオーソドックスなダンジョン方式として採用されることが多くなってきていた。


 アックスが挑もうとしている「深紅の絶望」は8人パーティー用のインスタンスダンジョンである。

 しかもまだ誰もクリアしていないエンドコンテンツダンジョンと呼ばれるものだ。

 8人用のエンドコンテンツダンジョンを1人でクリアするというのは無謀としか思えない。

 冒険者広場でアックスのソロクリア宣言を聞いていたプレイヤーはそんなこと出来る訳がないだろうと思うのであった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 そして6時間後――


 アックスは深紅の絶望のダンジョン最奥部のボス部屋に通常のパーティーの6倍の時間をかけてたどり着いた。

 もしDTOのダンジョンクリアに時間制限があったならばたどり着けなかっただろう。


 そしてさらに12時間後――


 アックスはボス部屋で死ぬことなく戦いを継続していた。

 丸太のように太いアックスの腕には両手持ちのバトルアクスが握られており、対峙するはインスタンスダンジョンのボスである巨大な深紅の竜。

 現実世界のアックスはかれこれ20時間ほど食事をしていない。

 しかし今はどうでもいいことだ。

 アックスの頭の中には目の前の巨竜を倒すこと、そして斧使いを馬鹿にしたプレイヤーを見返すことしかなかった。

 恐るべき集中力であった。


 深紅の竜はブレスを放つ構えをした。

 DTOで主流になっているブレスの防御方法はメインタンクの大盾による防御だ。

 しかしアックスは金属部品の少ない黒革のキュイラスを身に纏っているのみで盾などの防具は装備していない――いや、盾を装備出来ないと言ったほうが正しいか。

 アックスはナイトではなくウォーリアだからだ。

 ともかく、今まさに深紅の竜が放とうとしているブレスをまともに食らえばひとたまりもないだろう。


「斧には斧の意地があんだよっ!」


 アックスは深紅の竜がブレスを放つよりも速く、スタン効果を持つ攻撃スキル「ヘッドシェイカー」を竜の顎に打ち込んだ。

 スタン効果によってブレスがキャンセルされ、深紅の竜の動きが止まる。

 アックスのヒットポイントはあとわずかしか残っておらず、12時間に渡る戦いでポーションも尽きてしまった。


 奴に勝つには――これしかない――


 隙を見逃さず、アックスは深紅の竜の背に飛び乗った。

 振り落とされれば大ダメージを受けてしまう無謀な行為だが、アックスは残された最後のワンチャンスに賭けた。


「これで終わりだ!」


 アックスは叫びながら戦いの中で見つけたボスの急所――首元に自分の最大の攻撃スキル「メテオストライク」を叩き込んだ。


 ドガァアアアン


 斬撃でありながら威力の凄まじさから聞こえてくるのはまるで隕石が落下したかのような爆発音だ。

 衝撃が腕にビリビリと伝わり、攻撃の手応えにアックスは勝利を確信した。

 深紅の竜のヒットポイントバーはゼロとなり、その巨大な身体はポリゴンの粒子となって消滅した。


『竜王ボルカニカを撃破しました』

『おめでとうございます。深紅の絶望をクリアしました。宝箱の報酬を確認後、10分以内にインスタンスエリアから退出してください』


 ボルカニカが消滅して地面に着地したアックスはシステムメッセージを聞いて歓喜に震えた。


「やった……やったぞ……クリアだ!」


 この瞬間、アックスはクリアした者のいなかったエンドコンテンツダンジョン「深紅の絶望」をたった一人でクリアするという偉業をワールド史上初めて達成したのであった。

 しかし、そのことをアックスは知らない。


「はっ! ざまぁ見やがれ! どうだ!」


 アックスは冒険者広場で自分を馬鹿にしたプレイヤーの顔を思い出しながら叫んだ。

 ダンジョン最奥部にはアックスだけで返事をするものは誰もいない。

 しかし、テンションが上がりすぎて気にすることなく一人で白熱して騒いでいる。

 ボスモンスターを倒した報酬はなんだろうかとアックスはワクワクしながら宝箱を開けた。


 ガチャリ


『竜王の瞳を入手しました』


 システムメッセージが入手したアイテム名を告げた。


「は? これだけ?」


 宝箱の中に入っていたのは金色に光る竜の目玉であった。

 アイテムの説明文を読んでみるが「竜王の魔力を宿した瞳」と書いてあるだけだ。

 なにかの武器か防具の素材だろうか?

 あれだけ長時間の戦闘をしてその対価がこれか……


 空になった宝箱を前にアックスは急に虚しくなるのであった。

 ボスを倒してダンジョンをクリアしても喜びを分かち合う仲間がいないなら意味がない……

 そろそろ……引退も視野に入れないといけないな……


「帰るか……」


 アックスは陰鬱な気分のまま街に戻った。

 街で今回入手した「竜王の瞳」の相場はいくらなのかと思ってプレイヤーバザーを調べてみたのだがバザーには出品されておらず相場がいくらなのか分からなかった。

 それもそのはず、エンドコンテンツダンジョン「深紅の絶望」をクリアしてドロップアイテムを手に入れたプレイヤーはアックスしかいないからだ。

 しかし、そのことをアックスは知る由もない。


 アックスはとりあえず設定できる最高額でバザーに出品することにした。

 出品者コメント欄には「深紅の絶望の宝箱報酬」と書き込んでおいた。

 誰か欲しいプレイヤーがいれば希望販売価格の書き込みがあるだろうという考えがあってのことだ。

 あとは、ソロクリアの報酬を誰かに見て欲しかったというのもある。


 今日はもうヘトヘトだ。

 書き込みの確認はまた今度にしよう。


 アックスは宿屋に戻り、DTOをログアウトした。

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