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第10話 初心者プレイヤーミントの災難

 ソーサラーの少女――ミントは恐怖に駆られながら森を走っていた。


 ううう……

 念願のDTOを始めたはいいけど、やはり戦闘は怖い……


 ミントは先程のモンスターとの初戦闘を思い出して、泣きそうになった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 現実世界のミントはドラゴンテイルオンライン――DTOを購入するためにゲームショップで空のパッケージをレジまで持って行った。

 しかし――


「申し訳ございません。お客様はこちらのソフトを購入出来ません」


 店員は申し訳なさそうに言って購入するのを断った。


「えっ? なんでですか?」

「それはですね――」


 店員はDTOのパッケージに貼られたレーティングマークを指差して説明した。

 レーティングマークは「C」、15歳以上を対象にしたゲームだ。

 つまり残酷な暴力表現があるということである。

 ミントがDTOを購入できなかった理由、それは――


 現実世界のミントは小学五年生であったからだ。


 購入とプレイをするには保護者の許可がなければ出来ない。

 家に帰り、父親に購入しても良いか聞いたミントであったが父親は許可を出してくれず、やるならもっと子ども向けのVRゲームにしなさいと言われてしまった。

 しかし、どうしてもDTOをプレイしたかったミントは親に内緒でインターネットを使って購入することにした。


「インターネットって便利」


 こうしてDTOを手に入れたミントは早速パソコンにDTOをインストールし、年齢を詐称してアカウント登録を無事終えた。

 DTOでは残酷な表現や暴力表現があるとのことだが、ソーサラーなら魔法で攻撃するクラスだ。

 ミントは今まで生きてきた人生の中で人に暴力をふるったことはない。

 しかしソーサラーなら遠距離から攻撃するだけなので大丈夫だろう。そう思った。

 ミントは15歳くらいの外見のおさげ髪の少女のソーサラーをキャラクタークリエイトした。

 初期装備の木の両手杖、黒の三角帽子、黒のローブを身に纏い、DTOの世界に降り立ったミントは街を歩き回った後、初心者用の狩り場である街の北にある平原に向かった。


 仮想世界のモンスターは本物の動物とそっくりでまるで本当に生きているかのようだ。

 他の子ども向けのVRゲームとは比較にならないクオリティーである。

 さすが、DTOだとミントは思った。

 動物好きのミントは平原を歩きながらモンスターを観察した。


「あ、かわいい」


 少し離れた所にハムスターを巨大化させたようなモンスターが歩いていた。

 モンスターの真上には緑色のカーソルが浮かび、モンスター名が表示されている。


「モンスター名はハムっていうんだ……」


 ハムスターだからハムなのだろうか?

 滑らかな毛並みをしていてモフモフしたら気持ちいいだろうな。

 毛並みの柔らかさを想像しながらミントはハムに近づいていった。

 あと少しで手が届く――

 手を伸ばして触れようとするミントであったが、触れる前にハムのカーソルの色が緑から赤に変わった。


「えっ?」


 そして愛くるしい表情のハムスターが凶暴なモンスターの表情へと変貌し、ミントに襲いかかった。


「きゃあああ!?」


 ええと、どうすれば?

 そうだ、魔法だ。攻撃しないと。

 ミントの視界の端のスキルスロットには魔法が数種類並んでいる。

 魔法ってどうやって使うんだっけ?


『戦闘チュートリアルを始めますか? YES/NO』


 突然ポップアップメッセージが浮かび、選択を迫られた。

 ええ? このタイミングで戦闘チュートリアル?

 ミントはハムに追いかけられながら音声入力でYESを選択した。


「はい、お願いします。できるだけ早くっ!」


『それでは視界の端に映っているスキルスロットに入っている魔法を使ってみましょう。杖を構えて頭の中で魔法の名前を念じてみてください』


 ミントはポップアップメッセージに従い、杖を構えてスキルスロットに並んでいる魔法のうちの一つを頭に念じた。

 すると両手杖の先端にはめられた石が光りだし、何やら勝手に呪文のようなものを唱えだしたではないか。


『呪文の詠唱が終わったら杖を敵に向けて魔法名を口に出してください。魔法が発動したら成功です。以上で簡易戦闘チュートリアルを終了します』


 ミントはハムから逃げ回りながら呪文を詠唱するのだが背中に何度も攻撃を受け――


『詠唱がキャンセルされました。もう一度最初から詠唱してください』

『詠唱がキャンセルされました。もう一度最初から詠唱してください』

『詠唱がキャンセルされました。もう一度最初から詠唱してください』


 攻撃を受けるたびに詠唱がキャンセルされてしまう。

 ヒットポイントバーはどんどん減り続け、死んでしまうのは時間の問題だ。


「誰かー! 助けてーっ!」


 ミントは助けを求めた。

 しかし運の悪いことに近くにプレイヤーはいない。

 少し遠くに人影が見えたが距離にして70メートルくらいだろうか。


 遠すぎる――


 たった70メートルなのに今のミントにはその距離がとんでもなく長い距離に感じた。

 仮想世界では疲労なんて生じないはずなのに急に足が重くなり、ミントは石につまづいて転んでしまった。


 しまった――


 ハムはチャンスとばかりに息の根を止めに飛びかかってきた。

 もうこれまでか。

 そう思ったその時だ――


 ズドッ


 高速で飛来した何かがハムの頭部に突き刺さり飛来したスピードのまま吹っ飛ばした。

 そしてハムは地面に転がりポリゴンの粒子となって消滅した。


 助かった――


 地面には斧が突き刺さっている。あれがハムを吹き飛ばしたのだろうか?

 ミントは座り込んだまま地面に突き刺さった斧を見た。

 放心状態のミントは斧が飛んできた方向から人が歩いてくるのに気づかない。

 そして地面から斧が抜かれたところでやっとそこに自分以外の誰かがいることに気づいた。

 ミントはハッとして顔を上げ、そこにいたのは――


 背中に巨大な石斧を担ぎ、左手に片手斧を握り、腰に動物の毛皮を巻いただけの筋肉の鎧を纏った半裸の巨人。

 巨人の真上には白いカーソルが浮かびアックスという名前が表示されている。

 一瞬、巨人が何か言ったような気がしたが頭が混乱して何を言っているのか理解出来ない。


「モ……モンスター……」


 言葉を口にすると、目の前の巨人は背中の石斧を抜き放って戦闘態勢に入った。

 表情が鬼のように変わり、自分の言葉がトリガーになってしまったのだとミントは自分のミスを瞬時に悟った。

 獲物を探すように巨人は周囲に視線を向け、そしてミントを見下ろして睨みつける。

 巨人と目が合ってしまったミントはまるで蛇に睨まれた蛙だ。

 こ、殺される――


「ひっ! 助けてーッ!!」


 逃げないと――

 ミントは折れそうな心を奮い立たせて立ち上がり、森に向かって走って逃げた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 どこまで逃げただろうか。

 森の奥まで逃げ込んでからミントは後ろを振り返った。


「良かった。追いかけてきてない」


 背後にあの恐ろしい表情の巨人がいないことを確認してミントは胸を撫で下ろした。

 しかし……ここはどこだろうか?

 周りを見渡しても木ばかりで道がどこにもない。


「迷ってしまった……」


 街まで帰りたい。しかしどうやって?

 森の至るところからモンスターの唸り声が聞こえており、いつモンスターと遭遇するか分からない。

 ここまでモンスターと鉢合わせしなかったのも奇跡のようなものだ。

 帰る方法が分からず……少し考えてからミントはログアウトすることにした。

 一度リアルで落ち着こう。


 ログアウトするためにメニューを開いたその時だ――


 ガサガサと茂みが揺れた。

 もしかしてあの巨人が追いかけてきたのだろうかとミントは身構えた。

 しかし、茂みから出てきたのは赤い弓を装備したプレイヤーであった。

 優しそうな表情をした男性でミントは緊張を解いて脱力した。

 頭の上には黒いカーソルが浮かび名前はペロと表示されている。


「こんにちはー。もしかして道に迷っちゃったのかなー?」

「こ、こんにちは。そうなんです。戻る方法が分からなくてログアウトしようかと……」


 親切そうなプレイヤーだ。

 もしかしたら街まで案内してくれるかもしれない。

 ミントはこのペロというプレイヤーに相談してみることにした。


「あの、よかったら街まで戻る方法を教えてくれませんか?」

「あ、うん、いいよ。街まで連れて行ってあげるよ」

「本当ですか? ありがとうございますっ!」


 ペロの言葉を聞いてミントは笑顔になった。

 街まで連れて行ってくれるとはなんて親切な人なんだろう。


「その代わりに俺の質問にいくつか答えてくれるかな?」

「は、はい」


 質問とはなんだろう?

 ミントは首を傾げながら不思議に思ったが、質問に答えて街に戻れるなら安いものだと思って答えることにした。


「へー、名前はミントちゃんって言うんだ? かわいいね? リアルの年齢は?」

「えと、じゅっ…………」


 自分の年齢を素直に言いかけたミントであったが途中で言うのを止めた。

 ゲーム内でリアルの情報を言うのはマナー違反だと聞いたことがある。

 それに、このDTOは15歳以上を対象にしたゲームだ。実際の年齢がバレたらプレイ出来なくなってしまうのではと思ってすぐに答えることが出来なかった。


「もーしもーし、ミントちゃん聞こえてる?」

「……すいません。リアルの年齢は言えません」


 ペロが軽いノリで聞いてくるのでつい答えてしまいそうになったが、ミントは質問に答えないことにした。

 するとペロの柔和な笑顔が豹変し、眉間に皺を寄せて不愉快をあらわにした。


「は? ミントちゃんさぁ……今質問に答えるって言ったよなぁッ! 嘘ついたの? なァッ!?」

「ひっ……は、はい」


 人が変わったように恫喝を始めたペロにミントは恐怖を感じた。


「はい、って何? 嘘付かれるの大嫌いなんだけど? さっさと答えろよ? てめー何歳だつってんだろうが!!」

「じゅ、10歳です……」


 恐怖にガクガクと震えながらミントはペロの質問に答えた。

 もしこれが仮想世界ではなく現実だったら漏らしていたかもしれない。

 ミントが質問に答えるとペロは先程の表情とは打って変わり媚びへつらうような笑顔を見せた。


「マジで? 10歳? リスナーの皆さん聞いてました? JSですよ? JS!」

「…………」


 いつの間にそこに浮かんでいたのか――

 ペロはミントと目を合わさずに空に浮かんだカメラのようなものに向かって話しかけている。

 今この映像は実況されている?


「レーティングCのDTOで遊んでる悪い子のミントちゃんと、これから一緒に鬼ごっこをしようと思いまーっす」

「お、鬼ごっこ?」

「俺から逃げ切れたらミントちゃんの勝ち、ミントちゃんが死んだら俺の勝ち」


 ペロはニタリと笑って懐からナイフを取り出し、ミントの喉元に突きつけた。


「そ、そんな……街まで連れて行ってくれるんじゃ……」

「あー、うん。死に戻りって知ってる? 死ねば街まで帰れるから。それじゃあ、これから5秒数え終わったら鬼ごっこスタートするから逃げてね。あはは」


 何が面白いのだろう。理解できない。


「ちなみに、わざと死のうとしたりしたらいつまでもこの鬼ごっこは終わらないから注意してね」


 目の前のペロという男は先ほどのハムや巨人よりも恐ろしい化け物に見えた。


「いーち、にーい……」


 カウントが開始される。

 恐ろしい。恐ろしいのにミントは恐怖で身体が震えて動けない。


 ペロにナイフで喉をチクリと刺され、ヒットポイントバーが1ドット減少した。


「痛っ……」


 一瞬ナイフで刺された痛みを感じたと思ったが痛みはない。ミントはVRゲームだからだということを思い出した。

 しかし、喉にナイフが刺さった感覚はあり、生じた不快感をきっかけに金縛りが解ける。


 逃げないと――

 早くここから逃げないと――


 ミントは恐怖に涙を流しながらペロに背中を見せて逃げ出した。


「誰か助けて……」


 ミントは震える声で助けを求めたが、その声を聞いているものはどこにもいない。


「さーん、しーい、ごーお。ゲームスタートッ!」


 カウントが終わり、ペロは舌なめずりしながら武器をナイフから弓に持ち替える。


 人気実況プレイヤーによる初心者プレイヤー狩り鬼ごっこが開始された。

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