第八章 ベスク山脈と廃集落
「起きてください!」
体を揺すられて早川は目を開けた。さすがに疲労はピークだったのか、一度も起きることなく、朝を迎えたようだった。目の前にはシーバが立っていた。
「大変です!」
シーバは明らかに動揺している様子だった。まだ、全身から疲れが取れなかったが、体を起こし、
「何かあったんですか?」
と、聞き返した。
「どうやら、我々はノレッセを侮っていたようです。すでに五番目の防護壁が突破されました!」
「そ、そんな・・・」
一瞬、早川は自分達が眠りすぎたのかと思った。
「わずか1時間程でパスワードが解析されています。このペースで突破されては、あと三時間足らずで追いつかれてしまいます。とにかく、先を急ぎましょう!」
早川たちのやりとりで目覚める者もいた。皆、疲れ切っていた・・・。しかし、ノレッセはかなり近くまで追いついてきている。急いで身支度を整えると、シーバを先頭に一行は歩き始めた。すでに周囲は明るくなっていた。
足場は決して良いとは言えない。青柳や倉本にはきつかった。倉本は柔道をしていたこともあり、青柳よりは、体力もあったが、研究一筋の青柳には、限界だった。代わる代わる、背中を押しながら進む事もあった。
それでも、歯を食いしばり、進み続けた。周囲は岩山に囲まれ、時折、ヒューヒューと風が抜ける音が聞こえた。鳥のような小型の生物を時々見かけたが、それがなんなのかを見る余裕すら無くなっていた。
もう、三時間は歩いただろうか・・・。シーバの言うとおりだとすれば、すでにノレッセは地上に抜け出しているはずだ。もし、奴らが、ホルキンス人を拷問にかけ、行き先を聞き出していれば、真っ直ぐ、こちらへ歩を進めるだろう。
そんなことだけはあって欲しくない・・・せめて、ホルキンス人達が、逃げ出してくれていれば・・・早川はそれだけを願い続けた。
これまで何度も分かれ道に遭遇した。しかし、シーバは迷うことなく、ひたすら歩き続けた、やがて、緩やかではあるが上り道だった地面は、一気に下り勾配になった。疲れた体に下り道は堪えた。
「ここを下って数分で三叉路が見えてきます。そこを左に曲がれば廃集落の入り口です。これまでに何度も分かれ道があったのはご存知と思います。道を知らなければ、真っ直ぐここへ辿り着くのは不可能です。廃集落まで辿り着けば、かなりの時間持ち堪える事が出来るとはずです。ただ、予定よりかなり早い速度でノレッセは追撃してきています。廃集落で一度、作戦を練らなければなりませんね・・・。」
そう言うと、再びシーバは歩き始めた。シーバの言うとおり、しばらく歩くと三叉路が見えてきた。早川たちの表情に少しだけ安堵の色が見て取れた。
左側の通路を進むと、緩やかな上りと共に目の前に、建物が見えた。
「遺跡みたいですね。」
早川は、地球に居た頃見たテレビ番組を思い出した。たしかマチュピチュだった。イメージ的には、そのくらいしか思い浮かばなかった。もう、かなりの間使われていないため、生活観は感じられなかったが、それでも、この星の鉱石を削ったりして作ったと思われる建物の数々は、早川にとって、なんだか懐かしい気がした。
「私もここへ来るのは初めてです。この建物の数々は我々の遠い祖先が地球人から教わったものだと聞いています。それを基に、ホルキンス人達が独自の改良を加えたそうです。」
早川が懐かしさを感じたのはその為でもあったのだと実感した。
周囲を見渡すと丸い円を描くように壁が集落を囲い、サジから聞いた方角を基準に考えると、西側と東側にそれぞれ門があった。西側の門から集落に入ると、ちょうど中央に一際高い建物が目に飛び込んだ。
「あの、建物には制御システムを起動させるコンピューターがあります。光充電を用いているので、半永久的に動いているはずなので、今も動作すると思いますが、あれが、動作しなければ西の門を閉鎖できません。とにかく、あそこまで、頑張ってください。」
たしかサジの話では何百年も、この廃集落には誰も住んでいなかったと聞いた。果たしてそんなに長い年月、メンテナンスも無しに、コンピューターが動き続けるものなのか?シーバの話に、皆、不安の色を隠せなかった。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
耳元で安藤が早川に囁いた。
「ここまで来て、門が閉鎖できないとなると、また移動という可能性も否定できませんよね。教授はもう限界のようですし、俺もさすがにこれ以上歩き続けるのは・・・それに他の人たちも限界でしょう・・・。」
「あ、ああ。俺ももう歩けねぇ・・・。右足の皮はきっととんでもない事になってそうだ・・・」
よく見れば、安藤は右足を引きずりながら歩いていた。いつから・・・?早川には他の人たちを注視出来るほどの余裕も無かった。とにかく、あの中央の建物へ・・・
早川たちは祈る思いで、一歩一歩、歩を進めた。
「ここが中央制御塔です。この星がこれまで襲われた歴史はありません。内乱が起こるような事もありませんでした。万が一に備えて祖先が、この塔と集落を築き上げたようですが、今は無事動いてくれる事を祈るより他ありません・・・。たしか、この辺りに、ロック解除の認証システムがあるはずです・・・。」
中央制御塔の入り口付近でシーバは、閉ざされた扉を開けるための認証システムを探していた。
「おい・・・本当に大丈夫なのか・・・この集落にコンピューターがあること自体、想像がつかん・・・」
安藤が、また愚痴をこぼした。
「お兄ちゃん!少しは黙ってて!シーバさんが今必死で探しているのよ!」
真由が嗜めた。暫く扉付近を捜索していたシーバは、何かを発見したらしく、
「これだと思います。一応電源供給はされているようで、ランプが点滅しています。」
その方向を見ると、たしかに青い光がチカチカと点滅を繰り返していた。その部分には黒い液晶のような画面があった。そこに手をかざすと、早川たちには見た事のない文字らしきものが現われた。きっとホルキンス人達の文字なのだろう。
シーバはその文字の部分を何回か押した。すると、目の前の扉が開いた。
「どうやら、ここまでは問題ないようですね。とにかく、制御室へ急ぎます。疲れていると思いますので、私が行って来ます。皆さんはこの辺で休んでいてください。」
「俺も一緒に行きますよ。」
早川が、言うと、ウォーレンとレイニーも同じように、付き添うと言った。四人は、制御室に向かった・・・。
塔の中は、鉱石の壁に、少しだけ彫刻のような装飾がなされている程度で、特に変わった様子もなく、入り口の扉を入ると、ロビーのような空間があり、そこからいくつかの通路が奥へと延びていた。シーバは建物の構造までは知らないらしく、少しウロウロしてから、中央の通路を奥へと進んだ。思った以上に塔の中は広く、ロビーからは奥の様子がわからなかった。
しばらく進むと、目の前に扉のようなものが見えた。どうやらエレベーターのようだった。扉の横には、入り口と同じように認証システムのような画面があり、先ほどと同じようにシーバが何度か画面にタッチすると、階下で何かが作動したような、一際大きな音と共に、エレベーターが起動した。
やがて、観音開きに目の前の扉は開いた。
「こんな昔に作られた塔に、エレベーターまであるなんて、想像もできない。」
早川が感心していると、シーバが、
「しかし、元々は地球人から教わった技術ですよ?」
と、不思議そうに聞き返した。どうやら地球が何度も人間の住めない環境を繰り返し、移住していった事を、知らないようだった。もっとも早川たちもウォーレンから聞かされるまでは、地球に住みながら、知らなかった事実なのだが・・・。
四人はエレベーターに乗り込んだ。中も、ほとんど地球のエレベーターと変わらず、行き先表示板のボタンには、地球と同じ数字が刻まれていた。
シーバはしばらく考えて、B1Fを押した。扉が閉まり、すぐに地下1階に着いた。
「すいません。この塔の内部は把握していません。多分、ここに制御室があると思います。」
申し訳なさそうに、シーバが言った。扉が開くと、そこは洞窟で見たヒカリゴケのような植物が壁を覆い、やさしく通路を照らしていた。その通路は真っ直ぐ正面に延びていた。両側にはいくつかの扉があったが、シーバは真っ直ぐに進んだ。
やがて、正面に、両側の扉とは明らかに違う頑丈そうな扉が姿を現した。
「きっとこの奥が制御室だと思います。」
ここにも、認証システムがあって、シーバがタッチすると、目の前の扉はプシューという音と共に上部に開いた。
「ここですね!早速、西門を閉鎖しましょう!東門は、万が一、奴らが襲ってきたときに逃げられるように、開閉しておきます。東門へ回り込むには、グルッとベスク山脈を回り込まなければならないため、あちらからの進入してくることは無いでしょう。」
すばやく、目の前の椅子に腰を下ろすと、目の前の制御システムのコンピューターの手元にある、認証システムに手を置いた。と、大きな目の前のコンピューターが一気に明るくなり、作動し始めた。
「何百年も放置していたのに、何事も無く起動しましたね・・・」
早川は驚きを隠せなかった。レイニーも同じように驚いている様子だったが、ウォーレンはごく当たり前という感じだった。地球とは違って、どうやら何百年という歳月はそれほど長く感じていない様子だった。シーバは起動したコンピューターを手慣れた様子で操作し始めた。数分後、
「これで、西側はロックしました。それに、あなた方でも操作できるに設定を変更しました。これから、一人ずつ、この認証装置に右手のひらを乗せてください。」
早川たちは順番に、手のひらを乗せていった。
「他の人たちも後から、登録しましょう。今後何が起こるかわかりません。一人でも多く操作できた方が、何かと便利でしょう。では、一旦、ロビーへ戻り、今後の作戦を考えましょう。」
早川たちは、制御室を出て、ロビーまで戻った。
ロビーでは、皆、疲れた様子で地面に腰を下ろしていた。
「どうだった?ちゃんとコンピューターは動いた?」
最初に友香が尋ねてきた。
「ああ、大丈夫、無事に起動したよ。これで、しばらくは安心だと思う。後で、皆も、一度制御室で、認証の登録をして欲しいそうだ。」
「お疲れ様。青柳教授は顔色が良くないし、安藤さんは、足の皮が捲れて、治療が必要よ、真由ちゃんと佐々木さんは元気よ。倉本さんも少し休めば大丈夫そう。ロジャーは、ずっと入り口を見張っているわ。お陰で私たちはゆっくり休ませて貰ったわ。」
「ロジャーも疲れているはずだから、もう大丈夫だと伝えてくるよ。」
「お願い。」
早川は、じっと入り口の扉の前で立っているロジャーに、とりあえずは休みましょうと声をかけた。ウォーレンとロジャーはきっと自分たち以上に疲れているはずだと思った。ずっと先頭で気を張って来たに違いない。
それは、一緒に逃げてきた他のホルキンス人や、シーバだってそうだろう。
他のホルキンス人達は、ひとまず集落のほかの建物で休息していた。しばらく腰を下ろして休んでいると、突然、入り口の扉が開いた。一瞬にして緊張が走り、何人かは身構えていた。すると、シーバが、
「大丈夫です。食べ物を運んでもらいました。驚かせてすいません。伝えるのを忘れてました。」
どうやらシーバの指示で、他のホルキンス人達が食べ物を運んできてくれたようだった。
「お口に合うかわかりませんが、とにかく体力をつけなくてはなりません。栄養価の高い食材を使用しました。お召し上がりください。」
皆、お礼を言うと、一気に平らげた。肉らしき素材を使った料理は、鶏肉のような歯ごたえだった。洞窟で食べたザグもあった。火を通すとホクホクして美味しかった。
「ご馳走様でした。どれも美味しかったです!」
お世辞ではなく、本当に美味しかったし、何よりも温かい料理は久しぶりだった。そして、疲れた体に栄養分が行き渡る感覚がわかる気がした。それほどまでに、皆疲れ切っていた。
「いや、やっぱりザグは火を通した方が美味い!最高や!」
佐々木も満足そうだった。青柳もかなり元気を取り戻したようだった。
「食後いきなりで申し訳ありませんが、そのままの姿勢で聞いてください。」
シーバが食事を終えた皆を見て、話し始めた。
「ノレッセの連中が、ここまで、一度も道を間違えず到達できるとは思いませんが、一方で、いずれはここも発見されるでしょう。当初の予定では、もっと時間に余裕があるはずでしたので、ここに残って、ノレッセを足止めにするチームと、さらにベスク山脈を抜けて、もう一つの集落を目指す予定でした。その集落には移動できる車や、昔、地球人に教わったものの、使うことなく保管されている武器も少しだけ存在すると聞いた事があります。しかし、ノレッセが今、どの辺りにいるかもわかりません・・・。」
すると、ウォーレンが、
「その集落まではどのくらいかかるんだ?」
と、聞き返した。
「それが、わかりません。その集落の場所はベスク山脈を抜けて更に東のマシュ砂漠の北側にあるということしか、古文書には記されていません。肝心の細かい場所が劣化してしまい。わからないのです・・・。そして、マシュ砂漠は一歩間違うと二度と抜け出す事が出来ません。ノレッセに見つかるまでに命を落とす危険もかなりあります。」
「ロジャーと私で、そこへ向かう事は?」
「それも考えましたが、もしノレッセがここへ乗り込んできた時、一番の戦力となるであろうあなた方二人がいないのでは、元も子もありません・・・。失礼ながら、青柳さんはかなり体力も限界です。皆で移動するのも、これ以上は厳しいかと・・・。」
青柳は、申し訳なさそうに、
「すまん・・・。いっそ私を置いていってくれても構わん。私の蒔いた種だ。ここにいても足手まといになるだけだろう。」
「駄目です!教授は俺達が必ず守ります!弱気にならないで下さい!」
早川がそれ以上言わせないという気迫に満ちた表情で青柳を制した。その気迫に負けたのか、青柳は下を向いたまま、それ以上は何も言わなかった。
「とにかく、今は、予定を変更して、ここでなんとか持ち堪えたいと思います。そして、我々ホルキンス人の中でもマシュ砂漠に詳しい何人かを向かわせます。往復時間を考えると、意味の無い行動になるかもしれませんが、何もしないよりはマシでしょう。」
「なるほど、ホルキンス人が向かってくれるのか。それは助かる。と、なれば我々はなんとしてでも、ここで持ち堪えなければならん。武器と呼べるものがほとんどないが、幸いにもここは高所に建っている。奴らが近づけば、ある程度は察知できるだろう。」
「あくまでも推測ですが、ノレッセがここに辿り着くのは、奴らのこれまでの移動速度などを考慮すると、あと一日。それまで、体力を温存すると共に、ウォーレンさんとロジャーさんには西門を、青柳さんと倉本さんは、制御室を、残った人たちは、この塔の周辺を・・・と、考えています。私は他のホルキンス人たちに、指示を出してきます。彼らは戦闘には向いていません。逃げる事しか出来ないと思います。せめて逃走ルートだけは教えておかなければ・・・逃げ切れるかは別として・・・」
そう言うと、シーバはホルキンス人達のいる集落へと向かった。ウォーレンとロジャーも中央制御塔を出て、西門に向かった。一方、青柳と倉本はシーバに渡されたコンピューターのマニュアルを持って、地下へと向かった。
残った早川たちは、ひとまず塔の外へ出た。
あらためて集落を見回すと、中心の塔は一際高い位置にあり、円形に段々に下へと広がる集落には鉱石らしき素材で出来た住居のようなものが点在していた。その数は50以上はありそうだった。一つの住居には4~5人が暮らしていたのだろうか。そのくらいの大きさはあった。全ての住居には鉄のような硬い素材で出来た扉が備わっていた。
ホルキンス人の表情からは、感情を読み取るのは難しかったが、きっと皆不安に怯えているに違いないと早川は感じた。
とにかく、一番理想は、ノレッセ達が道に迷い、その間に地球からの援軍が到着すれば良いのだが、シーバやウォーレン達の予想では、そこまでは持たないだろうと言っていた。早川も同じ意見だった。
それに、サジ達がどうなったのかも、気になった。どうにか生き延びて、どこかに逃げてくれていれば良いのだが・・・。
そんな事を考えながら、集落を、ただ歩き回った。落ちつかない早川を見た友香が、
「西門からしか攻めて来ないのなら、なんとかなりそうな気もするけどね。相手はセルゲスを入れると21人。それに休まず移動しているだろうから向こうだって体力の限界だと思うわ。こっちは、シーバさんや他のホルキンス人が用意してくれた食料のお陰で、かなり体力も回復できたし・・・問題はあいつらの武器ね。それさえ封じ込めれば、どうにかなりそうなんだけど・・・」
相変わらず、ポジティブな発想に早川は苦笑いするしかなかった。こっちは戦力になる人数は限られているし、一番の問題は武器だった。それに向こうはこういった戦闘においては海千山千の集団だ。ほとんど丸腰の早川の作戦だけでどうにかなる連中ではないことは皆わかっていた。
それでも、皆の事を思って、少しでもプラスに考えようとする友香の心意気に、なんとか応えようと早川は、
「何か武器になるものを探そう!」
と、提案した。
「そやな!ここでじっとあいつらが現われるのを待ってるだけっちゅうのも芸が無さ過ぎる!見た感じ、なんかありそうな感じやし、ここは手分けして探そうか?」
佐々木も乗り気だった。その後、佐々木が勝手にチームわけをして、早川は友香と、安藤は兄妹で、そして、佐々木とレイニーの三組に分かれ、武器になりそうなものは無いか、探す事にした。
「では、俺たちは東側を探してみます。」
特に何か理由があったわけでもなかったが、早川は東側を探す事にした。
「ほな、俺らは北側を探しますわ。安藤さんらは、南でええんちゃいますか?西側はさっき歩いてきたし、ウォーレン達があっちいったから、途中で同じように探してるかもしれません。」
「わかった。俺たちは南側を探してみる。」
三組はそれぞれの担当の方角へ向かった。どの方角も同じような間隔で建物が並んでいた。違う点は西側と東側には門があることくらいだった。
早川たちは中央制御塔の入り口から裏手に回ると、まずは真っ直ぐ東門まで歩く事にした。道は塔を中心に東西南北に大きな道がそれぞれにあって、そこから枝分かれして、それぞれの建物へと続いていた。
「ホルキンス人たちもきっと不安でいっぱいでしょうね。」
友香が、落ち着かない様子でウロウロするホルキンス人たちを見て申し訳なさそうに言った。
「なんとしてでも、これ以上、被害を出さないようにしないと、サジさんたちに顔向けが出来ない!俺たちも覚悟を決めないといけない!」
「そうね。元々私たち地球人が招いた事。なんとかここで食い止めないと・・・。とにかく東門まで行ってみましょう。何かあるかもしれないわ!」
二人は足早に東門を目指した・・・。
東門までは距離にして2キロ程だろうか。20分程度で西門が見えてきた。大きく硬そうな門は、今は開いていた。いざという時、こちらから、すぐにでも脱出出来るように備えているのだ。その門の両端には見張り台のようなものがあって梯子で上に上がれるようになっていた。
「あれは?」
ちょうど梯子の真下辺りを指差して、友香が声をあげた。よく見ると、そこだけ地面の色が違った。二人が近づいてみると、四角く色が変わった部分は明らかに、何かがあると感じた。
植物らしきもので覆われていたので、早川と友香は二人で、むしって、地面をむき出しにした。すると、それは扉のようだった。そして、その横には、埃をかぶっている認証システムがあった。
「さっき、認証システムに登録したから、もしかすると俺でも解除できるかもしれない。」
そういって手をかざすと、音もなく地面の扉が開いた。
「地下へ続いているみたいね。行ってみましょう!」
早川が何か言う前に、友香は階段を降り始めた。
「ちょ、ちょっと友香!?みんなを呼ばなくていいのか?」
「戻っている時間がもったいないわ!それに、私たちで手に負えない時に戻ればいいわ!とにかく行くわよ!早く!」
そう言っている間にも、友香はどんどん降りていく・・・。仕方なく早川も階段を下りた。
両手を広げられない狭い通路を、ひたすら下っていくと、正面に扉が現われた。ここにも認証システムがあったので、早川は手をかざす。扉を上に開き、扉をくぐると10メートル四方のそれほど大きくない部屋に出た。
「ここも、何かの制御室みたいだ。」
「門の開閉なんかを制御してるんじゃないの?」
「二つも必要かな?中央制御室で操作できるんだから・・・。」
「でも、いざという時に・・・あっ!?あそこにも扉があるわ!?」
部屋の奥に、頑丈そうな扉があった。
「認証システムが見当たらないな・・・このコンピューターで解除するのかな?しかし、起動方法がわから・・・」
まだ、話の途中で、すでに友香がコンピューターを起動させ、何やら操作し始めた。すると、奥の扉がゆっくりと、開いた。
「え?」
あまりの素早い行動に、オロオロしている隙に、すでに友香が扉の向こう側にいた。
「す、凄いわ!?」
友香の驚いた声に、慌てて早川も、扉の方へ駆け寄った。数メートル通路が続いた先に大きな空間があるのがわかった。友香はすでにその先にいる。早川も足早に通路を抜けると、
「うわっ!なんだここは!?」
目の前には、何かを作る機械なのだろうか?大型の機械らしきものが所狭しと並べられていて、頭上には何かがぶら下がっていた。よく見ると、先端にフックがついており、ワイヤーのようなもので、吊り下げられており、それがレールのようなものにくっついていた。
「とにかく、これは皆を呼んできた方が良さそうね!一旦戻りましょう!?」
「そうだな!これが何かはあわからないが、シーバさんなら何かわかるかもしれない!」
早川と友香は急いで、中央制御塔まで引き返した。
中央制御塔の前には、誰の姿も見当たらなかった。ひとまず、中へ入ってみたが、そこにも、誰の姿も見当たらなかったので、早川はウォーレンから渡されていた端末を取り出して、ウォーレンを呼び出してみた。すぐにウォーレンが応答したので、事情を説明した。
「何かの工場か・・・。気になるが我々がここを離れるとマズい。レイニーに連絡を取ってみてくれ。」
連絡してから、ウォーレンは一番重要な場所を任せれていた事に気づいた。仕方なく今度はレイニーに連絡してみた。
「なるほど。それは気になりますね!こっちは何も見つからなかったので一度、中央制御等に引き返そうと思っていたので、急いで戻ります。たしか、安藤さんにも連絡してみて下さい。シーバさんとは連絡が取れませんね・・・。とにかく、戻ります。」
端末の通話を切った早川は。友香に、
「レイニーさんと佐々木さんはこっちへ戻ってくるみたいって言ってたよ。次は安藤さんに連絡してみる。」
「わかったわ。じゃあ、私は地下にいる教授に報告してくるね!」
「ああ、頼むよ。」
そういうと、エレベーターの方へ歩いていった。友香の後姿を見送りながら、今度は安藤が持っている端末の番号を押した。
「安藤さん?」
「おい!真由!なんか鳴ってるぞ!」
「安藤さん?もしもし?」
「お兄ちゃん!繋がってるよ!」
「お、おお・・・ん?はい、安藤です。」
「安藤さん・・・端末って電話と変わりませんよ・・・そのくらいは・・・」
「ちょっと慌てて混乱しただけだ!どうした?」
早川は簡単に工場の説明をした。
「わかった。すぐに引き返す。こっちには何も無さそうだ。そう言えばシーバの姿を見かけたから、そっちへ向かう途中に会ったら伝えておく!」
「よろし・・・」
すでに切れていた。
「安藤さんらしいや・・・」
早川は思わず苦笑した。端末をポケットにしまいこんでいると、扉が開いて、レイニーと佐々木が入ってきた。
「お疲れ様です。シーバさんとは連絡取れましたか?」
「安藤さんが見かけたそうなので、こっちへ来る途中探して、連れてくると言ってましたよ。」
「そうですか。我々だけではきっとわからない事もあるでしょう。そう言えば、友香さんは?」
「青柳教授達に事情を説明しに行きました。」
「そうですか。では、安藤さんの到着を待ちましょう。」
数分後、友香がエレベーターの方から戻ってくるのと同時くらいに、安藤たちも戻ってきた。
「あれ?シーバさんは?」
「それが、見当たらなかった。向こうを捜索している時には何度か他のホルキンス人に何か指示している姿を見かけたんだが、こっちへ来る間、どこにも姿が見当たらなくて、とりあえず戻ってきた。」
「そうですか・・・しかし、シーバさんがいないと・・・」
そんな会話をしていると、入り口の扉が再び開いて、シーバが姿を現した。
「あっ!シーバさん!ちょうど良い所へ来てくれました!実は・・・」
早川は事情を説明した。するとシーバは、
「そんな場所があったんですか・・・。私は聞いた事もありません、が、行けば何かわかるかもしれませんね。そうと決まれば、早速向かいましょう。ただ、何人かはここへ残ってもらわなければなりません。それと、そちらにある端末は4台しかないんでしたね?こっちで集めてきました。その端末とは通信出来ないので、申し訳ありませんがm、ウォーレン達に誰か届けてもらえますか?人数分ここにあります。教授たちの分は必要ありません。地下のコンピューターへは繋がりますから大丈夫です。」
すると、安藤が、
「俺が行って来る。そっちへ行っても役に立ちそうも無いし、足だけは速いから任せておけ。」
そういうと、シーバから二台の端末を受け取り、出て行った。
「あっ、お兄ちゃん!一人で大丈夫?」
真由が言うより先に出て行ってしまったので、真由は追いかけようか悩んでいる様子だったが、友香が、
「私とここに残りましょう。大丈夫、安藤さん足は速いんでしょ?きっと何かあっても逃げてくるわ。」
「そうね。じゃあ友香ちゃんと私はここで待機します。」
「それでは、早川さんとレイニーさん、佐々木さん、一緒に行きましょう。それではここを頼みます。」
「任せて。気をつけてね!何かあったら、すぐに連絡頂戴!」
早川たちは、走って東門を目指した。いつ、ノレッセが襲ってくるかもわからない現状、一分一秒も無駄に出来ないからだ。
東門に着くと、素早く地下へ降り、工場があった場所まで駆け抜けた。
「これは・・・!?」
シーバが驚きの声をあげた。一方で佐々木は、
「まあ、地球にでもありそうな、機械やな。そやけど、ここで何を作ってたんやろ・・・」
よく見ると、ベルトコンベアーのようなものも目に付いた。シーバは奥へと歩きながら、何度も何度もそこにある機械を珍しいそうに見ていた。
「こんなものは初めて見ました。ただ、これで何を製造していたのかは、私にはわかりません。」
レイニーも機械に触れたり、置くまで歩いたりして考えている様子だったが、
「シーバさんにわからないのであれば・・・と言いたい所ですが、これはきっと、車のような移動出来る何かを作る工場だったのではないかと思われます。シリンダーやシャフト、ベアリングのようなものが奥にありましたし、大きさからしておもちゃとは思えません。シーバさんが仰っていた、砂漠には乗り物があると・・・それらをここで製造していたのかもしれませんね。」
「なるほど。我々はご存知の通り、もう随分と地下で生活を送っていたので、移動手段に乗り物を使うと言う事はありませんでしたが、以前は、地上でも生活していた時期があったそうなので。その頃使用していたのかもしれませんね。ここも。」
しかし、早川は二人の会話を聞いていて、一つ疑問に感じた。
「ちょっとした疑問なんですが、何故、こんな地下に作ったんでしょう。乗り物なら、地上の工場でも問題なかったのでは・・・。ここはこれまで攻め込まれるような事も無かったと言いますし、そんなに何かを警戒する必要性もないと思います。」
「たしかに、それはそうや。それほど厳重やないにせよ、わざわざ地下に作るより地上に作った方が手間も省ける。」
佐々木の言う事にも一理あった。しかし、その疑問にレイニーは、
「ここは地球とは違います。必ずしも地上に作る方が良いかどうかは別問題です。」
「なんやと!?地球やろうと、よその星やろうと、手間は手間や!」
「そういった先入観は、地球以外では役に立たない。むしろ、捨てた方が望ましい。」
「偉そうに言うやないか!そもそも、ここが乗り物作る工場っちゅうのも、先入観やろ!」
佐々木もレイニーも一歩も退かない。見るに見かねた早川は、
「いい加減にしてください!そんな推測ばかり言い合っていても水掛け論です。そんなことより、この工場にあるもので、何か武器になりそうなものは無いか探すのが先決ですよ!」
「すまん・・・遂、カッとなってしもた。」
「こちらこそ、ムキになってしまい申し訳ありません。」
佐々木もレイニーも素直に謝った。
「しかし、ここにあるもので武器になりそうなもの・・・鉄パイプのような類のものくらいですね。向こうはきっと銃などで攻撃してくるはずなので、そんな物では対抗できません・・・」
早川はその辺に転がっていた棒のようなものを手にとって言った。
「まだ、工場内全てを調べたわけではありません。手分けして奥のほうまで探してみましょう。」
シーバはそういうと、自ら先に奥へと歩いていった。それを見たレイニーと佐々木もそれぞれ違う方向へと歩いていった。早川は三方に散ったシーバたちと違う方を探す事にした。
稼動していない機械は、無機質で、なんだか寂しげな感じがした。
工場内は思った以上に広く、規則正しく機械が並んでいる場所もあれば、一際大きな機械がひとつだけ設置されている場所もあった。部品のようなものが積み上げられている場所もあり、まず早川はそれらを手にとって、調べてみた。
レイニーが言っていたように、どうやら自動車らしきものが組み立てられていたことを思わせる部品が、そこらじゅうに積まれていた。
少し大きめのシャフトのようなものは、見た目以上に軽かったが、硬く、武器にはなりそうだったが、それは相手が素手の場合であって、今回の相手には通用しそうも無い。早川は手に取ったシャフトを元に戻して、さらに奥へと進んだ。
目の前には機械と機械とをつなぐ、ベルトコンベアーらしきものが、目の高さくらいにあった。ホルキンス人は比較的身長が低いので、このくらいの高さでも邪魔にならないのだろう。
早川は身をかがめて、ベルトコンベアーを抜けると、思わず声をあげた。
「レイニーさん!シーバさん!佐々木さん!来て下さい!」
入り口からは機械の陰などで見えなかったが、そこにはさらに地下へと続く階段があった。
早川の声を聞いた三人は、次々に早川の下へと駆けつけた。
「まだ、下があるんか。」
佐々木が覗き込むように身を乗り出した。
「行って見ましょう。」
シーバが、階段を下りていく。早川たちもそれに続いて、階段を下りる。かなりの深さで、5分くらいは下り続けた。
「どこまで続いているんや?これはかなり深いで!?」
地球の一般的な深さなら地下五階以上の深さはありそうだった。ようやく正面に扉が見えてきた。ここにも、認証システムの装置があった。シーバが手をかざす・・・。
しかし、これまでとは違って反応がない・・・。
「おかしいですね。中央制御塔のコンピューターでこの廃集落内の制御システムは解除出来るように設定したはず・・・壊れているんでしょうか・・・」
何度か試すが、微動だにしないその扉を佐々木が叩いてみた。
「あかん。全く動きそうもあらへん。これは壊そうとしても無理や!この先には一体何があるんや!これだけ厳重やと、とんでもないもんがありそうやな!」
「たしかマニュアルでロックを解除するほう方があったはずです。その為には鍵が必要ですが、制御室に置いて来てしまいました。誰かに持ってきてもらうよう連絡してみます。」
そう言うと端末を取り出して、どこかへかけた。
「青柳教授ですか?その制御室のコンピューターの右上にあるボタンを押して、認証システムに触れてください。そうすると、右下の部分から鍵が出てくると思います。その鍵を申し訳ありませんが、森本さんにお願いして、ここへ持ってきてもらうように言って下さい。事情はこちらへ着てから説明すると・・・はい、お願いします。」
どうやら中央制御室にかけたらしい。青柳を通じて、この場所を知っている友香に届けさせるつもりだ。
「果たして、持ってきてもらう鍵でここが開くかどうか・・・それにしても一体この奥には何があるんでしょうね。」
シーバは扉を見据えたまま、呟いた。
10分ほど過ぎた頃、友香が現われた。
「真由ちゃんは安藤さんがまだ、ウォーレンの所から戻ってきていないので、戻ってくるのを待ってるって言ってたわ。はい、これ。」
そう言って、カードを手渡した。
「では、差し込みます。」
受け取ったカード型のキーを認証システムに差し込んだ。すると、目の前の扉が開いた。
「良かった。なんとか開いてくれました。では、先へ進みましょう。」
開いた扉の先には更に下りの階段が続いていた。更に5分ほど下ると、再びさっきと同じような扉が姿を現した。シーバは、またカードキーを差し込む。今度も扉は開き、目の前には、見た事もない機器が並んでおり、その先には、人より大き目のカプセル型の機械が5個並んでいた。
「なんですか?あれは・・・」
早川はそのカプセルを見て、どこがで見たような感じがした。すると友香が、
「似てるわね。FTSに・・・。」
言われて見ると、FTSの機体に似ていた。
「FTS?」
シーバが聞き返す。
「FTSとは・・・」
早川が簡単に説明した。
「なるほど。その装置に似ていると言うんですか・・・しかし、何故そんなものが、こんな地底深くに・・・あっ!ちょっと待ってください。」
シーバはカプセル装置の近くにあるコンピューターの画面を見て、急いで何かを入力し始めた。そして、画面に出た文字を読み始めた。
「どないした?何かわかったんか!?」
痺れを切らした佐々木が急かす。
「5個のカプセルのうち、2個には、地球人が入っているようです。それも、最初に我々ホルキンス人を救ってくれたタケシタさんと、マキノさんという人たちが・・・。」
「どういうことですか?」
「コンピューターの記録によると、人体を生存したまま冷凍する技術を、この星で開発した。しかし、解凍する技術がどうしても発見できず、未来に託す。タカギ・・・と、あります。どうやら、タカギという人が、早川さんたちが言うFTSのようなものを、この星で開発しましたが、冷凍の技術だけで、解凍技術を発見する前にタカギという方はお亡くなりになってしまい、その後、解凍技術が発見される日まで、タケシタさん、マキノさんのお二人は冷凍されたまま、ここに眠り続けているということのようです。」
「何万年もここで眠っているということですか?」
思わず声が大きくなった。
「そのようです・・・」
皆、信じられないという表情だった。
「とにかく、青柳教授をここへ呼びましょう。教授なら、その技術を持っています。」
急いで青柳に連絡を取り、中央制御室はひとまず倉本に任せることにして、こちらへ向かわせた。30分後、青柳は息を切らせながら、やってきた。
「これは、驚いた!?」
部屋に入るなり、辺りを見回して、驚きの表情を見せた。
「はるか大昔に、こんな技術があったなんて・・・」
「でも、解凍技術までは発見できなかったようです。」
「そのようだな。とにかく、私に出来るかどうかわからないが、FTSと同じ温度で冷凍状態を保ってくれているのであれば、大丈夫だと思う。しかし、何万年も、冷凍状態を維持できる技術力が未だに信じられん・・・」
それは、早川たちも同じだった。とは言っても、自分たちもかなりの時間を駆け抜けてきたのだ。そして、宇宙という規模で見れば、そもそも時間という概念自体、ナンセンスなのかもしれない。
青柳は、シーバに説明を受けながら、コンピューターに向かい、何やら入力し始めた。すると、カプセルに繋がるパイプの先にある機械が、音を立てて動き始めた。
青柳はさらに、何かを入力したり画面に触れたりしている。言語が違うのか、時折首をかしげる姿も見受けられた。その度に、隣でシーバが説明し、作業を続けた。
早川たちには見守るしかなかった。
と、同時に不安もあった。
タケシタとマキノという人たちには申し訳ないが、彼らが、仮死状態から目覚めたとしても、それとノレッセの問題は別なのだ。彼らがノレッセを食い止める手立てを知っているのなら話は別だが、その可能性は低い。
だからといって、このまま放置するわけにもいかない。もし青柳たちがこのまま何もせず、ノレッセに殺されてしまうような事にでもなれば、彼らは、永久に冷凍状態という可能性もゼロではない。
そんな事を考えていると、青柳が席から立ち上がった。
「FTSと同じ温度であれば、これで大丈夫のはずだ。しかし、何万年もの間冷凍状態では細胞などが死滅している事も考えられる。解凍と同時に死を迎えるかもしれん・・・。最善は尽くした。後は祈るしかない。」
そう言うと、カプセルに地下付き、装置の中央にあるボタンを押した。その隣のカプセルも同様にボタンを押す。すると、FTSのようにプシューっという音と共にカプセルが開いた。
そこには、40代と見られる、男が二人横たわっていた。動かない・・・
「あかんのか!?」
佐々木が声をあげた瞬間、男達はゆっくりと体を起こした。
「おお!動いた!動いたで!」
佐々木が急いでカプセルに近づく。と、同時に佐々木の体が宙を舞った。
「痛っ!?なにするねん!」
「貴様こそ、今、我々を襲おうとしたではないか!何者だ!」
男達は、勢いよくカプセルから飛び出すと、早川たちを見て、身構えた。
「ほう、見た所地球人だな?高城教授の姿が見えんが・・・どこへやった!?」
周囲に高城の姿を探している様子だった。そして、シーバの目を留めた。
「おい!チャコス!高城教授はどこだ?我々が目を覚ましたと言う事は、高城教授の研究は成功したのであろう?」
どうやら、シーバを誰かと勘違いしている様子だった。
「あの・・・私の名はシーバと言います。あなた方を目覚めさせたのは、ここにいる地球人の方々です。おそらく、あなた方は何万年も眠っていたと思われます。」
男たちの動きが止まった。じっと考えている様子だった。しばらく考えた後、背の高いほうの男が、
「これは失礼した。私の名は竹下 修、そしてこっちが牧野 博之。我々は宇宙捜索パトロール第三部隊に所属している。第三部隊は、この星を調査中、偶然にもこの星に流れ着いたホルキンス人達を、ホルキンス人が住める環境を調査したり、色々と尽力してきた。一段落ついたある日、高城教授が当時地球では不可能だった、人体冷凍保存技術をこの星の物質を使えば可能と、研究を続け、その実験に我ら二人が参加する事となった。その後の事はわからない・・・。そこの、君、さっきはすまなかった。我らは常に警戒心をと、教育されてきた。よって、いかなる場合も、知らぬものが近づけば、攻撃してしまうのだ。許してくれ・・・。」
「それやったらしゃあないわ。そやけど、もうちょっとで、大怪我するとこやったで!運動神経のええ、俺やから、これですんだけど・・・」
「たしかに、あの攻撃を喰らって、直前で致命傷をかわすとは見事と言っておこう。」
「そやろそやろ!」
佐々木は上機嫌になった。早川は、本当にかわしたのか、それとも偶然だったのかはわからなかったが、今はあえてそれ以上言わないようにした。
そして、早川はあまり時間もなかったので、手短に現在置かれている状況を説明した。
「なるほど。君達がここへ来たのは、高城教授の意志を受け継いで来たと言う訳ではなく、偶然が重なっての事というわけか・・・しかし、これも運命。心配はいらん。ノレッセとかいう連中、我々がなんとかしよう。君達がいなければ、永久に冷凍状態だったのかもしれん。とにかく有難う。」
「し、しかし、武器もなく、ノレッセは20人。セルゲスを含めると21人。それに向こうは最新の武器まで持っているんですよ!?」
早川はこれまでの出来事を振り返り、そして、ノレッセの脅威も考えれば、二人が加わった所で到底、状況を打開出来るとは思えなかった。
それに、竹下と牧野には申し訳ないが、ここへは武器を期待しての捜索だった。しかし、二人を助け出せた事は素直に喜ばしい事だったし、少しでも人数が増えること自体は有り難かった。
これまで黙っていた牧野が、今度は口を開いた。
「まずは、蘇らせてくれて有難うございます。俺自身、何万年という年月がどれほどのものなのか把握できず混乱しているが、こうしてあなた方を見て、会話していると、言葉もイントネーションこそ違えど、ほとんどが通じるし、意思疎通も出来る。ということは人類にとっても、数万年というのは実際には大した時間ではないのかもしれません。さて、その件は、今起こっている問題が片付いてからゆっくり考えるとして、今、高城が言ったように、そのノレッセという連中を倒す事は難しくても、地球からの援軍到着までの時間稼ぎというのであれば、それほど、難しい問題ではありません。」
「どういうことですか?」
今度はレイニーが聞き返した。
「話の流れから、まだ、他にも人がいるようなので、ひとまず、中央制御等に引き返しましょう。どうやら時間が無さそうですから・・・。問題となるのは時間だけ・・・。とにかく急いで下さい!」
時間が切迫しているということは牧野も理解しているようだった。一行は急いで、引き返すことにした。ただ、青柳は来るだけで疲れていたので、佐々木とレイニーが付き添い、早川たちは先に中央制御塔を目指した。
制御塔へ向かう途中、レイニーが疑問を口にした。
「しかし、何万年もホルキンスの人たちは、竹下さんたちの存在に気づかなかったのですか?カードキーは制御室にあったわけですし、あそこへ入る事はこれまでも可能だったはずだと思うのですが・・・」
すると困った様子のシーバより先に、竹下がその疑問に答えた。
「推測ではあるが、高城教授に、当時、ここへと不時着した数名のホルキンス人達は近づくなと、言われていたのだろう。高城教授はとにかく、地球人であろうと、他の星の人であろうと、自分の研究を邪魔される事を嫌う。そして、自分ひとりの力で、解決してみせると考えていたのだろう。しかし、志半ばで力尽きてしまい、その想いだけはコンピューターに残したが、ホルキンス人たちには伝え切れなかった。ホルキンス人達はとにかく素直すぎるくらいに素直なので、その命令をずっと守り続けたのであろう。それ以降は、あそこの施設自体が忘れ去られ、今回の事でたまたま発見されたというのが、俺の推測だが・・・。」
今度はシーバが、
「私もそう思います。地球人達が、この星で研究をしていたことだけはサジから聞かされていました。しかし、まさかその施設内に、生きたまま、我々の祖先を救ってくれた人たちが今尚、存在していたとはさすがに思いもよりませんでした。サジも生きていれば、きっと喜んだ事でしょう・・・」
地球人とは違う表情を見せたが、それがホルキンス人にとっての悲しみの表情だと早川は感じた。
「サジ?誰だ。それは?」
と、竹下が聞き返す。サジと数人のホルキンス人が犠牲になってしまった事は、まだ竹下たちには告げていなかった。早川がその事を話すと、
「それなら、大丈夫だと思う。」
「ど、どういうことですか?」
ずっと冷凍状態だった竹下たちに何かが出来たとは思えない。早川は、少し怒りを覚えた。しかし、竹下は意外な事を口にした。
「高城教授というのは変わり者だったが、妥協を許さない性格でね。あの地下都市も高城教授の指示で作られたものだ。だから、万が一に備え、幾重にも逃げ道を作っているはずだ。仮に暗証番号が解析され突破されても、その瞬間、別ルートで逃げられる道を確実に用意しているはずだ。だから、サジと他の連中は今頃別ルートから脱出しているはずだ。但し、その後地上でノレッセと遭遇していれば、命の保障はない。後は、ノレッセと遭遇していない事を祈ろう。」
竹下の言葉に、これまで、生き延びてくれていればという希望は、かなり現実味を帯びた。
「それが本当であれば、サジさん達はきっと・・・」
少しだが希望が見えた。
「しかし、依然、時間との勝負だ。ノレッセが、先にここへ辿り着かれては、サジたちが生きていようと、我々が殺されてしまう・・・とにかく急ごう!」
その時だった・・・。早川の端末が鳴り響いた。