第四章 壮大なプロジェクト
200年以上という、年月の中、科学は大きく発展し、多くの学者達が太陽系以外の宇宙へと目を向けていた。アポロ計画以降、2012年の時点では、誰も月へすら行っていなかったが、研究は続けられ、2100年代には、月へ行くことくらいは、2000年代に飛行機で海外へ行く程度のリスクとなっていた。
一方で、月へ行くこと自体は科学者達の中でも、それほど大きな意味を成さないということになり、もっと視野を広げ始めた。衛星を遠くに飛ばし、それを中継点として、どんどん遠くの星などを発見することに成功し、本当に生物が存在している星、生物が移住できる可能性のある成分で構成された星など、宇宙に関する分野がこの200年余りで大きく進歩を遂げていた。
そんな中、アメリカのMASAが、信じられない情報をキャッチしたのである。MASAはこの事実を極秘に独自で調査し、解決する予定だったが、国防省などとも相談した結果、FTSプロジェクトならば、この問題に立ち向かえるのでは?という結論の元、日本政府より、FTSプロジェクトチームに相談が持ちかけられた。
その内容とは、今から2516年後に巨大な彗星『ポールマン』が、地球に衝突するというのだ。そんな未来の出来事を、現代人には解決する術もなく、また、この時代の科学をもってしても、『ポールマン』の軌道を変えることは、数京分の一という、天文学的数字が算出された事もあり、学者同士で、争いも起きた。そんな先の話をしていては、キリがないという学者の方が多かったからだ。
そこで、FTSの存在を利用することとなったのだ。
その計画とは、以下のとおりである。
まず、科学の進化で、『ポールマン』の軌道を変えられるかを、FTSで100年おきに確認しながらも、FTSを改良し、ロケットに搭載させ、地球から50年程度で辿り付く事が出来る星への調査、及び、移住計画を遂行すること。但し、現段階では、FTSを改良する事が必要で、太陽系を離れると、違う恒星から常に充電し続ける逐電システムの構築や、ルート、中継衛星もそれに伴い配備しなくてはならない。
この他にも出来る事がないかを、世界の科学者たちで考える必要がある。日本政府がこの計画に参加すれば、アメリカも、その他の国に協力を求め、全人類一致団結して、この地球滅亡の危機に備えるということだった。
青柳は説明を終えると・・・
「突然の、そして、壮大すぎるプロジェクトに私自身も戸惑いを隠せない。本当はこの時代に仮死状態を解除されたのも、そういう理由があったからなのかもしれない。」
さすがに、プロジェクトの内容が大きすぎて、皆、しばらく黙っていた・・・。
最初に口を開いたのは安藤だった。
「このプロジェクトではFTSに搭乗する人数も今よりはるかに多くなりますよね?たしか、FTSプロジェクトは極秘であり、極限られた人だけがかかわれると・・・その辺がイマイチ、教授の話だけでは見えてこないし、あまりにも話が大きすぎて、正直・・・」
「私もさっき聞いただけで、正直混乱している。安藤君の場合は、妹さんが回復すれば、この時代で平穏に暮らすという契約だったからね。それに、プロジェクト内容も大きく変更されたから、早川統括マネージャーの話では、私以外の人間は、プロジェクトを降りることも可能だそうだ。この時代なら、身分を明かさず平穏に暮らせるだろうし、今後生きていく上で十分すぎるほどの報酬も支払ってもらえるそうだから、各自、一日ゆっくり考えて、明日の正午に返事を貰いたい。質問があれば、わかる範囲で答えるが、正直な所、私自身もわからないことの方が多いし、何故、明日の正午までと回答を急ぐのかもわからん・・・。」
本当に青柳も困惑しているようだった。その為、早川も聞きたいことは山ほどあったが、青柳自身混乱しており、現段階では青柳の知り得る情報はこれ以上無いように感じた。友香も同じ思いなのか、質問はしなかった。
ただ、倉本だけは違った。
「私は、参加しますよ。元々、天涯孤独の身。こんな時代なら尚更知る人もいない。明日まで待たずとも結果は同じ。では、明日に備え、今日はゆっくりします。」
そう言うと足早に研究室を出て行った。一方で安藤は複雑な心境だった。人一倍正義感の強い安藤は、たとえ何千年先のこととは言え、それを見過ごすことは出来ない性格なのだ。しかし、妹を一人残して旅立つことは出来ない。かといって、妹を連れて行くというのも、また、辛い選択なのだ。安藤は教授に一礼し、弱々しく早川たちに手を上げると、研究室を出て行った。
「君たちも今日はゆっくり休みたまえ。と、言っても、ゆっくりも出来んだろうがね・・・。もし、どうしても疑問に思うことがあれば、統括マネージャーに聞いてみるといい。この時代のことは、この時代の人間に聞くのが一番だ。もう、私も君たちも時代遅れの人間なんだからね・・・私も今日は休むことにするよ・・・。」
そういうと、青柳も研究室をあとにした。
早川と友香は、しばらく無言のまま考え込んでいたが、ほとんど同時に腰を上げると、同じ結論に達したらしく、
「行こう。統括マネージャーの所へ・・・」
早川が先に口を開いた。友香も頷くと、統括マネージャーの所へ向かった。
「で、統括マネージャーはどこにいるかわかっているのか?」
「今、調べているわ。・・・この端末に電話番号・・・もう電話番号とは言わないみたいだけど、連絡先が入っているから直接かけてみるわ。」
そうすると、タケルの姿が映し出された。
「君は、たしか、森本さんでしたね?どうかしましたか?」
「初めまして、森本です。今、青柳教授からお話を伺いましたが、わからないことが多くて、決断するにも判断材料も少なすぎるので、もう少し詳しいお話をお伺いできればと思い、連絡させて頂きました。」
「なるほど、わかりました。ちょうど、今、会議室に向かっていたところです。会議室でお会いしましょう。申し訳ありませんが、会議室まで来ていただけますか?」
「わかりました。これから、早川と向かいます。」
「では、後ほど・・・」
そう言うと、タケルの姿が消えた。
「とりあえず会議室だな。」
「ええ、急ぎましょう。」
早川たちはエレベーターホールからエレベーターに乗り込み会議室へ向かった。ちょうど、向こうからタケルが歩いてくるのが見えた。
「とりあえず、会議室へ入りましょう。」
そういうと、まずは早川たちを先に会議室へと入るように手で合図した。
「まずは座りましょうか。」
一番近くにあった椅子を指差して、タケル自身も腰掛けた。
「聞きたいことは山のようにあると思いますが、まず、最初に何故、明日の正午までに決断して頂きたいかをお話しましょう。簡単に言えば、短時間で決断できない者には、このプロジェクトは不向きだと思うからです。身をもって体験されたあなた方なら、後戻りが出来ないという事は百も承知だと思いますが、2000年以上という途方もない年月を突き進むのです。その先、戦争や天災など、想像もつかない出来事で人類自体滅亡しているということだって、可能性としては十分考えられます。当初のプロジェクトでは、そんな先までを見据えていなかったと思うのですが、進む時間が多ければ多いほど、そういったリスクも増えるのです。」
「たしかに今回の200年という月日の流れが、なかなか脳で理解出来ず困惑しています・・・。」
早川はここに着いてからの出来事を振り返り、感覚的には短時間であっても、実際には200年もの月日が経過したということが実感できなかった。それは、適応力の高い友香にとっても同じことだった。
「そういう事からも、決断を躊躇したりする方には、この時代に留まって、平穏な日常を送って頂く方が幸せかと思いますし、私どもも、そういう決断をされたのであれば、その先の生活は全力でサポートさせて頂きます。何不自由なく、暮らせると思います。しかし、そういった平穏な日常を送るより、研究者として、もっと先の時代をこの目で確かめたい。そして、何よりも地球規模の危機を自分たちの手で救いたいという思いが、勝ったのであれば、是非、その人生を賭してでも、このプロジェクトに参加していただきたいと思います。私からは以上です。ご質問があれば、どうぞ。」
タケルは交互に早川と友香を見た。
「俺は、いや、友香もそうですが、すでに両親はこの世にはいませんし、プロジェクトチームの一員以外に知っている人もいません。そういった意味では未練もありませんし、むしろ立ち止まってしまうと、不安に押し潰されそうになります。それなら、俺なんかが地球の存続に関するプロジェクトでどれほどお役に立てるかはわかりませんが、是非、参加させてください。」
言い終えると、友香のほうを見た。
「私も、参加させて頂けるのというのであれば、心は決まっていますので、是非、よろしくお願いします。」
「どうやら、君たちはすでに決心はされていたようですね。では、一体何を質問したかったのでしょうか?」
タケルは、不思議そうに二人を見た。
「まず、ポールマンですが、西暦で言う4763年に地球に衝突するという情報は確実なんですか?」
早川が聞いた。
「科学者の立場上100%と言い切れません、現代において、その誤差はプラスマイナス1週間程度とされています。どこかの小惑星にロケットをつけて、ポールマンにぶつけるという案も出ており、現在も小惑星の捜索は続けられています。が、もし、そういった小惑星が見つからなかった場合、確実に地球は消滅するでしょう。だからこそ、あなた方の力が必要となります。無論、そういった小惑星が見つかり、ポールマンを破壊できれば、FTSでのプロジェクトは意味をなさなくなりますが・・・。」
「なるほど、わかりました。後、今後のプランですが・・・」
「それに関しては、現在もプランを調整中で、あなた方の参加を至急伝えます。また、大杉さんと東さんも現在ワクチンを投与し、容態も安定しています。落ち着いたら、事情を説明し、プロジェクトへの参加の是非を問いたいと思います。彼女たちもきっと混乱するとは思いますが、残念な事に、彼女たちの過ごした時代の家族や友人、知人関係はこの時代にはいません。大杉さんの子孫の順平君がいるのは心強いと思いますが。東さんに関しても子孫の存在は調査中ですが、それを望まない方々がいることも事実ですので、東さんとも相談して、検討したいと思います。」
今度は友香が尋ねた。
「今回のプロジェクト内容はわかりましたが、医療関係のプロジェクトはどうなるんですか?その後FTSで治療待ちをしている患者さんはいらっしゃらないのですか?」
「その事なんですが、実は、政府の方針が変わりまして、2100年代には民間の企業もFTSに目をつけ始めたのですが、もし、お金儲けに走る連中が現われ、FTSに搭乗させたまま、放置されるなんて事が起こっては、それこそ大問題という結論に達しました。人の命を長期間に渡り管理するという事が、どれほど大変かということは、政府も研究機関も把握してますし・・・また、家族などと別れるくらいなら、今の時代を生きて死にたいという患者さんも少なくありませんでした。世論も、将来、永久的に治療薬が見つからなかったり、医学的には回復は不可能となった場合の患者さんをどうするのか?といった指摘もありましたし、特別なケースを除いては、現在もFTSを医療として活用するという考えには否定的です。」
「そうだったんですか・・・。」
「それでも、今も尚、青柳教授の研究を元によりよい方法を模索しながら研究も続けておりますし、安藤さんの妹さんの事や、大杉さん、東さんの事で、国民からの理解が得られるきっかけになるかもしれません。医療チームは現在は別チームになってますので、あなたたちには新たなチームに所属してもらうことになると思います。」
「そうですか。わかりました。お忙しい所を申し訳ありませんでした。状況は大体理解出来ました。」
「それは良かったです。それでは明日の正午に第4研究室に来てください。後は、安藤さんの返答だけですね。あと、何かあれば、順平君に聞くと、ほとんどの事は答えてくれると思います。彼が現場を指揮していますので、現場のことはむしろ、彼の方が詳しいかもしれません。」
そう言うと、席を立ち上がり、軽く会釈すると、会議室を出て行った。
「なんだかワクワクしてきたわね。」
友香が信じられないことを言う・・・
「ワクワク?」
「だって、地球を救えるかもしれないプロジェクトに関われるのよ!自分たちの手で、この地球を救うなんて、とってもステキじゃない!」
「そ、それはそうだけど・・・」
どこまでもポジティブな友香に勇気付けられるかのように、早川の不安は、期待感へと変化した。
「ひとつ不満を言うなら、本当はこの時代をもう少し満喫したかったわね。仮死状態とは言え、何百年も眠ったままだったんだから、きっと体もなまっているに違いないわ。」
「データ上はそんなことはないはずだけど・・・」
「自分の体だもん、なまっているに決まってる!お腹も空いたし、とりあえずなんか食べに行きましょう!」
そういうと、早川の両肩を掴み、押すようにして、通路に出た。
二人はビュッフェで食事を済ませると、部屋に戻り、明日に備えるため、早めに就寝することにした。翌朝―――
早川は7時に目覚めた。
「友香の言うとおり、体に多少なりとも影響があるのかな・・・思うように熟睡できなかったな・・・」
体を起こすと顔を洗い、内線で朝食を注文した。食べ物には、この時代もそれほど変化は見当たらない。もしかすると、ここの調理スタッフが過去の料理を再現してくれているのか?とも考えたが、とにかく美味しかったので、満足だった。
歯を磨いていると、インターホンが鳴る・・・きっと友香だな・・・
「はい、どちら様?」
「わかっていて、聞いてるの?早く開けなさい!」
やはり友香だった。ドアを開けると、つかつかと部屋に入ってくるなり、
「まだ、歯を磨いていたの?さっさと行くわよ!」
「ふぇ?ふぁだふぁちじふぁん・・・」
「濯いでから、喋ってくれる?」
「まだ、八時半だろ?早くないか?」
たしかに、集合時間まではまだ、三時間以上あった。
「大杉さんと東さんが目覚めたらしいの。私はそれほど面識はないんだけど、陸はお世話になったんじゃないの?」
「そうか!目覚めたのか!それを先に言えよ!すぐに準備する!」
「ウイルス感染の初期症状だったらしいから、ワクチン投与の後は、すぐに普通の状態に戻ったそうだから、今は青柳教授たちと話しているそうよ。」
「第4研究室にいるんだな!よし、行こう!」
現存する数少ない、知人であるだけに、嬉しさも大きかった。急いで準備を終えると、大急ぎで第4研究室へと向かった。
「失礼します!」
「あら!早川君!本当に久しぶりね!なんだか、こんなに老けちゃって恥ずかしいわ。」
東と大杉が駆け寄ってきて、両手を握った。彼女たちからすれば20年以上会っていなかったのだ。あの頃のままの早川を不思議そうに見ながら、大杉が言った。
「まさか、こんなことになるなんて・・・想像もしなかったわ。それに私たちがFTSに乗るなんてことも・・・主人や子供たちはもうこの世にはいないけど・・・」
大杉は表情を曇らせた。
「なんと、言葉をかけてよいのやら、言葉が見つかりません・・・」
早川は本当に言葉が見つからなかった。
「でも、あなたたちだって同じだものね。それに私たちは50年近く平穏に暮らせたわけだし、こんなことをあなた達に言うのは、申し訳なかったわね・・・。」
「いえ、とんでもありません。」
その後、昔話で盛り上がった。1時間くらい昔話に華を咲かせていただろうか・・・研究室の扉が開き、一人の女性が顔を覗かせた。
「あ、あの・・・初めまして・・・安藤の妹の真由です。本当に皆さん、有難う御座いました。お蔭様で、無事手術も終わり、もう歩けるようになりました。」
安藤の妹だった。話には聞いていたが、妹と会うのは皆、初めてだった。後ろから安藤も姿を現した。
「本当に有難うございました。無事、妹もこの通り元気になりました。術後すぐに歩けたりする、この時代の医学に本当に驚きました。そして、感謝いたします。」
「安藤君、そして、真由君。本当に良かった。おめでとう。これもここにいる皆や、これまで、このプロジェクトに携わってくれた多くの人たちの力があってこそ、そして、医学の発展に感謝しよう。」
早川たちも喜びの言葉を、二人に告げた。一通り挨拶や喜びを伝え合った後、安藤が口を開いた。
「実は、妹とも相談した結果、妹も一緒にという条件であれば、是非、俺たちもプロジェクトに参加させてください!妹もFTSによって助けられ、役に立てるかはわからないが、どうしても恩返しがしたいと言って、一歩も下がりません。妹にはこれと言った知識などはありませんが、雑用でもなんでもすると言っているので、どうか、二人一緒にプロジェクトに・・・」
「もちろんだよ。まさか、妹さんを一人、残して参加させるわけにもいくまい。それは統括マネージャーもよく理解しているし、反対もしない。」
すると、真由が、
「有難う御座います。あのままでは、確実に落としていた命、人のお役に立てるなら、こんな有難いことはありません。足を引っ張らない様、精一杯勤めさせて頂きます。兄共々、よろしくお願いします。」
そういって、深々と頭を下げた。それにつられるように安藤も頭を下げた。その場にいた早川たちも、代わる代わる、「よろしく」の意を伝えた。
「さて、それでは今後について、話すとしよう。」
一通り挨拶が済んだ頃合いを見計らって青柳が言った。
「まず、大きくは医療チームと未来チーム、そして、宇宙チームと現在のFTSプロジェクトには3つのチームに別れ、そこから未来チームは現代に残るサポートメンバーと、実際にFTSに搭乗し、未来へ向かうメンバーに分かれる。以前のように、FTSの存在自体は極秘ではなくなってしまったものの、2516年後の件に関しては、絶対に他言してはならない。これは国家同士の取り決めでもあり、今回改めて、政府の誓約書に署名してもらうこととなる。」
そう言うと、倉本に書類を渡し、皆に配り始めた。
「ここには、今回のプロジェクトへの参加の意志表示、及び、国家機密に関する制約に同意する趣旨の文面が記されている。実際にはFTSにかかわった時点で契約書にサインしているはずなので、更新と考えてくれれば構わない。どうしても不安や不満があれば、目を通してもらって、サインしなくても構わない。無論、その場合にはプロジェクトから外れてもらうことになるし、その場合でも、別の誓約書にサインしてもらう事になるが・・・」
と、言い、一人一人の顔を見た。
「特に異論のある者は見当たらないように感じるが・・・」
「大丈夫です。」
「異論はありません!」
「読む必要もありません。」
ほとんど同時に、皆が異論のないことを伝えた。その後、各自サインし、それを青柳が、吸い込み式のスキャナーのような物に、差し込んだ。
「本当に便利になった。これで、デジタル化され、政府の機関に情報が送られた。併せて、米国にも情報が送られた。」
吸い込まれた書類には、電子情報に筆圧なども記録されており、裁判でも有効な電子サインとなり記録されるのだ。そして、書類はデータ情報を抽出したあと、粉々にシュレッドされた。
「今の契約で、各自の端末に、各々の任務が届いたと思う。皆、それを確認し、任務に当たってもらいたい。あと、今から、それぞれのチームをこのボードに映し出すので、目を通しておいて欲しい。同じ情報が端末でも送られているとは思うが、それぞれ、今後の打ち合わせなどもあると思うので、各自で話し合ってくれ。私は、統括マネージャーに呼ばれているので、席を外す。」
そういい残し、青柳は出て行った。残された面々のほとんどは、端末と孤軍奮闘している。相変わらず友香だけは、手際よく操作し、必要な情報に目を通しつつ、大杉や東に使い方を指導していた。
倉本は、見る気もないようだ・・・。
一方、安藤はこういう類に興味津々で、ぎこちなくも、早川よりは使いこなしていた。
早川は、まずボードの方へ目を向けた。そこにはチーム編成と名前が記されていた。
ここにいるメンバーは未来チームとサポートチームのみだった。
未来チームには、早川、友香、安藤、真由、倉本、そして、ここにはいないが、順平の名前もあった。そして、青柳である。
タケルも数年後に未来チームに合流する予定だが、現在は全体の総司令官、兼、医療チームを束ねている。そちらの後継者が決まり次第、未来チームに合流する予定である。
サポートチームには大杉と東が引き続き受け持つが、当初のプロジェクトとは大きくプランが変更しているため、大杉、東も1年後にはFTSに搭乗する可能性があると書かれていた。
また、、順平は、未来チームだが、すぐにFTSには登場しない。今はタケルをサポートしながら、情報収集や研究を続け、タケルと共に、FTSに搭乗予定だ。
さらに、今回のプロジェクトには、多くの新メンバーを加えると書かれているが、MASAや政府と相談の上、人選には慎重に行うと書かれている。
「出発は、明日の正午。それまでは各自自由行動か・・・。なんだか、落ち着く暇も、気が休まる暇もないや・・・」
早川がため息混じりにもらした。
「あら、プロジェクト内容を見る限り、これから先はもっと大変そうよ!特に宇宙チームは、未知なる惑星に行かなきゃならないし、惑星に下りた瞬間、即死という危険も少なくないそうよ。私たちの頭では想像もできないような距離を、想像もできないスピードで移動するようだし、無事に地球に帰還できるかも、未知数らしいわ。」
「好奇心としては、宇宙チームに参加してみたい気もするけどね。」
「もっと、時代が進めば、あっという間に他の惑星に移動できる可能性だって否定できないわよ。なんでも、他の惑星の物質をいくつか地球に持ち込んで、研究しているみたいだけど、宇宙空間で反発し続ける物質があるそうで、方向さえ制御出来れば、どこまでも加速し続けるそうよ。問題は減速する手段と、そんなスピードに耐え得るボディの開発が、当面の課題のようだけど・・・」
「ちょっと、想像もつかないな・・・とりあえず、皆に挨拶してから部屋に戻ろう。」
そう言って、皆に挨拶を済ませると、研究室をあとにした。その後、夕食までの時間、友香に端末の操作方法などを学び、現代の情報収集などを、必要かは別にして、最重要時効だけを叩き込んだ。友香も、やはり疲れたらしく、夕飯を一緒に済ませると、部屋に戻って行った。
「予定では次は50年後に一度FTSを降りて、その日のうちに300年後に向かうということだったな・・・300年後なんて、考えても何もわからないし、なるようになるよな。友香だって内心はきっと不安と戦っているはずだし、もっと俺がしっかりしなきゃ!」
とは言うものの、不安を全て拭い去るには、無理がある。数多の不安が脳裏を過ぎり、押しつぶされそうな感覚に捉われながらも、なんとか眠りに着いた・・・。
翌朝―――
早川は早めの朝食を済ませ、一人、一時間ほど気を紛らわすために、ジムで泳ぐことにした。まだ、正午まで三時間以上もある。準備を済ませ、端末もチェックし、これと言ったメッセージも無かったので、ジムへ向かった。着替えを済ませ、プールで軽く流していると、声をかけられた。
「おう!早川!おまえも落ち着かず、汗を流しにきたのか?」
安藤だった。
「安藤さん。おはようございます。お一人ですか?」
「おはよう。ああ、妹は青柳教授に呼ばれて、色々とプロジェクトの事なんかを教わっている。妹は何も知らない、平凡な一般人だったからな。突然、こんな壮大なプロジェクト、あの場では参加すると言ったものの、知識も経験も無い状態だし・・・と、言っても俺たちも今や、知識や経験のほとんどが役に立たない時代に来ちまったけどな!」
そう言うと、早川が何か言う前に、泳ぎだしてしまった。取り残された早川は、独り言のように・・・
「そうだよな・・・俺も、もうよくわからないや・・・」
そういうと一時間ほど、がむしゃらに泳いだ。シャワーを浴び、着替えを済ませると、安藤と一旦別れ、荷物を置くために部屋に戻った。
―――正午 FTS制御室
皆の姿があった。タケルや順平もいた。青柳は咳払いをすると、皆に向かって、一人の男を紹介した。
「突然ではあるが、急遽、未来チームに新たなメンバーを加えることとなった。彼はアメリカ人のレイニー・スミスだ。アメリカMASAからの提案で、一人でもアメリカの人員を参加させて欲しいという事で、2年前から、日本の別の研究機関で働いていた所を、昨夜、事情を説明し、プロジェクトに参加してもらうこととなった。日本語はかなりのものだから、気にする必要はない。」
ガッチリした肉体、黒人の彼は、アメリカ、メサッチュセッツ工科大学を卒業後、日本の大企業でエンジニアとして働いていたが、その優秀な頭脳は、もっと大きな分野で活躍させた方がと、当時の上司からの推薦で、宇宙にかかわる研究施設で働いていた。年齢は32歳。学生時代にはアメフトをやっていたらしく、なるほど、納得の肉体である。
「はじめまして、皆さん。どうぞよろしくお願いします。あまり、時間も無いようですので、未来でお話しましょう。」
そういうと、全員に握手して回った。
「昨夜、少しプラン変更になった事はメッセージで送ったと思うが、確認はしてくれているね?」
皆、頷いているので、早川が代表する形で、
「50年後ではなく、次は、今の研究が一段落迎えた時になったんですよね。」
「そうだ。だから、20年後かもしれないし、300年後かもしれない。大杉君、東君も後からFTSに搭乗する予定だが、今FTSに乗るのは、早川、森本、安藤兄妹、倉本、レイニー、そして私の7人だ。早川統括、何かありますか?」
「いえ、私のほうからは特にありません。気をつけてと言うのも変ですが、進行世界の事は我々に任せて、安心して未来へ旅立って下さい。順平君からは何かありますか?」
「僕からも、特になにもありません。皆さん、未来でお会いしましょう。」
大杉と東が早川の方へ、近寄ってきた。
「これで、見送るのは3回目ね。もう慣れたものだと思うけど、また未来で会いましょう。」
「行ってらっしゃい!」
「はい、皆さんもお元気で!そして、またお会いしましょう!」
ポンっと肩を叩かれ、それに押される形で、FTSに乗り込んだ。それに続く形で他の連中も次々と乗り込んだ。大杉と東はオペレーションルームに移動して、FTSを起動させた。
こうして、早川たちは再び、深い眠りについた・・・。