第三章 遠い未来
ほぼ同時に5人のFTSの扉が開いた・・・。
「う、う・・・ん。体がだるい・・・さすがに30年という月日は、少し体に負担がかかるかな・・・みんなは・・・無事か・・・」
早川はフラつきながらもFTSから降りると、周囲を見渡した。
「おはよう・・・かな?」
目をこすりながら、友香も起き上がってきた。それに続くように皆が一斉にFTSから降りた。すると、モニタールームから、見たことの無い青年がこちらへと向かってきた。
「何から話せば良いのか・・・」
青年は、落ち着かない様子で、こちらに歩み寄ってきた。
「君は、新しいチームの一員かね?」
青柳が問いかける。
「僕の名は大杉順平です。」
「ああ!あの大杉さんの息子さんか!初めまして。そうか、30年も経てば、立派に・・・いや実年齢で言うと俺よりも長く生きているんだよな・・・」
「いえ、大杉真由の息子ではありません。それに大杉真由には会ったこともありません。」
青柳の表情が険しくなった。安藤と倉本も近寄ってきた。
「どういうことだ?」
青柳が問いかける。他の皆も早く答えが知りたい様子で、固唾を呑む。
「実は、今は西暦2247年です。」
「なんだって!!!どういうことだ!」
「僕は、大杉真由から数えると10代目の子孫にあたります。実は―――」
そういうと、これまでのいきさつを、話し始めた。
大杉の話では―――
青柳たちが仮死状態に入った後、順調に研究は続けられ、28年が過ぎた。時は西暦2045年3月、インドネシアのとある沼に、隕石が落下。幸いにもその沼地付近には人は住んでおらず、また、落ちた隕石といってもバスケットボール程度の大きさだったこともあり、それほど大きなニュースになることもなく、数ヶ月が過ぎ、沼から大量の蚊が発生したのだ。蚊が大量に発生するのは毎年のことだが、隕石の成分を含んだ沼から発生した蚊は未知なるウイルスを蓄えて飛び立ったのだ・・・。
そして、パンデミックが起こった。瞬く間に未知なるウイルスは世界中に蔓延することとなる。当時の医学では解明できず、当初はインフルエンザの突然変異だと多くの科学者、医学者達が唱え、ワクチンを開発するも、特効薬とはならず、実に世界の全人口の9割が死んでしまった。
その後、ようやく原因を突き止めたものの、未知なる物体から溶け出した沼の水の調査は解明できず、また、採取に向かう者たちの命もことごとく奪い去った。
世界はまさにパニック状態となり、ほとんどの国が、国としての機能すら果たさなくなり、科学者達は頭を抱えていた。しかし、この研究所は特殊な作りが幸いし、被害が及ばなかったのである。また、日本が島国だったこともあり、他国より被害も少なくて済んだ・・・とはいうものの、日本の人口は少子化の影響とあいまって、2247年現在の人口は1000万人を下回るまでに減少していた。
「あの恐怖のウイルスから、60年ほど経った頃、ようやく、完全なワクチンの開発に成功し、少しずつ、人口は上昇傾向に向かいましたが、そういう出来事があったために、本来あなた方を仮死状態から戻す予定だった2047年には、戻せなくなり、その後もタイミングを失い続け、現在に至ったというわけです。」
皆、信じられないという様子で互いの顔を見合わせている。ようやく青柳が口を開いた。
「では、何故、この2247年に私たちを復帰させたんだ?何か理由があってのことなんだろう?」
「ひとつは、安藤さんの妹さんの治療法が完全になったこと。間違いなく現代の医学で、手術は必要ですが99%完治します。」
安藤の目が輝いた。
「ほ、本当か!夢のような話ばかりだから、夢なのかもしれないが・・・本当なんだな!?」
「ええ、すでに病院は手配済みです。医療スタッフがこちらへ向かってますのでご安心ください。」
「良かったですね!本当に良かった!安藤さん!」
早川が安藤の素に駆け寄り両手を握って、叫んだ。
「有難う!有難う!」
安藤は、本当に嬉しそうだった。倉本や友香も「おめでとう」と、伝えていた。そんな中、青柳が大杉に問いかけた。
「一つ目の理由はわかった。感謝する。有難う。で、二つ目の理由はなんだね?」
「実は、僕の祖先にあたる、大杉真由と、東さんは、運悪く、ウイルスが蔓延している最中、旅行に出かけていて、ウイルスに感染してしまいました。職業が職業だった為に、二人は、すぐさまFTSで仮死状態にされました。」
「それで?今は?」
「最近になりワクチンはお話した通り完成しましたが、FTSの調子がよくありません。僕たちにはFTSを整備するだけの知識を残念ながら持ち合せておりません。新型は開発されましたが、根本的に作りが違うため、万が一のことも考え青柳教授たちが帰還するまで、そのままにしてあります。」
「すでに私の知識なんて時代遅れだろう・・・皮肉なもんだね・・・」
「決してそんな事はありません。青柳教授の意志は受け継がれ、あの時の基礎があったからこそ、現代においてもFTSは進化を続けています。」
「まあいい。200年経とうが、500年経とうが、私にとっては昨日の事のようだからね。しっかりシステムは記憶しているから大丈夫だ。但し、200年という時の流れに私たちが順応できるのかが、一番の問題だが・・・予定では少しずつ、進んでいくはずだったからね。」
「たしかに、あなたたちの居た時代の200年前というと江戸時代になりますから、江戸時代の人がいきなり2012年に来たとしても、きっと混乱して訳がわからない・・・それと同じような事があなた達にも起こっているのですから・・・ただ、江戸時代から平成の変化ほど、平成時代から今は変わってないのかもしれません。後でご自分たちの目で確認してみて下さい。僕はとりあえず、安藤さんの妹さんの方へ向かいます。そちらのFTSは正常なので、僕でも大丈夫なので、安藤さんだけ一緒に来て頂けますか?」
「もちろんだ!」
「何かあれば、人数分の端末をそこに置いてますので、各自お持ちください。連絡はそれでやりとりしますので。使い方は電話機・・・ですか?と、同じような感じです。詳しい使い方もそちらに書いてますので、見ておいて下さい。」
そういうと、安藤を連れて研究室を出て行った。すると、すぐさま、友香が端末を手にした。
「これ、凄く軽いわよ!ほとんどの部分が透明だし・・・あっ!」
「どうした!」
早川が駆け寄る。
「うわっ!!」
倉本と青柳も駆け寄る。
「これは凄い・・・」
倉本も端末を手にして驚いている。
「てっきり端末に表示されるのかと思ったら、立体的に何も無い所に何かが表示された・・・さすがに200年以上も経過している・・・とは言え、まさか、こんな映画のような端末が実際に誕生するなんて・・・」
青柳も興味深そうに端末に触れた。が、すぐに、
「あれこれ考えても理解できる代物じゃない。まずは、大杉君と東君を仮死状態から復帰させよう。研究室内は、ほとんどの機材が昔と同じように使えるみたいだ・・・というより、わざわざ残しておいてくれたと考えるべきか・・・」
そういうと、隣の部屋に向かった。早川たちも端末が気になったが、まずは青柳教授の指示に従うことにした。
「ねえ、こんな映画みたいな事ってあるんだね。研修では少しずつ時代を進んでいくってことだったけど、いきなりはさすがに頭の中がパニックになりそう・・・研究室内でこれだと、きっと外の世界は・・・」
「ああ、想像もつかない。高層ビルとか300階建てとか普通にありそうだね。」
「かもしれないわね!なんだかワクワクしてきたわ!でも、ウイルスで多くの人たちが犠牲になったことを考えると、素直にワクワクもしていられないけどね・・・」
そうだった・・・すっかり舞い上がってしまっていたが、日本の人口が1000万人を下回るなんて、平成時代に生きた人たちには想像もできなかっただろう。いや、そんなことを考えた所でどうにかなった話ではない。友香の一言で現実に引き戻された早川は、無言のまま、青柳の方へ歩いていった。
「うむ、なるほど・・・これなら、人体に影響もない。適切に処置してくれている。私が手を加える必要もなさそうだ・・・さて、後は大杉君の指示に従うとしよう。たしか、彼女たちはウイルスに感染したままの状態だそうだから、今、仮死状態を解除するわけにもいかんだろうからね・・・」
「良かったですね。まずは、大杉君に連絡してみましょうか?」
倉本が青柳の元へ歩み寄った。
「ああ、そうしてくれ。私は、第4研究室へ行ってみる。この先をどうするかも考えなくてはならんし、今のチームSの統括マネージャーにも会ってみないといけないしね。早川君たちも、今は大杉君からの指示で動いてくれ。何かあれば、第4研究室にいるから・・・。」
そういい残して、部屋を出て行った。倉本は必死に渡された端末で大杉に連絡しようと試みている・・・
「駄目だ!さっぱりわからん!たかが、電話をかえることさえ出来ないのか・・・私も科学者の端くれだぞ・・・」
イライラした様子で、端末を360度回転させながら悪戦苦闘している姿に、友香がクスっと笑いながら、近づいた。
「倉本さん、これはきっと、ボタンなどはありませんよ。端末本体では操作できないと思います。こうやって・・・」
そう言うと、何もない空間を押すような動作をしはじめた。そして、付属のヘッドセットのようなものを装着して、話し始めた・・・
「あっ、もしもし、森本です。青柳教授がFTSをチェックした結果、問題がないようなので、ワクチンの手配をお願いします。・・・はい、はい、わかりました。では、そのように伝えます。では、後ほど・・・失礼します。」
早川と倉本は思わず顔を見合わせた。
「早川君、彼女は一体何者なんだね・・・」
「いや、俺もあんな姿を見るのは初めてで・・・何がなんだか・・・」
「君たち交際していたんじゃないのか?」
「た、たしかに頭は良かったですが、せいぜいスマホを俺より早く操作できる程度で、PCなんかは俺のほうが・・・」
そんなやりとりをしていると、友香が・・・
「何をブツブツ言っているの?さっき、マニュアルに目を通したから、その通りに操作しただけよ。」
たしかにマニュアルは渡されていたが、タッチパネル自体、歴史がそんなに長くは無かった時代にようやく、皆が慣れ始めたくらいの時代にいたのだ。マニュアルにサッと目を通した程度では、言葉は理解できても、あんなにスムーズに操作できるとは思えなかった。倉本もお手上げのようなジェスチャーをしている。
「それより、大杉君の話では、安藤さんの妹さんの手術に立ち会うそうだから、今日はこっちへは戻って来れないそうで、明日の正午に、ここへ集合して欲しい、それまではあまり遠くへは行かないで欲しいと、ただ、外出は可能だそうよ。お札も硬貨も変わってしまっているので、とりあえず各部屋の金庫にとりあえず10万円ずつはいれてあるそうなので、足りない場合は、総務部の人に言ってくれれば、工面してくれるそうよ。」
「私は、一度、教授の所へ行って来る。あまり外の世界にも興味がないし、せめて、この端末の基本操作くらいは出来るように頑張ってみるよ。」
笑いながら、手を上げると、研究室を出て行った。
「友香・・・が、そんなに器用だったなんて・・・」
早川は、まだ一人でブツブツ言っていた。
「なんだか、怪しい人みたいよ。とにかく、外がどんな風か気になるし、200年越しのデートでもしましょう。着替えと言っても、今の時代の流行なんてわからないし、コンビニがあるかわからないけど、B3Fで雑誌とか買ってチェックもしたいわ。」
友香は生き生きしている。友香に手を掴まれ、研究室を後にした。
B3Fに着くと、一旦友香と別れ、部屋に戻ることにした。
「やっぱり、研究施設内は、見る限り、それほどの変化は見られないな・・・。エレベーターの認証システムには驚かされたけど・・・それに、部屋は本当に200年が経ったのかもわからないほど、この前と同じ状態だな。PCだけは変わっている・・・あれ?モニターが見当たらないぞ・・・」
モニターだけ設置し忘れたのかと、思いながらも電源をONにして、声を上げた。
「うわっ!なんだこれは・・・」
起動の早さというより、まず部屋全体に何かが表示された・・・いや、表示されたという表現が正しいのかさえわからない。自分たちが過ごした時代でも、映画なんかで見たようなさっきの端末の時のように、何も無い空間にアイコンのようなものが浮かんでいるような感じだ。
「凄い・・・それ以外に言葉なんて見つからないや・・・。どういう仕組みかを考えても混乱するだけだから、とりあえず今は電源をOFFに・・・駄目だ・・・それすらもわからない・・・」
あたふたしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「陸?私!友香よ~聞こえる?間抜けな顔が鮮明に見えるわね。」
声と共にホログラムのように友香の姿が現われた。
「え?え?え?どういう事?友香?」
「触れようなんて馬鹿な行動はやめなさいよ。実態はないんだから。まだ、設定とかしていないから、今の私の姿がそっちに現われているけど、カスタマイズすれば、色々出来るみたいよ~今の状態を見られたくない人だっているものね~ちゃんと設定しておかなくちゃ、部屋の中とかも丸見えになっちゃうし、後で色々試してみるわ。」
「あ、ああ・・・俺も、と、言いたい所だけど、何がなんだか・・・さっぱり・・・」
「あとで、設定してあげるから、外出の準備して待ってて~15分ほどでそっちに行くから。」
そういうと、返事も待たずに、友香の姿が消えた。結局、何も出来ないまま15分が過ぎた。
「陸~準備くらいは出来たんでしょうね?」
そう言いながら、部屋に入ってきた友香は、空間に向かって何か色々し始めた。
「これで、とりあえず、プライバシーだけは確保されたわ!陸の部屋は映らないようにしておいたから。寝癖姿とか見られたりしたら恥ずかしい年頃だもんね!」
笑いながら、友香が言う。
「友香も同い年だろ!PCは帰ってからゆっくり勉強するよ・・・と、言っても、今の段階でこの時代にどのくらい滞在するかわからないから、すぐに出発するのなら覚えても無駄になる可能性もあるしね・・・」
「でも、覚えておいて損はないわよ~ところで、PCでこの調子で運転なんて出来るの?さっき調べたら、凄く便利になっているみたいだから、私でも簡単に運転できると思うけどね。」
友香の順応能力の凄さにただただ、感心するばかりの早川をよそに、さっさと駐車場側のドアに向かう友香を、追いかけるようについてゆく早川の姿がどこか情けなく感じられた。
友香が調べた現在の自動車は、ほとんどの道路に磁気装置が埋め込まれ、そこからの信号により、行き先をセットすれば自動で目的地まで運転してくれるものだった。基本的には眠っていても目的地に到着するようだが、未だ舗装されていない道路や、道路ではない部分を走行する際にはマニュアル操作も必要だが、体内の血圧や心拍数など、あらゆる状態をコンピューターで常にチャックしていて、起きているのか、眠っているのかも、自動車側で把握し、状況に応じて、起こしてくれたり、自動で停止したりと、普通にマニュアル状態で運転するより何十倍も事故の確率も低いらしい。
現在では死亡事故などは、マニュアルモードで運転中に起こることがほとんどで、たとえマニュアルであっても、ほとんどの場合はコンピューター制御で事故を未然に回避するそうである。
「座っているだけいいそうよ~」
ニヤリと助手席に座り込んだ友香が言う。
「何を言われても、友香には及びそうもないから、反論はやめておくことにするよ・・・まずは市街に出ればいいんだよな?」
「そうね、きっと市街に出るまでは変化もないだろうしね。」
「って、友香がセットしてくれよ!もう助手席とか運転席とか関係なくない?」
「たしかにそうよね。一応ハンドルとかそっちにあるから、運転席なんだろうけど・・・OKセット完了~出発進行~」
エンジン音はしないが、何か音が聞こえた。
「完全に電気で走るみたいよ。ソーラーと地熱で蓄えられ、地面に埋められた多くの蓄電池から非接点で充電しながら走るみたい。音がしなくて危険があるからと、わざわざエンジン時代の名残でスピーカーから音が出ているそうよ。」
助手席の友香が端末を操作しながら話す。早川は勝手に走行する車にためらい、ハンドルから手が離せなかった。
「大丈夫よ!ハンドルから手を離しても。」
「だけど、なんか落ち着かないから握っておくよ。万が一に備えてね・・・。」
「意外と小心者なのね。」
車は駐車場を抜け、工場の敷地に出た。あの頃のように守衛も見当たらない。それどころか、ロボットが敷地内を忙しなく動いている。
「人が見当たらないわね・・・なんだか、ちょっと寂しい感じもするけど、これがこの時代では当たり前なのかもしれないわね。」
「不気味にさえ感じるよ。24時間ずっと動き続けてるんだろうね。」
「きっと故障しても、それもロボットが修理しているかもしれないわよ。」
「人口が減少しても、それを補うだけの科学力があるってことか・・・」
「そうみたいね。あっ、外に出たわ。やっぱりこの辺りはほとんど変わってないわね。」
敷地を出ると、見慣れた森が左右に広がっていた。やはり緑は大切なのだろう。もしかしたら、この辺りまで開拓されているかもしれないという想いもあったが、それはなさそうである。スピーカーからの走行音がなければ、息遣いさえ聞こえてきそうなほど静かだ。
そんな静けさを、引き裂くように車内に警告音が鳴り響く。実際にはそんなに大きな音ではないのだが、周囲の静けさが、余計に大きく聞こえさせた。
「なんだ!?」
「慌てないで!熊が近くにいるみたい・・・。でも、大丈夫よ。」
そういうと、友香は何かを操作し始めた。すると、車内に画面のようなものが現れ、そこに、文章が表示された。その内容とは、野生動物にはGPSなどのチップが埋め込まれ、常に情報を発信し、人間に対し警告を送ることによって、予め危険などを察知、無益な殺生をしなくとも動物とうまく共存できるシステムがこの時代には構築されているという事が書かれていた。
「なるほどね。俺たちの時代では、熊などが人を襲うと、場合によっちゃ、撃ち殺されたりしてたけど、この時代では、そういう状況を作らないように色々考えられているんだな。」
感心した様子の早川をよそに、
「それでも、全ての動物にチップを埋め込むことは不可能で、年間、1000件以上の動物とのトラブルはあるそうで、人が殺されたり、動物を殺さなくてはいけない状況もあるようだけどね・・・それでも、年々減少傾向にはあるようよ。」
そんな会話をしているうちに、森を抜け、市街地が見えてきた。
「で、電線がない!」
まず、目に飛び込んできたのは、見慣れた電線が見事に見当たらなかった。
「私たちの時代でも、他の国では地下に電線を設置する事も多かったみたいだから、そんなに驚くこともないじゃなんじゃない?」
「そうだけど・・・日本では当たり前のようにところ狭しと、見上げれば電線だらけだったから、電線がないだけでも、こんなに違うのかと思って驚いた。」
「たしかに、電線も電柱もないからスッキリした感じね。それに道路なんかも綺麗に舗装されているし、建物もいくつかは不揃いだけど、かなり綺麗に統一されているね。」
友香の言うとおり、道路は碁盤の目のようにまっすぐ伸びている。建物も幅などが統一されている所が多い。それに、木造住宅は、一見、見当たらない。全てが綺麗に収まっているように見えた。
「それにしても、本当に人が少ないわね。それにすれ違う車も少ないし、皆、運転なんてしていない・・・いや、あそこの車はエンジン車みたい・・・いつの時代も車好きはいるみたいね。」
この時代に来てから、まだそれほど時間が経っていないのに、何故かエンジン音が懐かしく感じられた。早川自身、車なんて乗れたらどうでも良い方だが、ここまで何もしなくても進んでしまう車には、さすがに物足りなさを感じてしまい、マニュアル操作しようかとも考えたが、右も左もわからない時代で、それをするのは無謀かもしれないと、踏みとどまった。
「とりあえず、この先どうなるかも、今の段階ではわからないから、この時代の人とかかわるのも、控えたほうが良さそうね。安藤さん達の事も気になるし、もう少しドライブしたら、研究所に戻りましょう。」
「そうだな。友香の方が、順応力も高いし、ここは友香に色々調べてもらって、俺は・・・」
「あら、私に頼りすぎは良くないわよ。陸も少しは順応していかなくちゃ、この先が思いやられるわよ!」
「出来る限り頑張ってみるけどね・・・。」
なんとも、情けない返事しか出来なかった。街を歩いてみたい気持ちもあったが、プロジェクト自体、本来のスケジュールとは大きく狂ってしまった今、青柳も必死で立て直そうと頑張っているはずだし、ここで問題を増やしてしまう可能性のある行動は控えたほうがいいだろう。
早川は、友香に教わりながら、目的地をセットした。
「このくらい一回で覚えられるわよね?」
「う、うん・・・。」
本来なら覚えられるものも、友香の見えない圧力に、集中できず、早川は苦笑した。
二人は、少し市街地をドライブした後、研究所に引き返した。
「私はシャワーを浴びてから青柳教授の所へ行くわ。」
「わかった。俺はこのまま、青柳教授のところへ行ってみるよ。」
「じゃあ、あとでね。」
友香と別れて、早川は部屋には戻らず、その足で第4研究室に向かった。研究室に着くと、ちょうど誰かが出てくる所だった。
「君は・・・早川さんですね?」
その男は白衣に長身、細身で白いフレームの眼鏡をかけていた。年齢は30代半ばといった感じで、話し方はやわらかい。胸にかかったプレートを見ると、彼がサポート班の統括マネージャーのようだ。
「はい。そうです。」
「初めまして、チームSの統括マネージャーの早川 タケルと言います。」
そういって、手を差し伸べてきた。早川は、握手を交わしながら、「早川?」と、一瞬、とまどった。そんな心中を見透かしたように・・・
「あなたの血縁関係にあります。しかし、家計図などはありませんし、説明すると長くなりますし、ひとつだけ、あなたのお父さんの弟に当たる方の子孫とだけ言っておきましょう。200年以上の時の流れを説明するには、時間がいくらあっても足りませんし、細かく把握も出来ておりません。まあ、従兄弟くらいに思っておいて下されば結構ですよ。」
笑いながら、タケルは言う。続けて・・・
「実年齢ではあなたより、年上になりますが、誕生日から換算するとあなたの年齢は200歳を超えています。複雑な人間関係ではありますが、このプロジェクトでは、こういうことは当たり前なので、徐々に慣れてください。後、今後のことは、青柳教授にお話しましたので、後で確認してみて下さい。私は、急ぎますので、今はこれにて失礼致します。」
そう言うと、足早に早川の目の前から消えていった。少し、混乱していると・・・
「まさか、君の血縁関係だったとはね・・・」
ニヤリとしながら、顔を覗かせたのは青柳だった。
「そんな所に突っ立ってないで、入りたまえ。」
「あっ、は、はい・・・」
研究室に入ると、倉本がいた。倉本は、端末を慣れない様子で操作していた。青柳は自分お椅子に腰掛けると、早川にも座るように手で合図を送った。
「今、倉本君にみんなを招集してもらっている。当初、このプロジェクトは医学的な要素が色濃かったが、話が大きく変わってきた・・・詳しくは皆が集まってから話すが・・・」
なにやら、状況が一変したようで、安藤も急遽こちらへ向かっているそうである。しばらくすると、友香が部屋に入ってきた。それから1時間程で、安藤も現われた。
「安藤君、すまないね。君にも大きな決断をしてもらわなければならなくなった。その為には、どうしても、ここへ来てもらう必要があった。」
「いえ、俺がそばにいても出来ることは何もありません。それより、何があったんです?」
「実は―――」
青柳が話し始めた。