表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FTS  作者: くきくん
2/62

第二章 五年後

~ 五年後 5月11日正午 ~


「あと、3分で、青柳教授たち帰還ですね。」

東が腕時計を見ながら、言った。あれから5年、プロジェクトチームのメンバー達は青柳教授の指示通りの研究を続けながら、この時を待ちわびていた。それぞれが5年の歳月を過ごしたのだ。病気をする者、車を買った者、引越しをした者・・・5年と言う歳月は、短いようで実際には長い。当時小学5年生だった子供はもう、高校生になっているのだ。


大人になると5年はあっという間でも、子供に置き換えると、見た目も内面も大きく変化する。新入社員も5年後には、それなりの仕事をこなせるようになっている。


新しく開店したラーメン屋さんも、祝5周年、それなりの認知度になっているはずである。いや、閉店してしまっているお店も少なくないだろう。当然、政治面でも大きな変化が見られるだろう。世界の情勢もすごい勢いで変化している。


しかし、青柳教授たちにとっては、昨日の事・・・に感じるはずである。実際には総理大臣もすでにあの頃から三人交代している。民為党だった政権も交代して、現在は、維新党となっている。しかし、このプロジェクトだけは政権が変わろうとも、国家プロジェクトとして引き継がれていく極秘の取り決めが結ばれているので、大丈夫であろう。


「自動プログラム起動しました。残り30秒、29、28・・・」


東がカウントダウンを始めた。プロジェクトチームの面々にも緊張が走る。いくら、研究に研究を重ねたと言っても、人間での実践は今回が初めてである。万が一、仮死状態から戻らなければ、それはプロジェクトの終了と同時に、青柳教授たちの死を意味するのである。それだけはあってはならないが、ここは祈るより他ない・・・。


「3,2,1・・・解除!」


カプセルがわずかな音と共に開く。


「なんだか変な気分だね・・・ここは五年後かな?」


まずは青柳教授が静かに口を開いた。


「おかえりなさい。教授。そして、みんな。」


青柳教授たちは、ほとんど同時にカプセルから抜け出すと、まずは互いに握手を交わした。


「新聞を持ってきてくれるかな?」


「ここに用意しています。」


「2017年5月11日・・・間違いないようだね・・・まさか、こんなものをわざわざ作って見せたりもしないだろうし。」


と、ようやく笑顔を見せた。


「さて、まず、第一段階は成功だ。今から、10日間で5年間の世の中の変化を頭に叩き込む。各自、指示通りチームに分かれ情報収集に当たってくれ。ほとんどのことは残っていたメンバーがやってくれているだろうから、今回はテストも兼ねての事だし、次は30年後に進むことになる。そうなると、今いる人の何人かとは会えなくなっている可能性も否定できない。そして、今回の成功で安藤君の妹は仮死状態にする事が決まった。東君、安藤君の妹さんの容態は?」


「2年ほど前に、一時容態が悪化したものの、治療の甲斐もあり、その後は安定しています。早速、安藤君と共に、ご両親の元へ向かいます。」


「よろしく頼むよ。」


早川も指示された仕事に就いていた。まずは残ったチームが集めてくれた、5年間で変化のあった最重要事項だけをまとめた資料に目を通す・・・


「た、大変です!青柳教授!」


「どうしたんだね?早川君。」


「アメリカも同じ研究を進めているようで・・・」


「知っているよ。君には言ってなかったかな?こういうプロジェクトに国境はないんだよ。優秀な知識は集結させ、より良い結果を導き出す。科学者一人の生涯なんて、宇宙の歴史からすれば、本当にちっぽけなもの。そんな中、歴史を動かすようなプロジェクトを進めていくためには、とてもじゃないがわが国のプロジェクトチームだけでは足りないのだよ。そんな事より、資料やネットだけでなく、5年という歳月を自分の目でも確かめてきたらどうだね。5年という歳月は、思っている以上に変化しているよ!もっとも数時間程度で変化を感じ取れるかは君次第だがね。」


そういうと、青柳はコツコツと音を立てながら部屋を出て行った。


早川は考えた・・・。

五年という歳月。電化製品などは、確実にモデルチェンジを繰り返しているはずだし、きっと自動車なんて、エコ化が進みリッター40なんてのは当たり前なのかもしれない・・・。携帯電話なんて5年も経てばかなり進化しているだろう。町並みなんかは、それほど変化はないだろうが、パッと見ただけではわからない部分で大きく変化しているだろう・・・。


しかし、それらをほとんど感じることが出来ぬまま、今度は30年後だ。想像もつかない・・・。30年後には、もっと長く滞在するので、もっと変化を感じることが出来るだろうし、早川自身、30年も生きていないのである。30年前というと、生まれる以前、テレビなどでも古さを実感出来るレベルである。そんなことを考えながら、研究室を出た。


「まずは、バレない様に着替えてから、外出してみるか・・・。」


独り言のように呟いたつもりだったが、


「そうそう、バレると大変な事になるわよ~絶対にバレないように行動してね。出来る限りのサポートはするけど、限界があるからね。」


同じプロジェクトチームの大杉 真由だった。彼女は未来へは行かないサポート組だ。だから、普通に仕事を終えると帰宅して、普通の日常を過ごしている。さっきまで、感覚では30分ほど前までは23歳だった彼女が、あっという間に28歳になったということだ。


わかっていても、不思議で、やはり早川の脳は理解しようとする一方で、不思議な感覚に襲われていた。そんな心境を悟られたのか、


「私、結婚して子供がいるのよ。もう2歳になったわ。そう、これが5年と言う歳月・・・私自身、こっちで普通に生活を送ってきたけど、教授や早川君たちを見ると、やっぱり変な感覚に襲われるわ。それに次に会うときには、息子が早川君より年上になってるんだからね。私には孫が出来ていてもおかしくないわね・・・なんかちょっとショックでもあるけどね。」


笑いながら、そう言うと、リュックを手渡した。


「ここに必要最低限の物が入っているわ。あまり遅くならないようにね。複雑な心境で混乱していると思うけど、あなたの選んだ道だから、頑張るのよ!」


「大杉さん、有難う、行って来ます。」


親指を立てて、にっこり微笑むと、そのまま奥へと消えていった。


「そうか・・・大杉さんもお母さんになったんだ・・・俺の中での体内時計では、本当にさっきまでは・・・よそう・・・頭が変になりそうだ・・・」


そう呟くと、リュックからスマホを取り出した。


「これが最新型か。一時期は小型化にメーカーも力を入れていたけど、スマホの登場で見やすい画面と小型化の両立には矛盾が生じることから大き目の物が登場し始めていたけど、サイズ的にはそんなに変わってないな。しかし、数日後にはこのスマホともおさらば、きっと30年後には、レトロなスマホになっているんだろうな・・・」


苦笑しながら、研究室を後にした。


早川の本籍は千葉県である。研究室があるのは青森県の山中深くで、核シェルターに覆われた堅固な作りになっていた。外部で、もし戦争などが起きてしまっても、耐えられるように、常に最新の科学の粋を集めた作りになっている。電源の確保にも余念がない。5年前には完成していなかった、太陽の光を一点に集約してエネルギーに変える装置や、地熱発電、風力発電、水力発電などなど、ありとあらゆる方法で電力を発電出来るようになっている。蓄電装置も1年間は全ての電力供給がストップしても、全ての研究施設内をフォローできるだけの機能だ。


「たしか、車も提供されていたな。しかし、考えたら、免許を取ってから、それほど運転していない・・・と、言って市街地までは徒歩では歩ける距離でもないし、この辺りはきっと30年後でも変化がなさそうだ。とりあえず、たしかB3Fに専用駐車場があったはずだから、まずは、車に向かおう。」


研究施設は地下11Fまで存在する。地下から地上へは専用エレベーターで向かうことになり、地上にあるダミー工場を通じて、外界へと出るのである。ダミー工場と言っても表向き稼動もしているし、研究員たちが社員となって働いている。とにかく、絶対にバレないように、徹底されている。


早川は、与えられた駐車場へ向かう。駐車場に併設して、1DKの部屋も与えられている。B3FとB4Fは居住区となっており、研究員たちは、ここで生活をしたり、または、通勤で通う者もいる。研究員にもランクがあり、SランクとAランクの一部の者にしか、FTSの存在は明らかにされていない。FTSにかかわる家族はある特殊な条件を除いて、一生涯を研究施設内で過ごす事となるのである、外出は出来るが、細かな、そして、多くの条件がつく。


早川は、自分の部屋の前に着いた。出発前には、この部屋の事も告げられておらず、とにかく、決断が出発直前にまで及んでしまったため、聞きそびれてしまった事も多い。


「考えたら、研究の流れは知っていても、部屋のことや、その他のことは何も聞いてないな・・・。後で、大杉さんに聞いてみよう。たしか、10日間の活動マニュアルはリュックに入っていたな・・・。カードキーは・・・これか!?」


カードキーを差込、部屋の中に入った。1DKのその部屋は、必要最低限のものしか揃っていない。食事などは、全て内線で連絡すれば、24時間いつでも支給されるし、洗濯等も、部屋の専用BOXに放り込めば、数時間で届けてくれる。生活するには、何不自由しないように、特にFTSに携わる人たちは優遇されている。その代わり、戸籍上は死んだ扱いになるのだから、素直には喜べない・・・。

駐車場へは、部屋の奥にあるもうひとつの扉から直接出ることが出来る。


「すぐに外へと思ったけど、まずは、マニュアルに目を通して、それから行動しよう。」


きっと、かなり高価であろうソファは座り心地が抜群で、腰掛けると、立ち上がるのが嫌になるくらい絶妙のフィット感である。


「こんなソファ初めてだ。きっとこのプロジェクトにかかわっていなかったら、こんな高価なソファには一生座れなかったかもしれない・・・」


ため息混じりに呟くと、マニュアルに目を通した。テーブルの上にはノートPCが、部屋の片隅には専用のPCラックとデスクトップPCがあった。


「ノートの方は外出の際に持ち歩くこと・・・なるほど・・・。極秘なメッセージなどは受信したことだけがスマホとノートPCに通知されるが、内容はデスクトップでしか確認が出来ないようになっている・・・あまり遠出は出来そうもないな。安藤さん達は、妹さんに会えたかな・・・。よし、とりあえず、俺も外へ向かおう。いくら居心地がよくても、やっぱり外の空気は吸いたいし、後は車の運転だけが、不安だけどね・・・。」


外出時の注意事項にもう一度目を通すと、忘れ物が無いか確認し、内線で外出の旨を告げる。


「早川さん、承知の上とは思いますが、くれぐれも外出時には細心の注意を払ってくださいね!重要な連絡に関しましては、マニュアルにもある通り、傍受や盗聴を防ぐためにも直接、外でのやりとりは出来ません。では、お気をつけていってらっしゃい。」


電話を切ると、奥の扉へ向かう、ここでもカードキーが必要だった。


「面倒くさいなんて言ったら怒られるんだろうな・・・」


苦笑しながら、カードキーを通すと、ロックが解除される音と共に、扉が開く。


「よし、行こう!」


助手席にリュックを置くと、シフトをドライブに入れ、ゆっくりとアクセルを踏んだ。そのまま専用の車ごと乗れるエレベーターへ、地上へと向かう。そこは地上に立つ巨大な工場の倉庫内だった。


「なるほど、これなら工場の作業車と思われる。よく考えられたものだ。」


そのまま、倉庫内を抜けると、今度は工場の敷地内を走る。5分ほど走ると、門が見えてきた。守衛が左右に一人ずつ立っている。詰め所にも何人か見えた。ウィンドウを下げろというジェスチャーに応え、ウィンドウを下げると、足早に守衛の一人が駆け寄ってきた。


「IDカードをお願いします。」


早川は首にぶら下げていたIDカードを手渡した。早川たちFTSのプロジェクトチームのIDカードは通常の工場内や研究室で働く人たちのとは違う、特殊なものなのだ。一見すると違いはわからないが、しっかりと教育を受けた守衛が見れば、すぐにわかる。

そして、そのIDを所持するものには質問を禁じられている。守衛はプロジェクトのことは知らないが、このIDを持つものが特別だと言うことだけはきっちりと叩き込まれているのである。


「どうぞ、お気をつけて。」


すばやく門扉が開閉し、早川は研究室、いや、工場を後にした・・・。


この辺りは、本当に森と呼ぶにふさわしいほど緑豊かだが、舗装された市街地へと続く道以外には、獣道らしい道が所々、目に付くだけである。少しでも森の中に足を踏み入れようものなら、最新式のGPSでさえ、その位置を捉えることが出来るのか、疑問に思うほどの樹海だ。


早川は、サバイバルは幼いころから大好きで、寝袋ひとつで、どこにでも行けるし、生活していく自信はあったのだが、さすがにこれだけの大自然を目の当たりにすると、自信も揺らいだ。


「でも、こういう自然が存在しなければ、どんどんと野生の動物は絶滅の一途を辿ってしまうから、30年後もこのままで・・・いや、もっともっと人間と動物が共存できる社会になっているといいな・・・。」


速度は遅めではあるが、45分程でようやく市街地へと抜けた。


「さすがに見た目には、何も変わっていないな・・・実際には五年ぶりというわけでもないから、懐かしいわけでもないし・・・今日は軽く市内を回って、運転の練習と言うことにしよう。」


そう心に呟くと、30分程度で、市内を周り、車から降りることもなく、研究所に引き返した。すでに辺りは暗くなり始めていた。早川は、広い工場内で少し迷いながらも、駐車場へと辿りついた。時間は午後六時を過ぎていた。


「そう言えば、こっちに来てから何も食べていなかったな。たしか、ルームサービスの要領で注文出来るんだった・・・って、考えたらルームサービスなんてものをこれまで一度も頼んだことがないな・・・きっと宅配の注文みたいな感じなんだろう。」


部屋に入ると、さすがに空腹感も頂点だったので、受話器を手繰り寄せ、マニュアルを広げた。


「食事は内線の・・・*12と・・・あっ!ID1055の早川ですが、食事をお願いできますか?」


「かしこまりました。10分以内に玄関までお届けにあがります。IDカードだけ準備しておいて下さい。」


「わかりました。よろしくお願いします。」


10分とは早い・・・と、思いながらデスクトップに目をやった。このPCは常に電源がONになっている。その為に熱を持ちやすく、大型の冷却ファンが少しだけうるさく感じる。なんでも、水冷冷却装置も搭載しているそうだが、それだけでは冷やしきれないらしい・・・。


「特に今日は何もメッセージは届いて無いな。夕飯が済んだら、青柳教授を訪ねてみよう。安藤さんの妹さんの事も気になるしな。」


10分も経たないうちに、インターフォンが鳴り、夕飯が届けられた。メインは和風ハンバーグ。ほうれん草の御浸しに冷奴、納豆に海苔。出し巻き玉子までついている。汁物は、コンソメスープっぽい色をしているが、ワカメとニンニクがのっているので、ワカメスープだろう。


「こんなに食べられるかな・・・でも、体の事を考えて作られているはずだし、頑張って食べよう。」


腹八分目よりはきっと食べたに違いない・・・。食後のデザートとジュースもついていた。


「さすがに、今すぐは無理だな・・・とりあえず食器を、玄関横のボックスに入れておけばいいんだったな。横になると眠ってしまいそうなので、このまま青柳教授の下へ向かおう。」


青柳教授はB4Fの居住区が住まいとなっているが、ほとんどそこには居ない。大抵は第4研究室にいるはずだ。スマホで確認すれば良いのだが、早川は確認せず、そのままB9Fにある第4研究室に向かった・・・。


研究所内は全部で地下11階で構成されており、B1F~B2Fでは食事やクリーニングなど、研究員たちの身の回りの世話などを出来る施設などで構成されており、B3F、B4Fは居住区、B5F、B6Fは倉庫となっており、B7Fは会議室と、それより階下が存在することを隠すためのダミー施設で構成されており、そこより階下は、FTSプロジェクトチームのメンバーのみしか入ることを許されておらず、FTSチーム以外で、その空間の存在を知っているものも、極々限られた人物だけである。


それ以前に、この研究所の存在自体も限られた人物以外は知らないのだが・・・


B3Fは居住区と言っても、ジムや小会議室、プールに温泉施設、コンビニやBARなども備えられており、何不自由しない作りになっていた。早川の部屋からはエレベーターは少し離れていた。通路を歩いていると、目の前に倉本がいた。


「倉本さん。お疲れ様です。」


「あ、ああ、お疲れさん。これから教授の所へ行くのか?」


BARで飲んでいたようだ。少しだけ顔が赤い。


「倉本さんは、もうゆっくりされるんですか?」


「どうも、実感が沸かなくてね。本当に五年後なのかと・・・。海外旅行などの時差ぼけのそれとは違う感覚・・・というより、本当に夜眠り、朝起きただけの違和感の無い感覚にむしろ違和感を感じるというか・・・」


「わかりますよ!俺も今日半日行動しましたが、それが引っかかっているというか、なんとも不思議な感覚で・・・。体自体には、特に異常もありませんし、周囲だって、何事もなく五年間を過ごしてきたんでしょうけど、俺たちにしてみれば・・・」


「まあ、最初の五年後でこれじゃあ、先が思いやられてしまうよな。直に慣れるだろう。俺は今日は部屋で休むよ。何かあったら、メッセージでも電話でも構わんからよこしてくれ。と、言っても部屋が隣だし、直接の方が早い気もするがな。」


「わかりました。では、また明日。お休みなさい。」


「ああ、お休み!」


そう言うと、しっかりした足取りで、部屋へと消えた。


「やっぱり倉本さんも違和感を感じているんだな・・・。」


エレベーターに乗り込むと、IDカードを差し込む。液晶のモニターには「行き先を言って下さい」という表示が出ている。


「B9F」


「了解いたしました」


無機質な声が聞こえた。


タッチパネルでは汚れで位置が判別できる恐れもあるため、徹底したセキュリティーになっている。もちろん声紋も予め登録されているので、万が一IDカードを盗まれても、声紋、顔認証など、多くのチェック項目を通過しなければならない。また、他の人と乗り合わせてしまった場合には、B7Fまでしか行くことは出来ない。面倒ではあるが、一度他の人をやり過ごして、一人の時に再度、認証を行う必要がある。


「この認証システム自体、次に向かう30年後には変わってるんだろうな・・・。」


B9Fには研究室が1~10まで存在する。第二研究室で集合する事が多いが、普段は、青柳教授は第四研究室でモニターとにらめっこしていることが多い。他の研究員たちに指示をしたり、常に新しい可能性を模索していたり・・・とにかく、研究に生涯を捧げていると言っても過言ではない。もっとも、そんな男だからこそ、このプロジェクトの実行総括マネージャーに抜擢されたのだ。


FTSに携わるメンバーの数は200人を超すが、プロジェクトの内容が内容だけに、入れ替わりも少なくない。もっとも、ほとんどの場合、一度チームに参加すれば、死ぬまでチームの一員として秘密を抱えてまま行動することとなる。FTSには大きく分けて二つのチームが存在し、未来へ向かうチームと、未来へ向かうチームを現在でサポートするチームである。

チーム名は単純に未来=フューチャーの頭文字でF、サポートの頭文字でSだ。チームFの面々は第一陣では青柳教授、早川、倉本、安藤の四人だが、チームSの統括責任者の村上むらかみ 大和やまとと青柳教授の話し合いによって、今後のチームは見直されることとなる。


村上は現在59歳。政府の機関に席を置いている。もっとも30年後には、引退して、後任に引き継がれる事となるのだが・・・。


「早川です!」


第四研究室のインターフォン越しに早川が大きめの声で話した。


「そんなに大声を出さなくても聞こえるし、そんなに近づいたら逆に顔が見えないよ。」


青柳教授の声と共に、ドアが開く。


「失礼します。」


「お疲れさん。安藤君は今日は帰ってこない。事情は説明したが、親御さんも、妹さん本人も決断を決めかねている様子で、一日考えさせて欲しいそうだから、安藤君は泊まってくるそうだ。そりゃ、突然そんなことを言われても混乱するのは当然だ。しかし、現代の医学では、今生きているのも不思議なくらい病状もあまりよくない。下手をすると、持って3ヶ月・・・。辛い決断だが、未来に託し、元気な状態で生涯を過ごしてもらいたいと心から願っているよ・・・。」


「仰るとおりです。安藤さんも複雑な思いでしょうね・・・。」


「ところで、早川君。実は君に隠していたことがある。」


「まさか、プロジェクトから外れてくれなんて言わないですよね?」


内心、不安が過ぎったが、精一杯の笑みで答えた。


「明朝、村上統括マネージャーとの会議があるんだが、君も参加してもらう。詳しくはその時に話すが、決して悪い話ではないので安心したまえ!」


「わかりました。聞いても答えてくれそうもありませんし、明日わかることでしたら・・・」


そうは言っても不安を植えつけられた気分だった。しかし、この状況ではこれ以上聞くことも出来ないだろうし、その後は、今日の出来事や明日の会議の時間などを聞いて、研究室を後にした。


「今日はシャワーを浴びて寝るとしよう。友香は元気だろうか?友香にしてみれば、突然別れも告げぬまま5年も音信不通なわけだし、彼女はもう24歳になっている。新しい彼氏・・・いや、結婚していてもおかしくない・・・いっそ、喧嘩でもして、嫌いにでもなっていれば良かったんだけど、自分で決めた道だし・・・」


そんな事を考えながらシャワーを浴びたら、深い眠りについていた・・・。


「ピピピピピピ・・・ピピピピピピ・・・」


「ん・・・んん・・・」


目覚まし時計の音は5年後も同じだった。早川は突然眠ってしまったため、頭が混乱し、状況が理解できないまま、アラームを止めた。数分・・・ゴロゴロしながら、ようやく状況を理解した。


「そうか、昨日はシャワーの後、そのまま寝てしまったのか・・・。今は・・・7時35分。とりあえず顔を洗って、朝食にしよう。」


まだ、頭がボーっとしていたが、すばやく起き上がり、顔を洗うと、朝食を済ませ、会議室へ向かった。


「まだ、誰も来てないな・・・」


と、村上と青柳が一緒に入ってきた。


「かけたまえ。」


村上が言った。村上は学生時代には柔道の全国大会にも出場したことがあり、身長も180cmを超え59歳とは思えないがっちりとした体型である。


「青柳君。君から説明した方がいいだろう。頼む。」


「わかりました。入ってきたまえ!」


「あっ!!!」


思わず絶句した・・・。


「友香!どうしてここに!」


「お久しぶり・・・かな?」


笑いながら、友香が隣に座った。


「詳しいことは青柳教授から聞いてね。」


「実は、君がこの5年後のここへ来る一ヶ月ほど前に、彼女はどうやって知ったのか、私の所へ連絡してきた。きっと、君の行動がおかしくて、異変に気づいたんだろう・・・女の直感とやらは、科学では理解しがたいものだ・・・そして、彼女もこのプロジェクトに参加させて欲しいと・・・。しかし、このプロジェクトは国家機密プロジェクトでもあり、また、それ相応の能力を備えていなければ、簡単に参加できるものでもない。それは早川君にはよくわかっていると思うが・・・」


「もちろんです。俺もかなりの努力と、研修を繰り返し、ようやく参加できたのですから・・・」


「しかしながら、彼女の熱意も去ることながら、その能力はどこで身につけたのか、ほとんど満たしていた。そこで、村上統括マネージャーに相談し、また、彼女にも覚悟と、決意も聞き、研修を行った。しかし、その研修が私たちの出発には間に合わず、その一週間後に無事研修を終えて、一週間遅れで、五年後に向かったというわけだ。細かく説明すれば、まだまだ、あるが、詳しくは後で彼女から聞いてくれ。」


「は、はい・・・」


「そういう事で、私のほうが一週間ほど老けちゃったけど、よろしくね。」


「あ、ああ・・・よ、よろしく。」


まさか、彼女もプロジェクトに参加して、一週間遅れでここへ向かってたなんて・・・ますます頭が混乱する・・・実は自分たちはプロジェクトに失敗して、もしくは、まだ実際には5年が経過していなくて、これは夢なのではないか?と、さえ感じてしまう。とにかく、驚きを隠せないでいる早川とは逆に、友香は冷静で落ち着いていた。


「それでは、君たちは引き続き、現在の状況を把握しつつ、30年後に向かう準備を進めておいてくれ。夕方には、安藤君も妹さんと共にこちらへ到着するはずだ。あと、今回は予定を早めて、明日には出発する。というのも、安藤さんの妹さんの容態が思わしくない。」


「わかりました。とにかく安藤さんの妹さん決意してくれたんですね!良かった!」


「一度夕方にチームFで会議を開くから、詳しくはメッセージで送るので確認してくれたまえ。今日は外出は控えるように。」


「了解しました。」


早川と友香はそう言うと、会議室を後にした。


「どうして友香が・・・」


会議室を出るなり、友香に問いかけた。


「5年ぶりの再会なのに、そんなことどうでもいいじゃない・・・と、言っても気になるわよね。」


笑いながら話す友香。


「これは国家機密だぞ!まさか、俺が何か喋ったのか?寝言とかで・・・」


まさかとは思うが、少し不安になった。一般人にバレたとなると、国家反逆罪で、プロジェクトから外されるだけでなく、一生表に出られない生活を送る羽目になるのだ。


「大丈夫よ。陸が喋ったんじゃない。知らなかった?私のおじいちゃんは元総理大臣なの。一般人の秘密を知ることは出来ないけど、国家のことなら・・・これ以上は詮索しないでね。」


「え?えええ?・・・そ、総理大臣?」


思わず開いた口が塞がらなかった。そんなのは初耳だった。友香のお父さんは政府に勤めている事はしっていたし、二度ほど面識もあったが、おじいちゃんが総理大臣だったなんて・・・。


「それより、安藤さんと妹さんって?」


友香は考えたらチームの一員と面識がないのだ。早川はいきさつなどを説明した。


「そうだったの・・・。次の時代には医学が解決していることを望むわ。」


「そうだね!科学や医学の進歩は日々進んでいるんだし、きっと大丈夫!そこへ到達するまで、どこまでも進めばいつか必ず・・・。」


「うん。今日は外出は禁じられているし、夕方までは時間もあるから、B3Fのジムで汗を流してから昼食にしましょう。」


「わかった。準備したらジムの前で。」


「了解。」


ひとまず友香と別れ、部屋に戻った。


「まさか、友香がプロジェクトに参加していただなんて・・・やはり、これは夢なんだろうか・・・もう、何が現実で、何が非現実なのかさえわからなくなってきた。少し運動すれば、そんな事も忘れて頭もすっきりするかもしれない。」


早川は準備を整えると、ジムへと向かった。少し遅れてて友香が来た。


「今日は泳ぐわよ!」


早川より先に、プールへ飛び込んだ。そして、きれいなフォームでクロールを泳ぎ始めた。早川も遅れまいと必死に泳いだ。2時間くらい泳ぎ、プールから出ると、早川は少し足元がフラついた。


「だらしないわね!あなたもここで鍛えられていたんでしょ?」


「いや、高校生の頃は空手とボクシングをしていたのは知ってると思うけど、ここへ一昨日というか5年前というか・・・とにかく、他の研究施設で研修や研究をしていたから、運動をする暇が無かった・・・はぁはぁ・・・」


「さっさと着替えを済ませたら、ランチにするわよ!その後は、少し休憩したら、会議室に向かいましょう!」


「りょ、了解・・・」


そう言うと、更衣室へと消えていった。早川もフラつきながら、更衣室へ向かった。そして、部屋に荷物を置くと、ビュッフェに向かった。部屋以外でも食べることは出来る。この施設内の全てを無料で使用できる。もっとも、FTSのプロジェクトチームだけである。こういった待遇は至れり尽くせりに思えるが、実際には任務自体が命がけだし、身分を隠し続けたり、肉親や親類、友人などとの関係も全て経たなくてはならず、当然の報酬と言えるであろう。むしろ、少ないくらいである・・・。


早川と友香はビュッフェでランチを済ませると、一旦それぞれの部屋へ戻り、夕方までの時間を過ごした。メッセージはランチの後に届いていたので確認済みだ。夕方5時に会議室に集合ということだった。今は午後4時45分。そろそろ向かおうと立ち上がるとインターフォンが鳴った。


「陸!もう時間だよ!起きてるの?」


友香がインターフォン越しに叫んでいた。


「俺も今から出ようとしていた所だよ!」


「OK~早くしてね!時間ないわよ!」


慌てて、部屋を出た。あらためて友香の顔を見つめる。


「何かついてる?」


いじわるそうに微笑みながら聞く友香の言葉には返事をせず、考えた・・・。友香は好みもあるがかなりの美人だと思う。頭も良いし、運動神経も良い。そして護身術も相当なもので、その辺の男どもには負けないだろう・・・。普通に生活していれば、きっと幸せな家庭を気づき、幸せな人生を歩めたはずだ・・・。いくら総理大臣の孫だからといって、プロジェクトに参加した理由がわからない・・・。まさか、俺なんかの為に、人生を捧げたのか?いや、それは自信過剰な思い込みだ・・・。


「陸?陸!!!聞いてるの?」


「え?何が?」


「もう!さっきから話しかけてるのに!会議室に着いちゃったじゃない!まあいいわ!とりあえず中に入りましょう。」


「あっ!ごめん・・・。」


友香は、インターフォン越しに名前を告げると、会議室へ入っていった。会議室には青柳教授以外すでに集まっていた。安藤の妹はさすがにここにはいなかったが・・・。


「あれ?君は?」


安藤が友香に歩み寄り問いかける。倉本も、誰だ?という表情で友香を見ている。


「はじめまして。訳あって、あなた達より一週間遅れでチームFに配属が決まり、こちらの時代へやってまいりました、森本友香です。詳しくは青柳教授からお話があるかとは思いますが、よろしくお願いいたします。」


「なんか、事情がありそうだが、君も5年前から来たって事だな?よろしく。安藤だ。」


「私は倉本。察するに早川君とは知り合いのようだが?」


「はい、恋人です。」


「おいおい・・・そんなにストレートに言わなくても・・・」


「なるほど、そういうことか!安藤も隅におけないな!」


安藤が冷やかし混じりに肩を叩いてきた。倉本もうっすら微笑んでいるように見えた。友香は舌を出して微笑んだ。


「集まってるようだね。」


そんなやりとりをしていると、青柳教授が入ってきた。村上も一緒だった。


「森本君の自己紹介は済んだようだね。あまり時間がないのでプロジェクト参加の経緯などは、後ほど本人に聞くなりしてくれ。では、本題に入る・・・」


青柳の話では、朝に話したとおり、安藤の妹の容態があまりよくないことと、5年後では、これといった収穫を得ることも出来ず、このまま当初の予定通り滞在しても時間の無駄だということも理由のひとつだった。最後に村上が口を開いた。


「そういった事から突然ではあるが、この後、30年後に出発する。無論、私はサポート側なので見送るだけだが、年齢を考えても、君たちと会えるのはこれが最後になる可能性も否定できない。後任は来年に決定するので、今はまだわからないが、しっかりと引き継いでおくので、その辺りは心配しなくていい。細かな点はわれわれサポート班が全てやっておくので、君たちは早速準備してくれ。知っているとは思うが、夕飯は食べないほうがいい。出来る限り空腹状態が望ましいからな。では、健闘を祈る!」


村上はそれだけ言うと、会議室を後にした。


「少なくとも、プロジェクトからは引退している。よって、彼と会うのも最後になるかもしれんが、このプロジェクトではそういったことはつき物だ。そういった感情は捨てて任務にあたってくれたまえ!」


「はい!」


「あと、安藤君の妹さんの件は、サポートチームに任せてくれたまえ。すでにFTS装置に移動中だ。この先私たちがFTSで移動の間も、出来る限り、重篤な患者は他のFTSへと搭乗する計画にも入っている。では、午後7時にB11Fで会おう。」


「了解しました。」


各自、一度部屋に戻り、午後7時・・・早川、友香、倉本、安藤はB11FのFTSルームにいた。大杉と東も部屋にいた。


「私たちは、次に合うときにはおばあちゃんになってるわね。」


「おばあちゃんはひどいわよ!」


笑いながら東と大杉が言う。


「でも、これは仕方の無いことだから、それに私たちは私たちで幸せな人生をまっとうするんだし、当たり前の事だから、気にしないでね!それじゃあ、皆さん、準備して下さい。」


大杉と東はモニタールームへ入っていった。


「よし、手順はみんな経験済みだからわかっていると思う。では、30年後に会おう。」


青柳教授がそういうと、真っ先にFTSに乗り込んだ。続いて早川たちも乗り込んだ・・・。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ