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とある青年の朝方

深い夜の眠りにつく前にリリアの言葉を1つずつ思い出しながらある事を考える。


『それだけで、私は十分です』


……十分。

幸せじゃなくて十分…か……

彼女は1人でいる事を妥協して何もしようとせずにいたのを後悔していた、だから多くの人が周りにいる今は……『十分』。

リリアは気づいているのだろうか、その言葉も妥協だということに。


「……わからない」


リリアの、孤独でない事以上に本当に求めている幸せとは一体何なのだろう……




     ※




朝の寒さにふと目が覚める。ぼんやりとした意識でも冷たい空気が肌で感じられた。


「ぅ…寒い……」


季節はまだ葉の月とは言えもう半ばだ、後半になれば雪が降り出す程の寒さになる。だから、朝の冷たい空気を紛らわせるようにほぼ無意識に乱れてしまった布団と毛布を引き寄せてしっかりとくるまる。


「……ん…ぅ…」


それと同時になぜか苦しそうな呻き声が直ぐそばから聞こえて来た。もぞもぞと何かが俺の腕の中で動いている。ほんのりと熱を帯び、暖かいそれを確かめるため少しずつ目を開く。そこで意識がはっきりした。

直ぐにそれを後悔する事になったが。


「っ!!!?リッ――!!」


あまりの驚きに彼女の名前を叫んでしまいそうになったが、彼女が寝息を立ててまだ眠っていることに気づき、直ぐに抑える。


(何故ここにリリアがいる!?)


よく見ると、呻き声の元のリリアを俺が抱きしめてしまっていた。俺の腕と布団に潰されて苦しげに声を上げてしまったようだ。


いや、理由は分かっている。

そもそも俺は前に1度、今と同じ過ちをしてしまった記憶がある。つまり……


(…………またやってしまったと言う事か……)


寝ている時に近くの人を引き込んでしまう癖。しかも引き込んでいる時の記憶が全く無い。今も何が起こったのか具体的にはさっぱり分かっていなかった。


(いや、でも確か昨日は……)




昨日さくじつ……


「アルトさんが寝たら帰ります!絶対に仕事の欠片もさせません!」

「……うん?」

「その曖昧な返事と笑顔はなんですか!?全く信じてないですよね!」


別に信じてない訳ではないが……

そうだ、ここ数日リリアは大忙しだった。ならば俺がさっさと寝てリリアを早く休ませてあげるのが良いのだろう。

……しかし何故だろう。全くそんな事は意味をなさないと誰かが言っている気がするのは。


「大丈夫?」

「大丈夫です。私の意志は固いですから!」




数分後……


「ぐぅ……」


早っ!?

いくらなんでも柔らかすぎだろう、意志。

いや、もう意志とかそう言うレベルではなく普通に10時になった瞬間寝落ちたんだが……体内時計は完璧なようだ。


「とりあえず、このままではよくないか」


リリアは今ベッドの縁に額をつけて、布団も何も掛けずに倒れ込んだように寝ている。

幸いこのベッドは広い。2人分に区切る事くらいは可能だろう。そう思い、熱のせいでいつもより動かしづらい身体を動かしながら、彼女を引き上げる。


「しっかり離れていれば大丈夫だよな」


何も、心配する事は無いだろう。




……あぁあああああ…あの後か!あの後こうなったのか!

浅はかだった。何が心配する事は無いだ、こうなる事ぐらいなぜ予想出来なかった。

そんな後悔をひしひしと感じていると、不意に腕の中のリリアが少し動いた。一気に鼓動が跳ね上がる。


「……ぬぅう……ん」


起きないよな……

今リリアに起きられると非常にマズい。と言ううか、驚いたり後悔したりする前にまずリリアを離すべきだったと思う。いつまでも人形のように抱きしめている訳にはいかない。

そうしてリリアを離そうとしたら……


べちんっ!


「……?」


突然リリアの手が軽く俺の頭を叩いた。と言うより何かを押すように手を乗せた感じだ。しかも、そのまま何かを手探りで探すように手を動かし始めた。

しかしこれは、やられている方からは頭を撫でられているようにしかならない。


(な、なんなんだ…この状況は……)


そう思いつつじっと眠っているリリアを見つめる。彼女の手は既に疲れたのか動きが止まっている。

すると、半ば無意識にリリアの背中の辺りにあった手を彼女の髪へと持って行く。少し乱れた長く黒い髪は軽く触れただけで壊れそうなくらい神秘的で、触れるのが精一杯だった。

ゆっくりと黒髪から手を離すと、触れていた辺りの髪がさらりと流れ落ちる。


完全にリリアの髪から手を離すと寂しさと虚しさが心の中を襲った。もう少し、もう少しだけ触れていたいと言う気持ちが次第に大きくなっていく。

そして、さっき離した手をまた少しずつリリアに近づけた。


「――っ!?」


その手がリリアの黒い髪とは正反対の白い頬に触れかけたその時、ハッと今の状況に気づき瞬時に自分の手を引っ込めた。


「……今…何しようとした……?」


あのまま気づかずに事が進んでいたらどうなっていた?俺は……何を考えていたんだ?


「……」


離れよう、とにかく離れよう!今すぐ離れた方がいい気がしてきた!

しかし、離れようとしてリリアを起こしてはいけない。ゆっくり、そーっと離れて……と、とりあえず右腕だ、まず右腕から離そう。

そしてゆっくりと右腕を動かす。


「……あれ…?目覚ましは……?」


その声が目覚めたリリアの声だと気づいた瞬間、反射的に身体が動いた。熱くて動かしづらかったはずなのに、こんな最悪の動きはすごく的確に行われた。

さっきまでそばにいたリリアを驚いた事もあり、おもいっきり押し出した。


「へぶっ!?」


勢いが良すぎてドンッ!と顔面を床に思いっきりぶつけてそのままガンッと壁にもぶつかる。


「――~~痛っ!」


起きて早々、訳も分からずにいきなりベッドから叩き落とされたリリアはゆっくりと起き上がると、ぶつけた鼻と額をさすりながらプルプルと肩を震えさせ、キッとこちらを振り返る。


「なにするんですかアルトさん!!」


それから数時間、リリアの尋問に当然まともに答えられる訳もなく黙秘権を行使する事になった。




     ※




ジンジンとぶつけた額と擦りむいた鼻が鈍く痛む。一度自分の部屋に戻るために長い廊下を歩きながら額をさする。


「て言ううか、訳が分からない」


なぜ、私はアルトさんの部屋で寝ていたのか。

いつの間に私はアルトさんに引きこまたれていたのか。

なぜ私は突然、顔面から床にダイブするはめになったのか……


「考えれば考える程分からない」


特に最後。一体なんの恨みがあったら人はあんな事が出来るのだろう。アルトさん細身の割に力が強いからスッゴい距離飛ばされたし。

なんて考え事をしながら歩いていたら……


「おや?おちびさん」

「ひっ!?」


私が最も苦手とするルーバスさんにばったり出会ってしまった。

苦手と言ってもけしてルーバスさんが嫌いな訳じゃない、寧ろルウちゃんやアルトさんのお父さんで、しかも私をここにいさせてくれていると言う事を考えると悪い印象なんて微塵も無いのだ。


「おっとすまない、おちびさんじゃ駄目なんだったな。リリアさんと言う素晴らしい名前があると言うのに人を見た目や印象だけで判断したような言い方は絶対的によくない、許してくれ。そもそも、たまたまとは言えこんな素敵な朝に会ったんだ、なら何よりも先におはようと挨拶するのが正しいな。うんうん、それが常識と言うものだ。と言う訳でおはようリリアさん!」

「……お、おはようございます」


ただ、どうしてもルーバスさんのこの喋りが私にとって恐怖以外の感情を与えないだけで。

前の世界で日々追いかけ回された変質者共の中にも数人おんなじような喋り方をする奴もいたし。なによりルーバスさんは大きな人なのでそんな人に言葉で攻められたらもうどうしようもない。


「それはそうとリリアさん。アルトの様子はどうだい?」

「……病人とは思えない程元気はあるようです」


少なくとも人1人をふっ飛ばすくらいは。


「先程ルウとフレアの様子も見てきたのだが2人ももう大分いいようだよ」


そうですか、それはよかったです。私自信は今まさに全くよくない状況ですが。


「しかし私が仕事に行っている間にここも随分と人が増えたものだね。向こうで一緒だったミキがサッサと帰ってしまったから帰りなんて寂しいのなんのって――」

「ルーバスさんの…仕事……?」

「ん?知りたいかい?」

「……は、はい」


全く想像つかない。確か仕事の都合で遠くに行っていたらしいけど、一体何の仕事を……


「それは――」

「旦那様!」

「しまった!?」


しまった?

見るとルーバスさんの後ろにはいつの間にかサリアさんが立っていた。どうやら少し怒っているみたいだけど。


「何故こんな所で油を売っているのですか?」

「や、やぁ、サリア。違うんだよ、今回はたまたまだね……」

「今回は?」

「……」


サリアさんメイドさんですよね?なんでルーバスさんがそんな風にたじろいでるんですか?


「本日は朝からお仕事の予定があったのではないのですか?」

「あっ……」

「忘れてましたね?」


忘れられる事ですかそれ。

と、気づけばサリアさんに連れて行かれるかのようにさっさといなくなってしまった。


「……結局…ルーバスさんの仕事は……?」


なにこの虚しい状況?




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