昔と今。
「お父さんとお母さんは、この世界にも前の世界にも…もうどこにもいません」
けど、今でも覚えてる。お父さんの事をとても嬉しそうに、だけど少し悲しそうに話すお母さんの事を。
「どんな人だったの?」
「そうですねぇ……昔お母さんが言ってました。『あなたのお父さんは優しくて家族思いで、少し無茶をするけどいつも私を大切にしてくれた人…では絶対になかった』と」
「違うのか!?」
はい、違います。私も始めてそう聞かされた時、アルトさんと全く同じ反応をしてました。
「でも、こうも言ってたんですよ――」
小さい頃、私がお母さんにお父さんの事を聞いたあの時。本当に私のお父さんは家族思いの優しい素敵な人じゃないの?と私が聞き直すと、お母さんはにっこり笑いながら答えた。
『そんな人じゃないのよ、あの人は。』
『?』
『あなたのお父さんはね、無口で無表情で無愛想で…とっても不器用な人だった』
まだ幼くそんな難しい言葉に首を傾げた私を見てお母さんは少し昔の話しをしてくれた。
『昔ね、まだ小さかったお母さんが泣いてた時。あの人は優しい言葉なんて全然言えなかったからただただずっと私の名前を呼びながら撫でてくれてた……その手は凄く優しいの』
それがあなたのお父さん。
と最後に付け足すと、私の髪を撫でながら愛おしそうに見つめ、あなたの髪はあの人そっくりだと言っていた。
「そんなお父さんは私が生まれた時にいなくなったんです」
プレゼントを買いに行こうとしたんだ、私を産むために入院していたお母さんの為に。お母さんには内緒でずっと何がいいか考えてたらしい、お母さんはそれに気づいていたけど。でもお父さんには気づいていない振りをしてずーっと待っていた。
そしてある日の夕方、お父さんから連絡があって明日の朝に会いに行くから楽しみにしていてと珍しく嬉しそうに話していたらしい。
するとお母さんはその日の真夜中に私を産んだ。
次の日の朝に生まれたばかりの私と2人でお父さんが来るのを楽しみに待ち続けて……いつまで待ってもお父さんは来なかったけれど。
「お父さんからのプレゼントは結局何か分からないままでした」
私が産まれたその日にいなくなってしまった、絵と写真の中でしか見たことの無いお父さん。私と同じ真っ黒な髪と真っ黒な目をした私の…お父さん……
「会った事も話した事もなかったですけど、いつもお母さんが嬉しそうに話すあの人はやっぱり私の中でも凄く“お父さん”なんです」
お父さんとほんの少しでも過ごせていたら私はどうなってたんだろう?……きっとこうはならなかった気がする。もっと…何か大事な物を教えてもらえてたかもしれないのに。
「一緒にいられてたらどんな気持ちになるんでしょうかね?」
するとそれまで何も言わずに黙って聞いていたアルトさんが私に聞いた。
「リリアは、父とルウが一緒にいた所を見てどんな風に見えた?」
「ルーバスさんとルウちゃんがですか?」
どんな風に……ルウちゃんがルーバスさんに会った時、ルウちゃんはいつもと同じような明るさと一緒に、いつもとは違う嬉しそうな……甘えるような雰囲気だった。
「なんと言うか…ルウちゃんがとても子供らしい感じでした」
ルウちゃんは既に子供なのだけど、それとは少し違う。子供らしいと言うより子供っぽいって感じだ。
「じゃあきっと、少なからずリリアもそんな気持ちを感じられたのかもしれないよ」
「……わ、私のお父さんとルーバスさんじゃあ真逆ですよ?」
「それでもだよ。人は物事を見ている時、それと自分の中の近い何かを感じながら見ているからね」
私はルーバスさんに会った時のルウちゃんのようになりたかったのだろうか?
お母さんとはまた違う風に子供っぽく遊んで、話して、甘えてみたかったのかもしれない……?
そんな事を少しだけ考えながら私はもうひとりの家族の話しを切り出した。
「……お父さんの事以上にお母さんの事は話にくいんです」
多分、あまり思い出したくない事もあるからだと思う。
「お父さんは私が産まれた時にはもういなかったので、どっちかと言うと『会いたかった』って気持ちの方が多分大きいんです――」
けど、お母さんは違う。私が産まれてから10年間、ずっと一緒にいた。誰よりも私の側にいてくれた人だった。
花と絵が大好きで、私とはちょっと違う少し茶色の長い髪をいつも1つの三つ編みにして、真っ白なベッドの上で色んな話しを聞かせてくれた。
そんな風に思い出していると私の心の奥が痛む音がした、目頭が熱くなった、悲しく…なってきた……
「お母さんは……私が7歳の時に急に病気になって大きな病院でずっと治療してました」
もともと身体の強い方じゃなかったと言うこともあってまだ幼かった私はとても不安だった。大丈夫なのか、いつ治るのか、お母さんは……お父さんみたいにいなくなってしまわないのか。と、心細い気持ちを聞いた私にお母さんはいつも「大丈夫、直ぐに治るから。そしたらまた一緒に出掛けよう」って決まって言ってた。
「『春になったら桜の花を見に行こう。夏になったらお祭りに行こう。秋には紅葉狩りをして、冬には一緒に雪で遊ぼう』」
「それは?」
「これもお母さんの言葉です。そんな約束をいくつも重ねて、不安な気持ちを紛らわして……でもどれひとつとして叶わなかった」
3年間もの長く辛い治療も、沢山の約束もたった一瞬で全て意味をなくした。
すると不意に、私の服の袖をアルトさんの手が掴んだかと思いきや――
「……ごめん」
突然、謝られた。
「何がですか?」
「さっき…『自分の身体だから大丈夫』って言った事を……リリアがああ言った意味を知らなかったから……」
私の言った意味?
『アルトさんに何かあったら傷つくのは残された方なんです!それぐらい少しは考えてください!』
あぁ、そう言えば私はそう言ってアルトさんに怒ったんだ。
自分でも何を言ってるのか訳が分からないような状況で、私はそんな事を言った。
だって…アルトさんがそう言った時、お母さんと重なって見えてしまったから……
「……私は病気になりません、でも病気の人を見るのは何より辛いんです。だから、アルトさんがちゃんと治してくれたら許します」
「あぁ、頑張るよ」
それを聞いて私は少しだけ笑って見せた。
こんな風にアルトさんと話していると悲しんでいた気持ちがなくなっていくみたいで、胸の奥の痛みも微かな物になる。
「それに知らなかった事はアルトさんが悪いんじゃありません。話さなかったのは私なんですから」
そもそも、今アルトさんに聞かれるよりも先に私は誰かに話さなきゃいけなかったのかもしれない。
自分の気持ちを誰にも言わずに、聞いてくれる相手すら作ろうともせずに、自分の中に抱え続けていた。
「結局私は1人でいる事を妥協し続けてたんですね……」
「1人……誰か知り合いは?」
「……親戚は一応いたんですが――」
私は事実上お父さんの姉…詰まるところ伯母夫婦に引き取られてた。
ただこの伯母夫婦、と言うより親戚の人と私の間には大きな溝……もとい問題があったのだ。
1つは親戚の人達が皆、極度の子供嫌いだった事。何があったからなのかは知らないけどまだ10歳程度の私を引き取る事自体毛嫌いしていた。
そしてもう1つは子供であった事以上に“お母さん”の娘だった私自身が皆大っ嫌いだった事。
これも詳しい事は知らない。でもあの人達が一度私に向かって言った言葉だけは今でも呪いのように残ってる。
『あんたのせいであいつもあの女も死んだのよ!なのになんであんたが生きてるの!生きて……私達の邪魔をするの!!』
意味は全然分からない。分かりたくなんて…ない。
「伯母の仕事はマンション……借家の経営だったのでその中の一室を借りて住んでました。だから実質一人暮らしみたいな物でした」
あんな事を言う伯母と当然仲良く過ごせるわけもなく。一方的に突き放されている事を普通に受け入れてた。
「……でも、こんなの全然嘆くような事じゃない」
少なくとも、今の私はそう思ってる。
「そんな事は……それでもリリアは寂しかったんじゃ――」
「……あの頃の私は…寂しいとか悲しいとか全然なかったんです」
我ながら最低だ。あれだけ大好きだったくせに、お母さんがいなくなったあの日以来。嘆くどころか涙1つさえ流してないんだから。
「今、昔の事を思い返せば悲しいと思う事もあるんです。けどあの頃は本当に……何も感じてなかった」
なんで何だろう。お母さんの事を考えるだけでこんなに悲しいはずなのに、なんであの頃の私は何も感じずに生きれてたんだろう……?
「だから今更私に嘆く資格なんてありません。それに少しの間でもお母さんと過ごせていた事まで悲劇だとか思いたくないですから」
いくら辛い思い出でも嘆かない。
いくら悲しくてもこれは悲劇なんかじゃない。
「そう考えるのはいけない事じゃないと、少なくとも私は思います」
そうして全て話し終わった私はもう一度しっかりとアルトさんの方をむき直す。
「アルトさん、私の話しを、言葉を……聞いてくれてありがとうございます」
アルトさんにお礼を言いながら軽く頭を下げた私にアルトさんは一度優しく笑うと真っ直ぐ私を見た。
「リリア、最後に1つだけ聞いていい?」
「……何でしょう?」
「今は……楽しい?」
それが、最後の質問……?
それを聞かれると、答えるのがちょっと嬉しくなる。
あぁ…やっぱり、アルトさんは凄く優しい人だ。
「はい、楽しいです。とても」
「なら…良かった」
「それに今はアルトさんやエルさん、ルウちゃんにミキ…沢山の人と一緒にいられてる……」
テナさんにフレアさん、サリアさんにルーバスさん。それにファイさんやネリさん達……本当に沢山の人が今は周りにいる。
「それだけで私は十分です」




