わ、私だって怒るんです!
ノックをし、扉を開いた先には椅子ではなく机に座り資料に目を通していたエルさんがいた。エルさん、椅子に座りましょうよ無駄に格好いいですけど、お行儀は悪いですよ。
「やぁリリアちゃん。随分とぐったりしてるみたいだけど大丈夫かい?」
「大丈夫です。エルさん机から下りてください」
「んー?あれ?アルトは?」
……無視ですか。
「はぁ、アルトさんは今日は休みです」
「へー、リリアちゃんじゃなくてアルトが?珍しいね」
「インフルエンザです」
まさか一番丈夫そうなアルトさんがなってしまうなんて私も思ってませんでした。まぁ、うっかりしていてアルトさんに予防の説明をするのを忘れていた私のせいでもあるんですが。
「それでリリアちゃんはアルトを休ませて1人で騎士団に来たわけか」
「はい、しっかり休んでほしいので」
私のその言葉を聞いたエルさんはうーん?と首をひねると何かを考えるような仕草をした。そして私の肩にぽんと両手を当てると。
「それならリリアちゃん、今日午後から非番にしてあげるから直ぐに帰った方がいい」
「えっ、えっ?何故ですかエルさん?」
私1人とは言え仕事はいつも通りこなしますよ、雑用と掃除ですが。その為に来たんですから頑張りますよ!
「リリアちゃん、俺にはアルトがまともに休むとは思えない」
「はい?」
とにかく直ぐに帰った方がいいとエルさんに言われその後のエルさんの言葉を聞いた私は午前中分の騎士団の仕事を終えると午後の分の仕事を持って大急ぎでフローリア家に帰った。
※
「な、何やってるんですかアルトさん!?」
「!」
両手に水の入った桶とタオルを抱えながら扉を開いた私の前には、ろくにベッドにも入らずひたすら机で大量の騎士団の仕事をこなしていたアルトさんがいた。
エルさんの言った通り失礼ではあるがノックをせずに入ったのは正解でした。ノックをしてたらきっとアルトさんはそのご自慢の速さで隠蔽工作をしていたに違いありません!
「えっと……ちょっと仕事を片づけようと思って」
「アルトさん病人なんですから無理したら駄目じゃないですか」
「自分の身体だから大丈夫かなと……」
自分の身体だから大丈夫――
アルトさんのその言葉を聞いた瞬間私の中の何かがプツンと切れた音がした。
そしてぷるぷると震える手を抑えながらアルトさんをキッと睨むと大きな声で言い放った。
「アルトさん!!」
「はい!?」
「インフルエンザはそれなりに恐ろしい病気なんです!しっかり対処しないといけません!万が一悪化して肺炎の併発やインフルエンザ脳症になったら取り返しが付かないんです!!」
頭の中はもう真っ白で、自分の口から自然と出た言葉を私自身認識出来ないまま広い部屋に大きく響き渡らせた。ただただ夢中に、必死にアルトさんに怒った。
「なのにそんな風に身体も脳も休ませないでずっと仕事ばっかりして……自分の身体だから大丈夫?ふざけないでください!そんなアルトさんを心配してる人達がいるんです!アルトさんに何かあったら傷付くのは残された方なんです!それぐらい少しは考えてください!
ですから――病人は寝る!!」
「……………………はい」
はぁ、はぁ……。って!わ、私…初めてアルトさんに怒鳴ってしまった!?ふざけないでとか言っちゃった!!
こ、これからどうしたらいいんですか!アルトさんがかなりどん引きしてるよ!無理もないです突然私なんかに怒鳴られて怒られたんですから、とにかくこの場をどうにか出来る最良の策を考えなければ――!
数分後……
「すみませんでした!」
ようやくアルトさんがベッドに戻り、私はその近くの床で正座をし、腰と首を曲げて頭を下げている。すなわち土下座、この世界に土下座と言う文化があるかどうかは知りませんが、でもとにかく土下座でもしないとやってられないような事をしてしまったんですから。これが私が無い頭を使って唯一思い付いた最良の策ですよ。
「いや、リリアは全く悪くないよ。悪いのは俺だし」
「ですけど……」
もう本当になんで私はあんな風に怒鳴ってしまったのでしょうか。アルトさんに注意するにしたって他に言い方があったはずだよ。もっとオブラートにとか、さりげなくとか……それが無理でもしっかりと注意するだけでよかったはずな訳で…うぅ……
「とにかく顔上げて、女の子に土下座させる訳にはいかないよ」
「お、怒ってるんじゃぁ……」
「この状況で怒る訳ないから。それに怒られたのは俺なんだ」
……つ、つまり自分で言った事の責任は自分でとるべきだと、自分で怒鳴って言った言葉を土下座なんかで許してもらおうなど責任放棄も甚だしいと――
「す、すみませんでした!!」
「違う違う!?何か勘違いされてるけどそう言う意味じゃないから!」
えっ?ち、違うんです?こんな脳内てんやわんやで何がどうなっているのやら……
もう自分の思考回路が狂ってしまっている気がする。本当私は今一体何をしてるんだろうか、自分でアルトさんに怒鳴って土下座して……アルトさんは病人なのに私がこんな事なんかしてたら休めるものも休めないじゃないですか。
「とにかく突然怒鳴ってしまったのは私が悪いです。けどアルトさんはちゃんと身体を休めてください!騎士団のお仕事は私がやりますから!」
「ごほっ…リリアが……?」
「はい、ちゃんとエルさんからこれを預かってきましたので!」
そう言いながら私が取り出したのはその名も『副団長しょーにんはんこ』です。(命名:エルさん)それは読んで字のごとく丸い形の判子に『王宮騎士団副団長』の小さい文字と『承認!』の大きい文字の彫られた判子だ。ちなみに承認の横のびっくりマークはエルさんが勝手に彫り足したらしい。そんな事勝手にしていいんですかエルさん……
「エルさんが「リリアちゃんがアルトの仕事をしていてもアルトの看病…もとい監視が出来るようにねぇ~」と言って特別に貸してくれました」
「そっか、俺が今急病扱いだからそれは今団長の判子と同じ意味合いになるのか」
「えっ……?」
そ、そんなことは聞いてません。エルさんはこの判子をアルトさんが片付けてしまった資料に押せばいいとか言ってただけだったんだけど……残りのは俺がやっとくからとか珍しく格好いい台詞言ってたんだけど……団長の判子と同じ意味合いってなんですか!そんな恐ろしい事一切聞かされてませんよ!『副』って言葉に完全に安心しちゃってましたよ!
「責任重大なのはわかりました……でも私頑張ります!」
「うん……」(本当はリリアが来る前に全部まとめ終えてるから後は判子を押せば終わり何だけど……)
あっ、椅子ありました。アルトさんのベッドの横にサイドテーブルありましたしここでやりましょう、アルトさんの看病と見張りもしなきゃいけませんし近い方がいいよね。
「よし!アルトさん、ずっといますからね」
(まぁ…いっか……)




