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とある子猫の最終章

「……あっ…ぐうぅ……」

「あーあ、痛いじゃない、可哀相ー。ま、あんたも十分痛そうだけどね……」

「……っ、はぁっ――」


地面に倒れたまま儂の霞む視界にはボロボロになりじわりと滲む傷口を押さえながら膝をつているソラが映っていた。持っている剣だけはけして放さないで。

儂は何で今こんな風に倒れとるんじゃ。痛みなど平気そうに笑って立って、毒など効かんように強がって、そうしなければならんはずじゃ。なのに、なぜ体はどんどん動かなくなるんじゃ……


「あんたの腕、もう動かないでしょう?そろそろ、終わりじゃない?」

「――やっ…あっ……!」


儂がそう言いながら奴を睨むと奴は怪しくからかうように笑って見せた。そして構えていた大鎌を戻して言った。


「けど、以外とつまんなかったわねぇ。あんた達全然悲鳴とか上げないんだもの。狙う奴間違えちゃたわ」

「うぐっ…あぁっ――」


その言葉が許せなくて声を上げた儂を横目に見た後、奴は真っ直ぐにソラの目を見た。そして「やっぱりつまんないわ」と言って奴は儂らに背を向けて歩き出した。辺りはもう真っ赤に燃え上がっていた奴は残った道を選び進んだ。


「じゃーね、あなた達の苦痛の姿は見れたし後は勝手に死んでって。あたし、死体に興味は無いの」


立ち去って行く奴を見ながら儂は思った。儂らは、こんなにも意味なく傷つけられたらのかと。儂にとって死など、いつでも唐突に起きる物じゃとわかっとったのに。生と死は隣り合わせで、生きてる事は死ぬことで、だからずっと儂は自分が生きてると認められんかったのに……


「ネ…リ……ネリ」


お主がいなければ気づけなかった。自分がちゃんとソラの隣りで今を生きていた事を。なのに儂は何も出来ずに……

やがて、痛んだ足を動かしながら来たソラは動けない儂の所まで来ると抱き寄せるように儂に触れた。ソラの体には儂とは比べものにもならんくらいの痛々しい傷があった。

そして、儂の頬にぽたぽたと落ちる雫。


「あ…あぁっ……ソラ、ソラ!」


儂もソラにすがりつくように必死に体を動かした。

分かっとる自分の体の限界が、体を蝕んでいく毒の感覚が、残りの…命が。


「ネリ、泣かないで……」

「ひっぐ、お主の方が…泣いておるではないか……」

「そうだね、君も俺も泣き虫みたいだ」


そう言って流し続ける涙がソラの頬から私の頬にまで伝わる。それでも儂に笑顔を向けてくれるソラを見て、儂は気づいた。


「……違う、違うんじゃ、儂はお主のような優しい泣き虫じゃない。儂はただのわがままじゃ

。あんなに死にたがっとったのに……今は、こんなにも死にたくない。まだ、生きていたい。そんな都合のいい事ばかり考える」

「……」

「――はぁあ、はぁあ……こんな…事、間違っとる。あれだけ死にたがって今更生きたいなど、そんな事願っちゃいけないとは分かっとる」

「違う!願っちゃいけないなんて違う!」


いきなり強く抱きしめられたと思ったら突然叫んだソラは直ぐに気が付いたように儂の体を優しく、じゃが同時に確かに今ここに儂がいる事を確かめるように抱いた。


「だって、どんなに辛くて死にたがって楽になっても。幸せに生きる方がきっと大切だよ。それを求めたい願うのは間違いなんかじゃない。それに……」


ソラは片手で軽く涙を拭うと。真っ直ぐに儂を見て問いかける。


「ネリは、どうして死にたくないの?」

「……」


そんな事、答えは直ぐに出た。分かりきった質問じゃった。


「お主とまだ一緒にいたい。たとえ1人違う体で生き続けても、そんなの絶対今までより辛い!ソラがいないのに、1人で全てを変えて生きたくなどない!

儂は生きたくないから、死にたくないんじゃ……」


上手く出せない声を絞り出して叫ぶように言葉を繋いだ。最後は小さくなってしまったけれど儂がソラを一度は突き放してまで認めたくなかった事、死ねない儂と死んでしまう君。いつか訪れると分かっていた未来への思いを告げるとソラは驚いたような表情をしたがやはりあの優しい笑顔になった。


「嬉しい。悲しいけど、まだこんなに涙が出るけど。その理由が俺なら、嬉しいよ」

「嬉…しい?」

「ネリはまた死ぬ事が嫌なんだと思ってた。俺と生きたいって言ってくれるとは思わなかったから」


ずっと儂らの感情は悲しいだったのに、それをソラが嬉しいに変えてくれた。

こんな不安定だった儂の感情をソラの言葉が優しい涙が笑顔が安心させた。


「お主、分かって言ってたのではなかったのか?」

「君の前じゃ自信も余裕も確信だって俺は持てない。いつだってネリが消えていなくなってしまう不安がどこかにあった。

でも俺は君の強い所に弱い所に、君の小さな心に惹かれたんだからそれは認めなきゃいけいって……」


今直ぐこの加護を解いて死ねると言われたらあの頃の儂はきっと悩んだじゃろう。ソラが儂を置いていきたくないと言ったように、儂もソラを置いていきたくない。ソラも儂もそんな不安を抱えとったんじゃ。

そして儂の体をまたあの蝕むような苦しさが襲う。この独特の息苦しさと頭痛、霞む視界に傷口から熱くなる体。


「ん!ぐっ…はぁっ、はぁあ……」

「――っ!」


必死にソラにしがみついていた腕の力ももうかなり弱くなってきた。時間が近づいとる。

ソラの顔を見るとさっきからずっと儂を安心させるように笑顔をし続けとったが少し悲しい顔になった。そんな顔を儂がさせたと思うとこの痛みよりずっと心が痛んだ。


そして、儂は死ぬ覚悟を決めた。じゃが……


「――っぁ、ソラ」

「なに?」

「まだ、お主は動けるはずじゃ。だから逃げ――っ!」


儂が言いかけるとソラは自分の口で儂の口を塞ぎ、それ以上喋らせようとしなかった。いつもソラが儂を黙らせる時と同じじゃように。じゃが、いつもより絶対に聞きたくないと言うかのように息もさせない程強く深く唇を重ねた。


「――!…ん……」


ソラと触れ合うこの時がどんな痛みより儂の鼓動を速くさせる。どんな傷より体を熱くさせる。どんな毒より…涙が流れる。

永久に思える程長く感じたソラとの時間はソラが離れると少しの暖かさと寂しさを残して終わった。


「聞きたくないよそんな事、聞いても逃げないけど」

「だって儂はもう体が動かない、死ぬのは分かっとるんじゃよ?」

「腕が…俺の腕はもうネリを抱きしめることしか出来ないから……」

「ぐっ…うぅ…じゃが、お主の足はまだ動くじゃろう。お主が強いからまだ生きとるがこのままじゃったらお主が生きれる可能性はなくなるじゃから――」

「動かない腕じゃ、ネリを連れて逃げられない!!」


儂の言葉を聞いて怒るように叫んだソラは今までで一番辛そうな顔をして涙を流した。


「たとえ足が動いても、ネリがもう助からなくても……君を助けられない俺は生きれない」

「こんな…こんな時までお主は突き放した儂の手をとるのか……」


初めて会った時も、この日が来る事が嫌で嘘を付いたあの時も、突き放した儂をソラはけして離しはしなかった。じゃが、今は離して欲しかった。だってお主が離さないと言うのなら、儂はそれにすがりついてしまうから。


「ネリ、ちょっと痛いだろうけど、ごめんね」

「!?、おいソラ!お主何をする気じゃ!」


突然、ソラの顔が儂の毒が塗られた傷口へと近づいた。そして傷口の周りを儂の血があるのも気にとめず吸い尽くすように舐めだした。


「――っ!?……ぁ、ああ!」


痛さなんて感じられなかった、痛さ以上の感情が溢れ出たから。


「……ぅ、はっ…ごめん痛かったよね」

「はぁ、は……お主何をしとるんじゃ、毒を飲んだらお主も――」

「これで…俺も逃げれない」


ソラは儂の血や毒の付いてしまった口で笑顔を作ってまた儂を安心させるようにした。

そう、これでソラの言う通りもう逃げられない。儂は死ぬ、そしてまた生まれ変わる。ソラも死ぬ、ソラは……死んで、そこで終わりじゃが。


「俺は待ってるよ、これ以上ネリを置いていったりしない。ずっとずっとずっと、ネリを待ち続ける」

「待…つ……?」

「たとえ方法が分からなくても、生きる事も死ぬ事も諦めてしまってもちゃんと待ち続けるから」

「……ソラ、っあ!儂…は……」

「だからネリはこの世界でやらなきゃいけない事をして?それに新しく幸せに……」


不意にソラが黙るとさっきの優しい笑顔とはまた違ったあどけなく少し悲しい笑顔を儂に向けた。


「やっぱり駄目だ、俺は物語みたいに君に新しく誰かと幸せになってなんて言えない。俺の手に入れられなかったネリを他のやつになんて渡したく…っ…ない……」


最後はもう、涙と毒の苦しみで微かな声じゃったけれど儂はそれで確信した。そのソラの気持ちがあれば、儂はまだ生きられると。


「うん、約束しよう。儂はお主が待っている事を信じてこの世界を生きる、それに儂はお主以外…ソラ以外はもう誰も愛さない」

「……ごめん、俺の言葉なんて無視していいんだよ?」


儂は動かしずらいなかゆっくりと首を横に振った。そしてソラを真似て笑顔を作り言った。


「それは…ソラの本音なんじゃろ?それに、どうせ儂はソラしか好きにはなれぬ。

愛…してるのじゃから」


そして儂は近くにあったソラの唇に唇を重ねた。きっともう、これが最後になるだろうから。


「俺も、ネリを愛してる。今もこれからもいつまでも」

「あぁ…信じとる……じゃからソラ…も信じて待っていて……」


最後の苦しみと凄まじい眠気が遂に儂に訪れた。





そして、彼女は眠った。どこまでも深く永久に目覚めぬ眠りについた。

けれどきっと今、彼女は再び生まれたのだろう。彼女が育ち気づいた時、彼女は泣いてしまうのだろうか?それでもいい、泣いて嘆いてしまっても俺と交わした最後の約束を覚えいてくれたならそれで……


「綺麗な寝顔……」


彼女の頬にそっと手を触れた。まだ少しだけ温かい肌が確かに感じられた。どんなに周りが熱くても、確かに感じた。


「おやすみ、ネリ。またね」




     ※




暖かい、暖かい風が私の頬を撫でた気がした。


「そろそろお家に帰りましょう」


そう言っている彼女は誰だろう?その向こうでこちらを見てる彼は誰だろう。

私は……誰だっけ?


「私は?違う儂は――」


儂は思い出す。全ての記憶を悲しみの物語を。


「あぁ、ああああああああぁぁ!!」

「!?、どうしたの!」


ダメだった、いくら涙を止めようとしても流れてくる。嘆いてはいけないと分かっとっても後悔が押し寄せる。


「あああああぁぁあああぁぁ!!」


あぁ、儂は……


「大丈夫?ソラ」

「……ソ…ラ?」


この人が誰だか今は分かる。今走ってやってくる男が誰かも。彼女は母親、彼は父親。そして、儂の今の名前は……ソラ。


「奇跡なのか…これは?」


君を失った儂が新たに得た名前。それは君の名前だった。


「名乗れんな、これは。お主の名前を儂は名乗れん」


そうしよう。これはけじめじゃ、もうけして死なない。本当の最後にしよう。儂はネリの名前を名乗り続ける。




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