とある子猫の再終章
「なぶり殺すじゃと……?」
「そう、苦しんで苦しんで絶望のまま死ぬ姿をあたしに見せてってね!」
その言葉を言い終わるとまた鎌が振り下ろされ宙を舞う。儂とソラがそれを避けると先ほどまで儂らがいた場所に正確に鎌の刃が振られていた。
「んもぅ、避けないでよ。大丈夫、直ぐには終わらしてあげないから!」
「ちっ!ソラお主は今すぐ逃げ――」
「嫌だ!」
あやつが殺したいのは儂じゃ、ならまだ関係ないとされとるソラは直ぐに逃がそうと考えたのじゃが。儂の考えはまだ全然駄目なようじゃ、本当に少し考えれば分かる事じゃった。
ソラが、儂の「逃げろ」で逃げるはずがないと。
儂の言葉をハッキリと拒否したソラは逃げるどころか剣を抜いたかと思うと目の前の鎌女に向かってその剣を振るっていた。
ソラの剣と大鎌がぶつかり合っては高い金属音が響き渡った。
「好きな女の子置いて逃げる騎士がどこにいるのさ」
「――っとに、お主は言う事を聞かんな」
呆れながらも儂はあやつの大鎌がソラとぶつかっている隙に儂も奴に剣を振るった。じゃが奴はソラの剣を直ぐに薙払うと鎌の柄でそれも払いのける。
儂とソラは一度奴から距離をとった……ら。
「なによりネリの髪をバッサリ切ってくれたからね。可愛かったのに、綺麗だったのに!撫でたかったのに!!」
「……」
引くぞ、儂でもさすがにそれは引くからな?お主今までそんな風に儂の髪を見とったのか。初めて知ったわ。
「気持ち悪いから止めてくんなぁい?そう言う信頼みたいなの。君も死にたいの?」
「殺されたくないんだよ!」
「儂もな!」
今度は2人同時に向かった。しかしやはりこいつはあの大鎌を大きく振り回して自らの間合いを守った。あんな事をされては儂もソラも近づけれない。
そして、こいつの目的を探るために儂は真っ直ぐこいつに問う。
「お主、儂が騎士団にいるのが気に入らん奴か……」
「はぁあ?騎士団?」
しかしそいつはその問いに訳が分からないと言うような言葉を言うと、なにかを思ったのか次にはニィと笑って自らを語った。
「んな事どうでもいいわよ、あたしはあんたらをいたぶって壊して殺したいだけ」
「何のために……」
「憂さ晴らし」
そう言って奴は今襲われた側である儂らには一番最悪な言葉を言った。
「あたしは見ての通り異端者よ。
だから異端者らしく虐げられ、疎まれ、傷つけられてる。
あたしはこの国が、世界が憎い!憎い憎い憎い!憎くてたまんないの!だからあたしは幸せそうな奴の大事な物を全部奪うの!
友も家族も家も故郷も夢も希望も命も愛もね!!全部奪われる瞬間、叫ぶ醜い表情だけが、あたしの心を癒やしてくれるの。それがあたしの全て!」
おかしく笑いながら叫ぶこいつはもう手遅れなほど狂っとる。こいつはもう、狂いきっとる。体だけではない、心までもが異端者になってしまっとるんじゃ。
「あんたの事なんて知んないわ、けどあんたが馬鹿みたいに幸せそうなんだもん。あたしと変わらない異端者なのに、なんであんたは幸せであたしは不幸なの?
そんなの全然正しくない!みんな幸せになれないならみんな不幸になれば正しいの!」
そしてまたあの大鎌が振り下ろされ儂もソラもなんとか避ける。ここがまだ廃墟の中ではなく廃墟の前だったのは幸いじゃった、壁に囲まれた狭い空間ではあの鎌は止められない。が、あれほど長く大きな鎌を振り回されるといつまでも避け続けるのは難しいじゃろう。
ソラは逃げる気など全く無く。奴は儂を憂さ晴らしになぶり殺す気じゃ。……いや、既にソラもその対象になってしまっとるかもしれん。
なら、儂は……
「死なない!儂は今、お前の鎌では死ぬわけにはいかんのじゃ!!」
「そんな事で!そんな言葉で!助かると思ってんの異端者!!」
遠く離れた距離をいっきに走って近づいた儂に突然鋭い痛みが走った。
まだあの大鎌の届く距離ではないはずなのに儂の左の脇腹は赤く染まっていた。
「っ!!」
そして分かった奴は小さなナイフを儂に投げそれがかすったのだと。
中距離でも近距離でも駄目で遠距離にいればナイフを飛ばすのか……
「なに?遠くにいれば大丈夫だとでも思ったの?残念、あたしには隙がないのよ!!」
投げられたナイフに気を取られいつの間にか奴と儂の距離はあの大鎌が届く場所まで近付いとった。奴は片手にさっきと同じナイフを見せびらかすようにいじくっとった。
儂はこんな状態でそんな状況を見て体が自然に反応したかのように
――ニヤリと笑みを浮かべた。
「なっ――!?」
それは合図。儂の笑みは今まさに後ろから奴の背中を斬りつけようとしとるソラへの合図かのようなタイミングじゃった。
「そんな事でそんな言葉でか……君さ」
直ぐに振り合えり片手に持っとった鎌を使おうとしとった奴の片腕に向けて剣を下から振るった。
傷ついた奴の腕からは血と鎌が落ち、そして奴は大鎌をもう一方の腕で持ち替える事も短いナイフをソラに向ける事も出来んかった。
「言葉の力を見誤ったら駄目だよ」
「!?」
そう言いながら放たれた刃の閃光は、躊躇なく奴の背中を斬りつけた。
「がっ――!!」
「足は、儂が跪かせてやろう」
その刹那儂は奴の片足に飛びついたと同時に奴の足からはバギッと嫌な音がした。足の骨が折れる嫌な音が。
「ぐっ…うぅ……」
「はっ、これでもう殺せぬじゃろう」
「あ、あんた…なんで動けんのよ……」
「気合い――と言いたい所じゃが。残念な事に儂は『死ぬほど痛い』事に慣れとるんでな」
そして奴から離れ立ち上がると軽くかすっただけとは言え、また腹部に走る鋭い痛みにさすがに足がもつれそうになる。
あんな啖呵を切ったものの、儂は『痛みに慣れてるから動ける』のであってけして『痛みに慣れてるから痛くない』訳ではないんじゃ。痛いから苦痛もあるし悲鳴だって上げたいくらいじゃ……
「とりあえず一旦騎士団に行った方がいいかの。こいつが大人しいうちに」
「ネリ……」
奴を挟んだ向こう側におるソラが名前を呼んだ。見るとソラは廃墟の周りにある森の方の空を見ておった。
「どうしたんじゃ?」
「……空が明るすぎる」
「!?」
すぐさま儂も森の方に見える空を見上げた。儂らがこいつと会う前、この廃墟に着いた時に夕焼けで赤く染まっていた空は夕日が沈んだ今もなお明るく赤くそして熱くなっていた。
「夕日じゃない!森が燃えて――!」
次の瞬間、世界が傾いた。ぐらりと崩れ落ちるように。
足が軋むように痛かった、本当に何もないのに、ただただ痛かった。そう、世界が傾いたのではない、儂が倒れたんじゃ。
「わぁー大変。森が大火事ねぇ…――っ!?」
彼女は足の骨折も背中の傷も何もなかったかのように立ち上がり皮肉めいた言葉を言ったが、彼女が投げたナイフが自分に向かって飛んで来たのを避ける事以外出来なくなった。
「ネリ!!」
それを飛ばしたソラは地面に倒れた儂の所まで走って来ると確認するように名前を呼んだ。
「安心せい…生きとる……死ぬほど痛いがな」
「怪我は――!」
「ない、傷はないのに痛いんじゃ」
その言葉の通り儂の体には始めに奴にやられた腹部の傷以外怪我は一切なかった。じゃが、この痛み方、それにこの場所は……
「どう?あたしの感じた『痛み』は?」
「……お主の感じた……」
「あたしは異端者。でもただの異端者じゃないの!私にはこの『能力』がある!」
「……『精霊の加護』?」
ソラが小さくそう呟いたがおそらくそれは違う。儂がウルスラから聞いた加護に奴のような見た目の物はない。精霊の加護はあいつらの大切にしとる動物の特徴であって奴のような普通の異端者の見た目ではすまない程の異端になる。
「『加護』ではない、本当にあるんじゃ奴の言う『能力』と言う物が……」
「以外と受け入れが早いのね。ああ、私の能力あんたは今まさに体験中だからかしら」
もう一度奴をじっと見た。背中にはソラが付けた深い傷が今でも痛々しくある。足はちゃんと儂が折ったままおかしくなっとる。奴の怪我は一切直っとらん。しかし、なにもないかのように平然としとる。儂が今まさに感じている謎の痛み。足と背中にあるおかしな痛みはまさに……
「あたしは幸せなあんた達から奪う。その幸せを命を仲間をね。でも奪ってばっかりじゃあ可哀相だし、だから私の『能力』であんたにあげる!私にあんた達が付けた傷の痛みをね!!」
「痛みを…渡す……」
「そうねぇ、背中の傷もどうにかしなきゃだし……あたしは痛くないけど血が流れたままでは駄目だから――塞ごうかしらね」
すると奴は腰に付けとったランタンからこの森に火を付けた物と同じじゃと思われる松明に火を移しそれをなんの躊躇いもなく背中の傷口に当てた。
「あああぁぁ!あぁああああぁあぁぁ!!」
「ネリ!ネリ!?」
背中が痛い!傷口を抉るなんてものじゃない!こいつ傷口を焼き塞いどるんじゃ、今までの痛みより酷い激痛が走る。
「あんたが最後にの足を折るためにあたしの肌に触れてくれて本当に良かったわぁあ!」
「ぐっ!――」
「!?」
痛みを感じない方の足に力を入れ背中の痛みを感じたがソラに掴まりながらも儂は立った。
「はっ、所詮痛みだけじゃろ。痛みなら慣れとると言ったはずじゃ……」
「背中を焼かれる痛みで立ち上がれるんだへぇー」
しかし奴はそんな事を見てもなにも動じずまた皮肉な笑みを浮かべて言った。
「でも、また倒れたちゃうのね」
「なにがっ――んぅ!?」
儂がいきなり口を抑えたのは、急におかしな咳が止まらなくなったからじゃった。じゃが直ぐに気づいた、ただの咳じゃない吐血しとる。それに頭が朦朧とする。奴は、もう体を傷つけとらんはずなのに――
「がっ…はっぁ……」
「あんた、本当なんで今まで動けたのよ……毒は効きずらかったのかしらぁああ!!」
「――!?」
「大丈夫よ、安心して。ちゃんと……ちゃんとじっくり痛みと苦しみを味わいながら死ねる薬だから!!」
いつ、と思ったが考えるまでもなくそんなの直ぐに分かった。奴が大鎌を武器としとるのに遠距離だからと言ってナイフを投げた、あの時少し不思議だった。あのナイフあれだ、奴は始めからこれを狙っとったんじゃ。
そして、奴の言った通り儂は倒れ……なかった。儂はソラに支えられた。ソラは見たことのない目をしながら儂の体を支える手の力を強めて奴を睨んだ。
「……目が変わったわねぇ。そう、それが欲しかったのよ。その悲しみと憎悪が混じった目が!」
「もういいよ……君はもう殺すから」
「あはっ、あたしが死んだらそいつはどうなるのかしらね?あたしも試した事ないのよ!」
「っ!?」
ソラも儂も驚きと焦りを隠せんかった。痛みだけでも人は死ねる。奴が死んだら死ぬ痛みは儂に来る、じゃが儂に盛られた毒は着々と儂を蝕んで行く。
「さぁみんな苦しんだわね!悲劇の最後は終わりって決まってるの!殺してあげるあんた達の命を!!」
これで終わり。儂は、ソラはこんな絶望的なだけの状況で希望を見つけも出来ず死んで……終わる。また、終わり。
じゃが、誰も幸せにならないこの物語の最後を儂はあいつにだけ語った。儂とソラの終わりと最後を。




