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とある子猫の後章

「兄様!」

「やぁ、おはよう。ファイ」


家の庭でいつものように剣を振るっていた俺の前に水色の髪をまとめて、女の子とは思えない男物の服を着た少女が駆け寄って来た。

それは俺の妹、ファイ・クライアンだった。


「お兄さん、こんにちは」

「あぁ、レイもいたんだ。久し振り~」

「兄様!大変なの!」

「ん?」


そう言いながらファイは俺の服の袖を引っ張っている。隣にいるファイの幼なじみのレイはそれを必死に止めようとしているが、ファイは無視して引っ張り続けてる。


「猫さんがいるの!」

「違うよファイ、あれは人だよ」

「ううん、猫さんだよ!だって真っ黒なお耳があったじゃない!」

「2人共、俺の部屋に入ったの?」


そう聞くとファイは大きく首を縦に振った。レイは申し訳なさそうに頭を下げていたけど……

俺の部屋にはまだ彼女が寝ているはずだ、この2人はきっと俺を探していた時に彼女を見つけたのだろう。


「彼女、まだ寝てた?」

「ぐっすりですよ」

「うーん、体力はまだ戻らないか。あとで見に行こうかなぁ」

「……兄様のお知り合い?」

「うん、昨日の夜に拉致って来た」


けど俺のその言葉にはレイだけが反応してびっくりしただけで、ファイは特に不思議がらずひたすら彼女のあの耳について楽しそうに話していた。すると不意に何かに気づいたよで俺を見ながら聞いてきた。


「ところで兄様」

「なに?」

「そのおでこどうしたの?」


ファイが指差した俺の額は青か赤かどっちとも言えないような色をした痣があった。おそらくファイはこんなおかしな所に出来たこれの事を言っているのだろうけど。


「んー、ちょっとねー。叩かれる事ぐらいは覚悟してたけどまさか頭突きが飛んでくるとは……」

「?」


俺の予想の遥か上をいってる。しかもそれをした本人がそのまま気絶してたし。


「兄様、楽しそう」

「――うん、楽しいよ」


俺は手に持っていた剣を片付けるとファイの頭に手を置きながら言った。


「好きなが…出来たからね」




     ※




昨日、薄暗い夜明け前の空の下ででソラは儂にキスをして――


「って!んなわけあるかぁああああ!!」


ありえん!ありえん!ありえんっ!!絶対にそんな事が起きた訳がない。違うんじゃ、きっと他の何かをそう勘違いしただけで…だ、だけで……

――勘違い出来そうな事がない!?

そんな、まさかあれが事実じゃったとでも言うのか!だって、だってそれではまるで……


「猫さん起きたー」

「ファイ!ベッドに乗っちゃダメだって!」

「――!?」


知らん場所、知らん部屋、知らんベッドで目覚めた儂の前にまた知らん子供が2人現れた。と言ううか、なぜ儂はこんな所におるんじゃ?そしてこいつら誰じゃ!?


「お耳フカフカ~」

「あああぁ!?ファイ!」

「ええい!止めんか!離さんか!」


なんなんじゃこの餓鬼は!耳に触るな!尻尾を掴むな!言うことを聞かんか!

隣りの男の子供は大人しいと言うのに、なんじゃこの水色髪の女の子供は!


「可愛いお耳~」

「うんうん、可愛いよね。すごく可愛いよね」


……儂に触れとる手がひとつ増えた。てか抱きつかれた。じゃが、触れられた手と声だけで誰なのか分かった瞬間儂は傍にあった枕をおもいっきり顔面にぶつけてやろうと投げたのじゃが、そいつは簡単そうに投げられた枕をよけよった。


「お主はなにをしとるんじゃ、ソラ」

「スキンシップ」

「餓鬼の前で抱きつくのがか!?」


お主に教育と言う言葉は無いのか!こんな小さい餓鬼の前でする事じゃないうえに間違った知識を与えるでない!

しかし、儂がそう思っとると不意に部屋の扉が開いて入り口から侍女らしき女が現れた。


「ファイ様、レイ様も……剣術の先生がお怒りですよ。早急に来るようにと」

「師匠が!ヤバい、レイ行くよ!」

「ちょっと、ファイ!」


そして2人はパタパタと部屋から出ていき入り口にいた侍女も一礼すると扉を閉めて去って行った。


「……」

「さて、ネリ。子供はいなくなったね」

「……いやいや、じゃからと言って何をすると言うのじゃソ――んっ!?」


不意にソラの手が頬に触れたかと思うと、突然儂の喋っとった口をソラの口が塞いだ。声も、息も出来なくなるように。これは、昨日とは全く違う……噛みつくようなキス。

ソラに触れられとる頬がソラの手を伝わって来た熱で熱く、赤く染まっていく。

しばらくして、重なり合っていた唇は離れ。ソラと儂はお互いに向き合う形になった。


「な、な……お、お主一体何をして――昨日も今も!」


熱くおかしくなりそうだったその時を終えると、冷やされた頭が今の状況を確認した。そして同時に儂にはソラの行動が訳が分からなかった。


「なぜじゃ!なぜこんな事を――」

「ネリが、好きになった」

「……はっ?」


しかし、そんな疑問もソラの放ったさらに訳が分からない一言で全て吹き飛んだ。


「多分、もっと前から好きだったんだろうけど自覚したのは昨日。あの戦場でと、ネリを支えた時」

「ちょ、ちょっとまて。一体何の事じゃ、お主は何を言うとる。儂が何じゃと……」

「ネリが好き。好きだから触れたいと思った。そしたら触れちゃってた」

「触れちゃってたじゃない!」


さっきまでの優しい笑みとは打って変わっていつものような笑顔に変わったと思った途端そのような事を言うソラを儂は両手で突き放した。

じゃがソラはその手を掴むと、寧ろさっきより近い位置に儂を引っ張った。そして確かめるよな言葉を耳元で囁く。


「ネリは?ネリは俺の事好き?」

「す、好きもなにも儂は人間の事などどうでもよくて……」

「初対面の人間に平気で殺すって言える君が、どうでもいい人間の為にこんなになるまで走らないと思うけど?」

「――っ!」


それもそうじゃ。なにより、儂はあの時ソラが死ぬかもしれないと不安で怖くなって走ったのじゃ。痛む足を動かし続け、走り続け……涙さえ流しそうになった。


儂は直ぐ近くにあるソラの顔を見る。真剣な表情でソラも儂を見ている。それだけで掴まれている腕が、顔が熱い。動悸が早くなっていく。

そうじゃ、もしかしたら儂もソラのように気持ちは前からあったのかもしれん。初めて会った時のソラと今のソラは、儂には違って見える。いや、ソラが違うのではない。儂にとってのソラの存在が変わったんじゃ。


自分中心で、自由気ままで、方向音痴で、いつも馬鹿みたいに笑っとる。そんなソラを儂はずっと見とった。


「本当に、なんなんじゃろうなこれは……」


儂にはまだよく分からん。じゃが、この感情はきっとソラの答えと同じなのじゃろう。


「ソラ、儂はな――」


いままで認めようとしなかった。偽り続けとった感情が今なら分かる。今なら、伝えられる。

しかし、ソラにそれを伝える言葉を発するより先に儂の中でとある疑問が生まれる。


(……あれ?儂は、なぜ認めんかったんじゃ?)


そして、儂はその疑問の答えが分かった。分かってしまった。じゃから儂は掴まれとるソラの腕を振り払いソラを遠ざけた。


「ネ…リ……?」

「嫌いじゃ!」


ソラの顔を見ないように下を向きながら突き放したソラの腕を手で押さえるようにしながら、儂は最低の嘘をつく。


「お主の事など儂は興味も関心無い!ただ適当に話しとっただけじゃ、助けたのもただの成り行きじゃ!」


そうじゃ、儂がこの感情を偽っとったのは、いつか訪れる未来を見たくなかったからじゃ。


「儂に…儂にもう近づくな!!」


嘘じゃ、そんな事は思っとらん。じゃけど儂は否定しなければいけない。嘘をつき続けなくては――


「……ネリは、本当に俺が嫌いで興味も関心も無いの?」

「そう…じゃ……」

「じゃあネリは興味も関心も無いのに、なんで俺の前で泣いてるの?」


ソラが儂の頬に両手を当て、顔を上げると儂の目をのぞき込むかのように見つめた。そして、ソラに見つめられた儂は我慢の限界かとばかりに大量の涙が流れ出してしまった。

ダメじゃ、儂はもう 自分を偽れぬ。だって、儂はもう分かってしまったから……ソラが、好きなんじゃと。


「うぅ…あぁ、あああああぁぁ!」

「ネリ!?」

「ひぐっ、ダメじゃ!ダメなんじゃ!」

「なんで!伝えてよ、ネリの気持ち」

「だって儂は――死ねないんじゃ!!」


ソラの驚いた表情と見開いた目が儂を締め付けるようで痛い。


「儂は…お主に言わんといけない事がある。儂の誰にも言えぬ秘密を……」




     ※




いつまでも続く人生はどんどん儂を狂わせた。

暖かさを失い、楽しさを失い、人としての感情も失い。そして、生きる目的をも失った。


けれど、それを失いたくないと思った儂は暖かさから離れ、楽しさから離れ、人から離れ。そして、ただ生きるだけの生き方をした。

これなら暖かさも楽しさも人もみんな失わない。だって、初めから持ってなければいいんだから。初めから何もなければ、儂は何も失わない。そうやって、永遠の時と言う檻の中を1人で生きとった。

けど、檻の向こうに君が現れた。儂の離れた物を持って来て、笑顔で笑っている……

じゃから儂はいつの日からか願ってしまった。


暖かさも、楽しさも、人としての感情もいらない。ただ、檻の向こうの君に触れたい。だから…儂は、この檻から出られる鍵がほしい。


でも、錠のない檻の鍵なんてあるのかな?






「触れたいのなら触れればいい。鍵が無いなら壊せばいいよ」


檻の向こうの君は言う。


「君に壊せないなら俺が壊せばいい。それでも壊せないなら手を伸ばして」


無意識に言われるがままに、手を伸ばす。


「檻なんてあろうと無かろうと、俺がその手を掴んで君を抱き寄せてあげるから」


掴まれた手は、確かに君な触れた。

これはきっとただの夢なのだろう。目に見える檻なんて本当は無い、君が言った言葉も少し違う。けど、ただの夢でも君がここでそう言うのなら、儂は叶えたい。

君と生きたい。

そして、君と共に死にたい。




     ※




「綺麗事じゃな……」

「もう、喋んないで」


儂の話しを聞いたソラはそれからずっと儂を抱き締めた。

そして、儂を抱き締める前にソラが言った言葉は、儂にだけ届いた。だから儂は語らない。この言葉を知っているのは、儂らだけでいい。誰も知らない言葉でも、儂は生きていけると思えたのだから。一度突き放した君と、こうして触れ合える言葉をくれた。


しばらくして、ソラはさっきより強く儂を抱き寄せながら囁いた。


「ネリが、好きだよ」

「……あぁ、儂も…儂もソラが好きじゃ」


確かめ合うように、全てを包み込むように伝えられなかった言葉をようやく伝え合うことが出来た。


そして、それから数ヶ月経った頃この国にある噂が広まった。

あの最強の団長と共に戦いこの国の危機を救った、1人の異端者。最強の黒猫がいると言う噂を。




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